【後日談追加】男の僕が聖女として呼び出されるなんて、召喚失敗じゃないですか?

佑々木(うさぎ)

文字の大きさ
63 / 70
第六章 創生

見えない心

しおりを挟む
 気持ちが落ち着いたところでカミロに声を掛け、夜会に出かける準備をしてもらう。
 たぶんリディアンは夜会に招かれているはずで、今夜からは僕も一緒に行かなければならない。

「どのようなお召し物がよろしいでしょうか」

 カミロに訊ねられたけれども、全く頭に思い浮かばない。
 服に対して詳しくないことも要因の一つだ。
 未だにわからない事だらけな上に、そもそもどこの夜会に行くのかも知らされていない。
 一体どんな服を着るのが適切なんだろう。

「ごめんなさい、カミロさん。すべて、お任せします」

 僕の思考は一切必要ない。感情だって不要だ。
 人形のように、何も考えず感情も外に出さず、夜会を乗り切ることだけを考える。
 そうでもしなければ、僕は感情を持て余して、リディアンとまた口論してしまいそうだ。

 僕に今できるのは、黙してついていくことくらいだ。
 リディアンに恥をかかせないようにし、サガンとして卒なく振る舞う。
 僕はそのことを念頭に置きながら、カミロと共に準備した。

 準備ができて部屋を出ると、夜会服を着たリディアンに出くわした。
 こんな時でも、リディアンの装いは完璧で、どこから見ても美しい。
 これが、エイノック国の王太子になる人だ。
 元々、僕は釣り合う相手じゃない。
 リディアンが気安く接してくれていたから勘違いしていた。
 ゴドフレドの言う通りだ。
 僕はサガンとして、弁えて行動しなければいけない。

 城の前の階段を降り、リディアンと二人で馬車に乗る。
 夜会に向かうその間、どちらも一言も喋らなかった。
 こんなこと、今まで一度もなかったのに。
 
 でも、僕としては助かった。
 何か聞かれても、今は険のある答えしか言えそうにない。
 馬車の中で、これ以上雰囲気を悪くするのは得策ではないだろう。
 2人が諍いを起こしているところなんて、人に見せるわけにはいかない。

 今日、どこに行くかもわからないまま馬車に揺られる。
 位置的には、王城に近いところだけれど、これまで来たことがなく、路地には見覚えがない。
 馬車は広大な庭を通って邸の前に乗り付けた。
 リディアンが先に降りて行き、僕がそれに続くと、見知らぬ女性に出迎えられる。

 美しい金の髪を編んで長くたらし、感極まったように青い目を潤ませている。
 この女性もまた、リディアンの妃になりたいと考えているのかもしれない。
 リディアンに挨拶をした後、僕にもお辞儀をする。
 その所作もとても綺麗で、上流階級の人間なのだと知れた。

 僕が一歩下がると、リディアンの腕に手を添えて、邸の奥へと進む。
 僕はその後ろをついて歩き、邸の主と挨拶を交わした。

「リディアン王子とサガン様に来ていただけるなんて、恐悦至極に存じます」
「お招きいただき、ありがとうございます」
 
 僕は、そう答えるので精一杯だった。
 今更名前を聞くこともできず、それとなく話を合わせながら、間を持たせる。

「サガン様は、辞書編纂にご尽力されていると聞き及んでおります。我が子爵家は、代々言葉について研究する一族でありまして、貴重な機会をいただき、恐悦至極にございます」

 僕は、その後も話に耳を傾け、時にこちらからも質問をした。
 リディアンは、先程の女性とフロアの中央へ行き、ダンスを始める。
 僕はその様子を、渡された果実酒を飲みながら見つめた。

 妃となる相手は自分で選ぶ。
 だから、口出しするな。

 アデラ城に女性たちを入れたことに怒りを露わにしたのは、きっとそういう意味だったんだろう。
 こうして毎晩夜会に出るのも、お妃選びの一環なのかもしれない。

 だとしたら、どうしてバルツァールについて言い出したのか。
 彼がお妃選びに関与しているとは、到底思えない。
 もちろん、妃候補の具体的な名前について、バルツァールに問われたこともなかった。

 とすると、原因は僕自身の振る舞いだろう。
 僕の何が癇に障ったのか、まったくわからない。
 バルツァールに会いに行くこと、それ自体が嫌だと言うのなら、僕はリディアンの意向に従うしかない。
 これからは、自分一人で学んでいくことになる。サガンとしてリディアンのために生きていくには、魔力や能力について学ぶ必要があると思っていた。実際、僕自身ももっと学びたかったけれど、リディアンが嫌だと言うのなら控えることにする。
 それが、立場を弁えるということなんだろう。

 曲が変わり、リディアンは次の女性と踊り始めた。
 初めての夜会で、僕とリディアンが踊った曲だ。
 あの頃から、二人でいる時間は積み重なっているはずなのに、僕にはリディアンのことがまるでわかっていない。ただ、知ったような気になっていただけだと、改めて実感した。

 次々にパートナーが変わるリディアンを見ていたが、酔いが回ってきたのもあって、見ているのが辛くなってきた。周囲を見回すと、誰もが談笑している。その喧騒にも落ち着かない気持ちになる。
 そこでふと窓の外のバルコニーが目に入り、僕は広間の奥に見えたそこに向かった。

 大きな硝子扉から外に出ると、風が吹きつけてとても気持ちがいい。
 今日は、空に雲がかかっていて、キリロスはどちらも姿が見えない。
 それでも、空の向こうでは、いつもと同じように光り輝いているんだろう。

 やがて、周囲に霧がかかり、細かな雨がぱらつき出す。
 熱い身体には雨粒が心地良くて、僕は空に両腕を伸ばして浴びていた。
 目を瞑って、身を任せていると、不意にこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。

「タカト!!」

 リディアンの大きな声が響き、僕は目を開けて広間の方を見る。
 誰もがバルコニー側を注視する中、リディアンは僕の方に駆けてくる。
 何をそんなに慌てているのかと思ったところで、両腕に僕を囲い、きつく抱き締めた。

「リディ?」
「帰らないでくれ、俺を置いていくな」

 震える声でそう言われて、僕はハッとした。
 両腕を上げる僕を見て、リディアンはあの夜のことを思い出したんだ。

 マティアスとスティーナを送るために開いた転移門。
 あの時も、こうして空に向かって両腕を伸ばしていた。
 そのせいで、僕が転移門を開こうとしていると勘違いしたんだろう。

「リディ、僕は──っ」

 言いかけたところで頭を抱き込まれ、唇が重なった。
 深く、荒々しいキスに、僕は翻弄されて床に座り込む。
 それでもリディアンは覆い被さってキスを続け、顔の角度を変えて貪ってきた。

 リディアンの肩越しに、驚く人々の顔が見えたけれど、今はそれどころじゃない。
 何とか、リディアンを落ち着かせなくては。

「行かないでくれ。頼む」

 キスの合間に切羽詰まった声で言われて、僕は応えた。

「大丈夫。僕は帰りません」
「嘘は要らない」
「嘘じゃない。信じてください」

 再び唇が重なり、頬や耳にも口付けられる。
 まるで、僕の存在を確かめるようなキスだ。

 何をそんなに不安になることがあるんだろう。
 僕は、リディアンの傍で生きていくと決めているというのに。

 僕に抱き着いて動かなくなったリディアンの背中を撫でていると、数歩離れた位置に立つグンターが見えた。

「グンターさん、僕は図書室に転移門を開きます」

 すると、それですべてを察してくれたようで、一つ頷いてから応える。

「それなら、オレはここの事後処理をします」
「ありがとうございます」

 グンターなら、上手く収めてくれるだろう。
 僕は安心して、転移門を開いた。

 転移する瞬間に、広間がざわついたけれど、今はそれどころじゃない。
 門を引き寄せて中に入り、次の瞬間にはアデラ城の図書室の中にいた。

「……嫌だ。行かないでくれ」

 涙声で訴えるリディアンに、僕は何度も語り掛ける。
 それでも、リディアンは繰り返し訴えている。

「僕は、どこへも行きません。だから──」

 安心して、妃を選んでください。

 最後の言葉を心の中にしまい、リディアンの震える背中に腕を回して、落ち着くまでさすり続けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき
BL
 仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。 「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」  通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。  異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。  どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?  更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!  異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる――― ※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。 ◆お友達の花々緒(https://x.com/cacaotic)さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。 ◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...