【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

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第四章 所有の印

討伐隊と

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 5回目となったエレギラの遺跡内への立ち入りは、夜遅い時間から始まった。
 討伐隊に選ばれたのは、今回も10人だ。
 天幕の中で装備の点検をし出したところで、僕は告げた。
 
「私も参ります」

 後方支援としてエレギラ遺跡まで来たわけだけれど、今回も僕は天幕での待機を指示されていた。でも僕は、城を出る時から討伐隊に志願すると決めていた。
 誰もがそんなことを言い出すとは思っていなかったらしく、僕に視線が集中する。
 驚きを隠せない者、困惑する者、険しい眼差しで見つめてくる者。
 中でも一際厳しい顔つきとなったのは、レイだった。

 僕は、全体を見回した後、敢えて微笑みを浮かべた。

「勇者様が怪我を負う度にダンジョンから戻られる。そしてまた、入り口からやり直す。これでは効率が悪いでしょう」

 前々から思っていたことで、きっと同じ考えの者もいたはずだ。すると、やはりその場は静まり、意見を言えない雰囲気となった。賛同はしづらいが、否定もできない。そんな空気が漂っている。ハロルドやフィランでさえ、唇を引き結んで考え込んでいる。
 そこで口火を切ったのは、やはりレイだった。

「だが、お前は戦えない。その上、自分で回復もできない。そんな人間を、ダンジョンの中に連れて行くなんて無茶だ。見す見す死なせるようなものだ」

 僕は、胸元に入れていた小瓶を取り出し、レイを始めとした冒険者に見せる。

「回復薬を作りました。私はこれで自分を癒すことができます。ポーションではなく丸薬で、一粒飲めば全回復が可能です」

 中身を簡単に説明すると、ざわざわと話す声がそこかしこから聞こえた。
 レイにも彼らの言葉や同調する雰囲気が伝わったらしく、眉間に深い皺を刻む。

「第三王子のお前の命を危険に晒すことは、許されない行いだ」

 今度は立場について言及されて、僕は予想通りの展開だと頷いてから応える。

「私が討伐隊に入ることは、ドミートス様は織り込み済みでした。だからこそ、召喚の儀の場で私と勇者様について言及された。ドミートス様の意見に反対する者はいませんでした。それは、私の命が危険に晒されても、討伐参加を認めることに他ならない。よって、ご同行いたします」

 一人一人に語りかけるように視線を送り、最後にひたりとレイを見る。
 反論しようとしたのだろう。唇を開きかけたところで、隣のハロルドに止められる。

「それ以上言うな。全体の士気が下がる」
「──だがっ」
「ハロルドの言う通りです。ここはエスティン王子の言を取りましょう」

 フィランも僕の意見を後押しした。
 こうして僕は、討伐隊に加わってダンジョンの深部を目指すこととなった。
 装備を点検し、動きやすい服装に着替え、僕は討伐隊の列に加わる。
 ダンジョン前で整列すると、人数の少なさを肌で感じた。

 レイは、まっすぐ前を見たまま、僕を瞳に映そうともしない。
 話をしたいところだけれど、今はそんな場合じゃない。

 準備ができたところで、レイは手を上げて合図を出した。
 冒険者たちが次々とダンジョンの中に入って行き、レイは一人一人に声を掛けていた。
 僕の番になると唇を開きかけたが、何も言わずに前へ戻ろうとした。

「怒って、いるのですか?」

 その背中に問いかけると、レイは肩越しに振り返る。

「自分にな」

 僕にだけ聞こえるくらいの声量で言い、全体を見ながら前衛に加わった。
 掛ける言葉を失い、僕は黙々と足を動かしてついていく。

 ダンジョンの中は湿度が高く、少し歩いただけでジワリと汗を掻いた。
 急な坂道や地面の割れ目、膝丈まである水流と、道は険しくて足場が悪い。
 転んで怪我をしたら元も子もないと、僕は慎重に歩みを進めた。
 
 途中で魔物も出たが、前衛がすぐさま応戦したため事なきを得た。地面に転がって灰になる魔物を幾度も目にし、レイとハロルドの頼もしさを実感した。
 そうして、奥へ奥へと進んでいると、不意に前衛が足を止める。
 大きな魔物でも出たかと思いきや、地図を広げてぼそぼそと話していた。

「おかしい。これまで来たことのない道だ」
「そんなはずはない。地図通りに進んできたんだぞ」

 僕の隣を歩いていた魔法使いが、小さな声で詠唱し、魔法陣を切った。
 すると、魔力の痕跡なのか、青い線が壁に走っているのが窺えた。

「魔族の仕業です」

 淡々とした声で言うと、ハロルドが反論した。

「あり得ない。あいつらにそこまでの知能はないからな」

 僕たちの方向感覚を失わせたのか。
 それとも、通路自体に細工をしたか。
 いずれにせよ、目的は道に迷わせることなのだろう。

 なぜ、道を見失うよう計らったのか。
 考えればすぐに結論に行きつく。
 だが、そんな回りくどい手を魔物が使えるとは到底思えない。

 ハロルドに言い返された魔法使いは、光り輝く杖の先で周囲を照らしながら言った。

「ええ、ですから魔族だと申しました」

 魔物ではなく魔族であると言われて、乾いた笑いが起きる。
 知能の低い魔物とは違い、魔族は類まれなる頭脳の持ち主だ。
 魔力も桁外れに強く、複雑な魔法が使える。
 人間では真正面から挑んだところで、太刀打ちできるはずがない。

 レイを始めとして、ハロルドとフィランが相談をし出した。
 このまま進むか、撤退するか。
 討伐隊一行が、ぼそぼそと話し合っているその時だ。

「勘が良いな」

 不意に、聞き慣れない声がした。
 大きくはないがよく透る声で、通路に響き渡る。

 レイが剣を抜き、魔法使いが僕を背に庇う。
 闇を照らす魔法の光が揺れたところで、通路の奥から人影が現れた。

 すらりとした体躯で、レイよりも頭一つ分背が高い。
 光を反射する金色の髪がまず目を引いた。
 黒いマント姿で、緑の瞳を細めて笑っている。
 王家の一員かと見紛う容姿だ。
 だが、纏うオーラの禍々しさとその魔力の量で、男が人ではないことを察した。

 人型を取った魔族だ。
 パチンパチンと木が爆ぜたような音がして、僕は耳をそばだてる。
 何の音かと思ったところで、魔法使いの杖が砕け散った。

 辺りを照らす光が、フィランの持つトーチだけとなる。
 男は吐息で笑って、もう一歩こちらに近付いた。
 カツンと靴底が石を打つ音がして、その音にすらも緊張が高まった。

 男は、2歩進んだところで足を止め、細めていた目を瞠る。

「この世界に来ていたのか」

 勇者が異世界から来たことを見抜いたのか?
 言葉の真意を読み取ろうとしていると、男は更に言った。

「まさか、ミーアではない?」

 誰に何を問うているのかと疑問に思った次の瞬間。
 男の姿が掻き消えた。

 そして、一瞬で僕の前に立つ。
 瞬間移動。
 そんなことができる魔族なのか。

 魔法使いが地面に膝を突き、ガクガクと震えている。
 僕は、男の切れ長の緑の瞳を間近で見て、背筋が凍った。
 こちらの緊張をよそに、男はしげしげと僕を見て来た。

「よく似ている」

 そして、僕の顎先に指で触れてこようとした。

「おっと、近寄るな。その剣が届く前に、この者の命をもらうぞ」

 目の端に、レイとハロルドが剣を構えている姿が映る。
 だが、僕にはそちらを見ている余裕はない。
 身体が強張り、声も出せない。
 その間に、誰もが武器を構え、臨戦態勢になった。

「煩わしい奴らだ」

 男はそう言って、手で空気をぎ払った。
 途端に討伐隊のメンバーが、次々に地面にくずおれる。

「……何をした」

 僕はようやくそれだけ、喉を絞って声に出した。

「邪魔されたくないからな。眠らせただけだ。だが──」

 男は、物珍し気に右を見る。

「さすがは勇者、と言ったところか」

 レイ一人だけが、剣を杖代わりにして辛うじて立っていた。
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