【完結】役立たずな第三王子の僕は、大嫌いな勇者に迫られています…ってどうして?

佑々木(うさぎ)

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第四章 所有の印

ノクサムン婆様

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 魔の森やその周辺に、ぱたりと魔物が出なくなった。

 討伐隊がダンジョンに入った後ということもあり、勇者の力だとたたえる声が民たちの間に広がっていった。そして、同行した僕のことも、大活躍だったと話題となった。
 冒険者の間では、ついに魔物が討伐したと、自分たちの功績を何倍にも膨らませて語る者が現れて、英雄譚として語る始末だ。結果的に、危険が去ったことを喜び合い、民は盛り上がっていた。

 だが、魔物の脅威が去ったわけではないことを僕とレイは知っていた。
 魔王アルサイール・ジェトヴの存在だ。

 神話の時代に勇者によって打ち破られたはずのアルサイールが、まだこの国に生きて存在していた。
 その上、今も尚、この国を手に入れようとしていると知ったら、民はどうするだろうか。
 更に、国の未来が僕に委ねられていることが判明したとしたら──。

 僕はまだ、レイに言っていないことがあった。
 隠し通そうと思っていたが、これはさすがに自分の手に余ると思われた。
 しかも、国の命運を左右するとなれば、放っておくこともできない。
 いつか、言わなくては。

 そうして、手をこまねくこと5日。
 アルサイールの話を振ってきたのは、レイの方だった。

「俺が気を失った後、何があったんだ?」

 いつもの通り昼食に誘うと、突然レイはそう訊いてきた。

 何のことかわからないと誤魔化すこともできた。
 だが、僕はレイに話して、力を借りたくなっていた。
 
「ここでは、言えません」

 城の中には人目があり、勘付かれる可能性がある。
 不用意にそんな大事なことを口にするわけにはいかない。
 するとレイは、「わかった」とだけ言って、その場では追及して来なかった。
 あまりに簡単に引き下がられて、僕は拍子抜けした。



 その夜のことだ。
 夕食を摂っていたところ、城にギルドから使いの者が来た。
 何事かとサイデンが問うと、使者は伝令を読み上げた。

「討伐の招集です」

 事と次第を聞いて、サイデンは顔を顰める。

「もう魔物はいなくなったのではなかったのか」
「それも含め、作戦会議のためにギルドに来ていただきたいとのことです」

 僕はそこまで聞いて、昼間の会話を思い出した。
 きっと呼び出したのは、レイ本人だ。
 魔物討伐の招集という形を取って、僕を呼び寄せるつもりなのだろう。
 たしかに、城で話すよりもギルドの方が適している。
 僕は、すぐにサイデンに告げた。

「少し出てきます」

 そして、側仕えに着替えを出してもらい、服装を整えた。
 ギルドでの作戦会議と言われているのに、ブラウスにズボンという軽装では行けない。
 服を着替え、ローブを身に着けて階下に降りると、サイデンが待ち構えていた。

「護衛をお連れください」

 だが、その言葉に僕ではなくて使者がすかさず口を挟んだ。

「どうか、私どもにお任せください」

 サイデンは面食らっていたが、魔物討伐は最優先事項だ。
 しぶしぶといった体で引き下がり、使者の言葉に従った。
 僕は、使者に促されて、城の前に停めていた馬車に乗り込んだ。

 慌ただしく城を出て、サイデンに反論する隙を与えない。
 見事な手際だ。僕は感心していたが、顔には出さなかった。

 ギルドに到着すると、まだ冒険者たちが出入りしていた。
 その中に、レイの姿がある。

「こっちだ」

 言われるままにギルドの中を奥へと進む。
 前に来ようとしたところを止められたため、中に入ったのはこれが初めてだ。
 思ったよりもギルドの中は広く、人が多くて雑然としている。
 こんな夜遅くでも人が詰めかけているのかと不思議に思ったが、魔物討伐の依頼を受けるには、夜の方が適しているのかもしれない。
 だが、魔物がぱたりとでなくなったこともあり、誰もが手持ち無沙汰だ。
 結局、ここに集まって仲間と話し、時間を粒いているようだ。

 レイの後をついて行き、小部屋に入って行こうとすると、扉を閉める前にハロルドとフィランが顔を出した。

「俺たちにも聞く権利があるんじゃないのか?」

 レイは一度僕を見て、視線で問うてきた。

 アルサイールの存在を、ハロルドとフィランは知っている。
 現場に立ち会ったせいで眠らされて、被害を被った。

 だからこそ、彼らにも話しておいた方がいいと僕も考えていた。それに、彼らの性格を考えれば、僕たちが拒んだところで易々と引っ込むとは思えない。

「どうぞ、二人も入ってください」

 そして、小部屋に四人になったところで、レイは事のあらましを二人に話した。
 二人が気を失っている間に、アルサイールと何を話したのか。
 特に、提案の内容について話すと、ハロルドは眉を顰め、フィランは表情を曇らせた。

「ここまでが、俺の知る情報だ。エスティン、お前は他に話すことがあるんだな」
「ええ、まずはこれを見てください」

 僕はそう言い置いてからローブを取り、シャツの前ボタンを外して行った。
 いきなり胸元をはだけた僕に三人は一様に動揺していたが、シャツの中を目にした途端に表情を変えた。

 鎖骨の下、ちょうど胸骨の辺りに、黒い線が浮き出ている。
 まるで何かの刻印のように、描かれた円に沿って古代文字が綴られていた。

「これは……」

 フィランが何かを言いかけて、結局口を噤む。
 僕は三人を見回してから、事情を説明した。

「みんなが倒れ、僕とアルサイールだけになった後、アルサイールが僕の胸元に触れてきました。その時には気付かなかったのですが、部屋に戻ってから着替えの際にわかりました。恐らくはアルサイールがかけた、何か魔法の類でしょう。かなり強力なものらしく、僕の治療薬をもってしても、薄まることさえありませんでした」

 僕が説明を終えても、その場はしんと静まり返ったままだった。
 風が窓を叩き、時折天井が軋んだ音を立てている。

「──まずは、診てもらおう」

 最初に口を開いたのは、ハロルドだった。
 それは、僕も考えた。
 知恵を借りるには、まず神官長であるドミートスに診てもらうほかないと。
 けれども──。

「ドミートス様や神官たちに経緯を説明したら、きっと私は幽閉されます」

 これまで捧げられたミーアの乙女たちのように、僕は神殿の地下に幽閉され、二度と陽を見ることはなくなる。あるいは、アルサイールの提案に従い、貢物として捧げられるかもしれない。

 そのどちらになっても、神殿の決定に僕は従わざるを得ない。
 王族の義務であり責任だと言われればそれまでだ。
 けれども僕は、最後に抗いたくなっている。

 このまま、人生を終えたくはない。
 他にまだ、僕にできることはあるのではないかと。
 もう少しだけ、運命に立ち向かいたかった。

 僕の言葉に、尋ねたハロルドではなく、レイが応えた。

「誰が、あの爺に見せると言った?」

 では、一体誰に診せるというのか。
 僕が困惑していると、レイはフィランに訊ねる
 
「婆さんと連絡は取れるか?」
「半刻もあれば」

 フィランはそう答えると、すぐに席を立った。

「誰か、ノクサムン様を呼んできてくれ」
「僕が行きます」

 現れたのは少年で、フィランに頭を撫でられると、嬉しそうに笑って駆け出した。
 再び扉が閉まり、フィランが座り直したところで、レイは僕に訊いてきた。

「アルサイールがお前の胸に触ったというのは?」
「ええ、指先でこの辺りをトンと」
 
 すると、なぜかあからさまに安堵した様子になる。
 途端にレイの隣に座るハロルドが、くくっと喉を震わせた。

「いや、すまない。レイは、あの魔物がエスティン殿の胸元を弄ったと思っていたんだろう」
 
 胸元を、弄る?
 どうしてそんな誤解を?
 たとえそうだったとしても、何を問題視しているのか。

「悪い。俺の勝手な想像だ」

 レイは謝ったが、僕の疑問は晴れない。
 僕の疑問に答えたのは、レイではなくフィランだった。

「ただの妬みですよ。相手にしなくていいですからね」
「俺のことを、勝手に解釈するな」

 フィランとレイが言い争いを始め、ハロルドがまた笑う。
 こんな時に何を暢気なと思い、僕は呆れて溜息を吐いた。

 そうして四人で待つこと30分ほどで、予定より早く件の人物が登場した。
 彼女を婆様と呼んだ理由がそこでわかる。
 年齢不詳の白髪の女性が、少年に背負われて現われたのだ。

「よっこいせ」

 掛け声と共に少年の背から降り、手にしていた杖を突きながら、よろよろと勧められた席に腰掛けた。

「まったく、年寄りをこき使いおって」

 しわがれた声でそう言って、僕の方に顔を向ける。
 瞳は白濁していて、僕が見えているようだ。

「わしに用があるというのは、お主かえ? ミーアの化身、エスティン王子よ」
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