【完結】血を吸わなくなった吸血鬼は、代わりにアルファと愛を語る

佑々木(うさぎ)

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第三章 解放

触れ合う理由

「隣り街に食事に行くって?」

 夜会に兄だけで参加して欲しいと告げると、バージルは訊き返してきた。

「食事とは、一体全体……」

 バージルが驚くのも無理はない。私の体質を知っていれば、わざわざ食事の為だけに出かけるなど信じられないことだろう。
 誤魔化すこともできたのだが、これを機会に知ってもらうのもいいだろうと、私は現状を説明することにした。

「味覚が、戻ったんだ。……いや、正確には感じられるようになったと言うべきか」

 血の味は元々わかってはいたが、他は美味しいと感じることはなかった。
 あまりに食べようとしないせいで、幼少期は食事を与えるのが大変だったと聞く。
 自分で食べられるようになってからも、食事は苦痛でしかなかった。
 その私が、わざわざ出向いて食べようとするのだから、この反応は当然だろう。

「なぜだい? 君の身に、何があった?」

 バージルは眉を顰め、向かいのソファに座っていた私の方へ身を乗り出してきた。戸惑いの表情を浮かべているのは、バージルだけではない。父と母も私に答えを求めている。

「それは、まだ言えない」

 アルファの血を飲んで起こり得るのは、催淫衝動だ。
 それについて、さすがに家族に説明するのは憚られた。
 それに、味を感じられるようになった大本の理由について説明するとなると、カイ・レナードについて触れることが必至となる。
 そのためには、まずは彼と口裏を合わせる必要がある。
 会えばすぐに行為に及んでしまうため、これまで話らしい話をすることはなかったが。
 だからこそ、今回の遠出が必要なのだ。

 私の返答を聞いたバージルは、益々眉間にしわを寄せる。

「まだって、いつになったら話すつもりで──」
「バージルよ」

 問いを重ねる兄を、父が手で制した。
 兄はそれで口を閉じ、父と私を見比べる。
 父は、私に青い瞳を向け、目の奥を探るように窺ってくる。
 目を背けることなく見つめ返していると、トントンと肘掛けをタップする指先を止める。

「お前が何か事情を抱えているのはわかった。それでも、できるだけ家族全員で状況を理解したい。時が来たら、速やかに説明するように」
「はい、父様」

 これ以上訊いたところで、私が話すようには思えなかったのだろう。
 それでも、端的に自身の考えを述べる辺りが、父らしいと感じた。

 私は、カップに残っていたルキヤ茶を飲み干してから立ち上がり、広間から出た。
 馬車に乗り、父の邸から母と二人で住む古城へ向かいながら、私は考え続けていた。
 家族に話せば波乱を呼ぶのは、想定済みだった。逆の立場であれば、私も知りたいと思うだろう。私のことを心配する気持ちも、わからなくはない。
 だが今は、自身の計画が実行できるかどうか、それが大きな鍵であり、それ如何で今後の身の振り方が決まるという、まさに大事な局面だ。

 今は横やりが入るのは好ましくない。
 私はそう考え、足を組んで目を瞑った。

 馬車が向かった先は、母と住む場所で、日の光が差し込まないよう設計された古城だ。
 回廊や主だった部屋には窓がなく、その代わりに常時ランプが灯されていた。
 薄暗く、湿気ている廊下を歩き、城の北側に向かう。
 城の中でも珍しく、窓のある部屋。そこが私の寝室だ。
 日の光が苦手ではあっても、母ほどではない私は、カーテンを引いて利用していた。もともと気管支が弱かったこともあり、不在の時には窓を開けて、空気を入れ替える必要性があったからだ。

 その部屋も、今はカーテンを開けている。
 窓の外を見ると、硝子越しに薔薇園が目に留まる。
 これほどに美しい風景を、今まで堪能できなかった。
 私はしばし見つめてから、やはり計画を遂行すべきだと猶のこと感じた。
 奥の部屋で着替えを済ませ、私は再び馬車に乗り、ブライトウェル商会へ向かった。
 目的の人物は、商会の事務室の椅子に座り、帳簿を開いていた。
 前髪を分けて、きっちりと撫でつけ、同僚に話しかけられても笑み一つ浮かべない様子だ。
 私の知る顔とはかけ離れている表情に、人はここまで自我を隠せるものなのかと、驚きを通り越して呆れてしまう。

 私が事務室の硝子扉を開けると、中の従業員が慌てて席を立った。

「気にしなくていい。仕事を続けてくれ」

 私はそう言い置いてから、下を向いたまま作業をし、顔を上げようともしない相手の名前を呼んだ。

「カイ・レナード」

 すると、帳簿を捲る手を止めて、ようやくこちらを向いた。
 稀少な緑の瞳に私を捉え、訝し気な眼差しで問うてくる。
 私はその視線を受け止めて告げた。

「業務の件で話がある。ついてきたまえ」
「承知しました。ブライトウェル卿」

 感情を覗かせない口調で返事をして椅子を立ち、私の後ろを歩く。
 建物の外までついてきて、馬車に乗り込む私に訝しげな表情を浮かべた。

「君も乗るんだ」

 予想外だったのか、珍しく目を瞠る。
 だがそれも一瞬だ。すぐに感情を消した。

「まだ仕事が終わっておりません」
「事務長とは話をつけてある。早くしろ」

 カイは不承不承といった体で馬車に乗り込み、そこで御者が扉を閉めた。
 途中退座を嫌がるほどに、この男が仕事熱心だとは思わなかった。

 だが、感心したのは数秒のことだ。
 カイは私の手を握り、もう片方の手を太腿の狭間に差し入れてきた。
 思わずもぞりと身じろぐ私を、くすりと笑う。

「わざわざ商会まで訪ねてくるとはな。そんなに俺が欲しかったのか?」
「手を放せ。お前は誤解している」

 あまりの豹変ぶりに呆れると、今度は差し入れた手でさすってくる。
 性衝動はないはずだというのに、身体は敏感に反応を示す。
 悟られたくなくて敢えて感情を押し殺し、私はカイに言った。

「これから、ルスランにある店に向かう」
 
 すると、カイはぴたりと手を止めた。

「ブレアムという名に聞き覚えはあるだろう?」

 カイは一瞬唇を開きかけたが、すぐに噤んだ。
 そんなに驚くことかと、こちらの方が意表を突かれる。
 
「パイの美味しい店だと聞く。メアリの勧めだ」
「──メアリ、か」

 そこでようやく唇を動かし、私から身を離した。

「私はその店をよく知らないから、有名なのか?」
「それだけか?」

 私の問いに、カイは慎重に問い返す。

「それだけ、だが」

 他に何の理由があるのかと、私は奇妙な感を抱く。

「なら、いい」

 カイは、私の肩に手を置き、清潔そうな笑みを浮かべた。
 端正な顔立ちだと見遣っていると、そのまま身を倒れ込ませてきた。

 危うく倒れ込みそうになったが、狭い馬車のせいで壁に押し付けられるだけで終わる。

「何をする」
「二人きりだ。ブレアムに着くまで愉しむのも一興だ」

 何を言い出すのかと、私はカイの身体を押し返した。

「今は性衝動はないのだから、必要ない」
「触れ合う理由は、他にある」

 一体、他にどんな理由があるというのか。
 訊ねる前に、カイは私の唇を唇で塞いだ。

 熱く濃厚なキスに蕩かされて、馬車が止まるのも気付かずに耽溺した。
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