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プロローグ:過去
小さな私と小さな世界②
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ユキは、スキップが得意だった。アカデミーではバランス感覚に優れていると、太鼓判をもらっている。彼女の父親も運動神経抜群なので、その血を受け継いだのだろう。
「あら、……おかえり」
「ただいまー」
アカデミーから帰宅途中のユキは、スキップをしながら近所に立ち並ぶ商店街の人に挨拶をする。
そこは、昔からあるらしく古臭い建物が続くも、活気だけはどこにも負けないくらい熱い。中の人たちも、いつも行き帰りに声をかけてくれるとても優しい人ばかり。美味しそうな売り物の食べ物を、分けてくれることもしばしば。ユキは、ここのコロッケが好きでよく母と買いに来ていた。
「あ、ユキちゃん……」
スキップしながら歩いてるユキに気づくと、人が集まってくる。いつもは笑顔でいっぱいの人たちが眉間にしわを寄せていた。それに気づかないユキは立ち止まり、
「今日ね、テストで満点とったよ!お母さんがオムライス作ってくれるって約束したから頑張ったの!」
と、今朝の約束を商店街の人々に教えた。その楽しそうな声を聞いた人々は、目配せをしている。口を真一文字に結び、何かのタイミングをうかがっているようだった。しかし、5歳の彼女に気づけと言う方が難しいだろう。
「ユキちゃん、実はね……」
「落ち着いて聞くのよ」
「どうしたの?」
商店街のおばさんが、おずおずと口を開く。
その様子で初めて何かに気づくユキは、嫌な予感が脳裏を駆け巡る。どういう予感か聞かれたら答えられないが、とても嫌な予感がした。
「………ユキちゃんのお家が」
「交戦区域になってフィールドがはられたの」
「……え」
それを聞いただけで、ユキは理解した。
一瞬にして表情を天から地に変えた彼女は、突然何かに駆られたように人をかき分けて走り出す。それを止める者は、誰一人いない。
"交戦区域"とは、この国で激しい戦闘が繰り広げられるときに指定される区域のこと。必ず"フィールド"というバリアが魔法警察によって自動的に区域全体へと敷き詰められる。それは、近隣に被害が及ばないようにする配慮と、未成年に目視されないようにする国の決まり事でもあった。
交戦区域に指定されたということは、それだけ凄まじい戦闘が中で起きているということ。それは幼いユキにもわかった。
「お父さん!お母さん!」
ユキは、悲鳴に近い声で叫びながら走った。抑えきれない衝動が、鳥肌として現れる。それを取り払うように、がむしゃらに走った。
途中で何人かにぶつかったが、それを気にしている余裕もない。ぶつかった人たちも何が起きているのかがわかっているのか、注意するわけでもなく、怒るのでもなく、少女が走る後ろ姿だけを見ていた。
「……っ!」
フィールドは、外から見るといつもと変わらない風景が映し出される。変わっていることといえば、その場所に触れるとそれより前に行く気がなくなるような、精神干渉が行われ自然に近寄れなくなるというくらい。
アカデミーに通い始めた彼女がどうこうできるものではないが、それでもできるだけ早く家に帰りたかった。早く、両親の顔を見て安心したかった。その一心だった。しかし……。
「なん……、で……」
家の前に着くと力が抜けて、地面に膝をついてしまう。
交戦区域は、既に解消されていた。
「なんで……なん……でよっ!」
朝、「行ってきます」をした家がない。
家の前にあった郵便ポストも熱か何かで折れ曲がり、扉の部分には赤黒い液体がこびり付き、鋭いもので切られた跡が無数についていた。
庭にあった煉瓦にも、激しかった戦闘の跡が痛々しく残っている。きっと、父親が作った日曜大工の類も燃えてしまっているだろう。しかし、ユキにそんな背景は見えていない。
「おとう……さん。おかあ……さ……」
彼女の様子が心配で集まってきた人々の中に、声を掛ける人はいない。
それは、むごすぎた。まだアカデミーに通う、しかも5歳の子どもに見せていい光景ではなかった。
「あ、あ、……」
ユキの両親は、灰の上に居た。
もう、息をしていないことは一目でわかる。両耳が削がれ、身体からは内臓が飛び出していた。
母は足首から下がなく、父は上半身と下半身が分かれて置かれている。その近くには、神経に繋がれている眼球が3つ落ちていた。
そんな状態なのに、母はまだ涙の伝った跡が残っており、父と手をつなぎ微笑んでいた。その笑みが、ユキの脳裏に強く焼きつく。
もうすでに息がないことは一目瞭然なのに、なぜか魔力だけがその場に浮かぶようにして漂っている。通常であれば、心臓が止まれば魔力もゼロになる。しかし、その現象は、天野一族であれば不思議なものではない。その状況を見たユキはすぐに、両親が拷問されたことを理解してしまった。
ふらふらと立ち上がり両親に近寄った彼女は、真っ青な顔色をしながら小さな手で母の内臓を押し戻す。
「……今、助けるから。今、今……すぐ」
すぐに、その手は真っ赤になった。
長く管のように繋がっている腸は、途中で切られている。その中から溢れ出る液体が漏れ出し真っ白な服を汚しても、手は止まらない。止まったら母親が死んでしまう、とでも言うように。
しかし、それらはいくら戻しても、外に飛び出しうまく収納させてくれない。皮膚の焼けた臭いが鼻につくも、それを気にするだけの余裕が彼女にはなかった。
「……」
すると、ユキの手が眩い光を発する。徐々に大きくなった黄色い光が見えると、数人がそれを止めに彼女へ近づいた。
「ユキちゃん、それはダメだ」
「離して!お父さんがっ!!お母さんが!!まだ!生きてるのに!!!」
大人1人の力では、能力を宿し始めた彼女には勝てない。
やっと、男数人がかりで彼女をその場から引き離すことに成功した。その最中も、ユキの両親を呼ぶ声だけがそこにこだまする……。
「ユキちゃん……ご両親は、もう」
大粒の涙を頬へ伝せる彼女は、光が消えた手で耳を塞いだ。嘘だ、嘘だと呟きながら。
全身が灰と固まりつつあるゼリー状の血でぐちゃぐちゃになり、真っ白なユキを汚していく。
真っ赤な手。
真っ赤な視界。
真っ赤な……。
彼女は、これ以上聞きたくなかった。
これ以上、何も見たくなかった。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁぁぁあああああ!」
うずくまった彼女の体から、また光が溢れ出す。先ほどとは比べ物にならないくらいの、大きく白い光だった。
しかし、先ほどのように彼女を止める人はいない。
そこにはたくさんの人がいるはずなのに、彼女の叫び声以外不気味なほどに何も聞こえてこない。
ユキは、声が涸れてもなおその場でうずくまり、光に包まれながら泣き叫び続けた。
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