【完結】生活を隠す私と、存在を隠す彼

細木あすか(休止中)

文字の大きさ
186 / 247
14

フレンチキスでおやすみの時間を

しおりを挟む

「カット! 休憩入ります」
「お疲れ様です」
「ミカちゃんちょっと良いかな」
「はい」

 やっと、山場のシーンが終わった。

 スタンドインとして出ていた私は、助監督の声で伸びをした。すると、監督から指名が入る。

「何かミスでも……」
「いや。次のドラマ、背格好が君とピッタリだからもしスケジュール大丈夫だったらと思って」
「やります!」
「ははは、まだ詳細も聞かずに。君は良い子だな」
「仕事を選べるほど、私は有名じゃないので」
「そうか? うちの娘も君の大ファンだ。そう言う謙虚さは、いつまでも持っていなさい」
「ありがとうございます!」

 モデル生活で一番満たされる瞬間って、こういう風に言ってくれる人が居るってことだよね。心が震えるほど嬉しい。
 私は、監督の話を聞くためスケジュール帳を開く。

「来週の木金は、確か名古屋くんのドラマのトラだったよね」
「はい。奏くん主演のドラマです」
「じゃあ、土日は?」
「空いてます」
「よし、フィックス。一応、奏くんにも予定を聞いておくね」
「……」

 ほら、こういうのも嬉しい瞬間のうち。
 奏くんってことは、五月くんもメイクで来るよね。最近ずっとご指名してるみたいだし。

 来週は、五月くんとたくさん会える!

「ミカちゃん?」
「あ、はい! 決まったら、マネージャーさんに連絡お願いします」
「わかったよ。台本あるから、その時渡しておくね」

 嬉しい、嬉しい。
 私は、監督に深々と頭を下げて控室に戻る。
 

***


 青葉くんと私は、30分かけてお互いの話をした。
 互いに身体を預け、片手はしっかりと握って。その体勢のまま、30分を過ごしたの。今までで一番幸せな時間だった気がする。

 そして、今までで一番辛い時間でもあった。

「……これが、俺の気持ち」

 どこからか、コチコチと時計の秒針の音が響いている。でも、見渡す限り時計はない。別の部屋かな。
 私、秒針の音って大好きなんだ。今はスムーズに動くやつが主流らしいけど、音がないと落ち着かないの。なのに、今はその音すら残酷に聞こえてくる。

 私は、メロンソーダの入ったグラスに付く白い泡を見ながら、青葉くんが言った話を頭の中で咀嚼する。
 それを聞いたところで、私が彼を好きな気持ちは変わらない。変わらないけど……。

「わかった」
「勝手でごめんね」
「ううん、元から決まってたことでしょう? それより、教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、聞いてくれてありがと」

 正直、その時間を考えると途方に暮れそうになる。
 でも、青葉くんの将来のことだから。私は邪魔しちゃいけない。

 泣きそうになっていると、それに気づいたのか青葉くんが優しく抱きしめてくれた。

「これで、俺が話さなきゃいけないことは全部話した」
「……私も」
「ありがとうね。……改めまして、こんな俺だけど付き合ってくれますか」
「は……」

 二つ返事をしようと口を開くも、突如私の中でストップがかかった。
 こんな物静かなシーンにも関わらず、脳内にはホイッスルを軽快に鳴らす自分が居る。

 あれ、私っていつもどうやって告白断ってた? その断ってた時に言った言葉の、逆を言えばいいんだよね。
 あれ? なんて言えば……。

「ふっ、ふかつつものですがっ。あっ、違う。ふつかかもの……あれ?」
「ふはっ! 鈴木さん、噛みすぎ」
「うぅ……」
「可愛い、鈴木さん」
「……」

 青葉くん、笑いすぎ!
 私の耳元で笑うものだから、耳が死にそうだわ。声が近い!
 
 でも、それは不快なものではない。私にとって、心地良い子守唄のよう。

「じゃあ、返事の代わりに……」
「え?」

 青葉くんの温かさと声にうとうとしていると、急に隙間風が吹いてきた。どうやら、身体が離れたらしい。
 ハッとした私は、再度体温を求めてワイシャツの端を掴む。すると、唇をトントンと人差し指で叩く彼と目が合った。

 言葉にされなくても……いくら私が鈍感だとしても、言いたいことはわかった。
 私は、そのまま青葉くんの方へ身体を寄せて目を閉じる。

「っ……」

 唇に柔らかい何かが当たった瞬間、すぐに頭の中が真っ白になった。

 先程よりも強い力で抱擁され、ワンピースから露出している肌に青葉くんが着ている硬めのワイシャツが当たる。かと思えば、腰と頭の後ろに添えられた手からは、私が壊れてしまうとでも言うかのような優しさが伝わってくる。
 冷房が効いているとはいえ、夏だ。暑いはずなのに、そんな考えは頭の端っこにもなかった。
 それよりも、濡れた音、吐息が耳を掠めて私を乱していく。

 温かい。
 温かい。
 ずっと、こうしていたい。こうして、青葉くんの匂いに包まれて……。

「鈴木さん?」

 ……あれ? おかしいな。
 身体が動かない。もしかして、私……。ううん、さっき甘いもの飲んだから大丈夫なはず。

「……おやすみ、鈴木さん」

 待って、まだしていたい。まだ、あなたと……。


 2日眠っていなかった私に、どうやら限界が来たらしい。その心地良さに、重たくなった瞼をゆっくりと閉じる。

 もう、秒針の音は聞こえない。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

処理中です...