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フレンチキスでおやすみの時間を
しおりを挟む「カット! 休憩入ります」
「お疲れ様です」
「ミカちゃんちょっと良いかな」
「はい」
やっと、山場のシーンが終わった。
スタンドインとして出ていた私は、助監督の声で伸びをした。すると、監督から指名が入る。
「何かミスでも……」
「いや。次のドラマ、背格好が君とピッタリだからもしスケジュール大丈夫だったらと思って」
「やります!」
「ははは、まだ詳細も聞かずに。君は良い子だな」
「仕事を選べるほど、私は有名じゃないので」
「そうか? うちの娘も君の大ファンだ。そう言う謙虚さは、いつまでも持っていなさい」
「ありがとうございます!」
モデル生活で一番満たされる瞬間って、こういう風に言ってくれる人が居るってことだよね。心が震えるほど嬉しい。
私は、監督の話を聞くためスケジュール帳を開く。
「来週の木金は、確か名古屋くんのドラマのトラだったよね」
「はい。奏くん主演のドラマです」
「じゃあ、土日は?」
「空いてます」
「よし、フィックス。一応、奏くんにも予定を聞いておくね」
「……」
ほら、こういうのも嬉しい瞬間のうち。
奏くんってことは、五月くんもメイクで来るよね。最近ずっとご指名してるみたいだし。
来週は、五月くんとたくさん会える!
「ミカちゃん?」
「あ、はい! 決まったら、マネージャーさんに連絡お願いします」
「わかったよ。台本あるから、その時渡しておくね」
嬉しい、嬉しい。
私は、監督に深々と頭を下げて控室に戻る。
***
青葉くんと私は、30分かけてお互いの話をした。
互いに身体を預け、片手はしっかりと握って。その体勢のまま、30分を過ごしたの。今までで一番幸せな時間だった気がする。
そして、今までで一番辛い時間でもあった。
「……これが、俺の気持ち」
どこからか、コチコチと時計の秒針の音が響いている。でも、見渡す限り時計はない。別の部屋かな。
私、秒針の音って大好きなんだ。今はスムーズに動くやつが主流らしいけど、音がないと落ち着かないの。なのに、今はその音すら残酷に聞こえてくる。
私は、メロンソーダの入ったグラスに付く白い泡を見ながら、青葉くんが言った話を頭の中で咀嚼する。
それを聞いたところで、私が彼を好きな気持ちは変わらない。変わらないけど……。
「わかった」
「勝手でごめんね」
「ううん、元から決まってたことでしょう? それより、教えてくれてありがとう」
「こちらこそ、聞いてくれてありがと」
正直、その時間を考えると途方に暮れそうになる。
でも、青葉くんの将来のことだから。私は邪魔しちゃいけない。
泣きそうになっていると、それに気づいたのか青葉くんが優しく抱きしめてくれた。
「これで、俺が話さなきゃいけないことは全部話した」
「……私も」
「ありがとうね。……改めまして、こんな俺だけど付き合ってくれますか」
「は……」
二つ返事をしようと口を開くも、突如私の中でストップがかかった。
こんな物静かなシーンにも関わらず、脳内にはホイッスルを軽快に鳴らす自分が居る。
あれ、私っていつもどうやって告白断ってた? その断ってた時に言った言葉の、逆を言えばいいんだよね。
あれ? なんて言えば……。
「ふっ、ふかつつものですがっ。あっ、違う。ふつかかもの……あれ?」
「ふはっ! 鈴木さん、噛みすぎ」
「うぅ……」
「可愛い、鈴木さん」
「……」
青葉くん、笑いすぎ!
私の耳元で笑うものだから、耳が死にそうだわ。声が近い!
でも、それは不快なものではない。私にとって、心地良い子守唄のよう。
「じゃあ、返事の代わりに……」
「え?」
青葉くんの温かさと声にうとうとしていると、急に隙間風が吹いてきた。どうやら、身体が離れたらしい。
ハッとした私は、再度体温を求めてワイシャツの端を掴む。すると、唇をトントンと人差し指で叩く彼と目が合った。
言葉にされなくても……いくら私が鈍感だとしても、言いたいことはわかった。
私は、そのまま青葉くんの方へ身体を寄せて目を閉じる。
「っ……」
唇に柔らかい何かが当たった瞬間、すぐに頭の中が真っ白になった。
先程よりも強い力で抱擁され、ワンピースから露出している肌に青葉くんが着ている硬めのワイシャツが当たる。かと思えば、腰と頭の後ろに添えられた手からは、私が壊れてしまうとでも言うかのような優しさが伝わってくる。
冷房が効いているとはいえ、夏だ。暑いはずなのに、そんな考えは頭の端っこにもなかった。
それよりも、濡れた音、吐息が耳を掠めて私を乱していく。
温かい。
温かい。
ずっと、こうしていたい。こうして、青葉くんの匂いに包まれて……。
「鈴木さん?」
……あれ? おかしいな。
身体が動かない。もしかして、私……。ううん、さっき甘いもの飲んだから大丈夫なはず。
「……おやすみ、鈴木さん」
待って、まだしていたい。まだ、あなたと……。
2日眠っていなかった私に、どうやら限界が来たらしい。その心地良さに、重たくなった瞼をゆっくりと閉じる。
もう、秒針の音は聞こえない。
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