【完結】生活を隠す私と、存在を隠す彼

細木あすか(休止中)

文字の大きさ
207 / 247
16

悪い人ではないから

しおりを挟む


 本当は、来る気なかった。
 お母さんもパパもお仕事だから、双子と一緒にタピオカ飲みに行こうかなとかそんなこと考えながら夕飯を作ったんだけど。お母さん、有給が溜まりすぎて消化してくださいって怒られたんだって。パパは半日だって言うし。双子は双子で、友達の家行っちゃったし。
 だから、私はこうやってファミレスに来た。

「ね、そのパーマどこでかけてるの?」
「昨日会った商店街の奥にある美容室です」
「どこだろう? すごく綺麗!」

 ミカさん、本名も美香って言うんだって。鈴代美香さん。とても綺麗な名前。同じ「鈴」なのに、私みたいな平凡な名前じゃない。
 容姿だって、美香さんの方が綺麗。髪も艶々で、ファミレスの明かりが反射してきらきらしてる。撮影で、いろんな髪型になるからダメージすごいって言ってるけど、全然そうは見えないの。

 私は、笑いながら烏龍茶を口にする。
 美香さんは、温かい飲み物を飲んでた。身体が冷えると、すぐ太る体質なんだって。夏なのに大変だな。事務所から体重制限も言われてるって話もあった。

「やっぱり、メイクわかる人とお話しするの楽しい!」
「わ、私も、楽しいです……」
「今日は、梓ちゃんとお話できた記念にケーキ食べようかな」
「ケーキ?」
「うん! いつもは食べないけど、チーズケーキ食べたいな。その分、夜ご飯抜く!」

 美香さんは、チーズケーキが好きなんだ。確か、奏くんが好きだったな。
 そんな中、私はアップルパイを食べてる。子どもみたい。

「梓ちゃんのケーキ見てお腹すいちゃったってのが本音なんだけどね」
「あはは、美香さん可愛い」

 美香さんは冗談まじりにウインクをしながら、店員を呼ぶためのボタンを押す。


***


「はあ、疲れた!」

 現場が終わり帰宅すると、既に日が上っていた。というか、もうすぐお昼だ。リビングに入ると、シャンプー台の大理石部分が太陽の光を反射してて目を細めてしまった。

 奏は、家に帰った。もう大丈夫って。
 まだ居て良いのに。両親が心配するから、帰るって言ってた。

「……寝たいけど、鈴木さんに会いたい」

 完徹したから、かなり眠い。
 でも、寝るなら鈴木さんの近くで寝たい。鈴木さんの匂い、すごく落ち着くんだ。良く寝れる。

 俺は、持っていたメイクバッグをソファに置き、そのままそこに倒れ込んだ。これはこれで、心地よい。
 でもやっぱり、鈴木さんが足りない。

「そうだ」

 確か、奏がおやつに買ったクリームチーズが余ってるはず。
 前、牧原先輩の作ったチーズケーキ美味しそうに食べてたし、チーズケーキ作って鈴木さんを呼んでみよう。いや、俺があっちに行こうか。

 そうと決まれば、オーブンを予熱して準備しようか。

「……冷やしてる間に少し仮眠する」

 俺は、頬をパチンと叩き眠気を覚まし、キッチンへと向かった。


***


「芸能界ってすごいですね。大変そう」
「そんなことないよ。毎日楽しい」

 私は、ケーキを食べながら美香さんのモデルトークを聞いていた。話し方がとても上手で、のめり込むように聞き込んじゃった。
 雑誌のインタビューとかの仕事があるから、そういうトーク術のレッスンもあるんだって。

「レッスンって、定期的にあるんですか?」
「そうよ。週1であるコースや月単位であるコースもあってね。結構それに時間取られちゃう」
「えー、現場と被ったときは?」
「もちろん、現場優先よ。補修みたいなのを後でしてくれるし」
「すごい! スケジュール管理とかも自分でするんですよね。尊敬しかない!」
「それも仕事のうちだから。頑張らないと」

 美香さん、とても嬉しそうにチーズケーキ食べてる。本当に好きなんだ。
 さっき数ヶ月ぶりに食べたって言ってたけど、私なら我慢できない。

「それじゃあ、プライベートも何もないですよね……」
「そうね。だから、芸能界にいる人と付き合うしかないの」
「芸能界にいる人……」
「五月くんも、こっち側の人なの。知らなかった?」

 体重と美容を気にしながらレッスン受けて、そんなこと微塵も感じさせない笑顔で過ごしてるって並大抵の人じゃないよね。尊敬しかない。
 私は自分のことで精一杯なのに、美香さんは偉いよ。雲の上の人って感じ。話を聞けば聞くほど、彼女が苦手でない自分に気づく。

 だから、はっきりさせないといけないことがあると思うの。

「……あの、美香さんの彼氏が青葉くんって本当ですか」

 フォークを置いた私は、真っ直ぐ美香さんを見ながら質問をした。
 店内のBGMも周囲の喋り声も聞こえなくなったのに、生唾を飲む音だけはしっかりと聞こえる。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

死んでるはずの私が溺愛され、いつの間にか救国して、聖女をざまぁしてました。

みゅー
恋愛
異世界へ転生していると気づいたアザレアは、このままだと自分が死んでしまう運命だと知った。 同時にチート能力に目覚めたアザレアは、自身の死を回避するために奮闘していた。するとなぜか自分に興味なさそうだった王太子殿下に溺愛され、聖女をざまぁし、チート能力で世界を救うことになり、国民に愛される存在となっていた。 そんなお話です。 以前書いたものを大幅改稿したものです。 フランツファンだった方、フランツフラグはへし折られています。申し訳ありません。 六十話程度あるので改稿しつつできれば一日二話ずつ投稿しようと思います。 また、他シリーズのサイデューム王国とは別次元のお話です。 丹家栞奈は『モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します』に出てくる人物と同一人物です。 写真の花はリアトリスです。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

処理中です...