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悪い人ではないから
しおりを挟む本当は、来る気なかった。
お母さんもパパもお仕事だから、双子と一緒にタピオカ飲みに行こうかなとかそんなこと考えながら夕飯を作ったんだけど。お母さん、有給が溜まりすぎて消化してくださいって怒られたんだって。パパは半日だって言うし。双子は双子で、友達の家行っちゃったし。
だから、私はこうやってファミレスに来た。
「ね、そのパーマどこでかけてるの?」
「昨日会った商店街の奥にある美容室です」
「どこだろう? すごく綺麗!」
ミカさん、本名も美香って言うんだって。鈴代美香さん。とても綺麗な名前。同じ「鈴」なのに、私みたいな平凡な名前じゃない。
容姿だって、美香さんの方が綺麗。髪も艶々で、ファミレスの明かりが反射してきらきらしてる。撮影で、いろんな髪型になるからダメージすごいって言ってるけど、全然そうは見えないの。
私は、笑いながら烏龍茶を口にする。
美香さんは、温かい飲み物を飲んでた。身体が冷えると、すぐ太る体質なんだって。夏なのに大変だな。事務所から体重制限も言われてるって話もあった。
「やっぱり、メイクわかる人とお話しするの楽しい!」
「わ、私も、楽しいです……」
「今日は、梓ちゃんとお話できた記念にケーキ食べようかな」
「ケーキ?」
「うん! いつもは食べないけど、チーズケーキ食べたいな。その分、夜ご飯抜く!」
美香さんは、チーズケーキが好きなんだ。確か、奏くんが好きだったな。
そんな中、私はアップルパイを食べてる。子どもみたい。
「梓ちゃんのケーキ見てお腹すいちゃったってのが本音なんだけどね」
「あはは、美香さん可愛い」
美香さんは冗談まじりにウインクをしながら、店員を呼ぶためのボタンを押す。
***
「はあ、疲れた!」
現場が終わり帰宅すると、既に日が上っていた。というか、もうすぐお昼だ。リビングに入ると、シャンプー台の大理石部分が太陽の光を反射してて目を細めてしまった。
奏は、家に帰った。もう大丈夫って。
まだ居て良いのに。両親が心配するから、帰るって言ってた。
「……寝たいけど、鈴木さんに会いたい」
完徹したから、かなり眠い。
でも、寝るなら鈴木さんの近くで寝たい。鈴木さんの匂い、すごく落ち着くんだ。良く寝れる。
俺は、持っていたメイクバッグをソファに置き、そのままそこに倒れ込んだ。これはこれで、心地よい。
でもやっぱり、鈴木さんが足りない。
「そうだ」
確か、奏がおやつに買ったクリームチーズが余ってるはず。
前、牧原先輩の作ったチーズケーキ美味しそうに食べてたし、チーズケーキ作って鈴木さんを呼んでみよう。いや、俺があっちに行こうか。
そうと決まれば、オーブンを予熱して準備しようか。
「……冷やしてる間に少し仮眠する」
俺は、頬をパチンと叩き眠気を覚まし、キッチンへと向かった。
***
「芸能界ってすごいですね。大変そう」
「そんなことないよ。毎日楽しい」
私は、ケーキを食べながら美香さんのモデルトークを聞いていた。話し方がとても上手で、のめり込むように聞き込んじゃった。
雑誌のインタビューとかの仕事があるから、そういうトーク術のレッスンもあるんだって。
「レッスンって、定期的にあるんですか?」
「そうよ。週1であるコースや月単位であるコースもあってね。結構それに時間取られちゃう」
「えー、現場と被ったときは?」
「もちろん、現場優先よ。補修みたいなのを後でしてくれるし」
「すごい! スケジュール管理とかも自分でするんですよね。尊敬しかない!」
「それも仕事のうちだから。頑張らないと」
美香さん、とても嬉しそうにチーズケーキ食べてる。本当に好きなんだ。
さっき数ヶ月ぶりに食べたって言ってたけど、私なら我慢できない。
「それじゃあ、プライベートも何もないですよね……」
「そうね。だから、芸能界にいる人と付き合うしかないの」
「芸能界にいる人……」
「五月くんも、こっち側の人なの。知らなかった?」
体重と美容を気にしながらレッスン受けて、そんなこと微塵も感じさせない笑顔で過ごしてるって並大抵の人じゃないよね。尊敬しかない。
私は自分のことで精一杯なのに、美香さんは偉いよ。雲の上の人って感じ。話を聞けば聞くほど、彼女が苦手でない自分に気づく。
だから、はっきりさせないといけないことがあると思うの。
「……あの、美香さんの彼氏が青葉くんって本当ですか」
フォークを置いた私は、真っ直ぐ美香さんを見ながら質問をした。
店内のBGMも周囲の喋り声も聞こえなくなったのに、生唾を飲む音だけはしっかりと聞こえる。
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