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09:今度は、俺が

「撤退」の言葉が言い出せない

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 ウェーブのかかったゴールドの長い髪を耳にかけながら、ソフィー嬢は姉を心配するかのように覗き込んだ。それも、ルワールが診察しているのを邪魔しない程度に。

「差し支えなければ、このままお姉様をお部屋まで運んでくださりますか? このままでは、お姉様がお辛いと思いますので」
「では、そうさせていただけると「ストップ」」

 その様子を見て、彼女は父親のようにステラ嬢を扱わないと判断した俺は、お言葉に甘えようと口を開いた。
 早く、彼女を休ませたかったんだ。それに、この体勢じゃ先ほどの異術の光について詳しく調べられないだろ。なのに、その言葉はステラ嬢を診察していたルワールによって遮られてしまう。赤い目をしているということは、異術が発動されているということ。何を視ているのだろうか。

 ルワールは、ステラ嬢から目を離さずに会話を続ける。

「大変失礼いたしますが、このままステラ嬢は私が預からせていただきます」
「まあ、どこか悪いところでも?」
「そうですね。詳しく検査をしないとなんとも……。ベルナール伯爵、許可をいただけますか? もちろん、私から言い出しましたから代金はいただきません」
「お父様、お姉様のために許可をしてちょうだい。お金だって、出せるでしょう」
「あ、ああ……。そうだな、うん。そうだ、お願いしよう」
「ありがとうございます」

 と、ルワールは伯爵とソフィー嬢に向かって頭を下げた。

 ここまで積極的に患者を診ようとしているルワールを見たことがなかったため、目の前で繰り広げられている会話にただただ唖然とするしかない。
 以前、ステラ嬢を運んだ時だって嫌な顔を隠そうともしなかったし。なのに、なぜ今回は預かると言ってるんだ? ステラ嬢を異術で視ても、足の傷はほぼ癒えてるし精神状態もさほど悪くはない。体力がガクッと落ちてはいるものの、栄養を摂取できれば問題ないと思うが……。「起きない」こと自体に何があるのだろうか。医者ではないため、その辺りはよくわからない。
 
 そうやってステラ嬢を眺めていると、今まで伯爵付近に居たルアーたち団員が数名こちらへと近寄ってきた。

「副団長、ステラ嬢をお持ちしますよ」
「……なぜだ?」
「なぜって……。恋人とお話したいでしょう」
「盗人は、こちらで運びますから」
「なんなら、治療が終わったら捕まえますか。家族間であっても、窃盗は犯罪ですよ」
「おい、事実かどうか確かめもせずに盗人と決めつけるな。事実確認をして裏付けするのは、騎士団の基本だろう」
「え、しかし、ソフィー様が……」

 と、全員が何やら勘違いをしている様子だ。
 事実確認は、今まで口酸っぱく言ってきたつもりだったが……どうやら、まだまだ指導が必要らしい。ルアーなんて、ステラ嬢に手作りの菓子をもらっているのに「盗人」とは。指導以前の問題かもしれない。
 ここでガツンと言いたいところだが、外だからあまりよろしくないな。演習場なら、思い切り喝を入れてるんだが。

 ならば、伯爵に伝えてみようか。
 どちらにせよ、お付き合いをするのであれば保護者に挨拶はしたほうが良いだろ。それを見れば、ルアーたちもわかってくれるはず。
 そう思った俺は、団員の奥に居る伯爵へと歩み寄った。今まで話していたルワールは……ラファエルと会話している。伯爵に話しかけても良さそうだ。

「ベルナール伯爵」
「は、はい! な、なんでしょうか」
「ご報告が遅れてしまいましたが、ここ数ヶ月ステラ嬢とお付き合いをさせていただいております」
「……へ!?」
「彼女の優しさに惚れてしまいまして、私から告白をしてお受けいただきました」
「……は? あ、貴方様から? え、だってソフィーのパーティに来て……」
「ステラ嬢を一目拝見しようと思って出席させていただきました。ご令嬢がお2人居るとお伺いしておりましたので、あのパーティはソフィー・ベルナール嬢だけのものではないはずです。あの時、娘は1人だとおっしゃっておりましたが……もしかして、ステラ嬢にはすでに婚約者がいらっしゃるとか?」
「い、いえ、特には……」
「良かった。では、私が責任を持ってステラ嬢を療養させますので。ご安心ください」
「は、はあ……」

 よし。これで挨拶ができたし、ルアーたちもわかってくれたと思う。伯爵も伯爵で俺のことはなぜか恐れている感じがするし、これでステラ嬢を悪く言わなくなれば一石二鳥と言うやつだ。
 もっと早く言えれば良かったが、タイミングが今だっただけのこと。否定されなかったということは、このままステラ嬢を抱いていても問題なさそうだ。使用人が近くにいたから、奪われたらどうしようとヒヤヒヤしてしまった。

 伯爵と使用人のポカーンとした表情を横目にルアーたちに視線を向けると……そっちもポカーンとしている。
 そういえば、以前ラファエルに「もっと表情を~」みたいなことを言われたな。あまり表情が表に出るようなタイプではないことは自覚しているが、ステラ嬢のことが絡むと笑ったり怒ったりが自然とできるから不思議だ。
 とにかく話がまとまったし、もうここに用はない。早く彼女をルワールの病院へ運んで……。

「レオンハルト様! 違うのです!」
「……なんでしょう?」

 ポカーンとしている団員たちに指示を出して撤退しようとしたところ、横槍が入ってしまった。
 ステラ嬢を抱いている時間が長ければ長いほど、俺は嬉しい。でも、早く彼女をどこかちゃんとしたところで休ませたいだろう。振り向くと、話しかけてきたのはソフィー嬢だった。

 少々、煩わしいと思う感情が隠しきれていなかったかもしれない。でも、それをなんとも思っていないかのようにソフィー嬢が俺に向かって食いついてきた。なぜか、涙を流して。

「レオンハルト様。数ヶ月前にお手紙をくださったでしょう? 私に愛を囁いてくださったでしょう? なのに、どうして……」
「手紙? 愛……?」
「ひどいわ、私をその気にさせて……。宛先も差出人の名前もない手紙でしたけど、封筒が青色だったのですぐにレオンハルト様からだとわかりました。青は、私たちの共通点でしょう?」
「……はあ」
「それに、パーティで私の容姿を「ブルーの瞳が可愛らしいですね」とおっしゃったじゃないですか。私、ずっと貴方様に憧れていたので存じていましたが、今までそんな言葉を言われた女性は居ません。私が初めてです。それがとても嬉しくて……」
「あー……」

 しまった。手紙の宛先と差出人を忘れていたか。
 青い便箋は、妹のクラリスからもらったものだ。別に、意味はない。
 それに、そもそもパーティに行ったのが初めてだから、女性に言うのも初めてになる。そういうパーティでは、容姿を褒めるのもマナーと聞いて言ったんだが……それが良くなかったってことか? 

 今思い出せば、ステラ嬢と初めて話した時、俺の書いた手紙しか持っていなかったな。封筒はどうしたのだろうか。
 宛先がなくてソフィー嬢が開けてしまったとしても、来たのはステラ嬢だ。……その間に、何があったんだ? 今の話し方からして、先に封筒を手にしたのはソフィー嬢な気がする。

「仕事の封筒に紛れ込ませれば、お茶会に持ってきてくれると思ってたのに……」
「え?」
「い、いえ、なんでもございません! あの、レオンハルト様!」
「はい、なんでしょうか……」

 おっと、考え事をしていたため、話を聞き逃してしまったな。でも、なんでもなかったらしいし良かった。
 それよりも、話は続くのか? こっちから話を切るのはマナー違反だし……。難しいな、貴族社会というものも。

 俺は、隣で「早く終わらせてくれ」と言わんばかりの視線を送るラファエルとルワールを感じつつも、ソフィー嬢の言葉に耳を傾ける。


 
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