愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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王宮へ向かう前夜

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 あれから1週間後。
 ガロン侯爵とお仕事をする日を、明日に控えた夜のこと。

「見て、イリヤ!」
「おおおおおおお嬢様っ! お嬢様素晴らしいです!」
「……あ、ありがとう」

 私は、車椅子を使わず歩く練習をしていた。
 明日は車椅子で行くけど、狭い場所もあるしちょっとでも歩けるに越したことはないからね。アインスも、その考えに賛同してくれたわ。

 私が立ち上がり1歩進むと、イリヤがどこから持ってきたのかハンカチ片手に私の姿を見て泣いている。……ただ、見て欲しかっただけなのに。

「お嬢様、ご立派になられて……。イリヤは、……イリヤはこの日をどれだけ待っていたか」
「……そうね」

 イリヤは、私が座ると今度は「お嬢様がお座りになった……!」と感動し始めた。今なら、立ったまま手を真上にあげただけで卒倒される気がするわ。

「それより、明日はよろしくね」
「はい! お嬢様の勇姿をこの目にしかと刻みつけます」
「……比喩よね」
「はい?」
「いえ、なんでもないわ」

 イリヤが「刻む」とか言うと、本当にナイフか何かで刻みそうで怖い。「お嬢様が話した回数」とか「頷いた回数」とかで。
 明日は、刃物を持ってないことを確認してから出かけましょう。同行するアインスにも話しておこう。

「イリヤ」
「はい、なんでしょうか」
「明日って、どんな格好で行けば良いのかしら」
「うーん、そうですね。魅せるために行くわけじゃないので、派手なドレスはお控えした方がよろしいかと」
「スーツとか?」
「いえ、そこまでは。確か、紺色のロングスカートがありましたので、それとブラウスを合わせると良いかと。イリヤが用意しておきますよ」
「わかったわ。お願いする」
「むしろ、新しいものを用意できずすみません」
「いいの。無駄遣いはダメよ」

 自分で車椅子を動かそうと車輪の取っ手に手を伸ばすと、掴む前にイリヤの手が間に入ってくる。そのスピードは、車椅子の車輪が吹き飛ぶのでは? と心配になるレベルだった。
 まあ、イリヤはちょっと……いえ、だいぶ異常だけど、こういう素早さは見習いたいな。ちゃんと動けるようになったら、私もイリヤみたいにパパッとなんでもできる人になろう。

「……お嬢様」
「なあに?」

 執務をするための机に来ると、後ろからイリヤが声をかけてきた。私は、明日使うための万年筆に手を伸ばしながら返事をする。

 インクの補充は大丈夫かしら。明日は、公的なものだから青いインクは良くないわね。黒の予備を持っていきましょう。

「……」
「……イリヤ?」

 インク瓶の残量を確認して待っていても、イリヤの声は聞こえてこない。不思議に思って後ろを振り向くと、複雑そうな顔をしてこっちを向いているわ。どうしたのかしら?

「どうしたの、イリヤ」
「……いえ、なんでもありません。今日は、寝室にバスタブをお持ちしますので、全身温まって明日に備えましょう」
「いいの? 私が行くわよ」
「いいえ。腰湯をしてすぐベッドへ横になってください。冷えてしまわれたら、明日に響きますから」
「わかったわ」
「そうと決まれば、フォーリーを呼びますね」

 そう言ったイリヤは、カチッと音を立てて車輪を固定させると早足で部屋を出て行く。

 イリヤってば、身体は拭いてくれるんだけど、最近入れるようになったお風呂は毎回フォーリー担当なの。
 もしかして、よく食べて太ったからかな。イリヤよりフォーリーの方が背が高いから、私のこと簡単に持ち上げられるし。

「……イリヤとおしゃべりしながら、腰湯したいな」

 あの明るい口調で話してると、とても楽しい気持ちになるの。私、あの時間が大好き。
 アインスのドジ話やザンギフの「塩と砂糖間違え事件」、お父様の食べ物の好き嫌いの話とか。お母様の、夜会で男性に声を掛けられた回数でお父様と喧嘩した話も面白かったな。
 今度、お願いしてみよう。

 とりあえず、フォーリーが来るまでに、筆記に必要なものをまとめてカバンに入れておきましょう。忘れ物があっては、ガロン侯爵にご迷惑をおかけしてしまうもの。



***



「ガロン侯爵、ごきげん麗しゅう」
「ああ、ロベール卿か。調子はどうだ?」

 本を数冊持って王宮に向かう通路を歩いていると、前からガロン侯爵が歩いてきた。
 両手いっぱいに書類を抱え、汗をかいている。どうやってバランスを取っているのか一度は聞いてみたいと思うのだが、如何せん、忙しそうで声を掛けにくいんだ。

「おかげさまで。第一第二共に良く働いてくれます」
「ははは、そうか! お前さんのリーダーシップはエグいと聞くからな。みんなロベール卿が怖いのだろう」
「……そんな怖いですか?」
「怖いさ! なんせ、ちょっとでもサボったら宮殿の周りを5周だろ? 日が暮れるどころか、夜が明けちまう」
「それは、私の前任が考えたことですよ。私だって、5周は辛い。以前は良く走っていましたし」
「噂のあいつが考えたのか。……っつーことは、よくサボっていたんだな?」
「バレましたか」

 俺が隊長になる前は、今のように第一第二と分かれていなかった。1つのグループで「皇帝陛下直属騎士団」と呼ばれていたんだ。
 100人を超える団員が居たのだが、前任はそれを1人でまとめ上げていたらしい。化け物すぎる。
 俺も見るようにはしてるが、それぞれの団長から話を聞いて、できるだけ演習場に顔を出すくらいで精一杯だ。本当、尊敬するよ。

 俺が笑うと、ガロン侯爵も人懐っこい顔して笑い返してくれた。今日は、なんだか機嫌が良さそうだな。

「先日も、居眠りしているところをシエラに見つかりまして。1人で5周してきましたよ」
「ははは! これは愉快な話を聞きましたな。仕事の疲れも吹き飛びましたわ」
「父には内緒ですよ」
「口を滑らせないよう、努力させてもらうよ」
「頼みます。……ところで、今日はなんだかご機嫌ですね」
「わかるか?」
「ええ。いつもより、眉間の皺の数が少ない」

 それに、よく笑われるしな。いつもなら、もう少し不機嫌な顔して寒いギャグをかますが、今日はそれもない。
 彼の中でギャグを言うのがストレス解消みたいなもんだ、とシエラから聞いた時は、笑ってしまったよ。

 ガロン侯爵は、器用に書類を持ち直してニカッと笑ってくる。これは、相当良いことがあったに違いない。

「明日な、私が担当する地域の子爵令嬢を王宮に招くんだ」
「……連れ込みはダメですよ」
「何を言う! 仕事だよ、仕事!」
「そういうことにしておきます」
「違うって! 冗談でも、ジェシーに言うなよ。あいつが怒ると、料理長とタッグを組んでディナーのメインを減らしてくるんだ」
「へー」
「おい!」
「はは、言いませんよ。ガロン侯爵が居眠りを言わなければ」
「全く、そういうところはロベール侯爵にそっくりだ」

 これで、先ほどのサボりをお父様へ言われずに済みそうだ。
 しかし、似てるというのはちょっと嫌だな。俺は、あんな頑固ではない!

 なお、ガロン侯爵は、愛妻家として知られている。それと一緒に恐妻家とも噂が……いや、愛妻家だ。そうだとも。

「それにしても、子爵令嬢を呼ぶとは。陛下に許可は取ったのですか?」
「当たり前だろう。彼女の出した計算式を見せたら、今日からでも王宮に住み込んでもらえと本気で言っていたぞ」
「そんなに優秀な方がいらっしゃるのですね。羨ましい」
「まあ、陛下は自分の仕事を手伝って欲しそうにしていたがな。私が渡さないさ」
「そこまで素晴らしい方がいらっしゃるのに、今まで放置していたのですか? 貴方らしくない」
「いや、最近目が覚めたんだ。以前は仕事なんか見向きもしなかったのに、起き出してから積極的に関わろうとしてるらしくてな。ご両親に似ず、頭の回転も早い」
「……え?」

 最近目が覚めた子爵令嬢。

 その情報で、俺の頭にはベル嬢がすぐに浮かんだ。あの辺は、確かガロン侯爵が管理する領地だった。彼女が、王宮に来るのか。そうか……。

「なんだ、知ってる顔して」
「あ、はい。この手の傷を治療してくれたのが、フォンテーヌ家なので」
「なんと! そうかそうか、お前さんも世話になっていたとは」

 ということは、やはり彼女らしい。
 仕事が好きだと言うあの話は、どうやら本当だったようだ。好きなだけでなく、こうやって成果に繋がっていることは並大抵のことではない。努力家でもあったんだな。

 しかし、あんな細くては、ここまで来るのに体力を使ってしまう気がする。また、倒れでもしたら大変だ。

「でも、彼女の体調は……」
「大丈夫だ。無理のない範囲で、スケジュールをもらっている」
「そうですか、杞憂でした」
「私は直接見たことないのだが、どんなご令嬢なんだ?」

 そうか、見たことがないのか。

 俺は、ガロン侯爵の言葉に考え込んだ。
 なんと言えば良いかな。なんと言えば……。そうだ。

「銀髪の美しいご令嬢です。それに、目が特徴的で。とても澄み切った瞳で真っ直ぐ前を向かれ、強い意思を持つお方です」

 そう。城下町で会った時、目が離せなかった。彼女の瞳が、何故か俺を離さなかったんだ。見ていて飽きないお方だった。
 サレン様とはまた違ったものをお持ちで、守りたいではなく、一緒に歩きたいと思わせる瞳をしていた。
 ベル嬢。不思議なお方だ。

 俺が話すと、ガロン侯爵がポカーンとした顔をしてこちらを見てきた。何か、変なことを言ったのだろうか。

「……お前がそこまで言うとは。明日が楽しみになってきたよ」
「そこまでって……。事実を言ったまでですよ」
「明日昼前、鈴蘭の間にいる。昼には終わらせるから、挨拶しに来いよ」
「えっ……。別に、俺はベル嬢に挨拶なんか」
「何言ってんだ、ベル嬢にではなく手の治療をしてもらった医療者にだ。明日は、ベル嬢のほかに、専属侍女と医療者が来る」

 墓穴を掘ったかもしれない。

 ガロン侯爵は、気持ちの悪いほどニヤニヤとした顔つきになって俺を見てくる。

「まあ、ベル嬢に個別にご挨拶がしたいのであれば、止めはしないがな」
「っっっ!」

 しかも、言い逃げしやがった!

 俺が反論する前に、彼は小脇に抱えた書類を持ち直して宮殿の方へと向かって行ってしまった。……結構大きめの笑い声を響かせながら。

 でも、明日か。明日は、宮殿へ出向いて陛下のお守りがあるから、顔を出すだけ出してみようか。
 ああ、それにジョセフへの尋問の進み具合によるか。グロスター伯爵が出てこないから、長引きそうなんだ。
 あまり期待しないでおこう。

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