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忠誠心と遊び心

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 立ち止まったジルベール卿の視線の先を見ると、そこにはルフェーブル卿の姿があった。
 それに、サルバトーレ殿、執行人のマントを羽織った元老院が続く。

 この状況に黙っていられるほど、俺はできていない。

「ルフェーブル卿、これは……」
「ロベール卿、すれ違ってしまいましたな。ヴィエン殿とマークス殿より伝言はもらっています。報告ありがとうございました」

 行く手を阻むように立つと、ケロッとした表情でルフェーブル卿が立ち止まる。
 その表情は、以前サレン様のご家族が亡くなったことを知らせた時のように輝いていた。聞かなくてもわかる状況に、反吐が出そうになる。

 サルバトーレ殿に目を向けるも、こちらを一切見ようとしない。どこに視線を向けているのやら、虚空を見つめ続けている。その腹部から乾き切った茶色のシミが覗いているのを見る限り、止血は済んでいるらしい。鮮血だったら、赤いはずだろう。

「ルフェーブル卿、答えになっていません。これは、なんですか? サルバトーレ殿が無関係と証明したのは、他でもない元老院側だ」
「状況が変わったじゃないですか。裁かれるべきご両親が、その責務を放棄した。であれば、必然的にその役割を担うのは子であるべきだ」
「しかし、サルバトーレ殿には養子縁組の書類が提出されています。その考えは無効です」
「状況が変わった、と言いましたよね。先ほど、死者が600人を超えたとの連絡を受けました。それでもロベール卿は、苦しんで亡くなっていった領民よりも養子縁組に逃げた罪人の息子の肩を持つとでも?」

 一瞬、その言葉に答えを詰まらせた。
 サルバトーレ殿の婚約者である、ベル嬢の顔が浮かんだからだ。婚約者が処刑台に上がる、それがどれだけ精神的にくるものか計り知れない。俺は、その気持ちと領民の気持ちを天秤にかけてしまったんだ。
 それ汲み取ったのかなんなのか、サルバトーレ殿が口を開く。

「ロベール卿。ルフェーブル侯爵のおっしゃっていることは正しいです。私は、フォンテーヌ家に長期間住んでいませんし、お仕事は手伝ったもののその証拠もない。それに、知らなかったとはいえ彼女にもひどいことをしてしまっていた……。これは、父様母様の犯した罪を背負えという天啓でしょう。私は、それに従います」

 ひどいこと、とはなんだ?
 どのような話を経て今に至ったのか、その場にいなかった俺が知る由もない。しかし、その言動には全てを受け入れたようなそんな覚悟が透けて見える。
 しかも、それに満足したような表情でこちらを向くルフェーブル卿がなんとも言えん。

 扉の向こうを見ると、こちらを見てるアインスとクラリスの姿を見つける。
 アインスは、膝を付き息を引き取ったダービー伯爵の隣に居た。クラリスはその後ろで、両手で顔を覆って立ち尽くしている。
 本当に? 本当に、これで良いのだろうか。

 俺は、「現場検証を失礼します」と淡々とした口調でジルベール卿とその補佐が通るのをぼんやりと認識するだけの余裕しかなかった。

「とのことだ。そこを退いてくれないか、公務執行妨害で騎士団を訴えるぞ」
「……」

 それを言われたら、立場上退くしかない。

 しかし、気持ち的には退きたくないに決まってる。俺が、騎士団のただのメンバーだったら立ちはだかり続けたに違いない。これだから、人の上に立つのは嫌なんだ。
 それに、ジルベール卿だって、一族の連帯責任制度が好きじゃないと言っていたじゃないか。なのに、ルフェーブル卿と同じくケロッとした顔してアインスと握手を交わしている。やはり、先ほどのメニューに関して相談しなくて正解だったな。

「それで良い。あとは、こちらの管轄だ。夕方には、準備を整えて連絡をしよう」
「サルバトーレ殿」
「……何か」

 俺には俺の、できることがあるはずだ。
 騎士団の隊長だからこそ、できることが。

 ルフェーブルの隣に居るサルバトーレ殿に声をかけると、目を合わせずに返事をしてくれた。
 俺は、全てを受け入れた彼に向かってずるい言葉を放つ。

「お仕事を手伝ったと言いましたよね。現物はどちらに?」
「……ベル嬢に預けてあります」
「わかりました。……ルフェーブル卿、本日夕方と言いましたね」
「何が言いたい」

 法律を盾に取って仕事をしようとするならば、こちらも同じ手を使うまでだ。
 
 俺は、サルバトーレ殿が養子縁組しフォンテーヌ家に入るのを望んでいる。
 彼の人柄、周囲の人間の気持ちを汲んでいるのは否定しない。しかし、一番望んでいることは、裁かれるべき人間が裁かれること。連帯責任というくだらない制度を止めるきっかけになればなお良しと思っている。
 もう、そういう時代は終わりにしたいんだ。

 それに、この件では裏で誰かが操っていることは確定している。
 俺は、そっちを法律で裁きたい。そう、あるべきだと思う。

「養子縁組が、住んだ日数と仕事の貢献具合によるというのは変わらない法律です。彼がやった仕事があるのであれば、それを待つべきでしょう」
「……一理あるが、時間がないのも事実だ。これ以上は、領民への示しがつかない。私としては一刻も早く、ダービー伯爵と伯爵夫人が死んでいることを公表したい」
「では、今日中に書類を「夕方までだ」」
「……わかりました。それまでは、お待ちください」

 やはり、だめか。今日中なら、ギリギリ間に合うと思ったが……。
 それでも、時間をもらうことができた。そうと決まれば、すぐ行動せねば。

 俺は、ルフェーブル卿に頭を下げ、アインスの居る部屋へと向かった。すると、後ろから、

「……今日の執行は、日が落ちてからになりそうだな。松明を用意しよう」

 という言葉が聞こえてくる。
 それを無視して部屋へ入ると同時に、クラリスが動いた。

「私がサルバトーレ様に付いて行きます。どうか……どうか、よろしくお願いいたします」
「任された。やれることはやろう」

 俺に向かって一礼した彼女は、今まで泣き腫らしていただろう瞳に涙はない。
 やはり、クラリスは強いな。主人と決めた人物を最後の最期まで守り抜く、そんな決意を持った表情をしていた。……嘘をつき続けた俺とは大違いだ。
 そんな彼女は、遠ざかるサルバトーレ殿の後を追って行かれた。その後ろ姿すら、俺には眩しすぎて見られたものではない。

 それよりも、やるべきことがあるじゃないか。

「アインス、悪いが手伝ってくれるか?」
「はい、なんなりと」
「歩きながらになるが、ルフェーブル卿との話を教えてくれ。こっちも話したいことがある」
「承知です」

 俺は、部屋の中に居るアインスに声をかけた。
 すると、カバンを持ってすぐに立ち上がってくれる。陛下に依頼されたことは、その後にやろう。そっちは、まだ時間がある。
 それより今は、サルバトーレ殿のことが優先だ。


 もう少し余裕があれば、その近くで現場検証をしているジルベール卿の手が止まっていることに気づいただろうな。その時の俺は、全く気づかなかったんだ。



***



 サヴィ様と一緒に頑張ったお仕事をガロン侯爵に届けた私は、久しぶりのミミリップに心を踊らせていた。

 あの時、イリヤとシャロンに「どうされますか?」って聞かれて考えた時、ダメ元でこう答えたの。

『じゃあ、今からガロン侯爵にお会いしてお仕事を渡しましょう。印をいただいたら、その足で王宮に向かうの。そうすれば、サヴィ様を救える材料を作れるし、エルザ様のお誘いを無下にしなくて良いでしょう?』

 言ってみるものよね。
 約束では明日お会いする予定だったガロン侯爵へ、シャロンが陛下の名を使って無理矢理スケジュールをあけさせてくれたし、急にお伺いしたのにも関わらずご本人も歓迎してくださったし。後で落ち着いたら、ガロン侯爵へ何かお礼を届けないと。

 それに、こんな急なお願いにも関わらず、パッと用意をしてくれたイリヤを始めとする使用人たちにも感謝しても仕切れない。軽食を作ってくれたザンギフたち、持っていくお仕事をまとめてくれたアラン、ガロン侯爵のお土産にって花束を作ってくれたバーバリーもそうだけど、特にフォーリー!
 彼女は、エルザ様からいただいたドレスを着せてくれて、髪型も綺麗に整えてくれたの。その隣で、イリヤがお化粧もしてくれて。
 ガロン侯爵に、お仕事だけじゃなくて容姿を褒めていただきとても嬉しかったわ。だって、使用人みんなが頑張ってくれた証でしょう。

「イリヤ、はしゃぎすぎちゃダメよ!」
「お嬢様あー! 見ていてくださいよー!」
「見てるわ、見てる」

 今は、ちょっとだけ休憩中。
 シャロンが、陛下に報告するためにミミリップの城下町の様子を見ておきたいのですって。私にドレスを渡した後、ここに来る予定だったとか。
 私も、息をつく間も無くここまで来たから、ちょっと休みたかったの。ちょうど良かったわ。

 でも、休憩中だと言うのにイリヤは元気元気。
 寒空の下だと言うのに、広場にある噴水にはしゃいで先ほどからバシャバシャと素足を溜まった水の中に入れて遊んでいるの。足で水を蹴ると、そこに小さな虹ができるのですって。それを、私に見せたいとか。……風邪を引かないと良いのだけど。

 シャロンの用事が終わったら、王宮に向けて出発しましょう。今出れば、夕方前に王宮へ着くと思うから。
 あのね、王宮の馬車ってすごいのよ。普通の馬車よりも、スピードが違くてね。乗り心地はイマイチだなって思っていたけど、早く着いたからびっくりしすぎてお馬さんに「足は4本ですか?」って聞いちゃった。もちろん、イリヤとシャロン、そして御者さんにも笑われたわ。
 それに、よくわからないんだけど、御者さんに「こっちの馬はたまに足が5本になる」って言われたの。イリヤは大笑いして、シャロンは顔を真っ赤にして……あれは、なんだったのかしら?

「今日は、天気が良いね」
「ええ、そうですね」

 そんなことを考えていると、私が座っている後ろのベンチに誰かが座ってきた。
 とてもおっとりとした口調の男性ね。この低さで女性だったら、ちょっとびっくり。顔を見たくて振り向こうとしたところ、その人はこんなことを言ってくる。

「振り向かないで。アリス・グロスター」
「!?」

 その言葉で、全身に力が入った。
 私をアリスだと知っている人は、イリヤとアインス、それにシャロンだけ。ベルはこの世界に居る訳ないし、他の人に言った覚えはないし……。この人は、誰?

 でも、ジェレミーの時みたいに、恐怖はない。
 むしろ、なぜか安心感さえある。なのに、心は警戒してる、そんな感じ。

「君に危害を加えるつもりはない。今日は、挨拶をしようと思ってね」
「……どなたでしょうか。返答によっては、人を呼びます」
「ははは! 話に聞いていた通り、怖いもの知らずだねえ。ベルとは正反対だ」
「ベルの知り合いですか」
「知り合いというより、彼女に手を貸してる者……という言葉が正しいかな」
「……え?」

 ベルに手を貸してる?
 でも、ベルはこの世に居ない存在よ。私がこの身体に入る前のベルの話かしら。

 驚いて声が出せずに居ると同時に、周囲の音が全く聞こえてこないことに気づく。でも、イリヤは相変わらず楽しそうにはしゃいでいるし、空に浮かぶ雲は風と共に流れているわ。どういうこと?

「まあ、私の正体なんてつまらない話は止めよう。それよりも、君の身体のことだ」
「私の、身体?」
「そう。君は、ベルからどこまで聞いてる?」
「どこまでって……。私がグロスター家に何があったのか調べ終わったら、身体を返すと言ってあるわ。何も聞いてはいないけど」
「やはりな。まあ、今はそれで良い。私もしばらくこちらに居るから、助けて欲しい時は呼びなさい」
「……呼ぶも何も、あなたの名前も知らないし、ましてやそんな義理はないわ」

 と、話が進んでも、一向に相手の意図が読めない。
 こちらに居るって、いつもは隣国に居るの? それとも、もっと遠い国?
 それに、助けて欲しい時って言われても……。自分でどうにかしないことには、状況は変わらないでしょう。

「ははは! 君のその一貫した考えは良いね。裏表がない」
「え?」
「私は、君の心の中も読める。何を考えているのか、……それこそ、生クリームたっぷりのパンケーキ食べたいなとか」
「なっ!? なん……」
「婚約者を救った後で、そこではしゃいでる付き人に言えば良いさ。でも、今は急いだほうが良い」
「急ぐ……?」
「ああ。夕方までに、君が持っている仕事をした証明書がなければ、婚約者は処刑されるらしいよ。領民の死者が600人を超えたとか」
「な、なんですって!?」
「今日は、君に挨拶がしたかっただけだから。早く行くと良い」

 婚約者って、サヴィ様のことよね? え、振り向きたい。振り向いて、ちゃんと話したいわ。
 敵じゃないなら、顔くらい見せてくれても良いでしょう。

 そう思ったけど、私はその人の顔を拝むことはなかった。

「ああ、そうだ。皇帝陛下の付き人は、君に隠していることがあるね。君にも関わる出来事だから、聞いてみると良い。それに、付き人への伝言も早めにした方が良いかもね」
「……なぜ、そのような情報を私に?」
「ベルに会いにきただけの君を、間違って過去へ飛ばしてしまったんだ。その償いをしないと、バランスが取れない」
「え、それって……?」

 飛ばしてしまった……? その言葉で確定した。
 今、私が話している人は、この世の人ではないと。

 驚いて振り向いてしまったけど、そこには誰も座っていなかった。ただ、広場で遊ぶ子供たちがいるだけ。それに、いつの間にか周囲の音も戻ってきてるわ……。今のは、何?

「お嬢様あー! 今の見てましたあ?」
「……」
「お嬢様? どうされました?」
「今、私の後ろに誰か居た?」
「いえ? 誰も座っておりませんでしたが……」
「そう……」

 もしかして、私ったらこんなところで寝てた? さっきも馬車の中で少しだけ寝ちゃったし、ありえないことはない。
 でも、それが夢じゃないことは、わかっていた。

「イリヤ、シャロンを連れて急いで王宮へ向かうわ」
「え? どうされたのですか? これから、軽食を召し上がる予定では……」
「それよりも、急いでこのお仕事の証明書を持っていかないと。サヴィ様が処刑されてしまうの!」
「……急ぐので、その情報の経緯を馬車の中でご説明ください」
「わかったわ。他にも聞いて欲しいことがあるの」
「承知です」

 別に、誰にも言うなとは言われてないし良いわよね?
 私は、急いで靴を履いて街中へと向かうイリヤの隣を小走りでついていく。彼女が話を信じてくれてよかったわ。
 
 ここから王宮まで片道30分。
 広場の時計は15時を指しているから、余裕で間に合う。

 そんな私の頭には、あることを認めたくない自分とそれを望んでいる自分の2つの思いが入り混じっていた。


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