愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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香車か飛車か、棋士は語る

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「……アインス?」

 サルバトーレ殿の待機していた部屋を出ようとしたところ、アインスが不意に立ち止まった。その視線の先は、サルバトーレ殿が消えた廊下を見ている。
 何を考えているのか、表情は暗い。まあ、養子に迎えようとしている彼を心配しているのだろうな。心中を覗くことは出来ぬが、気持ちは痛いほどわかる。

 俺が声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いた。
 どうやら、無意識になっていたらしい。大丈夫か?

「失礼しました。行きましょうか」
「ああ」

 サルバトーレ殿とルフェーブル卿が居なくなった部屋の中、ジルベール卿を中心とした鑑識が動き回っていた。その間で、アインスがサルバトーレ殿が口にする予定だった食事と俺が持ってきたダービー伯爵たちの食事を調べてくれてな。
 結局、サルバトーレ殿の食事には毒が入っていなかった。ダービー伯爵たちの食事にも。その代わり、予想していた通り青いグラスに注がれた水から、青酸カリの成分が摘出されたらしい。やはり、アリスお嬢様が殺されたあの事件となんらかの繋がりがあるようだ。それが、確定した瞬間だった。
 もし、グロスター伯爵の裏でアリスお嬢様を殺した奴が居るならば、俺はそいつをこの手で……。

 とにかく、毒がどこに入っていたのかだけわかれば今は良い。後は、ジルベール卿に託そう。
 俺が話しかけると、すぐにジルベール卿が引き継いでくれた。その順応力は、やはり仕事ができる人物であると思わせてくる。敵だったら、ちょっと厄介かもしれん。
 まあ、今はそれを考える時ではない。

「ロベール卿、旦那様はシン様について行かれたのですよね」
「ああ、間違いない。……そうか、後で様子をという話だったな。今、見て行くか」
「いいえ、大丈夫です。シン様でしたら、安心してお任せできますから」
「……そうか」

 その提案はありがたい。なんせ、今は時間がないから。

 でも、アインスはシン様の何を知っているのか。……ああ、そうか。宮殿侍医だったな。その時、色々あったのだろう。
 シン様は、頭脳明晰なお方だからアインスとの会話が弾んでいる様子が目に浮かぶよ。彼も、医学を勉強中と言っていたし。そもそも、今回の領民の体調不良が毒であるといち早く気づいたし。
 そんなことを考えつつ、俺とアインスは、以降無言のまま早馬を借りに城門へと向かう。


 その後、アインスの提案により早馬を2頭借りた。顔見知りの門番へ伝言もして、これで一安心だ。
 俺がミミリップに居るガロン侯爵の元へ、アインスがフォンテーヌ家へ向かうことにしたが……。アインスは、1人で大丈夫だろうか。こう言う時、やはりシエラがいてくれたらと思ってしまうよ。
 なんせ、ラベルはサレン様の元に、ヴィエンは肝心な時にいつも居ないのだから。

 それにしても、なぜ俺はアインスに剣を持つよう言われたんだ?
 身軽の方が、早く馬を駆れるのに。真剣な表情で言うものだから、断れなかったよ。


***


 ロベール卿と別れた私は、数年ぶりに乗った早馬の感覚に手を痺れさせていた。歳だな。
 宮殿侍医だった時は、よくこれに乗って地方をまわるシン様の看病に駆け回った。そのせいで、騎士団員すら乗馬に苦労するようなじゃじゃ馬でも、簡単に乗りこなせる程度には腕が上がってしまっている。
 ……イリヤには負けるが。あの子は、規格外だ。何をやらせても器用にこなす。比べたらいかん。

 シン様は、カイン皇子よりも私と過ごした時間が長かった気がする。故に、私の医学知識を引き継ぎ今じゃ「医者になる!」とまで言うようになったらしい。第二皇子なのだから、そこは王族としての役割を勤めてほしいところだが……。まあ、周囲も認めているらしいし、元罪人の私が口を出すところではないか。
 シン様とカイン皇子。両方、私にとっては我が子のように可愛い。エルザ様に似通ったお顔は、並べると双子と言っても過言ではない。今もそうなのか、ちゃんとお顔を拝見したいところだが……。

 そうそう。
 双子といえば、とても気になることがあったんだ。

「顔が似ていたな」

 職業柄、人の顔を覚えるのは得意だった。初対面では、必ずそのお方の顔の特徴をいくつかあげて脳内にインプットさせる。それは、医療者として必要なスキルだ。
 なんせ、切迫した医療現場であっても、患者を取り間違えて薬を与えれば死に直結することだってある。だから、医者の卵は医療技術ではなく人の顔を覚えることから研修が始まるんだ。名前も言えない患者だっているわけだから、名前を聞いて確認して……なんて、やっている暇はない。

 だからこそ、それに気づいた。

 サルバトーレ様に付くクラリス殿と、ロベール卿と一緒に来られたあの元老院の男性。あれは、絶対に血の繋がりがある。偶然だろうか?
 まさか、生き別れの姉弟なんてことは無かろう。見ていたら、クラリス殿は普通だったが元老院の男性は一度だけ彼女の方へ視線をやっていたんだ。一瞬だったため見間違いかもしれんが、それ以降、その男性が意図的にそっちを見ないようにしていたから、確実に何かはある。とはいえ、クラリス殿の主人に対する忠誠心は本物だし、私に手を差し出したあの青年に悪意はなかったからそのままにしたが。
 このことは、憶測の域を出ていなかったから、ロベール卿には言っていない。

 それに、彼は、良くも悪くも素直な人間だ。
 一度懐に入れた相手は信頼するものの、そうでない人には心すら開かない。そんな人間だからこそ、騎士団隊長というあの地位に立っていられるのだろうが。
 明るく聡いロベール侯爵の嫡男にしては、少々近寄り難い人物と言えよう。アリスお嬢様の件でああなってしまわれたのだとすれば、それは悲劇に違いない。

 おっと、話が脱線してしまった。
 さて、私はこれからどうすべきか。

「ちょっと止まろうか。君も、休憩しよう」

 ロベール卿と別れて5分は経ったか。このくらいで良いだろうと思った私は、道端に馬を止めた。
 ちょうど、休憩するのに良さそうな原っぱが見える。花が風に揺られて気持ちよさそうだ。あそこなら、馬も足が痛むまい。

 実の所、私はフォンテーヌ家に戻るつもりはなかった。
 なぜなら、あそこに戻ったところでサルバトーレ様の判決が下される時間には間に合わないとわかっていたから。では、なぜここまで来たか?
 そりゃあ、ロベール卿をガロン侯爵の元へと向かわせたかったから以外に理由はない。

 今日、フォンテーヌ家にガロン侯爵の使いが来る予定だった。つまり、すでにサルバトーレ様がやったお仕事は運ばれていると言うこと。早ければ、そのお仕事が王宮に運ばれていることだってありえる。だから文字通り、行っても意味がないんだ。
 それよりも、ガロン侯爵の使いにはいつも護衛がいない。そっちの方が気になった。だから、武装したロベール卿を向かわせたと言うことだ。
 貴族の使う馬車には、乗り口に紋章が記されている。今回の騒動は裏で何者かが動いているのは確定しているから、その馬車が狙われる確率は高い。そんなところに年寄りの私が行っても、邪魔になるだけだろう。

「君は、早馬にしては人懐っこすぎるぞ。本当ならば、こんな草原で仲間と駆け回っていただろうに。もっと、人間様を恨まないと」

 馬から降りて話しかけると、言ったそばから顔を近づけてきて頬を舐め回してくる。これは、可愛らしい馬だな。
 少し休んだら、王宮へ戻ろう。旦那様たちが心配だから。

 ロベール卿とガロン侯爵の使いの者が、うまく会えると良いのだが。
 そこはもう、運任せにするしかあるまい。


『アレン? 強いよ。多分、向かい合えば互角に戦えると思う。でもね……』

 そんな時、フォンテーヌの屋敷の庭でイリヤと会話した内容を思い出す。
 あれは、アリスお嬢様の正体を知った日の数日後だった気がする。アリスお嬢様の執事がロベール卿と知って、興味を持って聞いてみたんだ。

 いろんな話が聞けたけど、一番印象に残っているのはこの言葉だったよ。
 あの時のイリヤは、瞳を濁してどこか普通じゃない雰囲気のままこう続けた。

『アレンは、人を殺したことがない。その経験の有無は、大きいよ』

 そう言いながら、偶然足元にやってきた野良猫を抱きかかえて、くしゃみをしていたな。猫アレルギーらしい。

 
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