愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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0801

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 テレサ・グロスターの死は、思った以上に自身の生活に支障をきたさなかった。
 帰国後、ノーラ国王陛下から送られてきた書類にサインをしてそれきり。彼女の遺体は、隣国で「処分」してくれるとのことだった。それを聞いた陛下は、小さく頷いただけ。ここ数日、その話は一切出ない。もう終わったことなのでしょう。

 今日は、騎士団に紛れ込んでいた人物の口頭尋問がある。隣国でロベール侯爵に聞いた時は、驚いたわ。まさか、騎士団にスパイが混ざり込んでたなんて。でも、どこの誰なのかまではまだわかってないの。これから、それを問いただすところ。
 陛下の代理で取調室へ向かうと、廊下が騒がしいことに気づいた。見ると、ラベルと……誰かしら? 見たことがない男性が言い争いをしている。

「どうされましたか」

 私が声をかけると、ピタッと言い争いが止まった。
 ラベルと話していた人がこちらを向いたけど、やはり見たことがない。一度見れば、大体の人は覚えているはずなのに。

 その人物は、ラベルよりも長身、というか大柄で、一言で表すと「壁」って感じ。でも、どこか知的な雰囲気が備わっている。暴力的な印象なのに、顔を見るとその考えが消えていくの。こんなインパクトのある人、一度見たら忘れないのだけど。

「マルティネス陛下の代理の方ですね。私、ルフェーブルの代理で参りました、サモンと申します。こちら、ルフェーブルより預かっております代理証です」
「ご丁寧にありがとうございます。陛下代理のクリステル・ランベールです。これから別件がありますので、陛下にご用件がありましたら後ほどお伺いします」

 サモンと名乗った男性は、代理証を掲げて、まるでそれがあればどこにでも入れると思っているような態度で話しかけてきた。少しムッとしたけど、ここで事を大きくしたって陛下は喜ばない。

 私は、気づかれないよう深呼吸して口を開いた。
 すると、驚いたような表情をされたけど……何か変なこと言ったかしら?

「承知しました。では、終わりましたら声をかけさせていただきます」
「いいえ。いつ終わるか不明なので、終わりましたらこちらからお伺いしますわ」
「いえ、しかし……」
「待たせてしまうのはこちらですので、お気になさらず。そちら棟に伺えばよろしいでしょうか?」
「……はい、それでお願いします」

 サモン卿は、そのまま走るようにどこかへ去ってしまった。そっちは、一般受付だけど……。何をしたかったの?
 改めてラベルの方を見ると、怪訝そうな表情で走り去った男性を見ている。

 今日はロベール卿が外出と聞いていたけど、良い傾向ね。いつも彼、仕事を溜め込んで部下におろさないから。
 どういう風の吹き回しかしら。サレン様のところにも行ってないし、アリスお嬢様にでも会いに行ったのでしょうね。

「ありがとうございます、クリステル様」
「いいえ、特に。あの方は、何をおっしゃっていたのですか?」
「ルフェーブル侯爵の代わりに尋問に参加するとおっしゃって。でも、今日は王族だけじゃないですか。突っぱねてたんです。そしたら、話が違うと……」
「話が違う?」
「ええ、確かにそう言っていました。全く、ルフェーブル侯爵もルールを守らなくなったらおしま……あっ、アレンから元老院と揉め事を起こすなと言われてたのに! やっちまった!」
「大丈夫よ。怒られたら、私が口添えするから」

 話が違う? それは、どう言う意味?
 サモン、と言ったわね。これが終わったら、調べてみましょう。

 でも、まずは……。

「お待たせ、クリスちゃんと……あら、ラベルちゃんじゃないの」
「……ご足労感謝いたします、エルザ様。しかし、ちゃんはどうかと」
「いいのいいの。さ、入りましょう」

 まずは、ヴィエン卿とマークス卿の尋問を始めましょう。
 私は、後から来たエルザ様とシン様と一緒に、ラベルが開けてくれている部屋へと入っていった。
 予定通り、尋問対象のお2人が座っているのが見える。奥には、見慣れた騎士団の団員が2名。

 ……ロベール卿も大変ね。まさか、部下に裏切り者がいるなんて。
 こう言うのがあるからきっと、仕事を自分で溜め込んでしまうのね。アリスお嬢様の付き人になれば、その気持ちが痛いほど理解できるから何も言えないけど。
 でも、よかった。彼、少し休んだ方が良いと思うの。今頃、アリスお嬢様と誤解を解き合ってるのかな。


***


「騎士団も体力ねえな」
「お前と比べるな! そもそも、俺は車椅子も押してんだよ!」
「ごめんね、アレン。足手まといで」
「あ、いや。そう言うわけじゃなくて……」

 凹凸のある鉱山の道に出て、30分は経ったと思う。

 その間、ジェレミーが指差した方に出てくるわ出てくるわ、違法物の数々。それらが、数年前に違法摘発されたカジノの報酬品なことはすぐにわかった。中には、王族の紋章が描かれている額縁や王冠まである。
 それらが、隠し通路のような場所に大切に保管されているんだ。今まで、よく見つからなかったな。ジェレミーによると、複数の貴族の合同保管場所になっているらしい。巧みに隠されているのもあり、これは知っていないと見つからないと思う。帰ったら、この処理でしばらく帰れないだろうな。

 しかし、奴はそれが目的ではないらしい。「欲しけりゃ後で取っていけ」と言って、ズンズンと前へ進んでいる。車椅子を押しながらそれについていくのは、かなりの体力がいるんだよ!

「ははは! 俺ぁ、男どもと殴り合いした後夜通しで女抱いてるからな。お前らとは体力が違う」
「そういう自慢をするな!」
「妬くな妬くな、後で名器紹介してやるから。仲介料くれよ」
「うるせえ!」
「ははは、隊長サンお顔が真っ赤ですよ~」
「~~~!!」

 しかも、先ほどから煽ること煽ること!
 そうやって女性を食い物にするな! 貴族としての誇りを持て! なんて言ったところで、こいつが改めるとは思っていない。
 お願いだから、他の女に夢中になっていてくれ。そのままの勢いでベル嬢に突撃するのだけはなんとしてでも阻止してやる。彼女に、奴はもったいない。

 まあ、それは置いておいて。
 ジェレミーは、笑いながら小道に入っていった。すると、今までニコニコ顔で俺らの会話を聞いていたシエラに変化が訪れる。

「どうした、シエラ」
「……頭が痛い」
「大丈夫か? 布は持ってきてるから、横になるなら言ってくれ」
「いや、大丈……っぁ」
「ビンゴ。この辺か」

 シエラは、突然頭を抱えてうずくまった。
 その拍子に車椅子から転げ落ちるものの、前を歩いていたジェレミーがタイミングよくキャッチしてくれる。その横顔は、真っ青になって唇を震わせていた。

 ここが、シエラの記憶と何か関係があるのか。
 そのくらいはわかるが、逸れた場所はもっと麓の方だったし、ここも捜索範囲の中に入っていたんだがな。なぜ、あの時は見つからなかったのだろう。
 俺は、ジェレミーからシエラを受け取って、楽な体勢を取らせた。

「……マークスが、来る」
「!?」
「待て、今じゃない。記憶を探ってるんだ」

 シエラの声に反応し剣を抜こうとしたら、それをジェレミーが止めてきた。
 改めて腕の中で震えるシエラに視線を向けると、ガクガクと震えながらも懸命に何かと戦っている。そうか、そもそもマークスは牢屋に捕らえられているじゃないか。ここに来るはずはない。

 どうやら、この件にもマークスが関わっているらしい。
 あの独特な雰囲気は、何をやらかしていてもおかしくない。今までなぜ気づかなかったのだろうと思うほど、彼には狂気が潜んでいる。

「知らない男と、扉を開いてる……。暗証番号は、0801……」
「0801? それって……」
「今は黙ってろ。暗証番号の他に、何をしてた?」
「……カードだ。カードを……っう」
「オッケー、わかった。待ってろ」

 力なく寄りかかるシエラと視線が合うよう腰をかがめていたジェレミーは、立ち上がって周囲の壁を両手で触り出した。ここは、鍾乳洞のようになっていて薄暗い。こうなるなら、灯りを持ってくるべきだったな。
 俺は、黙ってその様子を眺めていた。その最中も、シエラは頭を抱えながらも懸命に言葉を紡いでいる。

 しかし、これ以上はシエラが壊れてしまいそうだ。今まで見た中で、一番苦しんでいる表情をしている。背中をさすってやってはいるものの、そんなのは焼け石に水に近しい。
 もういいよと声をかけようとした矢先、ジェレミーが口を開く。

「ビンゴ♪」
「な!? なんだ、それ……」
「マクシムから、ここの話は聞いていたんだがな。雇い主が違うから、ここの場所までは知らされてなかったんだ」

 顔をあげると、今まで壁だと思っていた場所がぽっかりと空いて、奥へと道が続いている。
 奴の手には、カードが握られていた。どうやら、そのカードと先ほどの暗証番号で仕掛けを反応させたらしい。俺が見る限り、カードも暗証番号も入れるような機器は見当たらない。どうやったんだ?

 道ができると、そこから冷たい空気が流れてくる。
 と、同時に、シエラの息遣いが荒くなった。

「ヒッ……い、痛い、痛い! うぅ」
「シエラ!」
「う、ううわあああああ!!」
「大丈夫だ。ゆっくり呼吸をして。……そうだ、上手だ」

 きっと、シエラはこの奥で暴行されたのだろう。
 尋常ではない震えが、それを教えてくれる。

 背中をさすりながら声をかけると、聞こえて言えるようで必死になって息を整えようとしている。それでも、現れた道を見るとパニック寸前になるらしい。そりゃあ、あれだけ傷つけられたら誰でもこうなる。
 これ以上進みたくないが……ジェレミーは前に進みながらも「来い」と手で小招いているからここで止まる気はないようだ。

 シエラは、震える手で近くにあった車椅子を手繰り寄せた。
 それに合わせて乗せてやると、ジェレミーのいる方へと進もうとタイヤ部分に手を置いている。

「俺がやるから」
「……ごめん。ここまで出てるんだけど、怖くて何も思い出せない」
「良い。無理するな」

 じっとりと汗で濡れたシエラの手を払い除けた俺は、深く腰かけたのを確認して車椅子を前進させた。

 もっと歩くと思ったが、5分程度で目的地についたらしい。
 ジェレミーが、これまた不自然な場所にある扉の前に立っている。

「なあ、隊長サン。さっきの暗証番号の意味は知ってるよな」
「……ああ」
「あの番号な、5年前に起きたカジノの不正取引に用いられた奴なんだ。意味、わかるか?」
「まさか……」

 俺らが到着したのと見計らって、ジェレミーは扉を開けた。俺に問いかけながらということは、そのカジノの事件と暗証番号の意味がどこかでつながるのだろう。

 まさかと思いつつもそうじゃなければと願っていると、開け放たれた扉の奥に、さらに衝撃的なものが視界に飛び込んできた。

「な、なんだこれ……」
「部屋だよ。アリスの自室を再現した部屋だ」

 そこには、生前のアリスお嬢様が過ごしていらした自室が広がっていた。
 ティーテーブルや置物など、家具が同じなだけじゃない。机の配置、ベッドの向きなど、細かい部分まで彼女の部屋に類似した造りになっていたんだ。これは、どういうことだ?

 その光景に唖然としていると、今の今までガチガチになっていたシエラが肩の力を抜いて口を開く。

「思い出した。僕は、ここに来た。グロスターの屋敷にあった部屋と同じで……マークスが居て、ここで僕は……」
「多分、サレンって奴はここで暗示をかけられたんだろうな。アリスとしての振る舞いをここで学んだんだ。その証拠に、彼女のメモ書きが置かれてる。お前は、偶然ここを見つけて消されそうになったんだろ」
「確かに、偶然だった。風の通りがおかしくて、確認してからアレンを呼びに行こうとして……」
「アリスに感謝しろよ。ボロ雑巾のお前を拾ってもらったんだろ」
「……しても仕切れないよ」

 荒療治すぎるが、どうやらシエラは記憶を取り戻したらしい。その時の光景を思い出しているのか、真っ青な顔色をしてジェレミーと会話を続けている。
 しかし、俺にはそんな会話がほとんど聞こえていない。それよりも、この異空間とも言える場所が衝撃的すぎて思考が止まる。明かりをつければ、彼女が机に向かってお仕事をしている様子が見える気がした。薄暗い部屋の中、埃っぽい臭いが鼻を掠る。

 アリスお嬢様は、ただ単に家族によって殺されたわけじゃない。
 それを証明するかのように、見慣れた家具が存在を主張してくる。これはなんだ? なぜ、アリスお嬢様に関するものがこうも並んでいる?

 暗証番号だって、そうだ。
 0801は、彼女の誕生日じゃないか。
 
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