愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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知らない方が幸せなこと

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 違う。
 あれは、私じゃない。私なわけないわ。
 違う、違う。あんなの……。

「……ス! アリス!!」
「!?」

 毛むくじゃらに怯えるアレンを見ていると、不意にベルの声が聞こえてくる。ハッとして前を向いたら、さっき居た階段に戻ってきていた。
 ベルの顔を見ると、先ほどと同様表情はない。でも、少しだけ呆れてる気もする。大きなため息をつきながら、彼女は再度前を向く。

「ほら、みなさい。あんた、私が引っ張ってなかったら立ち止まってたでしょ」
「……さっきの」
「忘れなさい。あんたの中にある記憶だから、いつでも思い出せるでしょう」
「でも、私あんな記憶知らない」
「そうね、まだ思い出してないのかも。でも、忘れてるってことは、知らなくて良い記憶かもしれないでしょう。それよりも、早く行きましょう」
「え、ええ……」

 少し、怒ってるかも。
 私がぼーっとしていたから? 1人でも行けるって言ったのに、できなかったから?
 いつものベルじゃないから、なんか感情がわかりにくいわ。でも、その彼女は、イリヤやアインスから聞いていた彼女そのもの。もしかして、素がこっちなの? いつも、無理してテンション上げていたの? だったら、申し訳ないわ。

 謝ろうとしたけど、今は歩くことで精一杯。
 さっきまで疲れを感じていなかったのに、なぜか足が重い。今すぐ立ち止まって座りたい。なのに、それをベルが許してくれないの。
 ずっと握られている手は、一向に温かくならないし、変な感じ。これって、私の体温も冷たいの? それとも、ベルの体温が温かさを拒絶してる?

「……戻ったら、たくさんご飯食べてね」
「え?」
「あんたの過去、覗いたから。本当、私とは正反対すぎて神様を呪うわ」
「……ベル?」
「なんでもない。ザンギフのご飯、美味しいでしょう」
「ええ、とっても。その辺のレストランより、ずっと美味しい」
「でしょう? ザンギフは、魚料理が得意なのよ」
「へえ、いつもお肉ばかりだったから今度頼んでみる」
「そうしてちょうだい」

 私は、疲れ足を引きずるようにベルとの会話を続ける。
 話していると、少しだけ疲れが軽くなる気がするの。これって、ベルが私を励ましてくれてるってこと? 私って、いつもベルにもらってばかりだな。

 コツコツとした足音は、気づけば2つになっていた。
 ベルと、私の2つに。


***


 フォンテーヌ子爵のお屋敷を出発して3時間程度。
 俺は、結局何をしに行くのかを知らされないまま、ここまで来てしまった。

「おい、着いたぞ。ここからは、馬車じゃない方が良い。シエラにゃんは……俺の背中乗るか?」
「だから、にゃんは……。まあ、良いや。途中までなら車椅子で行けるでしょう。アレン、少し手伝ってくれる?」
「あ、ああ。それより、どこ行くんだ? ここは、ジョセフの鉱山じゃないか」

 ジェレミーの言葉と共に開けられた扉の奥には、見慣れた鉱山が広がっている。
 ここは、シエラが居なくなったところだ。なぜ、ここに来たのだろうか。

 シエラの奴、教えてくれれば良いのに、ここに来るまでの話題はもっぱら「今の騎士団について」。自分が居なくなってから、どう変わったのかを知りたいのはわかる。一度長になれば、気になるもんな。でも、俺はなぜジェレミーに主導権を握られてこうやって行動しているのかを知りたい。

 まさか、ここで返り討ちに合うとか? 
 どこかにマクシムが隠れていたら……いや、それなら王宮の馬車を借りて来ないだろう。これは、時間通りに返せない場合、騎士団で捜索隊が結成されるようになっている。まさか、そんなことをジェレミーが知らないわけ無かろう。

「俺もよくわかんねえよ。シエラにゃん頼み」
「はあ? シエラに無理強いするな。俺が代わりにやるから」
「隊長サンじゃあ、ダメなの。ね、シエラにゃん」
「みたいだね。やれるだけやってみるけど、無理でも怒らないでね」
「元々そう説明してただろ。期待はしてねえよ」
「そう言われると、なんか複雑なんだけど」
「おい、2人で話を進めるな。そろそろ教えろよ……」

 馬車を降りたところで、目の前では2人がどんどん話を進めている。そろそろ、俺も混ざりたいところだが……。
 ジェレミーは、シエラと会話を続けながらも馬を休ませるため、そこの木陰に移動させている。あいつ、マジで指名手配中の殺人鬼なのか? 見てると、王宮の資料で読んだ「無差別殺人事件」を起こしたようには見えない。無論、乱暴なのは認めるが。

 シエラもシエラで、そんなジェレミーを見ながら穏やかな表情をして……。
 一体何がどうなってるんだ?

「あれ、シエラにゃん教えてないの?」
「ジェレミーが教えたと思ってたんだけど」
「教えてねえよ」
「あら、ごめんねアレン。言ってくれればよかったのに」
「何度か言ったぞ!?」
「あはは」
「面白え顔」
「~~~っ!」

 と、2人に遊ばれているようにしか感じない。
 一応、隊長の仕事を放棄してここに来てるんだが。しかも、そこで俺のこと笑ってる奴に引っ張られて! それでこの仕打ちはないだろう……。

 声にならない怒りを溜め込んでいると、隣に居たシエラが俺に向かって何かを差し出してきた。

「はい、これ」
「……なんだ、これ」
「アインス殿から。サンプル採取よろしくって」
「サンプル……?」

 と、手渡されたのは、蓋の付いた試験管とピンセット。
 今から俺は、科学者にでもなるのだろうか。それとも、ジルベール卿のように鑑識をしろと? 俺に、そんな知識は一切ないぞ。

 一応受け取ったものの、どうしたら良いのかわかるはずもなく。
 試験管に視線を落としていると、やっとシエラが口を開く。

「今から、あの鉱山にある隠し部屋に行くんだって」
「隠し部屋……?」
「ジェレミーが知ってるらしい」
「いや、あの周辺はシエラが行方不明になった時に騎士団で隈なく探したぞ」
「でも、一緒に行ったヴィエンが裏切り者だったんでしょう? アレンにわからないよう誘導していたのかも」
「ありえなくはないが、俺の他にも多くの団員が探してたし……。まあ、あいつについてくしかないか」
「だね。にしても、あの変わりようは何? ジェレミーも、中身入れ替わってない?」
「さあ……。俺が知りたい」

 見れば、奴は鼻歌を歌いながら機嫌の良さそうな態度で馬を撫でている。何がしたいのやら……。
 これは、いつ裏切られても良いように、警戒はしておいた方が良さそうだ。シエラを守りながらだから、剣よりも小型ナイフの方が良さそうだ。持ってきてよかった。……いやでも、もう少しジェレミーは緊張感と言うものを持って欲しい! なんだ、あの呑気さは!

 エルザ様の知り合いで、王宮を歩いていてもクリステル様は何も言わないし、イリヤも黙り。しかも、アリスお嬢様に至っては完全に懐いていらっしゃるように感じた。もう、何がなんだか……。
 まあ、今は考えても仕方ない。今日はラベルのおかげで1日時間をもらえたことだし、早く終わりにしてアリスお嬢様のお顔を見に戻ろう。あのまま王宮に戻れるほど、俺は心を鬼にできない。戻る途中、何か保存のきく食べ物も買って……。

「まあ、そこで誰が居たのかを調べたいから、アインスが髪の毛とか食べかすとかなんでも良いから採取してこいってことだったよ。僕は、この通りで床に手もつけられないから頼むよ」
「……食べかす。床……」
「……アレン、どうした?」
「あ、いや。なんでもない。承知した」
「よろしくね」

 そういうことか。
 どこに行くのかはわからないが、シエラを連れてきたということは行方不明になっていた時間どこで何をしていたのかがわかるかもしれないってことだろう。
 しかし、記憶をなくすほど辛い思いをしたのに連れてくるとは……。シエラが了承しているのであれば、俺がとやかく言うことではない。

 それよりも、シエラの言葉に俺は昔のことを思い出す。
 初めて、アリスお嬢様にお会いした時のことを。

 潜入捜査前に陛下から情報をもらっていた通り、彼女はたまに空腹を極度に怖がった。しかも、その時の記憶はないらしい。食べ物を前にするとお人が変わったかのように貪るあのお姿は、何度遭遇しても視線をそらしたくなるもの。
 しかし、恐怖は不思議となかった。彼女をあのようにした、グロスター一家に怒りを覚えた記憶しかない。
 今も発作はあるのだろうか。帰ったらアインスに……いや、もしなかったらお嬢様の醜態を他人に晒すことになる。やめておこう。

「おーい、そろそろ行くぞ。時間がねえ」
「わかった。シエラ、押すから車輪から手を退けてくれ」
「ここは大丈夫だよ。もう少し坂に行ってからお願いしたいな」
「いいから、怪我人は甘えておけよ」
「……サンキュ」

 試験管を胸ポケットに閉まった俺は、持っている武器を手で確認し、車椅子の取っ手を持つ。
 あまり整備された道とは言い難いから、傷に響くだろう。少しでもゆっくり進んでやりたい。その意図を汲み取ってくれたのかなんなのか、ジェレミーは景色を堪能しながらまったりとしたペースで歩き出した。

 そういえば、陛下がサレン様のことで話があると言っていたな。
 ラベルを連れて一度顔を出しに行こうか。



***



 人の減った部屋の中、お嬢様の脈を確認しているところにバーバリーが入ってきた。
 足音がしなかったが、彼女には独特の気配がある。故に、近くにいればなんとなくではあるもののわかるんだ。

「どうしたんだい、バーバリー」

 私が話しかけると、まるで聞こえていないかのようにベルお嬢様のお顔を覗いている。彼女なりに心配しているらしい。

 彼女は、少々他の使用人とは異なり、礼儀というものを知らない。
 だから、部屋に入る際に断りはいれないし、敬語も使わない。それでも、旦那様が「良い」と言えば良いのだ。彼女には、他の人ができないことができるのだから。

「さっきの人。マークス兄さんとマクシム兄さんのにおいがした」
「おや、そんなこともわかるのかい」
「兄さんにあいたい。けど、あったらイリヤとお嬢さ、まきらう?」
「嫌わないと思うよ。本人に聞いてみたら?」
「……イリヤ、きらい、いや」
「大丈夫だよ。イリヤは、一度懐に入れた人間をそう簡単に嫌いにはならないから」
「本当?」
「本当だよ。バーバリーは、フォンテーヌ家の用心棒だからね。庭師としての技術も上がったし、嫌う要素はないさ」
「……うん」

 バーバリーは、そう一言呟き、お嬢様の頬を人差し指でツンツンとしている。いつもなら止めるが、今は目覚めて欲しいからそのままにしておこう。

 数回ツンツンと頬を触った後、彼女は無言で部屋を出て行った。
 その数分後に戻ってきて、庭に咲いていた花を花瓶に添えているあたり、バーバリーは変わったなと思うよ。きっと、イリヤのおかげだろう。
 
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