愛されたくて、飲んだ毒

細木あすか(休止中)

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アレンの作戦勝ち

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《アレン視点》



 アリスお嬢様と2人きりになった部屋の中。
 俺は、今の今まで濁されてきたことを真正面から聞いてみた。

「教えていただけませんか。貴女様の正体を」

 イリヤやジェレミーたちからは聞いているものの、本人から直接聞いたことがない。だから、この機会に聞いてみたいと思ったんだ。
 しかし、今までの経験上、お嬢様が素直に認められるとは思っていない。なぜ、そこまで頑なになるのか不明だが……。

 案の定、お嬢様は毛布を被られてしまった。お顔が見えない。でも、まるで目の前で見てるかのように、今の表情がわかるんだ。
 今、彼女は目をグルングルンに回して戸惑っているところだと思う。ちょっとだけ覗きたいが、それはまだ早い。嫌われてしまったら、回答をもらえる以前の問題になる。
 ここは、アレだ。押してダメなら引いてみろってやつ。

「もし、正直に教えてくださりましたら、ご褒美をあげましょう」
「……ご褒美?」
「はい。アリスお嬢様のお好きだった、チョコレートをホットミルクで溶かした「ホットチョコ」というお飲み物をさしあげます」
「ホホホホッ、ホットチョコ!?」
「はい、ホットチョコです」
「チョコレートを溶かすの?」
「溶かす飲み物です。ついでに言いますと、お嬢様がお好きな味がします」

 ほら、食いついてきた。まだ毛布から出てはいないものの、身体がピクッと反応したことを確認できた。
 伊達に、彼女の執事をしていたわけではない。お嬢様が食べ物に釣られることは、熟知しているさ。

 さあ、ここであと一押し。
 きっと彼女は今、「こんな食べ物に釣られちゃダメ」なんて考えながら自分を律しているところだと思う。それを崩すには……。

「それと、ホットチョコの上には、マシュマロを乗せましょうか。雪だるまの形にアレンジしたマシュマロを、お嬢様の目の前で浮かばせて差し上げます」
「マシュマロッ!?」

 ほら、可愛い。
 お嬢様は、ガバッと顔から毛布を取りこちらに視線を向けてきた。その表情は、キラキラと輝いている。
 きっと、体力があれば起き上がってこちらに向かって身体を寄せてきたに違いない。

 お嬢様は、チョコレートに弱い。それに、安く仕入れられるマシュマロにも関心を持っている。
 ここ数年、ホットチョコという飲み物が出来たんだ。お嬢様ならきっと、ニッコニコでたくさんお飲みになると思っていた。良かった、これで作ってあげられる。

「あ、あの、ホットチョコはどんな味がするのかしら……。マシュマロと合うの?」
「はい、とても良く合いますよ。殆どがミルクなので、今のご体調でも2、3口であればお飲みになれると思います。チョコレートを入れる量によって濃さも変えられますし、マシュマロで味の調整もできます。とっても甘くて美味しいですよ」
「……飲みたいわ」
「では、貴女様の正体を教えてくださいな」
「うー……」

 あー、戦っていらっしゃるな。眉間にシワを寄せて、自分の正体とホットチョコを天秤にかけておられる。その表情すら、愛おしい。
 お嬢様のことだ。信じてもらえなかったらどうしようとか色々考えているんだろうな。だから、きっかけがあれば……。

 その考えは合っていたらしい。
 次の瞬間、お嬢様は「起こして」と言って俺に向かって両手を広げてきた。……可愛い。
 俺は、その手を取り、背中に腕を回す。頬はやつれているものの、身体の柔らかさは感じられる。以前のアリスお嬢様が細すぎたのかなんなのか、その柔らかさは安堵の気持ちにさせてくれた。

「あ、あのね……あの、ほんとにホットチョコくれる?」
「ええ、約束します」
「アレンも一緒に飲んでくれる?」
「良いですよ。ご一緒いたしましょう」
「じゃあ……あの、私、アリスです。ベルの格好してるけど……中身というか、なんというか。その、アリスなのでチョコレート食べたいです」
「はい、良くできました」

 このまま、なぜ今まで伝えてくれなかったのか、俺のことをどう思っていたのかを聞いてみたい。でも、それは今じゃないよな。今聞いたところで、お嬢様は困ると思う。

 ずっと聞きたかった言葉を聞いたはずなのに、俺の気持ちは思っていたものではなかった。
 泣き出すかと思った。それか、衝動で抱きしめてしまうか、震えて話せなくなるか。なのに、全部違った。
 心が満たされるとは、こう言う気持ちを言うのかと冷静になる自分しか居ない。

「……別に、食べ物に釣られたわけじゃないわ。ちゃんと言おうとは思っていたのよ」
「わかっております。ジェレミーから食欲がないことを聞いていたので、安心しました」
「……味がないの。気持ち悪くて食べられない」
「精神的なものなのか、身体的なものなのかわかりませんが、私も昔、数ヶ月だけ食べ物の味がしない時期がありました」
「……そうなの?」
「はい。でも、もう治っていますから、お嬢様も治りますよ。私の場合、味がなくなった時は、毎日の歯磨きを3回から6回に増やしてましたね。味をリセットする意味で」
「リセット?」

 食べ物に釣られたわけじゃない、か。そういうことにしておこう。お嬢様が変わられていなくて良かったな。じゃなきゃ、この作戦が失敗するところだったし。
 いやでも、この甘いものに目がないところは、彼女の1番の特徴だ。それが、アリスお嬢様が本物である証だと思ってる。

 正真正銘、このお方はアリスお嬢様だ。
 ベル嬢やフォンテーヌ家には申し訳ないが、嬉しい。俺は、ちゃんと話せているだろうか。頭がふわふわしてよく分かってない。

「歯を磨くことで、口の中にある味をリセットするんです。気づいていなくても、口の中には前に召し上がったものが記憶されていますから」
「1日3回だけじゃないのね。私、歯を磨くとすぐオエッてなるからあまり好きじゃないの」
「奥に入れすぎるとそうなりますよ」
「入れなくてもなっちゃう。ドミニクにね、フェラ? できないって言われて……アレン?」

 なんということをお嬢様に言うんだ、あいつは!!!

 今、飲み物を口に入れていたら確実に吹き出していた。飲んでなくて良かったが、これは後でぶん殴らないと気が済まないな。そういう話に持っていくのをやめろと、あれだけ! 

 申し訳なさで下半身がキュッとなるのを感じつつアリスお嬢様から目を逸らしていると、それを覗き込んでくる。罪悪感が半端ない。

「な、なんでしょうか?」
「どうしたの? 顔が赤いけど」
「なんでもないです。ドミニクは後でぶん殴っておきます」
「殴らなくても良いけど……。でも、すぐ「できない」って決めつけないでって怒っておいて」
「……はい」

 その意味を教えようとしたが、とりあえずあいつを殴ってからだ。決定事項だ。というか、今すぐ殴りに行きたい。奴はどこだ。

 俺は、ため息をつきつつ、お嬢様の頭を再度撫で上げる。これで、忘れてくれ。他の人には言わないでくれ、と念を送った。効いてくれ、お願いだから。
 お嬢様には、純粋でいてほしいというかなんというか。無知でいてくれというわけではないが、変に知識をつけて欲しくない。閨教育なんてものがあるが、あんな無駄なものはない。受けなくて良い。
 ……いや、それを決めるのはお嬢様だ。俺じゃない。

「……アレン」
「はい、なんでしょうか」
「あの、こういう話し方で失礼じゃない?」
「特に。お嬢様に敬語を使われると、悲しくなります」
「そうなの? アレンって呼んでも良いの?」
「ぜひ。私は、外ではベル嬢と呼びますね。なので、こういうところではアリスお嬢様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「うん。ホットチョコは?」
「それも作りましょう。ザンギフ殿に調理場を借りてきますね」
「うん!」

 こうやってお嬢様と話していると、気恥ずかしくなっているのが馬鹿馬鹿しくなる。これでこそ、アリスお嬢様だ。昔も、よくこうやって「お腹すいた」と言っていたじゃないか。それが、昨日のことのように思い出せる。
 やばいな、今更実感が湧いてきた。胸の奥から、何かが出てきそうだ。この5年間溜め込んだものが、口から出てきそう。その前に、イリヤを呼び戻して厨房へ向かおうか。

 アリスお嬢様の笑みを見ながら、ベッド脇にあったベルを鳴らそうとした時のこと。バッと扉が開き、イリヤが入ってきた。
 顔を見ると、これ以上にないほどニヤついている。ということは、聞いていたんだろう……どこから?

「ンフフ、フフフ」
「……イリヤ、その顔はやめてくれ」
「僕はどんな顔をしても可愛い」
「そうよ、アレン。イリヤは可愛いのよ」
「ふふん、イリヤはベリベリキュートなのです!」
「イリヤ、アレンに言ったの」
「良かったですね。がんばりました」
「!?」

 しかし、その5年の壁は厚い。
 アリスお嬢様は、近寄ってきたイリヤに向かってとても自然な動きで抱きついていった。それを、ものともしないイリヤがムカつく。……あ! 頭も撫でやがって!
 お前、俺に見せるためにわざとやってるだろ。その顔マジでやめろ! 俺だってアリスお嬢様にギューしたい!

 俺は、「アレン、早く作ってくれば?」と平然と言ってのけるイリヤを睨みつつ、部屋を後にした。
 俺だって、その気になればお嬢様のことをギューッて……いや、無理だ。やっぱ、イリヤは強いな。


 それにしても、アリスお嬢様にカジノ事件のことや現状を質問されなくて良かった。ドミニクに口止めされているとはいえ、彼女に聞かれたら口を滑らせてしまいそうだし。
 王宮に戻ったら、あの事件をもう一度洗い直そう。……ジェームズさんの自殺したことと、何か関係がある気がする。


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