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一.我帰郷す
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多雨野に近づくにつれて雨が小降りになった。故郷のうえに広がる雲も少ないようだ。
「多雨野らしくありませんが、どうやら雨は降っていないようです」私が声をかけると、お嬢さんは顔をあげて眼鏡の位置を直した。
「あなたの再出発の日ですから、神様が祝福してくれたのかもしれませんね」
「なるほど」
「聞いた話だと、竜は天候を操るそうです。多雨野に竜が棲んでいるのなら、誰かが頼んで晴れにしてくれたのかもしれませんよ」
「なるほど」
竜に頼んで天候を変えると真顔で言う人を初めて見た。『パンティおくれ、と頼んだらくれますかね』と口走りそうになったがやめた。ネタが古すぎる。通じなければただの変態だ。
特急列車が多雨野駅へ滑りこんだ。腕時計をみると三時を少し回っている。お嬢さんが目指す県庁所在地Q市までは四十分以上かかる。
「よい旅を」会釈をすると、「ありがとうございます」と涼やかな声が返ってきた。心地い風が胸を過った。
列車を見送って空を見あげると、雲はまばらで存外青空が見える。お嬢さんが言うように、山の神かなにかが私の帰郷を祝ってくれているのか――そんなことはないか、まあないな。とにかく、三月にしては暖かく、気持ちがよい。
「帰ってきたぞお」
万感の思いとともに叫んだ。
山びこが私に応えてくれた。トンビがピーヒョロと鳴いた。それからは無音――さすが無人駅。降りたった乗客は私ひとりだ。
ホームには柵が巡らされている身を乗り出して下を覗けば剥きだしの岩肌と迸る清流がみえる。
スマホをとりだし、画面に向かって叫ぶ。
「オッケー、グーグル! カメラ起動して」
暗いスマホ画面が灯り、五インチちょっとの窓にホームと私の靴が映った。音声認識ってすげえとは思うが、部屋にひとりでいるとき以外はちと恥ずかしい。だが、ここならなんの恥ずかしさもない。見ているのはトンビだけだ。多雨野がもつ魅力のひとつと言えよう。
ともあれ、多雨野の素晴らしき景色をインスタグラムにアップし、ツイッターには『帰郷』、『多雨野』とハッシュタグをつける。五千人以上のフォロワーは大学生活で得た財産だ。沖縄の役場の人ですらいまでは互いにフォローしあう仲だ。
フォロワーたちよ、我が故郷の景色を堪能してくれ。日本人はこの写真で清らかな心を取り戻すべし。外国人も見てほしい。あなた方がまだ知らぬ日本の真髄がここにある。
改札をでるなり、駅前の光景に戸惑った。
なんと、某有名コンビニがあるではないか。そう、あのコンビニが、多雨野に、だ。
高校時代までは道路とバス停があるだけだった。道の向こうは雑草がはびこる野原で、さらにその先は山、山、山だったはずだ。
「やっていけるのか、ここで」
駅前と称するのが心苦しいほどなんにもない。人家もない。なぜか駐車場には多くの車がとめられ、屋根付きの駐輪スペースに自転車が犇めいているが、店内に人影はないようだ。これはどういうことか。
「いや、野暮な詮索か」
首を振って歩きはじめる。しかし、駐車場はおそろしくだだっ広かったな。ダチョウの群を放し飼いできそうなほどだ。
バスは通勤通学時間を除けば昼時に一本走っているだけだしタクシーもないから必然歩くしかない。どこかで鳥の声がした。
一時間近く歩くと、懐かしい町並みがみえてきた。小さな町だが役場はそこそこ立派な造りだし、一軒だけスーパーがある。古い建屋がほとんどの町は、変わらぬ佇まいで私を迎えてくれた。胸にじんわり広がるこの感情をなんと表現すればよいか。陳腐かもしれないが、愛おしいという言葉しか思いつかなかった。
今日は寄り道せずに実家へ帰るつもりだ。凱旋の顔見世は明日以降にしよう。大都会の暮らしで垢ぬけまくった私を見初めた多雨野ギャルの黄色い悲鳴がいまから聞こえるようだった。
「多雨野らしくありませんが、どうやら雨は降っていないようです」私が声をかけると、お嬢さんは顔をあげて眼鏡の位置を直した。
「あなたの再出発の日ですから、神様が祝福してくれたのかもしれませんね」
「なるほど」
「聞いた話だと、竜は天候を操るそうです。多雨野に竜が棲んでいるのなら、誰かが頼んで晴れにしてくれたのかもしれませんよ」
「なるほど」
竜に頼んで天候を変えると真顔で言う人を初めて見た。『パンティおくれ、と頼んだらくれますかね』と口走りそうになったがやめた。ネタが古すぎる。通じなければただの変態だ。
特急列車が多雨野駅へ滑りこんだ。腕時計をみると三時を少し回っている。お嬢さんが目指す県庁所在地Q市までは四十分以上かかる。
「よい旅を」会釈をすると、「ありがとうございます」と涼やかな声が返ってきた。心地い風が胸を過った。
列車を見送って空を見あげると、雲はまばらで存外青空が見える。お嬢さんが言うように、山の神かなにかが私の帰郷を祝ってくれているのか――そんなことはないか、まあないな。とにかく、三月にしては暖かく、気持ちがよい。
「帰ってきたぞお」
万感の思いとともに叫んだ。
山びこが私に応えてくれた。トンビがピーヒョロと鳴いた。それからは無音――さすが無人駅。降りたった乗客は私ひとりだ。
ホームには柵が巡らされている身を乗り出して下を覗けば剥きだしの岩肌と迸る清流がみえる。
スマホをとりだし、画面に向かって叫ぶ。
「オッケー、グーグル! カメラ起動して」
暗いスマホ画面が灯り、五インチちょっとの窓にホームと私の靴が映った。音声認識ってすげえとは思うが、部屋にひとりでいるとき以外はちと恥ずかしい。だが、ここならなんの恥ずかしさもない。見ているのはトンビだけだ。多雨野がもつ魅力のひとつと言えよう。
ともあれ、多雨野の素晴らしき景色をインスタグラムにアップし、ツイッターには『帰郷』、『多雨野』とハッシュタグをつける。五千人以上のフォロワーは大学生活で得た財産だ。沖縄の役場の人ですらいまでは互いにフォローしあう仲だ。
フォロワーたちよ、我が故郷の景色を堪能してくれ。日本人はこの写真で清らかな心を取り戻すべし。外国人も見てほしい。あなた方がまだ知らぬ日本の真髄がここにある。
改札をでるなり、駅前の光景に戸惑った。
なんと、某有名コンビニがあるではないか。そう、あのコンビニが、多雨野に、だ。
高校時代までは道路とバス停があるだけだった。道の向こうは雑草がはびこる野原で、さらにその先は山、山、山だったはずだ。
「やっていけるのか、ここで」
駅前と称するのが心苦しいほどなんにもない。人家もない。なぜか駐車場には多くの車がとめられ、屋根付きの駐輪スペースに自転車が犇めいているが、店内に人影はないようだ。これはどういうことか。
「いや、野暮な詮索か」
首を振って歩きはじめる。しかし、駐車場はおそろしくだだっ広かったな。ダチョウの群を放し飼いできそうなほどだ。
バスは通勤通学時間を除けば昼時に一本走っているだけだしタクシーもないから必然歩くしかない。どこかで鳥の声がした。
一時間近く歩くと、懐かしい町並みがみえてきた。小さな町だが役場はそこそこ立派な造りだし、一軒だけスーパーがある。古い建屋がほとんどの町は、変わらぬ佇まいで私を迎えてくれた。胸にじんわり広がるこの感情をなんと表現すればよいか。陳腐かもしれないが、愛おしいという言葉しか思いつかなかった。
今日は寄り道せずに実家へ帰るつもりだ。凱旋の顔見世は明日以降にしよう。大都会の暮らしで垢ぬけまくった私を見初めた多雨野ギャルの黄色い悲鳴がいまから聞こえるようだった。
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