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六. 回れ、ザッシーキ
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九月。
蝉たちが刹那の地上を謳歌して去り、稲穂が頭を垂れたので刈り、そんなこんなでついに私の計画が陽の目をみることとなった。
――いかにして多雨野を繁栄させるか。
あか推全員で議論を重ね、計画を練りに練りあげてきた。
まずは私が春からこつこつ準備していた多雨野宣伝サイトを開設して活用する。今年度のうちに融通できる予算額は限られるため、コストを抑えた宣伝方法を工夫せねばならない。いまは雌伏の時だ。高く飛躍するためには地を低く這う助走を厭うてはならない。
そして宣伝といえばテレビ局、テレビ局といえば八重樫アナだ。『教えてケローッ』で、私たちの新たな活動を取材してもらうのだ。前回の取材以来、八重樫アナはジロウに会いに何度か多雨野を訪れており、そのたびに私が仲介しているという間柄だ。事情を説明すると、ちょうど取材予定先のトラブルでキャンセルがでたらしく、急遽多雨野へ取材にきてくれることになった。
ただし、条件として私は『もう悪さしません』と一筆書かされた。まあ、いい。撮影当日はぶちかましてやる。
そして待ちに待った収録は九月末になった。空はやはり前回のように雨を滴らせていた。
出勤すると、町長は檻に閉じこめられた熊のようにうろつき回っていた。プリン熊町長だ。収録は午後だというのに、すでに緊張しきっている。腰にモップか箒をくくりつけておけば全自動で掃除ができるであろう。リアルルンバだ。久慈さんは顎をこれでもかとさすり、お茶を飲んではまたさする。
「みんな、緊張しすぎでしょ」
「いや、町の運命がかかっとるからな。どうしても緊張するわ」
「私がいれば大丈夫。どーん、と大船に乗った気でいてください。どれぐらいの大船かと言うと戦艦ヤマ――」
「瑞海は単純だから緊張しないんでしょ」
南部さんがパソコンのモニターから目をそらさず、人差し指でタタタとリズミカルにキーを打つ。まったく肝の据わった人である。その一方で、久慈さんが掌に『人』という字を書いて飲んでいる――いや、よくみれば緊張しまくっているのか、『大』という字を書いて飲んでいる。面倒くさいので放っておく。
昼過ぎにテレビ局のワゴン車が着き、真っ先に八重樫アナが顔をみせた。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」と礼儀正しく頭をさげる。可憐である。
段取りは事前のファックスで決まっており、まずは町長のインタビューからはじまる。
「じゃあ、葦原さん。準備お願いします」
スタッフの言葉に強く頷く。合点承知の助である――そういえば誰だろう、合点承知の助って?
私は急いで別室で準備にとりかかった。身が引き締まる思いだ。なにしろこの宣伝活動の成否は我が双肩にかかっているのだから。
我が戦闘服を両手で広げ、改めてまじまじとみた。多雨野再興の秘密兵器、着ぐるみザッシーキだ。若葉が原案を描き、宮内さんが愛嬌のあるデザインに昇華させた、あのザッシーキである。多雨野発のゆるキャラマスコットがついに日本を席巻するのだ。ゆるキャラに『中の人』はいない? いるわ! 私が中の人だ。
四頭身の洗練されたフォルム。日本人が親近感を抱きやすく、かつ流行に左右されない黒髪パッツンの散切り頭。衣装の半纏は冬の日本における正装だ。もちろん目つきは悪い、だがそこがいい。大きくて吊りあがった眼は、夜に出逢えば子どもが泣くかどうかというギリギリの処を狙った自慢の造形だ。いまや無数とも言えるゆるキャラ業界には、愛らしいデザインなど掃いて捨てるほどある。後発の我々がのしあがっていくには、このちょいワルぐらいの感じがちょうどいいのだ。スペアを含めた二体を低予算で作製したが出来には大満足だ。SNSでつながる著名なコスプレイヤーによい業者を紹介してもらった。
できあがったザッシーキをはじめてみたとき、あまりの素晴らしさに、「うちひしがれるがいい、人間どもよ」などとつい中二病的な意味不明の台詞を呟いてしまった。
蝉たちが刹那の地上を謳歌して去り、稲穂が頭を垂れたので刈り、そんなこんなでついに私の計画が陽の目をみることとなった。
――いかにして多雨野を繁栄させるか。
あか推全員で議論を重ね、計画を練りに練りあげてきた。
まずは私が春からこつこつ準備していた多雨野宣伝サイトを開設して活用する。今年度のうちに融通できる予算額は限られるため、コストを抑えた宣伝方法を工夫せねばならない。いまは雌伏の時だ。高く飛躍するためには地を低く這う助走を厭うてはならない。
そして宣伝といえばテレビ局、テレビ局といえば八重樫アナだ。『教えてケローッ』で、私たちの新たな活動を取材してもらうのだ。前回の取材以来、八重樫アナはジロウに会いに何度か多雨野を訪れており、そのたびに私が仲介しているという間柄だ。事情を説明すると、ちょうど取材予定先のトラブルでキャンセルがでたらしく、急遽多雨野へ取材にきてくれることになった。
ただし、条件として私は『もう悪さしません』と一筆書かされた。まあ、いい。撮影当日はぶちかましてやる。
そして待ちに待った収録は九月末になった。空はやはり前回のように雨を滴らせていた。
出勤すると、町長は檻に閉じこめられた熊のようにうろつき回っていた。プリン熊町長だ。収録は午後だというのに、すでに緊張しきっている。腰にモップか箒をくくりつけておけば全自動で掃除ができるであろう。リアルルンバだ。久慈さんは顎をこれでもかとさすり、お茶を飲んではまたさする。
「みんな、緊張しすぎでしょ」
「いや、町の運命がかかっとるからな。どうしても緊張するわ」
「私がいれば大丈夫。どーん、と大船に乗った気でいてください。どれぐらいの大船かと言うと戦艦ヤマ――」
「瑞海は単純だから緊張しないんでしょ」
南部さんがパソコンのモニターから目をそらさず、人差し指でタタタとリズミカルにキーを打つ。まったく肝の据わった人である。その一方で、久慈さんが掌に『人』という字を書いて飲んでいる――いや、よくみれば緊張しまくっているのか、『大』という字を書いて飲んでいる。面倒くさいので放っておく。
昼過ぎにテレビ局のワゴン車が着き、真っ先に八重樫アナが顔をみせた。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」と礼儀正しく頭をさげる。可憐である。
段取りは事前のファックスで決まっており、まずは町長のインタビューからはじまる。
「じゃあ、葦原さん。準備お願いします」
スタッフの言葉に強く頷く。合点承知の助である――そういえば誰だろう、合点承知の助って?
私は急いで別室で準備にとりかかった。身が引き締まる思いだ。なにしろこの宣伝活動の成否は我が双肩にかかっているのだから。
我が戦闘服を両手で広げ、改めてまじまじとみた。多雨野再興の秘密兵器、着ぐるみザッシーキだ。若葉が原案を描き、宮内さんが愛嬌のあるデザインに昇華させた、あのザッシーキである。多雨野発のゆるキャラマスコットがついに日本を席巻するのだ。ゆるキャラに『中の人』はいない? いるわ! 私が中の人だ。
四頭身の洗練されたフォルム。日本人が親近感を抱きやすく、かつ流行に左右されない黒髪パッツンの散切り頭。衣装の半纏は冬の日本における正装だ。もちろん目つきは悪い、だがそこがいい。大きくて吊りあがった眼は、夜に出逢えば子どもが泣くかどうかというギリギリの処を狙った自慢の造形だ。いまや無数とも言えるゆるキャラ業界には、愛らしいデザインなど掃いて捨てるほどある。後発の我々がのしあがっていくには、このちょいワルぐらいの感じがちょうどいいのだ。スペアを含めた二体を低予算で作製したが出来には大満足だ。SNSでつながる著名なコスプレイヤーによい業者を紹介してもらった。
できあがったザッシーキをはじめてみたとき、あまりの素晴らしさに、「うちひしがれるがいい、人間どもよ」などとつい中二病的な意味不明の台詞を呟いてしまった。
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