異形の郷に降る雨は

志ノ原新

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八.メノドク GOGO!

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「――いってぇ」
 頭が鈍く疼いて目が覚めた。仰向けになった私のうえに鍾乳洞の天井が広がっている。
「目が覚めたか」
 竜神の声に身を起こす。脇腹だけではなく頭にも鈍痛があった。竜神は人の姿のまま腰をおろし、岩の壁にもたれかかっている。
「私の必殺技はどうなった」
 記憶は残っていない。直前で食らった衝撃はなんだったのか。
「覚えておらぬのか。おまえは死角へ飛んだつもりだろうが、なにせこっちは竜神だ。そんなもんには引っかからんさ。とっさに裏拳を振るってお前に打ち込んだ」
 あの鈍痛、直後に視界を失うことになる衝撃。そうだったのか、死角からの一撃を食らったのはこっちだったか。
「ならば私は負けたんだな」
 修行の日々が崩れ落ちる。汗臭くて失神しそうになりながらマスクマンとして戦いつづけた日々は無駄であったのか。胸の奥がじくりと疼き、呼吸が苦しくなっていく。意識が少しずつ遠の――。
「いかん」
私はあわててマスクを脱ぎ捨てた。しみついた汗の臭いは時として凶器だ。
「負けではない」
 竜神が顔をさすりながら顔をしかめた。よく見れば竜神の顔が、額が、二の腕が赤くなっている。我が右の拳が鈍く疼く。みると皮がむけ、半分乾いた血に染まっていた。
「お前との勝負は引き分けにしておいてやる」
「マジでか」
 コツコツと当てていった攻撃が地味に効いていたのだ。そして意識が途切れる直前に放った一撃はまさに乾坤一擲、起死回生だったということか。
「引き分けならば明日の天気はどうなる? 勝てなかったからやはり雨なのか」
「竜神が人間相手に引き分けで良しとしては沽券に係わる。明日は晴れにしてやる」
「ありがたい」
 大学に進んだ目的はふたつある。外の社会に出て様々な知識と経験を身につけ多雨野のために役立てること、もうひとつは竜神を倒せる男になるためだ。
「望みは明日の天気を変えるだけでよいのだな」
「とうぜんだ。天候は人の力ではどうにもならないから竜神に頼むしかない。だが、人が自分たちの力でなしえることまで叶えてもらおうとは思わない」
「ほう」
「他者に頼って叶える繁栄などまやかしだ。這いつくばらず、努力せず、かんたんに得たるものなどすぐに失うに決まっている。だから人は人にできることを懸命にやって生きていく。経立や河童も自分たちにできることをやって生き残っていくだろう。おまえはおまえにしかできぬことをやってくれ。快晴、よろしく」
「あいかわらず、妙に偉そうなやつだ。まあ、いい。特別サービスだ」
 竜神が愉快そうに笑う。その掌から光の柱が立ちのぼった。細く強い光は鍾乳洞の天井を突き抜けていき、やがて消えた。
「これでよし、と」
「ありがとう。感謝する」
 あとでSNSを駆使し、『明日の開催はだいじょーぶワラ』と広めよう。
「多雨野の者たちはどうしている」
「みんな一所懸命だよ。マラソンを成功させるため、ほんとうに楽しそうに準備をしてくれている。町がこんなに賑やかなのはいつ以来だろうと考えたが思い出せない。子どもの頃の夏祭りより賑やかなのかもしれない。そんな様子を見ているとそれだけで満足してしまいそうになるが、本番は明日なのだ。誰も彼もが楽しくはちゃめちゃに過ごせるイベントにしたい。参加者にもまた来年もあのバカバカしいマラソンに参加したい、あの多雨野にいきたい、と思ってもらえるようにしたいのだ」
「ずいぶんと嬉しげな顔で喋るのだな」
「おかしいかな」
「いいや、おかしくなどないさ。ところでおまえの父はやはり帰ってきておらぬのか」
「相変わらずだ」
「そうか。いまのおまえをみれば、あやつも喜ぶだろうがな。おまえが生まれたときはまことにうれしそうに馬を走らせていたものだ」
 妻となる人をかっさらうわ、野生馬を乗り回すわ、揚句蒸発するわ――考えれば碌な父親ではないなと苦笑した。
「ではな、また会おうぞ」
 そう言って身を翻した竜神はゆっくりと湖の底へと沈んでいった。
 ――明日は楽しめ。とことん、な。
 鍾乳洞に竜神の声が響く。
 湖面の波紋に向かって深く頭をさげた。なんやかんや言って竜神もよいヤツだ。多雨野に棲む者は人であれなんであれ、みんなよいヤツなのだ――まあ、私が一番のナイスガイというか好漢なのだが。
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