69 / 84
八.メノドク GOGO!
7
しおりを挟む「――いってぇ」
頭が鈍く疼いて目が覚めた。仰向けになった私のうえに鍾乳洞の天井が広がっている。
「目が覚めたか」
竜神の声に身を起こす。脇腹だけではなく頭にも鈍痛があった。竜神は人の姿のまま腰をおろし、岩の壁にもたれかかっている。
「私の必殺技はどうなった」
記憶は残っていない。直前で食らった衝撃はなんだったのか。
「覚えておらぬのか。おまえは死角へ飛んだつもりだろうが、なにせこっちは竜神だ。そんなもんには引っかからんさ。とっさに裏拳を振るってお前に打ち込んだ」
あの鈍痛、直後に視界を失うことになる衝撃。そうだったのか、死角からの一撃を食らったのはこっちだったか。
「ならば私は負けたんだな」
修行の日々が崩れ落ちる。汗臭くて失神しそうになりながらマスクマンとして戦いつづけた日々は無駄であったのか。胸の奥がじくりと疼き、呼吸が苦しくなっていく。意識が少しずつ遠の――。
「いかん」
私はあわててマスクを脱ぎ捨てた。しみついた汗の臭いは時として凶器だ。
「負けではない」
竜神が顔をさすりながら顔をしかめた。よく見れば竜神の顔が、額が、二の腕が赤くなっている。我が右の拳が鈍く疼く。みると皮がむけ、半分乾いた血に染まっていた。
「お前との勝負は引き分けにしておいてやる」
「マジでか」
コツコツと当てていった攻撃が地味に効いていたのだ。そして意識が途切れる直前に放った一撃はまさに乾坤一擲、起死回生だったということか。
「引き分けならば明日の天気はどうなる? 勝てなかったからやはり雨なのか」
「竜神が人間相手に引き分けで良しとしては沽券に係わる。明日は晴れにしてやる」
「ありがたい」
大学に進んだ目的はふたつある。外の社会に出て様々な知識と経験を身につけ多雨野のために役立てること、もうひとつは竜神を倒せる男になるためだ。
「望みは明日の天気を変えるだけでよいのだな」
「とうぜんだ。天候は人の力ではどうにもならないから竜神に頼むしかない。だが、人が自分たちの力でなしえることまで叶えてもらおうとは思わない」
「ほう」
「他者に頼って叶える繁栄などまやかしだ。這いつくばらず、努力せず、かんたんに得たるものなどすぐに失うに決まっている。だから人は人にできることを懸命にやって生きていく。経立や河童も自分たちにできることをやって生き残っていくだろう。おまえはおまえにしかできぬことをやってくれ。快晴、よろしく」
「あいかわらず、妙に偉そうなやつだ。まあ、いい。特別サービスだ」
竜神が愉快そうに笑う。その掌から光の柱が立ちのぼった。細く強い光は鍾乳洞の天井を突き抜けていき、やがて消えた。
「これでよし、と」
「ありがとう。感謝する」
あとでSNSを駆使し、『明日の開催はだいじょーぶワラ』と広めよう。
「多雨野の者たちはどうしている」
「みんな一所懸命だよ。マラソンを成功させるため、ほんとうに楽しそうに準備をしてくれている。町がこんなに賑やかなのはいつ以来だろうと考えたが思い出せない。子どもの頃の夏祭りより賑やかなのかもしれない。そんな様子を見ているとそれだけで満足してしまいそうになるが、本番は明日なのだ。誰も彼もが楽しくはちゃめちゃに過ごせるイベントにしたい。参加者にもまた来年もあのバカバカしいマラソンに参加したい、あの多雨野にいきたい、と思ってもらえるようにしたいのだ」
「ずいぶんと嬉しげな顔で喋るのだな」
「おかしいかな」
「いいや、おかしくなどないさ。ところでおまえの父はやはり帰ってきておらぬのか」
「相変わらずだ」
「そうか。いまのおまえをみれば、あやつも喜ぶだろうがな。おまえが生まれたときはまことにうれしそうに馬を走らせていたものだ」
妻となる人をかっさらうわ、野生馬を乗り回すわ、揚句蒸発するわ――考えれば碌な父親ではないなと苦笑した。
「ではな、また会おうぞ」
そう言って身を翻した竜神はゆっくりと湖の底へと沈んでいった。
――明日は楽しめ。とことん、な。
鍾乳洞に竜神の声が響く。
湖面の波紋に向かって深く頭をさげた。なんやかんや言って竜神もよいヤツだ。多雨野に棲む者は人であれなんであれ、みんなよいヤツなのだ――まあ、私が一番のナイスガイというか好漢なのだが。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍発売中
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
ラヴェンナ・ヴァラディ ~語れる司書の物語~
ほか
キャラ文芸
中央ヨーロッパのとある小国にある、世界一美しい図書館には風変わりなサービスがある。その名は”宅配司書”。一人の女性司書が、世界各国どこへでもかけつける。地球上のどこかで待つ、たった一人のための本のプレゼン――ブックトークを届けるために。
「英語圏の本ならなんでも」
「舞台化に適した原作本」
「寂しいとき、寄り添ってくれる一冊」
彼女はどんな依頼にも、選りすぐりの数冊を選び、物語のように一冊一冊を結び繋いで、あなたに紹介してくれる。
アウトサイダーと言われる人々が示す生き方。天才が持つ傷。孤独がくれるギフト。
社会の王道からあぶれてしまった人々へ紡ぐ、本の紹介。
書物たちの世界は奥深く、時に人生のひみつにたどり着いてしまうかもしれない――。
人生が息苦しく感じたことのあるあなたへ贈る、ビブリオ・トラベル・ロマン。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる