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第二章 ヒノデの国(上)
決着
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「エル、そこまでだ」
その声で決着はついた。
「はーい。マロンさん平気?」
間延びした声で返事をして地面に座り込んでいるマヅラに手を伸ばしたラファエルのゴーグルは片方がひび割れて服にも土が付着していた。マヅラはありとあらゆる箇所に打撲痕や擦り傷が見受けられて口端からは血が滲んでいる。見るからに負傷し息を荒くしていたマヅラはラファエルを睨むが手を振り払うことはせず、グッと握って立ち上がった。
二人は無言のまま対峙し、そしてどちらともなく空気を緩めた。
「良い勝負だったわ」
「こちらこそ。骨折れるかと思った」
「あらアタシ多分ヒビくらい入ってるわよこれ」
ラファエルは布の下で、マヅラはすっきりとした表情で笑い互いの健闘を称えるように固く手を握り、背を叩いた。その表紙に二人から痛みの声が漏れてその様子を見ていたアルフレッドが大きくため息を吐いた。
「アタシの負けよ、気にせず泊まっていって頂戴」
勝負はラファエルの勝利で終わった。未だに入口の端から覗き込むようにしていた番頭は予想外の結末に驚いて目を見開いていたがアルフレッドの言葉を思い出して息を呑んだ。
(「間違いなく勝つ」)
アルフレッドはそういっていたが俄には信じ難かった。圧倒的な体格差、力の差が見た目からして明らかだったからだ。けれど勝負の結果はラファエルの勝利で終わった。
アルフレッドの言う通りの結果になったが、番頭は未だに自分の目で見たはずの光景を信じられないでいた。
番頭はヒノデの国から出たことがない。それでもこの国出身の聞かん坊であるオヅラとマヅラが海を渡った先でそれなりの活躍をしていることや、この町において彼らがどれだけ強いとされる存在かは身に染みてわかっていた。
その双子の片割れが、自分とそう変わらない体格の人にほとんど防戦一方に追いやられる様はまるで白昼夢を見ているような心地だった。武器があったわけでも、特別マヅラの調子が悪かったわけでもない。けれど力の差は歴然だった。
確かな強者がそこにいたが、番頭は少しの恐怖も覚えていた。
マヅラは強い、それは見た目からして明らかで一般の感覚を持っている人間であればあの剛腕から繰り出される拳を一撃でも受けようものなら死を覚悟するはずだ。事実番頭はそう思っているし、他の人間に聞いても大抵は同じことをいうだろう。「あんなのに殴られたら死んじまう」そう思うはずなのに、ラファエルにはその躊躇が一切見られなかったのだ。
食らった拳は一発や二発ではすまない。普通の感覚なら痛みに体が自然と萎縮して躊躇する筈なのに、ラファエルにはそれがなかった。
まるで痛覚や恐怖が存在していないかのようだった。
(ありゃあ、本当に人なんだろうか…)
殴られても蹴られてもラファエルは笑っていた。口元どころか顔全体が見えないのにラファエルは確かに笑い時には「楽しい」と声に出してマヅラに蹴りを繰り出していた。人が死ぬような争いではない、そうわかっていても番頭は一抹の恐怖を覚えずにはいられなかった。
「番頭!いつまでそこでこそこそしてんのよ!部屋二人分の用意急ぎなさいっ!」
そんな番頭の胸中も知らずにこやかに握手を交わしていたマヅラの目線が向いたことにビクッと体を跳ねさせて「はいぃ!」と声を裏返しながら返事をすればラファエルが手を振った。
「あ、部屋一つでいいです。二人一部屋で」
「はあん⁉︎」
骨にヒビが入っているらしいがそんなことを感じさせない声にまた番頭の体が震えた。
「だってその方が宿代浮くでしょ?」
「アタシが出すっつってんのよバカタレが!アンタみたいなのとアルフレッド様を同室にするわけないでしょお!」
「えー、でもいっつも一緒だよ?」
「キィイイイイッ!なんってムカつくヤツなのかしら!」
一戦交えたことで仲が深まったのか、最初のような険悪な空気は見られず今はどちらかといえば友人同士のような気さくさが窺える。どうしたものかと目を泳がせる番頭を見かねてアルフレッドが小声で「二人一部屋で良い」と伝えるとどうやらその声は聞こえなかったらしく二人はまだ言い合いをしていた。
「そもそも!アンタなんでそんな怪しいカッコしてんのよ!人のこと舐めてんの⁉︎」
「舐めてるつもりないけど顔出してると色々面倒くさいんだよね」
はっ、とマヅラが息を呑んだ。
「……ごめんなさい、アタシとしたことが。そうよね、レディには秘密がつきもの。それを暴こうだなんて、野暮なことしたわ」
「僕男だよ」
「はあああん⁉︎」
マヅラの屈強な腕がラファエルの胸ぐらを掴んでガクガクと揺する。
「アンタ!アンタ男のくせにレディのアタシの顔ばかすか蹴ったわけ⁉︎一体全体どんな倫理観してんのよ玉のお肌に傷が付いちゃったじゃないのよぉお!」
「あっははははは、面白いこと言うねマロンさん」
「何にも面白くないのよこのバカタレがあ!」
「あ、あのっ!」
決死の覚悟で声をかけた番頭に二人の視線が集まって「ひっ」と情けない声が上がるが、なんとか言葉を飲み込まず宿屋に続く暖簾を上げた。
「よ、よろしければお入りください。その、人の目もありますから」
いつの間にか中に入っていたアルフレッドはさっさと記帳を済ませていたし、貴族街と思しき落ち着いた町並みは二人の戦いのせいで俄に人集りが出来ていた。それに気づいたラファエルは頬を掻き、胸ぐらを掴むマヅラの手をトントンと軽く叩いて離させ未だ納得のいっていない様子の背中を押して宿屋に入る。
その日、マヅラが喧嘩で負けたという噂が町中を駆け巡り風呂に入っていたオヅラを震撼させ、またいつの間にか二人一部屋になっていたラファエル達にマヅラが叫んだ声が宿中に響き渡ったとか。
その声で決着はついた。
「はーい。マロンさん平気?」
間延びした声で返事をして地面に座り込んでいるマヅラに手を伸ばしたラファエルのゴーグルは片方がひび割れて服にも土が付着していた。マヅラはありとあらゆる箇所に打撲痕や擦り傷が見受けられて口端からは血が滲んでいる。見るからに負傷し息を荒くしていたマヅラはラファエルを睨むが手を振り払うことはせず、グッと握って立ち上がった。
二人は無言のまま対峙し、そしてどちらともなく空気を緩めた。
「良い勝負だったわ」
「こちらこそ。骨折れるかと思った」
「あらアタシ多分ヒビくらい入ってるわよこれ」
ラファエルは布の下で、マヅラはすっきりとした表情で笑い互いの健闘を称えるように固く手を握り、背を叩いた。その表紙に二人から痛みの声が漏れてその様子を見ていたアルフレッドが大きくため息を吐いた。
「アタシの負けよ、気にせず泊まっていって頂戴」
勝負はラファエルの勝利で終わった。未だに入口の端から覗き込むようにしていた番頭は予想外の結末に驚いて目を見開いていたがアルフレッドの言葉を思い出して息を呑んだ。
(「間違いなく勝つ」)
アルフレッドはそういっていたが俄には信じ難かった。圧倒的な体格差、力の差が見た目からして明らかだったからだ。けれど勝負の結果はラファエルの勝利で終わった。
アルフレッドの言う通りの結果になったが、番頭は未だに自分の目で見たはずの光景を信じられないでいた。
番頭はヒノデの国から出たことがない。それでもこの国出身の聞かん坊であるオヅラとマヅラが海を渡った先でそれなりの活躍をしていることや、この町において彼らがどれだけ強いとされる存在かは身に染みてわかっていた。
その双子の片割れが、自分とそう変わらない体格の人にほとんど防戦一方に追いやられる様はまるで白昼夢を見ているような心地だった。武器があったわけでも、特別マヅラの調子が悪かったわけでもない。けれど力の差は歴然だった。
確かな強者がそこにいたが、番頭は少しの恐怖も覚えていた。
マヅラは強い、それは見た目からして明らかで一般の感覚を持っている人間であればあの剛腕から繰り出される拳を一撃でも受けようものなら死を覚悟するはずだ。事実番頭はそう思っているし、他の人間に聞いても大抵は同じことをいうだろう。「あんなのに殴られたら死んじまう」そう思うはずなのに、ラファエルにはその躊躇が一切見られなかったのだ。
食らった拳は一発や二発ではすまない。普通の感覚なら痛みに体が自然と萎縮して躊躇する筈なのに、ラファエルにはそれがなかった。
まるで痛覚や恐怖が存在していないかのようだった。
(ありゃあ、本当に人なんだろうか…)
殴られても蹴られてもラファエルは笑っていた。口元どころか顔全体が見えないのにラファエルは確かに笑い時には「楽しい」と声に出してマヅラに蹴りを繰り出していた。人が死ぬような争いではない、そうわかっていても番頭は一抹の恐怖を覚えずにはいられなかった。
「番頭!いつまでそこでこそこそしてんのよ!部屋二人分の用意急ぎなさいっ!」
そんな番頭の胸中も知らずにこやかに握手を交わしていたマヅラの目線が向いたことにビクッと体を跳ねさせて「はいぃ!」と声を裏返しながら返事をすればラファエルが手を振った。
「あ、部屋一つでいいです。二人一部屋で」
「はあん⁉︎」
骨にヒビが入っているらしいがそんなことを感じさせない声にまた番頭の体が震えた。
「だってその方が宿代浮くでしょ?」
「アタシが出すっつってんのよバカタレが!アンタみたいなのとアルフレッド様を同室にするわけないでしょお!」
「えー、でもいっつも一緒だよ?」
「キィイイイイッ!なんってムカつくヤツなのかしら!」
一戦交えたことで仲が深まったのか、最初のような険悪な空気は見られず今はどちらかといえば友人同士のような気さくさが窺える。どうしたものかと目を泳がせる番頭を見かねてアルフレッドが小声で「二人一部屋で良い」と伝えるとどうやらその声は聞こえなかったらしく二人はまだ言い合いをしていた。
「そもそも!アンタなんでそんな怪しいカッコしてんのよ!人のこと舐めてんの⁉︎」
「舐めてるつもりないけど顔出してると色々面倒くさいんだよね」
はっ、とマヅラが息を呑んだ。
「……ごめんなさい、アタシとしたことが。そうよね、レディには秘密がつきもの。それを暴こうだなんて、野暮なことしたわ」
「僕男だよ」
「はあああん⁉︎」
マヅラの屈強な腕がラファエルの胸ぐらを掴んでガクガクと揺する。
「アンタ!アンタ男のくせにレディのアタシの顔ばかすか蹴ったわけ⁉︎一体全体どんな倫理観してんのよ玉のお肌に傷が付いちゃったじゃないのよぉお!」
「あっははははは、面白いこと言うねマロンさん」
「何にも面白くないのよこのバカタレがあ!」
「あ、あのっ!」
決死の覚悟で声をかけた番頭に二人の視線が集まって「ひっ」と情けない声が上がるが、なんとか言葉を飲み込まず宿屋に続く暖簾を上げた。
「よ、よろしければお入りください。その、人の目もありますから」
いつの間にか中に入っていたアルフレッドはさっさと記帳を済ませていたし、貴族街と思しき落ち着いた町並みは二人の戦いのせいで俄に人集りが出来ていた。それに気づいたラファエルは頬を掻き、胸ぐらを掴むマヅラの手をトントンと軽く叩いて離させ未だ納得のいっていない様子の背中を押して宿屋に入る。
その日、マヅラが喧嘩で負けたという噂が町中を駆け巡り風呂に入っていたオヅラを震撼させ、またいつの間にか二人一部屋になっていたラファエル達にマヅラが叫んだ声が宿中に響き渡ったとか。
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