【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

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第二章 ヒノデの国(上)

得体の知れないもの

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 マヅラは純粋に驚いていた。それと同時に己を恥じてもいた。

 生まれ故郷であるヒノデの国へと帰国を決めたのは以前より想いを寄せていたハンターライセンスAでハンターの中でも屈指の色男と名高いアルフレッドがヒノデの国行きの船に乗るらしいと情報を得たからだ。
 これは神の思し召しだと思った。これを機にお近づきになってやるんだからと息巻いていたし、実際に船上でもコンタクトを取ることが出来た。どんな結果であれ自分という存在をアルフレッドに認知させたことは間違いなかった。だが幸運はそこで終わらなかった。

 なんと生家である宿屋にアルフレッドがいたのだ!しかも泊まりたいと言っている!

 マヅラは完全に恋の女神が微笑んでいると思った。間違いないと。けれど、やはり恋の神は簡単にはことを進ませてくれないらしく、マヅラの前に全身黒づくめの細い人間が立ち塞がった。

 その人間はよくアルフレッドが「エル」と親しげに名を呼んでいるラファエルという人物で、マヅラはその人物が気に入らなかった。双子の兄であるオヅラもラファエルのことが気に食わないようだが、二人では理由が全く違う。
 オヅラは性別も年齢も顔もわからないラファエルがA級のハンターとしてギルド役員からチヤホヤされているのが気に食わず、マヅラは我が物顔で(実際は顔は見えていないのだが)アルフレッドの隣にいるラファエルが気に食わなかった。

 マヅラの中でアルフレッドは特別だった。アルフレッド自体は覚えていないだろうが、数年前にハンターになりたてだった時に助けて貰ったあの日以来、いつかアルフレッドの横に立ちたいと思い鍛えてきたのだ。
 それなのにようやく再開できたと思った時にはすでにアルフレッドの隣にはラファエルがいた。しかもただの仲間ではなく、アルフレッドの特別として横にいたのだ。

 その特別扱いは誰の目から見ても明らかだった。二年前、突然ラファエルをパートナーとして各地を旅するようになったアルフレッドだが、それまでは単身かもしくは彼の師匠となる老人とたまに依頼をこなす、それくらいだったとマヅラは認識している。
 アルフレッドは誰とも組まなかった。師匠は別として、それ以外の奴等と組んでも足手まといになるからとどんな依頼でも単身で受けるような人物だった。
 そんな男が掌中の珠のようにラファエルを庇護し、今はどんなところでも帯同している。
 これが面白くないと言わずしてなんと言おうか。

 だがしかし、マヅラは歓喜に震えそうになる自分を抑えるのが難しい程気分が高揚していた。何故なら、そのラファエルをこの手で負かせる日が来たからだ。
 本来ハンター同士の決闘は禁じられている。けれどここはヒノデの国。
 未だハンターなんてものの環境が整っていないこの場所でなら、合法的にラファエルを叩きのめすことができると、マヅラはそう思っていた。

 けれど、現実はそうは行かなかった。

 マヅラは今地面に片膝を着いていた。衝撃を受けた腹が痛み、もしかしたら骨にもダメージがあるのではと思う。痛みによって短くなっていた呼吸を気合で落ち着け、そして腰に手をあててこちらを見る全身黒づくめの人間を見た。

「…あ、もしかして結構痛かった?でもその筋肉だし、大丈夫だよね」

 布のせいで少しくぐもった声が少し気遣わしげに、けれど心からは心配なんてしていない、そんな軽薄な声が鼓膜を震わせてマヅラのこめかみに血管が浮いた。

(痛かった、ですって…?)

 マヅラが受けた衝撃は一般人が食らっていたらまず間違いなく骨が砕け、最悪臓腑にまで深刻なダメージを与えるものだった。それ程の攻撃を目の前の人間は一切の躊躇なくマヅラに叩き込んできたのだ。たらりと、冷や汗が背を伝った。

(コイツ、イカれてるかもしれないわ)

 初めて大型の魔物を目の前にした時と同じ緊張感が走る。─ああ、そうだった。

「……あんた、曲がりなりにもAクラスハンターだったわね」

 Aクラスハンター、それはただ依頼を数多くこなしただけのハンターに送られる称号ではない。ハンターランクは強さの称号、Aクラスは一個中隊に匹敵すると言われている。およそ百人が襲いかかっても、この人間は負けないほどの強さを有しているということだ。
 マヅラは己を恥じた。

(あのアルフレッド様の隣に立つ人が、弱いわけがないわ)

 自分が隣に立ちたいと渇望してきた人は決して甘い人物ではないということをマヅラはわかっているつもりだ。命の危険がすぐ側にあるハンターという職では己の命を守れることが何よりも重要視される。それもできないやつには魔物の相手なんて出来やしないし、パーティを組んだところで必ず足手まといになるからだ。
 アルフレッドは弱い人間が嫌いだ。そんな男が、ただ庇護の対象として側に誰かを置くことなんてあり得ないのに。

「……ごめんなさい。アタシ舐めてたわ、アンタのこと」
「いいよ、慣れてる」

 朗らかに答える声に隠れている意図は見られず、その言葉通りの意味でラファエルは答えているのだろう。怒りもなく、嘲りもない。その声から感じられるのは無だった。
 強いていえば明るい声音から笑っていることが予想されるが、マヅラにはそれが却って気味が悪かった。得体の知れないものと対峙している気分だった。

「さあ、その調子ならまだいけるよね?構えて構えて」

 膝に手をついて立ち上がったマヅラを見てラファエルが布の下で笑うのがマヅラにはわかった。そして、どうして毎回ギルドでラファエルが絡まれた時アルフレッドやギルド職員がその火の粉を払うような真似をするのかも。
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