【完結】健康な身体に成り代わったので異世界を満喫します。

白(しろ)

文字の大きさ
29 / 90
第二章 ヒノデの国(上)

殴り合い─ステゴロ─

しおりを挟む
 宿全体を揺らしたのではと思えるほどの声量にラファエルはわかりやすく両手で耳を押さえ、アルフレッドは眉を顰めた。番頭は顔面蒼白である。
 生家であるこの宿に戻ってきてもマヅラの服装は船で見た時と変わらず踊り子のようで、マヅラがアルフレッドを見て体をくねらせる度にフェイスベールが揺れる。

「も、もしかして、アタシに会いに来てくれたの…⁉︎」
「そうだよ」
「あんたに聞いてないのよお黙り不審者!」

 頬を薔薇色に染めて瞳を潤ませながら問いかけるマヅラの目にはアルフレッドしか映っておらず、念の為とラファエルが答えてみたが間髪入れずに言い返されたため視界には入っていたのだなと頷いた。

「本当はオヅラさんにも用があるんだけど今お風呂入ってるって聞いてどうしようかと思ってたんだ。帰って来てくれて良かったよ」
「ちょっとあんたアタシの話聞いてた!?」
「聞いてるけど僕もアルフも言うこと変わらないよ?」

 実際に出ている訳ではないけれど、マヅラの目からバチっと火花が上がった気がした。

「ま、マヅっ」
「ああん⁉︎」
「マロン様…」

 その空気を察知してか番頭が声を上げると名前の訂正を求めるように野太い声が這い、覇気なく可愛らしい名前が伝えられるとマヅラはふん、と鼻を鳴らして番頭に向き直った。

「なによ」
「そ、そちらの方々が、宿泊希望で…」
「なんですって⁉︎」

 カッとマヅラの目が見開いて再びアルフレッドを見て、そして番頭へ戻る。

「そんなのオッケーに決まってるじゃないのよ‼︎一番良いお部屋を用意なさい!勿論料理も最高級よ!お代はアタシが出すわぁ!今日は宴よおお‼︎」

 今にもその場で踊り出しそうな程上機嫌になったその様子にラファエルは笑った。

「本当?助かるよ」
「なに言ってんのアンタは駄目よ」
「ええ⁉︎」
「ええ⁉︎じゃないわよ!こっちがええ⁉︎よ!」

 戦場でされたようにビシィ!としっかり指をさされたラファエルがゴーグルの下で目を丸くして、マヅラは「良いこと!?」と声を張り上げた。

「どこの世界に!!恋敵に塩送るバカがいるのよ!!」

 しん、と静まり返った帳場でラファエルはゆっくりと自分自身を指差した。

「こいがたき…?」
「そうよ‼︎‼︎いつもいつもアルフレッド様にべったりのアンタが恋敵じゃなかったらなんだって言うのよ‼︎」

 再びしん、と静まり返った場の空気にラファエルはどう返事をしたものかと眉間に皺を寄せた。自分たちは恋人ではないが、かといって友人かと聞かれても違うと答えられる。それに「恋敵」という認識ならばラファエルがアルフレッドに想いを寄せていることになる。それは少し、違う気がした。
 想いを寄せているなんて、そんな綺麗なものではない気がするのだ。

「エルが駄目なら俺もここには泊まれない」
「ええ⁉︎」

 今にも食ってかかりそうだったマヅラから守るようにアルフレッドがラファエルの肩を引いて前に出る。広い背中に守られるようにして後ろに回ったことにラファエルは数度瞬きをしてアルフレッドを見上げる。

「アルフ」
「………そう、アルフレッド様はその不審者を取るのね…」

 しゅん、と肩を落としたその姿はあまりに哀愁が漂い過ぎていて胸が痛くなる程だった。けれど、マヅラはそこで挫けなかった。勢いよく顔を上げて目に爛々とした光を宿しアルフレッドの背に庇われているラファエルをキツく睨む。

「勝負よ不審者あ‼︎」

 怒号とも取れる覇気をまとった声に番頭が「ひっ」と怯えた声を上げてテーブルの下に隠れ、アルフレッドは眉を跳ねさせた。ラファエルは何故そうなるのかわからないでもなかったが、勝負という言葉に布の下で口角を上げる。

「いいよ。マヅラさんが勝ったらアルフレッドはここに置いていくし、僕が勝ったら僕もここに泊まる。それでいい?」
「次からアタシのことはマロンとお呼び不審者!」
「おいエル」
「大丈夫」

 咎めるような声で名前を呼ぶアルフレッドの肩を二回叩き再び前に出る。腰に佩ていた剣も一緒に渡して数歩前に進むと腕が届かないくらいのところで止まる。近づいてみればオヅラ同様背も高く、そして威圧感もあった。

「あと僕が勝ったらラファエルって呼んでよ、マロンさん」
「あら二つも望むなんて生意気ね。でもいいわ、もし勝てたら呼んであげる。アタシが勝ったら大人しくアルフレッド様置いて出ていきなさいよね!」
「わかった」

 マヅラはラファエルが快諾することが意外だったのか前に立った姿を見た時に僅かに目を開いていた。けれどすぐに余裕の笑みへと変わり、腰に両手をあてて遥かに背の低いラファエルを見下ろしている。体格差は例えるならゴリラとチンパンジー、それくらいの差が二人にはあった。

「で、勝負ってなにするの?」
「決まってるじゃない」

 マヅラの口角がつり上がり、右手を腰から離して拳を握った。

「──恋する乙女の勝負は昔からステゴロ殴り合いって決まってんのよ‼︎」

 背中から大砲の音でもするんじゃないかと思うほど勢い良く伝えられた内容にアルフレッドはこめかみを押さえ、番頭は頭を抱え、そしてラファエルは爆笑した。

「あっははははは‼︎す、ステゴロね、わかった。はー…面白い」
「なに笑ってんの不審者!良いこと、これは聖戦よ。アルフレッド様をかけた聖戦。おわかりい⁉︎」
「うん、わかってる。じゃあとりあえずどこでやろうか?お店の中はダメだから広いところでもいく?」
「店の外で十分よ。アンタみたいなひょろひょろ、愛の拳で一撃で仕留めてあげるわ」
「あは、楽しみだね」

 方や戦う気満々で己の右拳を左手に打ち付けて鈍い打撃音を立てる者、方やその様子をからからと楽しげに笑って観察する者、温度差のある二人の空気に番頭は恐る恐るアルフレッドを見た。

 番頭から見たらラファエルは痩せ型だ。アルフレッドやマヅラと並んだら華奢にさえ見える。とても力でマヅラに及ぶわけがないし、その他で特出している何かがあるようにも見受けられない。考えられる可能性としてはあるにはあるがそれは確証もなければ先程剣をアルフレッドに渡したことで0に近い。守るような素振りを見せていたアルフレッドがそれはさぞ心配そうな表情をしていると思ったのに、予想は外れた。

「…あの馬鹿…」

 呟かれた言葉と表情は確かに不安気ではあった。けれどそれはラファエルの怪我や負けを心配するような者ではなく、むしろその逆に捉えられた。

「……あ、あの方は、だ、大丈夫でしょうか?」

 それでも心配なことは変わらず、つかえながら出た言葉はアルフレッドの耳に届き斜め後ろにいる番頭を捉えて確かに頷いて見せた。

「大丈夫だ。間違いなく勝つ」

 暖簾を潜って外に出た二人の方へと視線を向けて澱みなく答えられた内容に驚くのは番頭で、今一度ラファエルの特徴を思い出す。
 細い体に、非力そうな印象がどうしても拭えない。それが、あの筋肉の塊のようなマヅラに殴り合いで勝てるだなんて、どうしてそう思えるのだろうか。

「…特殊なお力でも…!」

 瞬間、鈍い音が外から聞こえ、マヅラの奇天烈な呻き声がした。番頭は好奇心に駆られてそれまで身を隠すようにしていたテーブルから離れてそっと入り口の暖簾の隙間から外の様子を伺う。そして、驚愕に目を見開いた。

「──あれ、もう終わり?」

 そこには片膝をついて苦悶の表情を浮かべるマヅラと、両手を腰に当て不思議そうに首を傾げるラファエルがいた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する

モト
BL
2024.12.11~2巻がアンダルシュノベルズ様より書籍化されます。皆様のおかげです。誠にありがとうございます。 番外編などは書籍に含まれませんので是非、楽しんで頂けますと嬉しいです。 他の番外編も少しずつアップしたいと思っております。 ◇ストーリー◇ 孤高の悪役令息×BL漫画の総受け主人公に転生した美人 姉が書いたBL漫画の総モテ主人公に転生したフランは、総モテフラグを折る為に、悪役令息サモンに取り入ろうとする。しかしサモンは誰にも心を許さない一匹狼。周囲の人から怖がられ悪鬼と呼ばれる存在。 そんなサモンに寄り添い、フランはサモンの悪役フラグも折ろうと決意する──。 互いに信頼関係を築いて、サモンの腰巾着となったフランだが、ある変化が……。どんどんサモンが過保護になって──!? ・書籍化部分では、web未公開その後の番外編*がございます。 総受け設定のキャラだというだけで、総受けではありません。CPは固定。 自分好みに育っちゃった悪役とのラブコメになります。

処理中です...