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序章
半分本気で半分冗談
自然豊かなオルトネラ大陸。いくつかの山脈を抜けた先にある秘境の地、ソンブル村。その村が代々守り継いでいるものがその奥に広がる森の最深部にある。神聖なものとして扱われているその場所には村の住人ですら滅多に近付かず、唯一誰かが訪れる時といえば数ヶ月に一度あるか無いかの信者による神殿の清掃くらいだ。
つまり隠れるのにこれ以上ない程うってつけの場所、ということになる。
その隠れ家、もとい闇の神殿。見た目はただの霊廟なのに、一度中に入れば亜空間へと繋がる仕様になっている。神殿に設置されたいくつもの罠と仕掛けを正しい順序で潜り抜けた先に、本来なら闇の精霊が鎮座している広間がある。
けれどその広間には現在なんだか生活感のある品々が置かれていて、その最たるものはベッドだろうか。どこからどう持って来たかはわからないが、そのベッドで眠っている人物は規則的に深く胸を上下させていた。
細く滑らかで、そして短く整えられた銀色にも見える白髪。目を閉じていても尚わかる意思が強く、そしてどこまでも整った美貌。神が作った最高傑作だといわれても誰も疑わないような、そんな迫力が寝顔からも感じられる。
そして固く閉じられていた瞼が開き鮮やかなルビーのような目が露わになった時、彼は視界に映った灰色の石の天井と、己が目覚めたということに驚愕から目を見開き硬直した。
「──な、っ!」
何が起きている、そう声を出そうとした途端感じたことのない喉の渇きと痛みに思わず片手で口を押さえた。そして目をぱちぱちと瞬きさせる。
(なんだ、なんだこれは! 俺に今何が起こっている⁉︎)
想像だにしなかった状況に彼は混乱していた。そしてその混乱を更に深めさせる存在が現れる。
「ただいまもどりまし、た……」
何もない場所から突然現れた人間。それが転移魔法の仕業というのは瞬時に理解出来た。だがしかし、その存在がなぜ自分の前にいるのかが理解が出来ず彼は絶句した。彼は人間の魂の色が見える。だから彼は自分の前にいる存在が誰なのか瞬時にわかった。
少し見た目の印象が変わった気がするけれど、それは確かに──。
『起きたかよお前――――‼︎』
「グゥっ!」
ぽん、と気の抜ける軽快な音と共に彼の上に現れた手乗りサイズの闇の精霊。見た目は随分と可愛らしく重力も関係無さそうなのだが、その実結構重たい。そんな存在が容赦無く腹部に落ちてきた衝撃に彼は唸った。
そしてその苦しさと、己の友との再会にこれが現実なのだと理解する。そして理解したからこそ、彼の思考はまた混乱する。その混乱のまま視線を横に向けると、精霊を見て目を細めている姿が目に入った。
長かった髪が肩ほどで切り揃えられてはいるし、服装も随分と少年のようだけれど、その黒髪と深い青の目は覚えていた。忘れられるはずがなかった。
「……なぜ、聖女がここにいる」
掠れた声で訊けば、聖女は困ったように眉を下げて笑った。
───
ここまでのことを整理しよう、そう言ったのは意外にも闇の精霊だった。
目が覚めた彼がベッドから体を起こしたのを見てから水を差し出し、聖女はそのまま床に座った。距離の近さかあまりに自然に座ったからか魔王が明らかに驚いていたけれど、聖女は気にする様子もなく両手を器のようにして待つと、その中に闇の精霊が当然というように収まる。
「……お前」
『ここはボクの特等席なんだ!』
気安い会話に以前精霊が言っていた「友達」というのが本当なんだなとわかり緩く口角が上がる。精霊は重たいものだが、彼は聖女に触れるときは軽くしてくれるのだ。重力を自在に操れるらしいのだからやはり精霊とは不思議なものだ。
『そんじゃあとりあえずお前一ヶ月くらい寝ててー』
「は?」
『寝てたぞ。お前』
「俺は魔族だ」
『でも寝てた』
魔族には本来睡眠が必要ない。人間でいうところの三大欲求のうちの一つが欠落している。けれど魔王はあの角が落ちた日から今日までずっと眠り続けていた。
「待て俺の角が取れただと?」
『頭触ってみろよ』
「⁉︎」
両手で自分の頭を触って驚愕に震える姿を見た時、聖女は少し笑い、それからこれまでの状況を一つずつ整理していくことにした。
一度死んだ聖女が生き返ったことに対しては意外にも魔王が理由を語ってくれた。
「お前を貫いたのが神殺しの剣だからだろうな。あれは悪神と魔族を殺す剣だ。大方女神リーベがお前を蘇らせたんだろう」
「…神託も何もありませんでしたが」
「神は気まぐれだ。理由を求める方が馬鹿げている」
理解は出来ないけれど納得は出来るなと聖女は遠い目をした。旅の中で数々の歴史に触れてきたが、そこに登場する神は伝承通りの行動をしている存在もいればとても理解が出来ない理由で町一つを消す存在もいた。神にも様々なのだな、と聖女は頷いた。
それから二人と一匹はゆっくりと話し続けた。
魔王城で聖女が蘇り、闇の精霊が魔王を助けてと願ったこと。そして何故だか力が跳ね上がっている聖女のおかげで蘇生が出来たこと、そしてその代償なのかなんなのか人型の魔族の象徴でもあり誇りでもある角が取れたこと。
魔王城から逃げ出して闇の精霊の神殿で一ヶ月を過ごしているということ。
とても現実とは思えないことがよくもこれだけ起きたものだと改めて思う。けれど実際に聖女は蘇ったし、魔王も生きている。そして旅の最中は加護を受けることが出来なかった闇の精霊も今手のひらに収まっている。
「……一ヶ月経ちましたが」
小さく呟いた声に視線が集まる。
「どうやらこれは現実のようでして」
よくわからないと言ったふうに首を傾げている精霊が可愛らしくて頬を緩める。
「世間ではすでに私は死んだことになっているみたいです。当然ですよね、仲間の前で確かに息絶えましたから」
「……だが生き返っただろう。そのまま戻ればよかったものを、なぜ俺を助けた」
「え、精霊様が可愛かったからです」
ふふんと得意げな顔で胸を張っている精霊と、なんとも言えない顔で聖女を見る魔王。なんとも言えない空気が漂っていた。
「というのは半分本気で半分冗談です。……ただ放っておけなかったんです。おかしいですよね、あなたは魔王なのに」
「……本当にな。俺がまた世界を破滅に導くとは思わなかったのか」
白銀の前髪から覗くルビーが暗く翳る。それはまるで血のような色で、以前の聖女なら身構えていたかもしれないが今はもう違う。そう思えているのは手のひらでてっぷりとしたお腹を短い両手でこしこしと掻いている精霊のおかげだろう。
「あなたはもうそんなことしないでしょう?」
「…何故そう思う」
「さあ、勘でしょうか」
「……女の勘とかいうやつか」
「あ、私男です」
「……は?」
本日何度目かの魔王の驚愕の表情に聖女はまあそういう反応になるよなと頷いた。それは手のひらの精霊も同じだった。
『驚くよな。ボクも驚いた。でも本当だぞ、胸もぺったんこだし足の間にだって』
「精霊様、そういうことは言わなくてもいいんですよ」
『そ、そっか!』
「……」
魔王が額を押さえて俯いた。
「……これほどの情報量、千年生きて初めてだぞ…」
ボソリと落ちた一言に、聖女は「そうですよね」と深く頷いた。
つまり隠れるのにこれ以上ない程うってつけの場所、ということになる。
その隠れ家、もとい闇の神殿。見た目はただの霊廟なのに、一度中に入れば亜空間へと繋がる仕様になっている。神殿に設置されたいくつもの罠と仕掛けを正しい順序で潜り抜けた先に、本来なら闇の精霊が鎮座している広間がある。
けれどその広間には現在なんだか生活感のある品々が置かれていて、その最たるものはベッドだろうか。どこからどう持って来たかはわからないが、そのベッドで眠っている人物は規則的に深く胸を上下させていた。
細く滑らかで、そして短く整えられた銀色にも見える白髪。目を閉じていても尚わかる意思が強く、そしてどこまでも整った美貌。神が作った最高傑作だといわれても誰も疑わないような、そんな迫力が寝顔からも感じられる。
そして固く閉じられていた瞼が開き鮮やかなルビーのような目が露わになった時、彼は視界に映った灰色の石の天井と、己が目覚めたということに驚愕から目を見開き硬直した。
「──な、っ!」
何が起きている、そう声を出そうとした途端感じたことのない喉の渇きと痛みに思わず片手で口を押さえた。そして目をぱちぱちと瞬きさせる。
(なんだ、なんだこれは! 俺に今何が起こっている⁉︎)
想像だにしなかった状況に彼は混乱していた。そしてその混乱を更に深めさせる存在が現れる。
「ただいまもどりまし、た……」
何もない場所から突然現れた人間。それが転移魔法の仕業というのは瞬時に理解出来た。だがしかし、その存在がなぜ自分の前にいるのかが理解が出来ず彼は絶句した。彼は人間の魂の色が見える。だから彼は自分の前にいる存在が誰なのか瞬時にわかった。
少し見た目の印象が変わった気がするけれど、それは確かに──。
『起きたかよお前――――‼︎』
「グゥっ!」
ぽん、と気の抜ける軽快な音と共に彼の上に現れた手乗りサイズの闇の精霊。見た目は随分と可愛らしく重力も関係無さそうなのだが、その実結構重たい。そんな存在が容赦無く腹部に落ちてきた衝撃に彼は唸った。
そしてその苦しさと、己の友との再会にこれが現実なのだと理解する。そして理解したからこそ、彼の思考はまた混乱する。その混乱のまま視線を横に向けると、精霊を見て目を細めている姿が目に入った。
長かった髪が肩ほどで切り揃えられてはいるし、服装も随分と少年のようだけれど、その黒髪と深い青の目は覚えていた。忘れられるはずがなかった。
「……なぜ、聖女がここにいる」
掠れた声で訊けば、聖女は困ったように眉を下げて笑った。
───
ここまでのことを整理しよう、そう言ったのは意外にも闇の精霊だった。
目が覚めた彼がベッドから体を起こしたのを見てから水を差し出し、聖女はそのまま床に座った。距離の近さかあまりに自然に座ったからか魔王が明らかに驚いていたけれど、聖女は気にする様子もなく両手を器のようにして待つと、その中に闇の精霊が当然というように収まる。
「……お前」
『ここはボクの特等席なんだ!』
気安い会話に以前精霊が言っていた「友達」というのが本当なんだなとわかり緩く口角が上がる。精霊は重たいものだが、彼は聖女に触れるときは軽くしてくれるのだ。重力を自在に操れるらしいのだからやはり精霊とは不思議なものだ。
『そんじゃあとりあえずお前一ヶ月くらい寝ててー』
「は?」
『寝てたぞ。お前』
「俺は魔族だ」
『でも寝てた』
魔族には本来睡眠が必要ない。人間でいうところの三大欲求のうちの一つが欠落している。けれど魔王はあの角が落ちた日から今日までずっと眠り続けていた。
「待て俺の角が取れただと?」
『頭触ってみろよ』
「⁉︎」
両手で自分の頭を触って驚愕に震える姿を見た時、聖女は少し笑い、それからこれまでの状況を一つずつ整理していくことにした。
一度死んだ聖女が生き返ったことに対しては意外にも魔王が理由を語ってくれた。
「お前を貫いたのが神殺しの剣だからだろうな。あれは悪神と魔族を殺す剣だ。大方女神リーベがお前を蘇らせたんだろう」
「…神託も何もありませんでしたが」
「神は気まぐれだ。理由を求める方が馬鹿げている」
理解は出来ないけれど納得は出来るなと聖女は遠い目をした。旅の中で数々の歴史に触れてきたが、そこに登場する神は伝承通りの行動をしている存在もいればとても理解が出来ない理由で町一つを消す存在もいた。神にも様々なのだな、と聖女は頷いた。
それから二人と一匹はゆっくりと話し続けた。
魔王城で聖女が蘇り、闇の精霊が魔王を助けてと願ったこと。そして何故だか力が跳ね上がっている聖女のおかげで蘇生が出来たこと、そしてその代償なのかなんなのか人型の魔族の象徴でもあり誇りでもある角が取れたこと。
魔王城から逃げ出して闇の精霊の神殿で一ヶ月を過ごしているということ。
とても現実とは思えないことがよくもこれだけ起きたものだと改めて思う。けれど実際に聖女は蘇ったし、魔王も生きている。そして旅の最中は加護を受けることが出来なかった闇の精霊も今手のひらに収まっている。
「……一ヶ月経ちましたが」
小さく呟いた声に視線が集まる。
「どうやらこれは現実のようでして」
よくわからないと言ったふうに首を傾げている精霊が可愛らしくて頬を緩める。
「世間ではすでに私は死んだことになっているみたいです。当然ですよね、仲間の前で確かに息絶えましたから」
「……だが生き返っただろう。そのまま戻ればよかったものを、なぜ俺を助けた」
「え、精霊様が可愛かったからです」
ふふんと得意げな顔で胸を張っている精霊と、なんとも言えない顔で聖女を見る魔王。なんとも言えない空気が漂っていた。
「というのは半分本気で半分冗談です。……ただ放っておけなかったんです。おかしいですよね、あなたは魔王なのに」
「……本当にな。俺がまた世界を破滅に導くとは思わなかったのか」
白銀の前髪から覗くルビーが暗く翳る。それはまるで血のような色で、以前の聖女なら身構えていたかもしれないが今はもう違う。そう思えているのは手のひらでてっぷりとしたお腹を短い両手でこしこしと掻いている精霊のおかげだろう。
「あなたはもうそんなことしないでしょう?」
「…何故そう思う」
「さあ、勘でしょうか」
「……女の勘とかいうやつか」
「あ、私男です」
「……は?」
本日何度目かの魔王の驚愕の表情に聖女はまあそういう反応になるよなと頷いた。それは手のひらの精霊も同じだった。
『驚くよな。ボクも驚いた。でも本当だぞ、胸もぺったんこだし足の間にだって』
「精霊様、そういうことは言わなくてもいいんですよ」
『そ、そっか!』
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