【完結】元つく二人の珍道中!〜(元)魔王と聖女の全国行脚美食旅〜

白(しろ)

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第一章 北の国の美味しいもの編

イタズラな約束

 二人と一匹の道中の資金だが、これは意外にもどうにかなっている。というのもステラは魔法に精通しており、インベントリという亜空間にアイテムを貯蔵しておける便利な魔法が使えるのだ。
 そこに勇者一行として旅をしていた時に手に入れた素材を保管していて、道中はそれを売って路銀にしていた。それ以外にもギルドに冒険者として登録し依頼を完遂すれば報酬は得られるし、旅の知識はステラが持っているしで旅として不安なことはリヴィウスの方向音痴と好奇心迷子以外は特に無い。

『いくつか街を旅したけどさぁ、案外バレないね』

 そう言ったのは人間の子供に変身するのをやめたいつもの姿のてぷである。
 今はネジュノの宿に来ており、見知った顔しかいない空間で変身を続ける理由がないからだ。板張りの床には雪国らしく密度の高いカーペットが敷かれていて、テーブルやベッドも木製だ。ベッドスローにはノルディック柄の刺繍がされていて、白や緑、赤系統の色で揃えられた内装は見ていてもなんだか暖かな気分になってくる。
 そのベッドスローの上で寛いでいるてぷの言葉に重たい上着をハンガーに掛けながらステラは頷いた。

「黒髪も青い目も珍しくありませんし、そもそも聖女はもう死んでいるということになっていますからね。死人が旅をしているなんて誰も思いません。それに、あの頃とは見た目が全然違いますしね」
『…確かに!』

 ステラは闇の神殿に逃げ込んだ翌日、つまり生き返ったその次の日に腰にまで届いていた真っ直ぐな黒髪を一切の躊躇なく肩に付かない長さにまで切り揃えた。そして今は当時着ていた修道服も捨て、庶民的な橙のチュニックにズボンにブーツといったどこからどう見ても男であり庶民な服装だ。ちなみにリヴィウスもそうである。
 今は寒い地域にいる為外に出る時は毛皮の上着を着込むけれど、大体の格好は同じだ。

「コソコソとしていた方が却って怪しまれてしまいますから。堂々としていましょう」
『……なんか慣れてるな?』
「二年も旅をしていたら色々なことがありまして」

 全員分の上着を掛け終えたステラはてぷの横に腰掛ける。すると待ってましたと言わんばかりにてぷが膝に乗り、ステラは心得ましたと小さな頭を優しく撫でる。
 てぷの大きな目が心地よさそうに細まり、数秒と経たないうちにキュルキュルと喉が鳴る。そのあまりの可愛らしさにステラは表情を崩して無心で撫で続けていた。

「……お前には精霊としてのプライドはないのか」

 窓から外を眺めていたリヴィウスが呆れた様子でてぷを見る。雪国は日が落ちるのが早く、外は既に暗くなり始めていた。

『ない! ボクそういう堅苦しいの嫌いだもん』

 リヴィウスは溜息を吐いてステラの隣に腰掛けた。二人と一匹分の体重が乗ったベッドは少し軋んだ音を立てたが、大人が二人寝ても問題ない大きさだからかさして気にならない。

「お前も甘やかし過ぎだ。見ろ、こいつ前より腹が大きくなってるぞ」
『はあ⁉︎ そんな訳ないだろ、っておい! 突くな! ボクのお腹を突くなー!』

 ステラの膝で心地よさそうに丸まっていたてぷのお腹をリヴィウスの指が突く。その度にぷにぷにと指先が埋まる様子がたまらなくてつい否定するのを忘れていると、驚愕したかのように目を見開いたてぷがステラを見上げる。

『……ぇ、ステラがそんなことないよって言ってくれない…?』
「あ」
「ほら見ろ」
「ちが、違いますよてぷ様! そんなことないですからね?」
『でもいつもより遅かったー!』
「それはその」

 ふふん、とリヴィウスが鼻を鳴らししたり顔でてぷを見下ろす。それにわなわなと震えたてぷがぴょんとステラの膝から飛び上がり『うがああ!』と叫びながらリヴィウスの腹に向かって突進した。

「うぐぅっ!」
『そういうお前はヒンジャクになっただろ! こんなタックル前はびくともしなかった!』
「その頃とは俺の体が違うだろうがたわけが…!」

 てぷの体重は自由自在だ。だから今もじわじわと体重を掛けているのか徐々にリヴィウスの背がベッドに近付いていく。このまま行くと二人はベッドに倒れてしまうし、なんなら体重をかけ過ぎたてぷのせいでベッドが折れてしまう。
 なんなら以前折れた。
 それを知っているステラは頃合いを見てパチンと手を叩く。

「はいそこまで。この前それでベッドを壊してとんでもないことになったのを忘れましたか?」
「………」

 二人が音と同時にステラを見て、そして同時に目を逸らす。
 思い出すのは違う街で同じように喧嘩した二人がベッドを壊したあの日だ。あの宿屋の女将は見た目はとても優しげで上品だったが、見事に折れたベッド見て笑顔のまま三人を見てこう言ったのだ。

「あらあら随分とはしゃがれたんですねぇ」

 その絶対零度の微笑みと、言葉の裏にある抑え切れない怒りを感じ取った三人はどっと背中に冷や汗を流したものだ。その時は金銭での弁償と三日ほどのタダ働きで許して貰えたが、できればあのような自体は避けたい。二度と。
 あの時の女将の顔を思い出しているのかリヴィウスとてぷはス、と居住まいを正して静かに頷いた。

「思い出してくれて良かったです。ではお風呂にしましょう。てぷ様、今日はどちらと入りますか?」
『今日はステラ!』
「はい。それじゃあリヴィ、じゃんけんです。勝った方が先に入りましょう」
「……俺はどっちでも構わない」
「いいじゃないですか。はいじゃーんけーん」

 隣同士で座ったままステラは楽しそうに、リヴィウスはやれやれと言った様子で片手を出す。声に合わせて腕を小さく振り「ぽん」と同時に手の形を変えた。ステラはハサミの形で、リヴィウスは岩の形。つまりリヴィウスの勝ちである。

「あら負けてしまいました。じゃあお先にどうぞ」
「ああ、入ってくる」

 風呂に入る順番を決めるのも、慣れた様子で脱衣所に消えて行く様子も慣れたものである。リヴィウスの姿が消え、室内に一人と一匹になるとまたてぷはステラの膝に戻って来た。

『三人で一緒に入れたらいいのにな?』

 膝にちょこんと座って見上げてくる姿に口許を緩めながらステラは頷いた。
 基本的にどの国も浴槽は一人用だ。たまに大きなところもあるが、一般的な体躯とは言い難いリヴィウスと一緒ではそれでも狭く感じてしまうだろうなと思いつつ、ふとかつて足を伸ばした国を思い出す。

「では今度東の方に行ってみましょう。あちらの国のお風呂はすごく大きいんですよ? 十人が一度に入ってもまだ余裕のあるお風呂があるんです」
『本当か⁉︎ じゃあ次はそこに行こう!』

 ぱあっと目を星のように輝かせたてぷの頭を撫でながらステラは小さく首を振る。

「とても遠い場所にあるので少し難しいですね。でもいつか行きましょう。てぷ様もリヴィもきっとびっくりします」
『うん、絶対だぞ! ヤクソクだからな!』

 ステラはしっかりと頷いた。

「はい、でもひとまずはこの街を楽しみましょう。明日は揚げたパンの中に挽き肉を入れている料理を食べに行きますよ。あと見た目で驚くスープもあります」
『見た目で驚く…⁉︎』
「きっとリヴィも驚きます」

 内緒話のように声を顰めたステラにてぷの翼が好奇心を表すようにパタパタと震えた。その様子に目を細め「リヴィには内緒ですよ?」と唇に人差し指を当ててからてぷを両手で掬って耳元に口を寄せる。
 コソコソと囁いた言葉にてぷがギョ! と目を丸くしてすぐに楽しそうに声を上げた。

『それはすごいな!』
「はい。だからリヴィには本物を見せるまで黙っていましょう」

 てぷはその言葉にしっかりと頷き、一人と一匹の間に一つの小さなイタズラの約束が出来たのだった。
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