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第三章 東の国の大きなお風呂編
お囃子の音
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ドンチャンドンチャン、チャカチャカドンチャカ
かつて勇者たちと旅をしていた時も一度は聞いたことがあるはずのお囃子の音なのに、ステラは初めて聞くような心地で耳を澄ませていた。それを聞いている場所はアズマヒの国の宿「竹取屋」の一室。
初めにステラたちが取った部屋よりもいくつかグレードが上がった部屋にステラたち、というかステラとキキョウはいる。
「もう体はいいのかい」
「はい、おかげさまで。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
宿屋の中でも一番いい部屋は広く、部屋だけで五つもある。そんなにあっても使う部屋なんてしれていて、寝室と浴室以外はほとんどその意味を成していないが、今は違う。
賑わう街を見下ろせる位置にある一間には座り心地のいい座椅子と細部に凝った彫刻のされている低いテーブルが置かれている。そこにステラとキキョウは向かい合うように座っていた。
テーブルには女将が用意してくれたお茶と茶菓子がいくつか置いてあるけれど、茶菓子は互いに手を付けていない。
酷く落ち着いている空気ではあるけれど、気は抜けない。そんな空気が漂っていたが、キキョウの肺にある空気を全て吐き出すような音で雰囲気が変わる。
「どうしてあんたが謝るのさ。謝んなきゃいけないのはあたしだろ」
「え、どうしてですか?」
心底わからないといったふうに首を傾げるステラを見てキキョウはバツが悪そうに美貌を歪めた。
「……あたしがこの話を持ち掛けなかったら危険な目に遭わなかっただろう」
「……」
ステラは言葉に詰まった。本当にステラが無関係であったならこの言葉に頷けもしただろうが、実際はそうではない。ヒドラ、そしてキースが関わっている時点でステラには関係しかなかったのだ。キースは粘着質な男だ。以前から思っていたが今回のことでさらに深くそう確信した。
だから遅かれ早かれ、ステラは多分キースとこの国で対峙していただろう。今回はただキキョウと関わったというだけで、どちらかと言えば被害者はキキョウの方だとすらステラは思っていた。けれどそれを言葉にすることも、顔に出すこともしない。
その沈黙をステラが気遣っていると受け取ったのかキキョウが綺麗なグラデーションの髪を所在なさげに乱した。
「……あんたが攫われたってなった時、あたし久々に命の危険を感じたよ」
そして飛び出した言葉にステラは一拍置いて「え?」と返す。キキョウはどこか遠い目をしながら細く息を吐き出した。
「てぷ坊もそりゃあ焦ってたけど、あの色男がねえもうこの町全部更地にしちまうんじゃないかってくらい怒り狂っててさぁ…」
「リヴィが?」
「そうだよ。最初はどこかで逸れたのかもって店の子たち総出で探してたんだけど当然見つかんなくてさ、それでもしかしてって思った時にてぷ坊が血相変えて色男になんか言ってたんだよ。……そこからさ、あの色男の雰囲気がガラッと変わったのは」
そこまで教えられて、ステラはあの時助けに来てくれたリヴィウスのことを思い出す。五感のほぼ全てが機能していなかったあの状態でも彼があの時尋常でないほど怒っていたのはなんとなくだが思い出せる。
ステラは聖女として数々の悪と対峙してきたし、魔王だったリヴィウスとも真っ向勝負をした過去がある。だからこそある程度の怒気や殺気には慣れているけれど、それらに普段触れていない人たちからしたらリヴィウスの怒気は耐えられないだろうなと苦笑する。
「……リヴィがご迷惑をお掛けして……」
深々と頭を下げるステラにキキョウがギョッとして手を伸ばしステラの肩を押す。中途半端に下がっていた体がそれで止まり、視線だけ上げてキキョウを見る。そこには参った、というような顔をした綺麗な人がいた。
「だから、謝るのはあたしの方なんだよ。……はあ、いっそ責めてくれたら楽なのにあんたはさぁ」
「責めるようなことがありませんから」
ゆっくりと元の位置に体を戻したステラを見てキキョウは大きく息を吐く。それに笑みを浮かべるとステラは窓の方に視線を向けた。賑やかなお囃子の音に混ざってたくさんの人の声が聞こえる。
夜なのに明るいのは無数の提灯が至るところから下げられているからだ。その灯のもとたまに聞き覚えのある声が耳に届く。声の高さからいってきっとてぷだろう。今頃てぷとリヴィウスはおリンを伴って屋台を巡り歩いているはずだ。
「キキョウさん」
「なんだい」
「この町の美味しいものを教えていただけませんか?」
「……は?」
「この町の美味しいものを」
「聞こえてるよ。でも一体全体どうしてそんな話に」
「元々私たちは世界中の美味しいものでも食べようという理由で旅をしているんです」
「……そうなのかい?」
桁違いの美貌を持つ人はキョトンとした気の抜けた顔でも美しい。そんなキキョウらしくない表情にステラはつい笑ってしまいながら頷いた。
「はい、だから教えてください。それで今回の件は全部チャラです」
今度は目が丸くなったが、キキョウはすぐに笑って頷いた。
「オーエド自慢の飯を教えるよ。好きなだけ食べてきな」
「ありがとうございます」
そういって二人はようやくお茶に手を伸ばした。もうすっかり冷めてしまっていたけれど、良いお茶は冷めても美味しいのだなとしみじみ思った。
かつて勇者たちと旅をしていた時も一度は聞いたことがあるはずのお囃子の音なのに、ステラは初めて聞くような心地で耳を澄ませていた。それを聞いている場所はアズマヒの国の宿「竹取屋」の一室。
初めにステラたちが取った部屋よりもいくつかグレードが上がった部屋にステラたち、というかステラとキキョウはいる。
「もう体はいいのかい」
「はい、おかげさまで。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
宿屋の中でも一番いい部屋は広く、部屋だけで五つもある。そんなにあっても使う部屋なんてしれていて、寝室と浴室以外はほとんどその意味を成していないが、今は違う。
賑わう街を見下ろせる位置にある一間には座り心地のいい座椅子と細部に凝った彫刻のされている低いテーブルが置かれている。そこにステラとキキョウは向かい合うように座っていた。
テーブルには女将が用意してくれたお茶と茶菓子がいくつか置いてあるけれど、茶菓子は互いに手を付けていない。
酷く落ち着いている空気ではあるけれど、気は抜けない。そんな空気が漂っていたが、キキョウの肺にある空気を全て吐き出すような音で雰囲気が変わる。
「どうしてあんたが謝るのさ。謝んなきゃいけないのはあたしだろ」
「え、どうしてですか?」
心底わからないといったふうに首を傾げるステラを見てキキョウはバツが悪そうに美貌を歪めた。
「……あたしがこの話を持ち掛けなかったら危険な目に遭わなかっただろう」
「……」
ステラは言葉に詰まった。本当にステラが無関係であったならこの言葉に頷けもしただろうが、実際はそうではない。ヒドラ、そしてキースが関わっている時点でステラには関係しかなかったのだ。キースは粘着質な男だ。以前から思っていたが今回のことでさらに深くそう確信した。
だから遅かれ早かれ、ステラは多分キースとこの国で対峙していただろう。今回はただキキョウと関わったというだけで、どちらかと言えば被害者はキキョウの方だとすらステラは思っていた。けれどそれを言葉にすることも、顔に出すこともしない。
その沈黙をステラが気遣っていると受け取ったのかキキョウが綺麗なグラデーションの髪を所在なさげに乱した。
「……あんたが攫われたってなった時、あたし久々に命の危険を感じたよ」
そして飛び出した言葉にステラは一拍置いて「え?」と返す。キキョウはどこか遠い目をしながら細く息を吐き出した。
「てぷ坊もそりゃあ焦ってたけど、あの色男がねえもうこの町全部更地にしちまうんじゃないかってくらい怒り狂っててさぁ…」
「リヴィが?」
「そうだよ。最初はどこかで逸れたのかもって店の子たち総出で探してたんだけど当然見つかんなくてさ、それでもしかしてって思った時にてぷ坊が血相変えて色男になんか言ってたんだよ。……そこからさ、あの色男の雰囲気がガラッと変わったのは」
そこまで教えられて、ステラはあの時助けに来てくれたリヴィウスのことを思い出す。五感のほぼ全てが機能していなかったあの状態でも彼があの時尋常でないほど怒っていたのはなんとなくだが思い出せる。
ステラは聖女として数々の悪と対峙してきたし、魔王だったリヴィウスとも真っ向勝負をした過去がある。だからこそある程度の怒気や殺気には慣れているけれど、それらに普段触れていない人たちからしたらリヴィウスの怒気は耐えられないだろうなと苦笑する。
「……リヴィがご迷惑をお掛けして……」
深々と頭を下げるステラにキキョウがギョッとして手を伸ばしステラの肩を押す。中途半端に下がっていた体がそれで止まり、視線だけ上げてキキョウを見る。そこには参った、というような顔をした綺麗な人がいた。
「だから、謝るのはあたしの方なんだよ。……はあ、いっそ責めてくれたら楽なのにあんたはさぁ」
「責めるようなことがありませんから」
ゆっくりと元の位置に体を戻したステラを見てキキョウは大きく息を吐く。それに笑みを浮かべるとステラは窓の方に視線を向けた。賑やかなお囃子の音に混ざってたくさんの人の声が聞こえる。
夜なのに明るいのは無数の提灯が至るところから下げられているからだ。その灯のもとたまに聞き覚えのある声が耳に届く。声の高さからいってきっとてぷだろう。今頃てぷとリヴィウスはおリンを伴って屋台を巡り歩いているはずだ。
「キキョウさん」
「なんだい」
「この町の美味しいものを教えていただけませんか?」
「……は?」
「この町の美味しいものを」
「聞こえてるよ。でも一体全体どうしてそんな話に」
「元々私たちは世界中の美味しいものでも食べようという理由で旅をしているんです」
「……そうなのかい?」
桁違いの美貌を持つ人はキョトンとした気の抜けた顔でも美しい。そんなキキョウらしくない表情にステラはつい笑ってしまいながら頷いた。
「はい、だから教えてください。それで今回の件は全部チャラです」
今度は目が丸くなったが、キキョウはすぐに笑って頷いた。
「オーエド自慢の飯を教えるよ。好きなだけ食べてきな」
「ありがとうございます」
そういって二人はようやくお茶に手を伸ばした。もうすっかり冷めてしまっていたけれど、良いお茶は冷めても美味しいのだなとしみじみ思った。
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