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第四章 西の国の救国の聖女編
託された未来
その日、その瞬間を目撃した人々は口々にこう言った。
「女神の奇跡だ」
「聖女様が再び世界を救ってくださった」
「やはりあの方は救国の聖女様だったんだ」
大広場の真上に現れた巨大な純白の魔法陣。見る人が見れば転移の魔法陣とわかるのだが、余りに眩くて目が眩む。突然の現象に逃げ惑っていた住民はおろか勇者たちでさえ手を止めて空を見上げ目を眇めた。
すると光が降り注ぐ魔法陣の中から一人の女性が現れた。ゆっくりと空から魔王の傍らに降り立ったその人は、教皇リマと似た女性物の聖職者の服を着ていて頭に被ったウィンプルとスカートがふわりと柔らかな空気を含んで揺れた。
その女性が誰かなんて考えなくてもわかる。けれどその場に残っていた子供のうちの一人がその女性を指差して興奮したように叫んだ。
「聖女さまだ!」
その声に固まっていた勇者たちが弾かれたように走り出したが聖女に触れそうになった瞬間見えない壁によって阻まれた。
「っ、なんだこれ! 聖女! 聖女だろ⁉︎」
勇者が必死に叫びながら壁を叩くけれどそれはびくともせず、ゆっくりと顔を上げた聖女は勇者のその姿を見て静かに首を振った。氷の聖女と謳われていた彼女の顔には今微笑みが浮かんでいる。その顔を見て、勇者は顔をくしゃくしゃに歪めて壁に手を突いてそのままズルズルと座り込んだ。
かつての仲間だった彼らは知っていたのだ。聖女のその微笑みが、最期の時に見せたものと全く一緒だということを。
それだけで彼らは理解できてしまったのだ。この聖女は都合良く生き返った存在ではなく、今度こそ魔王を屠るために顕現したのだと。
「……なんで、なんでだよぉっ!」
勇者リヒトにはわかっている。目の前にいる聖女はすでに亡き者だということも、これが今生の別れになるということも。けれどはいそうですかと受け入れられる程、彼の心は大人になれないのだ。
悔しさの余りに勇者は泣きながら壁を何度も殴る。けれどそれを大男が止める。
その光景すら、魔王城での出来事を繰り返しているようだった。
「──勇者リヒト」
透明な壁を一枚隔てただけなのに、それがあるせいで聖女の声が遠くに聞こえた。壁さえなければ掴める距離だというのに。
「あとはお願いします」
ああ、言葉まで同じだ。違う事といえば今度は勇者が彼女を手に掛ける必要がないということだ。
聖女が魔王に向き直る。聖女と魔王が対峙するその光景はこんなにも緊迫した状況なのに、どこまでも神聖なものに感じた。背を向けた聖女の表情はわからない。けれど勇者からは魔王の顔がよく見えた。
「……?」
魔王の表情が和らいだ。慈愛すら感じさせるほどに柔らかく目を細め、聖女のことを見ていた。
聖女が足を前に踏み出した。けれどそれは攻撃の意思表示ではなく、歩み寄る優しい物だった。
壁の中で聖女が何かを語り掛けた。声は魔王以外に届くことはなく、唯一人それを聞き届けた魔王が聖女に差し出すように手を伸ばし、そして聖女はその手を取った。そんな触れ合いはほんの一瞬。
目を開けていられない程の閃光が迸り、その場にいた全員が目を閉じた。そして再び目を開けた時、そこには誰もいなかった。
その時漠然と「終わった」のだと気が付いた。
これでもう二度と魔王が現れることも無いし、聖女が顕現することも無い。聖女ごと魔王を突き刺したあの日から丁度一年、勇者リヒトはその場に座り込んだまま泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……案外、人任せだよなあいつ」
「そうか? あの女が頼み事したのなんて後にも先にもあれだけだぞ」
「そうだっけ」
「ああ。俺があの女と喧嘩した理由忘れたのか」
「……ああ、そうだ。そうだったな」
勇者はもう数年前になる記憶を掘り起こした。この街から始まった冒険、まるで波長の合わない四人での旅は最初はとてもギクシャクしていた。
その中でも極端に口数の少ない聖女と、兄貴肌で人一倍情に厚い男であるフェルゼンは全くと言っていいほど馬が合わなかった。フェルゼンは先輩冒険者として様々なことを勇者たちに教えてくれていたし、男としての遊び方も教えてくれた。
けれどパーティの中で唯一女性である聖女には距離が計りかねたらしく、それが原因で距離があったというのもある。それでようやく話し掛けることが出来たと思ったら「私のことはお気になさらず」と表情一つ変えずにこう言うのだ。
そんなある日、聖女が事件に巻き込まれた。事件といっても小さいもので、聖女が怪我をしていたのにそれを黙って仲間の治療を優先したというものだ。
冒険も始めたばかりで気力も体力も消費して、更にはアイテムも枯渇していた中での聖女の判断は多分間違っていなかった。問題はそれを仲間の誰にも言わなかったことだ。それに気が付いたフェルゼンが溜まっていた不満を爆発させて喧嘩に発展したのだ。
それから冒険が始まって以来の大喧嘩が始まり、そういうことを繰り返して勇者たちにはかけがえのない絆が生まれたのだ。
「……蓋開けてみりゃ、あいつが誰よりも覚悟が決まってて、誰よりも仲間思いだったな」
「……それはお前も一緒だろ、フェルゼン。あの時お前が背中を押してくれなかったら、今の平和はなかった。俺だけじゃあの時魔王を倒せなかった」
「結果論だな」
フェルゼンは勇者リヒトの隣に腰を下ろし、背中を強く叩いた。
「いつまでも引きずるな。後を任されたんだからしゃんとしろ」
「……ああ、そうだな」
勇者は顔を上げた。その目にはもう悲しみも後悔もなく、ただ聖女に託された未来を守ろうという強い光だけが宿っていた。
「女神の奇跡だ」
「聖女様が再び世界を救ってくださった」
「やはりあの方は救国の聖女様だったんだ」
大広場の真上に現れた巨大な純白の魔法陣。見る人が見れば転移の魔法陣とわかるのだが、余りに眩くて目が眩む。突然の現象に逃げ惑っていた住民はおろか勇者たちでさえ手を止めて空を見上げ目を眇めた。
すると光が降り注ぐ魔法陣の中から一人の女性が現れた。ゆっくりと空から魔王の傍らに降り立ったその人は、教皇リマと似た女性物の聖職者の服を着ていて頭に被ったウィンプルとスカートがふわりと柔らかな空気を含んで揺れた。
その女性が誰かなんて考えなくてもわかる。けれどその場に残っていた子供のうちの一人がその女性を指差して興奮したように叫んだ。
「聖女さまだ!」
その声に固まっていた勇者たちが弾かれたように走り出したが聖女に触れそうになった瞬間見えない壁によって阻まれた。
「っ、なんだこれ! 聖女! 聖女だろ⁉︎」
勇者が必死に叫びながら壁を叩くけれどそれはびくともせず、ゆっくりと顔を上げた聖女は勇者のその姿を見て静かに首を振った。氷の聖女と謳われていた彼女の顔には今微笑みが浮かんでいる。その顔を見て、勇者は顔をくしゃくしゃに歪めて壁に手を突いてそのままズルズルと座り込んだ。
かつての仲間だった彼らは知っていたのだ。聖女のその微笑みが、最期の時に見せたものと全く一緒だということを。
それだけで彼らは理解できてしまったのだ。この聖女は都合良く生き返った存在ではなく、今度こそ魔王を屠るために顕現したのだと。
「……なんで、なんでだよぉっ!」
勇者リヒトにはわかっている。目の前にいる聖女はすでに亡き者だということも、これが今生の別れになるということも。けれどはいそうですかと受け入れられる程、彼の心は大人になれないのだ。
悔しさの余りに勇者は泣きながら壁を何度も殴る。けれどそれを大男が止める。
その光景すら、魔王城での出来事を繰り返しているようだった。
「──勇者リヒト」
透明な壁を一枚隔てただけなのに、それがあるせいで聖女の声が遠くに聞こえた。壁さえなければ掴める距離だというのに。
「あとはお願いします」
ああ、言葉まで同じだ。違う事といえば今度は勇者が彼女を手に掛ける必要がないということだ。
聖女が魔王に向き直る。聖女と魔王が対峙するその光景はこんなにも緊迫した状況なのに、どこまでも神聖なものに感じた。背を向けた聖女の表情はわからない。けれど勇者からは魔王の顔がよく見えた。
「……?」
魔王の表情が和らいだ。慈愛すら感じさせるほどに柔らかく目を細め、聖女のことを見ていた。
聖女が足を前に踏み出した。けれどそれは攻撃の意思表示ではなく、歩み寄る優しい物だった。
壁の中で聖女が何かを語り掛けた。声は魔王以外に届くことはなく、唯一人それを聞き届けた魔王が聖女に差し出すように手を伸ばし、そして聖女はその手を取った。そんな触れ合いはほんの一瞬。
目を開けていられない程の閃光が迸り、その場にいた全員が目を閉じた。そして再び目を開けた時、そこには誰もいなかった。
その時漠然と「終わった」のだと気が付いた。
これでもう二度と魔王が現れることも無いし、聖女が顕現することも無い。聖女ごと魔王を突き刺したあの日から丁度一年、勇者リヒトはその場に座り込んだまま泣き笑いのような表情を浮かべた。
「……案外、人任せだよなあいつ」
「そうか? あの女が頼み事したのなんて後にも先にもあれだけだぞ」
「そうだっけ」
「ああ。俺があの女と喧嘩した理由忘れたのか」
「……ああ、そうだ。そうだったな」
勇者はもう数年前になる記憶を掘り起こした。この街から始まった冒険、まるで波長の合わない四人での旅は最初はとてもギクシャクしていた。
その中でも極端に口数の少ない聖女と、兄貴肌で人一倍情に厚い男であるフェルゼンは全くと言っていいほど馬が合わなかった。フェルゼンは先輩冒険者として様々なことを勇者たちに教えてくれていたし、男としての遊び方も教えてくれた。
けれどパーティの中で唯一女性である聖女には距離が計りかねたらしく、それが原因で距離があったというのもある。それでようやく話し掛けることが出来たと思ったら「私のことはお気になさらず」と表情一つ変えずにこう言うのだ。
そんなある日、聖女が事件に巻き込まれた。事件といっても小さいもので、聖女が怪我をしていたのにそれを黙って仲間の治療を優先したというものだ。
冒険も始めたばかりで気力も体力も消費して、更にはアイテムも枯渇していた中での聖女の判断は多分間違っていなかった。問題はそれを仲間の誰にも言わなかったことだ。それに気が付いたフェルゼンが溜まっていた不満を爆発させて喧嘩に発展したのだ。
それから冒険が始まって以来の大喧嘩が始まり、そういうことを繰り返して勇者たちにはかけがえのない絆が生まれたのだ。
「……蓋開けてみりゃ、あいつが誰よりも覚悟が決まってて、誰よりも仲間思いだったな」
「……それはお前も一緒だろ、フェルゼン。あの時お前が背中を押してくれなかったら、今の平和はなかった。俺だけじゃあの時魔王を倒せなかった」
「結果論だな」
フェルゼンは勇者リヒトの隣に腰を下ろし、背中を強く叩いた。
「いつまでも引きずるな。後を任されたんだからしゃんとしろ」
「……ああ、そうだな」
勇者は顔を上げた。その目にはもう悲しみも後悔もなく、ただ聖女に託された未来を守ろうという強い光だけが宿っていた。
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