【完結】婚約破棄を言い渡した王子は悪役令嬢の兄に執着される

白(しろ)

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第一章

知らなかった一面

 今まで野菜しか見ていなかったのと、初日のエルダーの言葉を思い出して首を傾げる。

「フルーツはマーケットに買いに行っているんじゃなかったのか?」
「九割はな。でも残りはここからだ。まあここも俺が無理言って作らせたんだけどよ」

 ガハハ、と豪快に笑ったゴードンは俺の方から腕を離し、先を歩き始める。それを追いながら進むと、食卓にもよく並ぶ果物や、まだ実もなっていない木が見えた。

「これだ。緑の丸いのが見えるか? これがこの木の実だ。今日はこれに袋をかけていく」
「袋?」
「おう。虫から守ったり、あとは見た目もよくなる。皮に傷が付きにくくなるからな」

 説明を受けながら、渡された道具を使って袋をかけていく。
 始めは手こずったが何度かやるうちに慣れてきて、作業の速度も上がり始めた。その頃だ、近い場所で作業していたゴードンが話し掛けてきたのは。

「リュシアン様に怒られたんだろ」

 声は明るい。楽しんでいるような響きさえある。

「まあここであんたのこと叱れるのなんて、あの人しかいねえものなぁ」

 それに何も答えずただ手を動かす。そんな俺を見てゴードンが笑った気がした。

「あの人は人一倍ご家族のことを大事にされてるからな、そりゃフィル様への当たりも厳しくはなる」
「……」
「でもあんたのことを心底憎んでるわけじゃないと思うんだ」
「それはないだろう」
「食い気味じゃねえか」
「だってリュシアンは、俺の名前も呼びたくないって……」

 袋をかけていた作業の手が止まる。
 それまで思い出さなくて済んでいた昨日の記憶や、ここに来た時の記憶が蘇って視線が下を向く。

「まあそりゃ、そうだろ。あの人がどんだけご家族のこと溺愛してるかあんた知らねえのか」
「……?」

 顔を上げて首を傾げる。
 リュシアンと溺愛という言葉がまるで違う言語みたいに噛み合わないからだ。

「ロザリア様なんて公爵家で唯一の娘様だからな。それはそれは可愛がってらっしゃるんだわ。多分ロザリア様が望めば、リュシアン様は拳くらいのダイヤだって調達してくる」
「……あのリュシアンが?」

 そんなもの無駄だと一刀両断してしまいそうなリュシアンが?

「おう。ドレスだってなぁ、ちょっとでも肌の出てるのが多いと血相変えるからな。お前の美しさは誇りだがなんとかってロザリア様を言いくるめてドレスを着替えさせたことだって何回あるか」
「それは本当に俺の知っているリュシアンなのか」
「おー、公爵家じゃ当然の話だなこれは」

 俺の頭の中には常に睨んでくるか冷笑を浮かべているか、それか真顔かのリュシアンしかいない。出てくる言葉だっていつも鋭利な刃物のようだ。
 そんな男の口から美しいなんて、人を褒める言葉が出てくるのが信じられなかった。

「蝶よ花よと育てられ、目に入れても痛くないってくらい可愛がってる妹をコケにされたんじゃ、そりゃあお兄ちゃんは大激怒だわな」
「……」
「でもあんたはそれ反省してんだろ?」

 やや遅れて頷くと、ゴードンはまた豪快に笑った。

「反省できてるなら大丈夫だ」

 懐の深さを感じさせる言葉に下唇を噛んだ。

「どうして、許せるんだ。俺は公爵家の人間を蔑ろにしたのに」
「許す許さねえは俺の問題じゃねえなぁ。そもそも俺はここに来る前のフィル様を知らねえからなんとも言えねぇが」

 同じく作業の手を止めたゴードンがこちらを見た。
 皺が深く刻まれた目元の奥には、優しい光を湛えた瞳があった。

「あんたは悪い人じゃねえからな。時間は掛かるかもしれねえが、いつかはリュシアン様も優しくなってくれるさ」

 それは無理だろうと咄嗟に思ったが、それよりもまた目の奥が熱くなってしまった。

「! おおおい泣くな⁉︎  泣くなよ! 俺ぁ多分あんたを泣かせたらまずい気がするんだ! 泣くな! 泣き止め!」

 大焦りしているゴードンの声が聞こえているのに、目から涙が止まらなかった。

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