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第二章
憧憬
険しい表情で何やら考え込んでいる姿を見ていたが、ふと日の高さに目をやる。この位置に太陽があるということは、もう普段であればリュシアンは屋敷を出ている頃だ。
「俺に時間を使わなくていいから。もうこんな時間だし、俺に何か至らないところがあったら、エルダーに伝えて」
「休みです」
遮るように伝えられた言葉に目を瞬かせた。
「無休で働いているわけではありません。休む姿を見せることも必要なので」
細く息を吐きながら呟かれた言葉を聞いて、さらに意味がわからなくなる。
「なら余計に俺のところになんて」
「黙って」
続く言葉を飲み込んで、唇を引き結ぶ。また泣きそうになっている自分に気が付いて、今度こそ泣くまいと深く呼吸していると、リュシアンがまた溜息を吐いた。
「責めていません。だから怯えないでください」
「すまない」
「謝る必要性がどこに、……ああ、駄目だ」
リュシアンが苛立ったように前髪を乱した。そんな姿は見たことがなくて少し驚いていると、普段よりも優しい光のある目が俺を見る。
「昨日のことを、謝罪したかったのです」
「……え?」
「殿下のご厚意で作ってくださった場を、私の不用意な発言で乱してしまったので」
何を言われているのかわからなくて瞬きを繰り返す。
昨日のことなら、悪いのは確実に俺だ。
「どうしてフォークナーが謝るんだ。俺のせいで三人の時間を邪魔してしまったのに」
そう言うと、またリュシアンの表情が怖くなった。
けれど俺を睨むことはなく、むしろどこか辛そうにも見えた。
「……確かにあなたには勝手なことをされたくない。ですが、心を殺してほしいわけでもない」
俺の頭の出来が悪いせいだろう。言葉の意味がうまく理解できずにいると、手首を掴む力が弱まり、代わりに手を取られた。
「殿下を罪人として扱うつもりはないと、そう言っています」
そこまで噛み砕かれて、俺はようやく理解した。
「……エルダーとゴードンに何か言われたのか?」
「特に何も。なぜそんなことを?」
「フォークナーがおかしなことを言っていると思って」
昨日と今日とではまるで別人だ。
一夜にして何があったのかはわからないが、リュシアンは俺に気を遣っているのだけはわかった。
「その、エルダーたちには情けないところばかり見せているから、きっと同情してくれたんだと思う。けどそれにフォークナーが付き合わなくてもいいんだ。だって、フォークナーは俺が嫌いだろう?」
リュシアンの表情は変わらない。そして無言だ。
その沈黙が肯定なのだと受け取って、思わず苦笑いする。
「当然だ。俺は出来の悪い王子だったし、何より君の家族を傷付けた。憎まれていてもおかしくない。だから気を遣わなくていい」
ゆっくりと手を引くと、意外と簡単に手が離れた。
そのまま一歩下がって扉の前に行く。
「忙しいのにありがとう。それじゃあ」
そのまま取手を引いて中に入る。扉一枚で隔たれているだけなのに、俺は深く息を吐いた。
やがて扉の前からリュシアンが動く気配がした。靴音が遠ざかっていくのを聞いて、その場に座り込む。
先程まで触れられていた手に視線を向けて、やり取りを思い出す。
彼は、俺を罪人として扱うつもりはないと言った。
それがどういう意味か、よくわからない。
けれどきっと、俺に同情したエルダーたちが何か進言してくれたのだろう。それ以外でリュシアンが俺に優しくする理由がない。
「……優しく、か」
氷のように視線は冷たいのに、触れた手は温かかった。
俺の手首なんて包んでしまえるくらい手が大きかった。俺のことをいっとう嫌っている人の手のぬくもりだったのに、久しぶりの体温が嬉しいと思ってしまった。
そしてふと、リオルのことを思い出す。
小さな頭を包んでいた手を思い出す。
ダメだとわかっていても、願望が口を突いて漏れ出した。
「……いいな……」
あんな関係を築けている二人が、羨ましかった。
家族という繋がりすら失った俺には、もう二度と手にすることのできない光景だった。
「俺に時間を使わなくていいから。もうこんな時間だし、俺に何か至らないところがあったら、エルダーに伝えて」
「休みです」
遮るように伝えられた言葉に目を瞬かせた。
「無休で働いているわけではありません。休む姿を見せることも必要なので」
細く息を吐きながら呟かれた言葉を聞いて、さらに意味がわからなくなる。
「なら余計に俺のところになんて」
「黙って」
続く言葉を飲み込んで、唇を引き結ぶ。また泣きそうになっている自分に気が付いて、今度こそ泣くまいと深く呼吸していると、リュシアンがまた溜息を吐いた。
「責めていません。だから怯えないでください」
「すまない」
「謝る必要性がどこに、……ああ、駄目だ」
リュシアンが苛立ったように前髪を乱した。そんな姿は見たことがなくて少し驚いていると、普段よりも優しい光のある目が俺を見る。
「昨日のことを、謝罪したかったのです」
「……え?」
「殿下のご厚意で作ってくださった場を、私の不用意な発言で乱してしまったので」
何を言われているのかわからなくて瞬きを繰り返す。
昨日のことなら、悪いのは確実に俺だ。
「どうしてフォークナーが謝るんだ。俺のせいで三人の時間を邪魔してしまったのに」
そう言うと、またリュシアンの表情が怖くなった。
けれど俺を睨むことはなく、むしろどこか辛そうにも見えた。
「……確かにあなたには勝手なことをされたくない。ですが、心を殺してほしいわけでもない」
俺の頭の出来が悪いせいだろう。言葉の意味がうまく理解できずにいると、手首を掴む力が弱まり、代わりに手を取られた。
「殿下を罪人として扱うつもりはないと、そう言っています」
そこまで噛み砕かれて、俺はようやく理解した。
「……エルダーとゴードンに何か言われたのか?」
「特に何も。なぜそんなことを?」
「フォークナーがおかしなことを言っていると思って」
昨日と今日とではまるで別人だ。
一夜にして何があったのかはわからないが、リュシアンは俺に気を遣っているのだけはわかった。
「その、エルダーたちには情けないところばかり見せているから、きっと同情してくれたんだと思う。けどそれにフォークナーが付き合わなくてもいいんだ。だって、フォークナーは俺が嫌いだろう?」
リュシアンの表情は変わらない。そして無言だ。
その沈黙が肯定なのだと受け取って、思わず苦笑いする。
「当然だ。俺は出来の悪い王子だったし、何より君の家族を傷付けた。憎まれていてもおかしくない。だから気を遣わなくていい」
ゆっくりと手を引くと、意外と簡単に手が離れた。
そのまま一歩下がって扉の前に行く。
「忙しいのにありがとう。それじゃあ」
そのまま取手を引いて中に入る。扉一枚で隔たれているだけなのに、俺は深く息を吐いた。
やがて扉の前からリュシアンが動く気配がした。靴音が遠ざかっていくのを聞いて、その場に座り込む。
先程まで触れられていた手に視線を向けて、やり取りを思い出す。
彼は、俺を罪人として扱うつもりはないと言った。
それがどういう意味か、よくわからない。
けれどきっと、俺に同情したエルダーたちが何か進言してくれたのだろう。それ以外でリュシアンが俺に優しくする理由がない。
「……優しく、か」
氷のように視線は冷たいのに、触れた手は温かかった。
俺の手首なんて包んでしまえるくらい手が大きかった。俺のことをいっとう嫌っている人の手のぬくもりだったのに、久しぶりの体温が嬉しいと思ってしまった。
そしてふと、リオルのことを思い出す。
小さな頭を包んでいた手を思い出す。
ダメだとわかっていても、願望が口を突いて漏れ出した。
「……いいな……」
あんな関係を築けている二人が、羨ましかった。
家族という繋がりすら失った俺には、もう二度と手にすることのできない光景だった。
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