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6、雨の日の騒動

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 それから二日後。
 空はどんよりと曇り、ビシャビシャと激しい雨の降る中、グラツィアの葬儀が執り行われていた。
 トドールドは外出禁止が解除され、両親と共に傘を差して出席していた。

 トドールドは離れた場所に立つアラザンと、その隣に佇むナンシーを見つけると、ギリリ、と奥歯を噛んだ。
 その口から「殺してやる」と低いうめき声が漏れたが、雨の音でかき消された。


 ナンシーはアラザンの隣で戸惑っていた。
 彼からグラツィアの葬儀の話を聞かされた時はあまりに突然のことで驚いて言葉も出ず、続いて「一ヶ月に死んでいた」「あのグラツィアは偽者」などと聞かされた時には頭が追いつかずにパニックになりかけた。

(でも……じゃあ、これまでの大人びたあのグラツィアが本物なのね。よかった。グラツィアのこと嫌いにならなくていいんだわ)

 ナンシーは自宅から用意してきた華やかな花束を棺の上に投げると、彼女が次の人生でも明るく輝けるように願った。
 アラザンも小さな花束を投げ、ナンシーの方を向いた。

「本当は来たくなかったんじゃないか?」
「ううん、そんなことない。最近のグラツィアは嫌いだったけど、本当のグラツィアは素敵な人だもの」
「そうか。僕はよく知らないから」

 そう言いながら辺りにそっと視線を投げかけた。
 アラザンも父親からスカッチ家の宝石が盗まれた話を聞かされ、犯人が、偽グラツィアが現れたら逮捕しろ、と命令されていた。宝石「月夜のきらめき」を取り戻せ、と。
 とはいえ、こんな所に盗人が現れるだろうか。

 それでも出来るだけナンシーの近くにいて、何かあったらすぐ護れるようにしたかった。
 相手は変装魔術を使う犯罪グループの一味なのだ。
 父親は「奴らは殺しもやる」と言っていた。
 我が家のトラブルにかわいいナンシーを巻き込みたくなかった。


 やがて葬儀も終わり、墓穴を土で埋める作業が始まった。
 これは葬儀会社の男たちがやるものだ。今もさっそくスコップを持ってドサドサと土を棺の上に落としている。

 ナンシーはもうそろそろ帰ろうと思い、その旨をアラザンに告げた。
 すると、彼は「馬車まで送るよ」とナンシーの手を取った。二人は傘を差したまま手をつないで馬車停め場へ向かった。

 到着すると、他の参列者たちでごった返してワイワイと騒ぎになっていた。

「どうしたのかしら?」
「多分、雨で地面がぬかるんで車輪が動かないんだ」

 グラツィアの家は貴族だ。今日はその関係者が多く訪れている。彼らは金持ちなので徒歩ではなく馬車が当たり前だ。
 下の通りまで歩くのが嫌で揉めているのだ。

「動ける馬車はどれだ! ワシが先に乗る!」
「いいえ、アタシよ! お金を倍額払うから乗せてちょうだい! この後、予定があるのよ!」
「誰か足腰の丈夫な御者はいないのか! 馬車がダメならおぶってくれ!」

 アラザンが傘を後ろに傾け、曇天を見上げた。遠くの空には所々、明るい青空が見えていた。一時間以内には止むだろう。

「雨も小降りになってきたし、歩くかい?」
「ええ、そうね。今日はブーツで来たから平気よ」
「僕もだ。気が合うな」

 二人は笑顔を交わすとなだらかな平地の中に伸びる一本道を歩き始めた。

「ナンシー、今日誘ったら不謹慎かな」
「えっ! え、ええ、そうね、今日はだめよ。だって、こんな日だもの」
「じゃあ、明日は?」
「えっ、そうね。手紙に書いたけど、私は大体ひまなの。だから、あなたに合わせるわ。あなたの時間が空いてるなら……」
「じゃあ、明日、また会おう。馬車で迎えに行くよ」

 ナンシーはドキドキしながら、コクン、と頷いた。

(それって、またエッチしようって意味よね。どこでするのかしら? アラザンの部屋かしら? ……もうグラツィアはいないし、トドールドもあの森には来ないだろうから、だったら、あの森がいいな。誰もいないから大きな声を出しても誰にも聞かれないし)

 頬を染めながらそんな考え事をしていたナンシーは、ふと何かの気配を感じて振り向き、小首をかしげた。

「ねえ、後ろ。あれ、トドールドかしら?」

 黒い傘を差した男が一人、ナンシーたちの後ろを付いて来ていた。まだだいぶ距離がある。

「あの歩き方はそうだな。何の用だ、あいつ」

 振り向いたアラザンは不機嫌そうだった。
 思案しながら無言で歩いた後、立ち止まり、振り返って黒い傘の男を待った。ナンシーも隣に寄り添った。

 男が近くまで来て傘を少し上げると、現れた顔はやはりトドールドだった。

「まだナンシーに未練でもあるのか?」
「は? いいから、そこ、どけよ」

 トドールドが喪服のポケットから短剣を取り出した。

(えっ!)

 サッ、とさやを捨て、右手に構えた。その鋭い視線はアラザンではなく、ナンシーを睨みつけていた。

(えっ! 私!?)

 トドールドが傘で自分の姿を隠すようにして突進してきた。
 とっさにアラザンがナンシーを抱いて横に飛びのいた。

「きゃっ!」

 攻撃が失敗したトドールドはすぐに向きを変えると、止まることなく二人に突進した。
 短剣の切っ先が傘の布地を突き破り、鋭い突きがナンシーの胸に迫った。

(アッ、刺される!)

 が、アラザンがナンシーを背後に庇い、同時に傘をたたんでそれを盾にして短剣の攻撃を防いだ。
 ガキッ、と金属音がして二人が向かい合った。
 互いの力が均衡し、ギギ、ギギ、と金属同士がこすれ合う音がした。

 トドールドがパッと後ろに飛びのき、破けた傘を乱暴に投げ捨てて短剣を構え、また突っ込んできた。

「やめて!」

(兄弟で争わないで!)

 アラザンがドン、とナンシーを横に突き飛ばした。同時にサッ、と地面すれすれまで身を伏せてトドールドの突きをかわし、クルッと回転してトドールドの背後に立ち、鋭い回し蹴りを食らわした。

「グッ!」

 トドールドが背中を反らせて地面に倒れると、アラザンはその背中にのしかかって弟の首に左腕を回し、グッと強く締めた。

 トドールドは獣のようなうめき声を発し、起き上がろうと満身の力で抵抗した。
 だが、アラザンの締める力が勝ち、トドールドはガクン、と力を失って一切の抵抗をやめた。
 アラザンが立ち上がり、ふう、と息をついた。

 あっという間の出来事を、ただ見ているしか出来なかったナンシーが恐る恐る話しかけた。

「こ、殺したの……?」
「いや、気絶させただけだ。そのうち目を覚ます」
「そう、よかった」

 アラザンはよかった、という言葉に苦笑しながらトドールドの短剣を奪うと腰のベルトに差し、ナンシーの手を取って立ち上がらせた。

「ああ、すまない、ナンシー、泥だらけにしてしまった」
「えっ、あっ、いいのよ、これくらい」

 ナンシーは泥だらけの両手で顔に張りついた髪を払い、傘を拾った。
 突き飛ばされて地面に倒れたので、長い髪も喪服ドレスも全身が泥だらけだった。雨もまだ降っているし、びちょびちょだ。

 アラザンが雨で濡れた前髪を軽く払い、右前方を指した。

「あそこに古い見張り台がある。井戸もあるから、そこで洗おう。葬儀会社の人たちの休憩所でもあるから着替えや食料もある」

 ナンシーはアラザンに引かれて一本道をそれると、ゆるやかな丘の上にある小さな塔を目指した。
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