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7.人間族
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このカレッジで人間として過ごすということは、残念ながら少なからず危険性が伴う。
ここ魔法都市ロストルムでは、魔族や魔法生物をルーツに持たないものの、魔力を有する者を『人間族』と呼ぶ。単に『人間』と呼ばないのは魔力を持たない人々と差別化するためらしい。
尤も、俺たち人間族をわざわざ『人間族』と呼ぶ者よりも『人間』と呼ぶ者の方が圧倒的に多い。そこにはある種の軽蔑が含まれていることは言うまでもない。
カレッジに在籍する人間族の生徒は割合にして約5%ほど。
先祖が魔族であるものの、どこかで他の種族や人間と交わることで現在はその外見的特徴や特性を持ち合わせない、あるいはそれらが本来より控えめな者を含めれば約30%程になる。
ちなみに後者は通称『リーベリー』と呼ばれ、人間や人間族と差別化されている。
補足すると、ここでいう魔族というのは、先天的に魔力を持って生まれてくる種族のことを示す。
精霊族、妖精族、獣人族、吸血鬼、狼男など全部まとめて魔族である。また、当人らは種族名以外で自分たちを表すときに『魔族』と自称することが多い。要は、人間族以外の魔力を持つ種族のことを魔族と言っているらしい。
ちなみに外見的特徴がより動物に近い生き物のことは『魔法生物』と呼んだりする。厳格にそのあたりは区別されているというが、別に俺は学者志望ではないのでそこまで詳しくはない。
ところで、魔法界というのは家柄あるいは血筋を重視する側面があり、例え外見が同じようなものであったとしても人間族とリーベリーの扱いの差は大きい。
魔力を持つ人間(すなわち人間族)が出現したのは僅か40年ほど前の話だ。それゆえ魔法界にいる人間族を異分子扱いする者も多く、また排除しようとする動きもあった。
現在はかなり扱いがマシになった方だと聞くが、やはり完全に差別意識を払拭するのは難しいのだろう。明確な理由はないが人間族はなんとなく嫌い、という魔族も少なくない。今も、昔も。
人間が魔力を持って産まれる確率はかなり低く、なおかつ法則性がない。
魔力を持つ親が必ずしも魔力を持った子を産むわけではなく、魔力を持たない親が強大な魔力を持つ子を産むこともある。
それを奇妙に思う魔族が多いのだろう。魔族はすべからく魔力を持って産まれてくるから、その事象が不自然だと感じるのも仕方ないことだとは思うが。
とどのつまり魔力を持つ人間というのは異分子であり、希少種であり、今まで魔族が作り上げてきた魔法界を脅かしかねない未知の存在だと思われている。人間族である俺はそう考えている。
そして魔族たちは、人間族という未知の希少種に対して興味を示す。詳しく知りたがる。仕組みを調べたがる。収集したくなる。あるいは脅威となることを恐れて排除したがる。あるいはいたずらに虐めてみたくなる。
──要するに、魔法界で人間ということを明かして生きていくことには何らかの困難が付き纏うということだ。
ちなみに魔力を全く持たない人間は、ここ魔法都市ロストルムにはほとんど存在しない。田舎の方へ行けば魔力を持たない人々が暮らしていたりするが、大抵は家族の誰かが魔力を持つ『人間族』であるためにロストルムで暮らしているだけだ。
人間族であることに加え、黒い目と黒い髪を持つこと。
今までは座学も実技も程々にこなしていたおかげでそれほど目立っていなかったが、進級試験以来、何かと絡まれることも増えた。以前よりも他者からの視線を感じるようになったのもきっと気のせいではないだろう。
それに、ロデリックの忠告も決して無視できない。生まれ持った魔力は大抵思春期を終えると変化しなくなるものだ。俺はほとんど身体の成長も止まりおおよそ成熟しているが、今更になって魔力が変化を起こすのは何か不吉なものを感じる。
だからといって今までのように目立たないよう細々と過ごすことはできない。なぜならロデリックとの約束があるからだ。
スカラー制度の対象に選ばれること。そのために勉学や実技で手を抜かないこと。約束はたったこれだけだが、目立ちたくない俺にとっては都合が悪い。
しかし自分がどのような目で見られても、例え危険な目に遭う可能性があっても、俺はルクスを優先する。少しでもルクスの病状を遅らせて解決手段を探す時間を稼ぐ。俺が優先すべきことはそれだけだ。
ルクスのためなら何だってする。
俺は、とっくに覚悟を決めている。
▽▲▽
手首におさまっている腕輪を無意識に触りながら、俺は学内のカフェへと訪れていた。微妙な時間帯に来たせいか他の生徒はほとんどおらず、キッチンも些か暇を持て余している様子だった。
「お、ジェイ。今日は1人か?」
「ああ。ルベルは補修」
カウンター越しに話しかけてきたのはニコール・グリーンウッド。この学園の料理長である。今日は食堂ではなくカフェの方に来ていたらしい。
彼の体格の良さは肉食獣人族にも負けず劣らずだが、柔和な顔つきをしているので圧がない。むしろいつもニコニコしていて人に好かれるタイプだ。
それと、ルベルに近い赤みを帯びた茶髪と柔らかなキャラメル色の瞳が本人の穏やかな性格を表しているようで、俺はそれを好ましいと思っていた。
ニコールは俺と同じく人間族だ。
そのためか、俺やルベルのような人間族の生徒を見かけると積極的に話しかけてくれたり、たまにデザートなんかをサービスしてくれたりする。
そして彼は料理長である前に、A級として魔法省に認められた立派な魔法士でもあった。
魔法界で暮らす魔法士の等級は上が特級、そこからA、B、Cと下がり一番下はDの全5段階。大多数はB級が頭打ちでA級に上がれる者はかなりの実力者だ。特級は現在6人しかいない。そのうちの1人はここブラッツ・カレッジの学長であるロデリック=ライト・アップルトンである。
なお、魔法士のうち人間はカレッジと同じく1割に満たないほどの割合だ。ちなみに現在の特級魔法士は全員魔族で構成されている。
ニコールがこの学園で堂々と暮らしていることは、ここで生活する人間族の生徒たちの希望にもなった。
ちなみに実力者であるのになぜ指導者ではなく料理長をやっているのかというと、料理が好きだからという極めて単純な理由によるらしい。
あとロデリックを放っておいたら平気で3日くらい飯を抜くので、ロデリックにちゃんと飯を食わせるためでもあると以前本人から聞いたことがある。
余談だが、ロデリックとニコール、そして俺の養父であるヴィンセント・スタンリーはカレッジ時代の同級生で、現在も時々会うくらい仲が良い。
「今日は何にする?」
「コーヒーとフレンチトースト、あとサラダを頼む」
「いつも通りトマトは抜きだな? よし、座って待っててくれ」
ニコールは早速コーヒーマシンをセットし始める。
彼は料理に魔法をあまり使いたがらない。客が多くて間に合わない時は多少使うらしいが、極力料理は自分の手ですべて作りたいという。
適当なテーブルに掛け本を読んでいると、間もなくニコールがトレーを2つ持って向かい側に座った。トレーの1つは俺の分、もう1つは自分の分だろうか。どうやらニコールも休憩を挟むことにしたらしい。
「召し上がれ」
「ありがとう。……これは頼んでいないが?」
「サービスだよ」
俺の分のトレーには頼んでいないスープが置いてあった。玉ねぎがたっぷり入ったスープ。俺の好物の一つだった。
ニコールのトレーにはフレンチトーストとコーヒーが置かれている。俺の分を用意するついでに自分の分も合わせて作ったのだろう。
「なあジェイ、最近ルクスの坊ちゃんを見ないが元気にしてるか?」
「ルクスは少し体調を崩して家に戻っている。あまり元気ではないが、心配には及ばない」
「そうだったのか。ジェイは?」
「俺?」
「ああ。ジェイは最近なんか変わったこととかないか?」
「特にないが……」
「ならいいけど、ちっと痩せたように見えて心配なんだ。何かあったら俺のところにこいよ。いつでも美味いもん食わせてやるからよ」
ニコールは人好きのする笑みを浮かべて俺を見つめてくる。
俺はなんだか居心地が悪くなって、適当に返事をしながらスープを飲んだ。
……いや、居心地が悪いのではない。どうしたらいいかわからないのだ。
人に褒められたり心配されたりすることが昔からなんとなく苦手だった。心がむず痒くなって、どうも落ち着かない気持ちになる。
両親もまた俺をよく心配しよく褒めるが、物心つく頃からそんな感じだから慣れてしまった。
でもニコールは違う。身近な人ではあるが家族ではない他人で、大人で。
それから俺が食事を終えても、しばらくニコールは他愛のない話を続けた。内容はおおよそ俺かルベルにまつわることで、俺たちを心配しつつも応援しているのが伝わってくる話し振りだった。
やがて夕方の鐘が鳴り、ようやくお開きとなったタイミングでニコールは一旦キッチンへと戻っていった。俺の前に戻ってきたニコールは両手に何かを抱えていた。
「これやるよ。近々カフェメニューに追加しようと思ってるから、食べたら感想を教えてくれ」
手渡されたのは簡素なラッピングを施されたクッキーだった。
クッキーはそれぞれ透明な袋に入れられており、パッと見た感じだとプレーンとチョコ、あとは香りからして紅茶味の3種類ある。到底一人では食べきれない量である。きっと大半はルベルが平らげるだろう。
クッキーに鼻を寄せる俺を見てニコールは眉を下げて笑った。そして再び口を開く。
「……ジェイ、大人を頼るのは悪いことじゃないぞ。ロデリックにもヴィンセントにも言いにくいなら俺に言ってくれ。俺たちはジェイに頼られたら何でもするからな」
俺を見つめる、細められたキャラメル色の瞳の優しさ。
ロデリックもニコールも養父との繋がりがあるからだろうが、俺にやたらと親身に接してくれる。それがどうもむず痒いような、面映いような。ありがたいと思うと同時に若干の申し訳なさもある。
人間族だから、旧友の息子だから、きっとこんなに優しくしてくれるのだ。
そう思いつつ、ニコールに対してもし自分に親戚がいたらこんな感じなんだろうか、と何度か考えたことがある。
「……ありがとう、ニコール。もし何かあれば、なるべく素直に相談するように心がけるよ」
「おう。何でも言えよ」
クッキーで両手が埋まった俺の頭を優しく撫でて、ニコールはキッチンへと戻っていった。
正直なところ、18歳にもなればこういったスキンシップは嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。しかしニコールの気遣いは素直にありがたいものであるし、同時に俺の拠り所にもなった。
人間族でありながらA級魔法士として認められているニコールは、やはり同じく人間族である俺の目標である。
貰ったクッキーはルベルと分け合って食べよう。
寮への帰路、足取りはいつもより少しだけ軽かった。
……ような気がする。
ここ魔法都市ロストルムでは、魔族や魔法生物をルーツに持たないものの、魔力を有する者を『人間族』と呼ぶ。単に『人間』と呼ばないのは魔力を持たない人々と差別化するためらしい。
尤も、俺たち人間族をわざわざ『人間族』と呼ぶ者よりも『人間』と呼ぶ者の方が圧倒的に多い。そこにはある種の軽蔑が含まれていることは言うまでもない。
カレッジに在籍する人間族の生徒は割合にして約5%ほど。
先祖が魔族であるものの、どこかで他の種族や人間と交わることで現在はその外見的特徴や特性を持ち合わせない、あるいはそれらが本来より控えめな者を含めれば約30%程になる。
ちなみに後者は通称『リーベリー』と呼ばれ、人間や人間族と差別化されている。
補足すると、ここでいう魔族というのは、先天的に魔力を持って生まれてくる種族のことを示す。
精霊族、妖精族、獣人族、吸血鬼、狼男など全部まとめて魔族である。また、当人らは種族名以外で自分たちを表すときに『魔族』と自称することが多い。要は、人間族以外の魔力を持つ種族のことを魔族と言っているらしい。
ちなみに外見的特徴がより動物に近い生き物のことは『魔法生物』と呼んだりする。厳格にそのあたりは区別されているというが、別に俺は学者志望ではないのでそこまで詳しくはない。
ところで、魔法界というのは家柄あるいは血筋を重視する側面があり、例え外見が同じようなものであったとしても人間族とリーベリーの扱いの差は大きい。
魔力を持つ人間(すなわち人間族)が出現したのは僅か40年ほど前の話だ。それゆえ魔法界にいる人間族を異分子扱いする者も多く、また排除しようとする動きもあった。
現在はかなり扱いがマシになった方だと聞くが、やはり完全に差別意識を払拭するのは難しいのだろう。明確な理由はないが人間族はなんとなく嫌い、という魔族も少なくない。今も、昔も。
人間が魔力を持って産まれる確率はかなり低く、なおかつ法則性がない。
魔力を持つ親が必ずしも魔力を持った子を産むわけではなく、魔力を持たない親が強大な魔力を持つ子を産むこともある。
それを奇妙に思う魔族が多いのだろう。魔族はすべからく魔力を持って産まれてくるから、その事象が不自然だと感じるのも仕方ないことだとは思うが。
とどのつまり魔力を持つ人間というのは異分子であり、希少種であり、今まで魔族が作り上げてきた魔法界を脅かしかねない未知の存在だと思われている。人間族である俺はそう考えている。
そして魔族たちは、人間族という未知の希少種に対して興味を示す。詳しく知りたがる。仕組みを調べたがる。収集したくなる。あるいは脅威となることを恐れて排除したがる。あるいはいたずらに虐めてみたくなる。
──要するに、魔法界で人間ということを明かして生きていくことには何らかの困難が付き纏うということだ。
ちなみに魔力を全く持たない人間は、ここ魔法都市ロストルムにはほとんど存在しない。田舎の方へ行けば魔力を持たない人々が暮らしていたりするが、大抵は家族の誰かが魔力を持つ『人間族』であるためにロストルムで暮らしているだけだ。
人間族であることに加え、黒い目と黒い髪を持つこと。
今までは座学も実技も程々にこなしていたおかげでそれほど目立っていなかったが、進級試験以来、何かと絡まれることも増えた。以前よりも他者からの視線を感じるようになったのもきっと気のせいではないだろう。
それに、ロデリックの忠告も決して無視できない。生まれ持った魔力は大抵思春期を終えると変化しなくなるものだ。俺はほとんど身体の成長も止まりおおよそ成熟しているが、今更になって魔力が変化を起こすのは何か不吉なものを感じる。
だからといって今までのように目立たないよう細々と過ごすことはできない。なぜならロデリックとの約束があるからだ。
スカラー制度の対象に選ばれること。そのために勉学や実技で手を抜かないこと。約束はたったこれだけだが、目立ちたくない俺にとっては都合が悪い。
しかし自分がどのような目で見られても、例え危険な目に遭う可能性があっても、俺はルクスを優先する。少しでもルクスの病状を遅らせて解決手段を探す時間を稼ぐ。俺が優先すべきことはそれだけだ。
ルクスのためなら何だってする。
俺は、とっくに覚悟を決めている。
▽▲▽
手首におさまっている腕輪を無意識に触りながら、俺は学内のカフェへと訪れていた。微妙な時間帯に来たせいか他の生徒はほとんどおらず、キッチンも些か暇を持て余している様子だった。
「お、ジェイ。今日は1人か?」
「ああ。ルベルは補修」
カウンター越しに話しかけてきたのはニコール・グリーンウッド。この学園の料理長である。今日は食堂ではなくカフェの方に来ていたらしい。
彼の体格の良さは肉食獣人族にも負けず劣らずだが、柔和な顔つきをしているので圧がない。むしろいつもニコニコしていて人に好かれるタイプだ。
それと、ルベルに近い赤みを帯びた茶髪と柔らかなキャラメル色の瞳が本人の穏やかな性格を表しているようで、俺はそれを好ましいと思っていた。
ニコールは俺と同じく人間族だ。
そのためか、俺やルベルのような人間族の生徒を見かけると積極的に話しかけてくれたり、たまにデザートなんかをサービスしてくれたりする。
そして彼は料理長である前に、A級として魔法省に認められた立派な魔法士でもあった。
魔法界で暮らす魔法士の等級は上が特級、そこからA、B、Cと下がり一番下はDの全5段階。大多数はB級が頭打ちでA級に上がれる者はかなりの実力者だ。特級は現在6人しかいない。そのうちの1人はここブラッツ・カレッジの学長であるロデリック=ライト・アップルトンである。
なお、魔法士のうち人間はカレッジと同じく1割に満たないほどの割合だ。ちなみに現在の特級魔法士は全員魔族で構成されている。
ニコールがこの学園で堂々と暮らしていることは、ここで生活する人間族の生徒たちの希望にもなった。
ちなみに実力者であるのになぜ指導者ではなく料理長をやっているのかというと、料理が好きだからという極めて単純な理由によるらしい。
あとロデリックを放っておいたら平気で3日くらい飯を抜くので、ロデリックにちゃんと飯を食わせるためでもあると以前本人から聞いたことがある。
余談だが、ロデリックとニコール、そして俺の養父であるヴィンセント・スタンリーはカレッジ時代の同級生で、現在も時々会うくらい仲が良い。
「今日は何にする?」
「コーヒーとフレンチトースト、あとサラダを頼む」
「いつも通りトマトは抜きだな? よし、座って待っててくれ」
ニコールは早速コーヒーマシンをセットし始める。
彼は料理に魔法をあまり使いたがらない。客が多くて間に合わない時は多少使うらしいが、極力料理は自分の手ですべて作りたいという。
適当なテーブルに掛け本を読んでいると、間もなくニコールがトレーを2つ持って向かい側に座った。トレーの1つは俺の分、もう1つは自分の分だろうか。どうやらニコールも休憩を挟むことにしたらしい。
「召し上がれ」
「ありがとう。……これは頼んでいないが?」
「サービスだよ」
俺の分のトレーには頼んでいないスープが置いてあった。玉ねぎがたっぷり入ったスープ。俺の好物の一つだった。
ニコールのトレーにはフレンチトーストとコーヒーが置かれている。俺の分を用意するついでに自分の分も合わせて作ったのだろう。
「なあジェイ、最近ルクスの坊ちゃんを見ないが元気にしてるか?」
「ルクスは少し体調を崩して家に戻っている。あまり元気ではないが、心配には及ばない」
「そうだったのか。ジェイは?」
「俺?」
「ああ。ジェイは最近なんか変わったこととかないか?」
「特にないが……」
「ならいいけど、ちっと痩せたように見えて心配なんだ。何かあったら俺のところにこいよ。いつでも美味いもん食わせてやるからよ」
ニコールは人好きのする笑みを浮かべて俺を見つめてくる。
俺はなんだか居心地が悪くなって、適当に返事をしながらスープを飲んだ。
……いや、居心地が悪いのではない。どうしたらいいかわからないのだ。
人に褒められたり心配されたりすることが昔からなんとなく苦手だった。心がむず痒くなって、どうも落ち着かない気持ちになる。
両親もまた俺をよく心配しよく褒めるが、物心つく頃からそんな感じだから慣れてしまった。
でもニコールは違う。身近な人ではあるが家族ではない他人で、大人で。
それから俺が食事を終えても、しばらくニコールは他愛のない話を続けた。内容はおおよそ俺かルベルにまつわることで、俺たちを心配しつつも応援しているのが伝わってくる話し振りだった。
やがて夕方の鐘が鳴り、ようやくお開きとなったタイミングでニコールは一旦キッチンへと戻っていった。俺の前に戻ってきたニコールは両手に何かを抱えていた。
「これやるよ。近々カフェメニューに追加しようと思ってるから、食べたら感想を教えてくれ」
手渡されたのは簡素なラッピングを施されたクッキーだった。
クッキーはそれぞれ透明な袋に入れられており、パッと見た感じだとプレーンとチョコ、あとは香りからして紅茶味の3種類ある。到底一人では食べきれない量である。きっと大半はルベルが平らげるだろう。
クッキーに鼻を寄せる俺を見てニコールは眉を下げて笑った。そして再び口を開く。
「……ジェイ、大人を頼るのは悪いことじゃないぞ。ロデリックにもヴィンセントにも言いにくいなら俺に言ってくれ。俺たちはジェイに頼られたら何でもするからな」
俺を見つめる、細められたキャラメル色の瞳の優しさ。
ロデリックもニコールも養父との繋がりがあるからだろうが、俺にやたらと親身に接してくれる。それがどうもむず痒いような、面映いような。ありがたいと思うと同時に若干の申し訳なさもある。
人間族だから、旧友の息子だから、きっとこんなに優しくしてくれるのだ。
そう思いつつ、ニコールに対してもし自分に親戚がいたらこんな感じなんだろうか、と何度か考えたことがある。
「……ありがとう、ニコール。もし何かあれば、なるべく素直に相談するように心がけるよ」
「おう。何でも言えよ」
クッキーで両手が埋まった俺の頭を優しく撫でて、ニコールはキッチンへと戻っていった。
正直なところ、18歳にもなればこういったスキンシップは嬉しさよりも恥ずかしさが勝る。しかしニコールの気遣いは素直にありがたいものであるし、同時に俺の拠り所にもなった。
人間族でありながらA級魔法士として認められているニコールは、やはり同じく人間族である俺の目標である。
貰ったクッキーはルベルと分け合って食べよう。
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……ような気がする。
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