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一二章
過去から来た殺戮者
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それは七月一〇日の夜のことでした。
ジャック・ロウは市内パトロールの最中、ビリーの報告を受けていました。
「被害者に関連はない。年齢・職業・性別・血液型・出身校・学歴、すべてにおいてバラバラだ。数世代前までさかのぼって出身地や血統まで調べてみたがやはり、関連性はない。唯一、共通しているのは一〇代後半から二〇代の年齢ということだ。それだって下は一六から上は二八だからな。さしたる共通性とは言えない」
「つまり、完全な無差別殺人か」
「そうなるな。それにしても死体の一部を持ち帰っているというのが気になるが。それも、被害者ごとに別の部分だ」
「ふん。社会不適応の半端者の考えることなんざわかるかよ」
「君はまだ伯爵ケニーが犯人だと思っているのか?」
「ちがうってのか?」
「現場に残っていた足跡を調べてみた。バネ足ジャックとされる足跡と今回の加害者のものとされる足跡はまったくの別物だ。大きさ、歩幅、推定される身長・体重にいたるまでな」
「それが何だよ。バネ足ジャックが例のスーツだというならそんな足跡、何の意味もないだろう。新型スーツを作ったのかも知れないじゃないか」
「それはそうだが……しかし、伯爵ケニーは生粋の科学者だ。医学的な技量はないはずだ」
「どういう意味だ?」
「死体がどれもきれいなのだ」
「きれい? あのズタズタにされた死体がきれいだってのか?」
「たしかに他の傷口は荒っぽい。しかし、もちさられた部位、その切断面はとてもきれいなのだ。まるで熟練の外科医の手になるもののようにな。あれは素人では無理だ」
「犯人は医者だってのか?」
「少なくとも医学的な知識と技術をもっていることはまちがいない。それもきわめて高度なな」
「……ふん」
「それに、君の予想通りなら男性まで狙うはずがあるまい」
「それはそうだが……じゃあ、犯人は誰だってんだよ?」
「そんなことはわからん。ただ、一九世紀の本家ロンドンで似たような事件が……」
言いながらなにげなく路地を曲がったときのことでございます。ふたりはそれを目撃しました。血まみれになって倒れている若い女性とその前に立つひとりの人物。
その人物は身長一六〇~一七〇センチ。濃い口髭と顎髭を生やし、シャツに色の濃いジャケット、ベストにズボン、黒いスカーフ、黒いフェルト帽という出で立ちをしておりました。
そして、その人物は右手にもった内臓らしき血と肉の固まりを大切そうに容器に入れ、懐にしまい込んだのです。
まさに、悪夢の光景でしたでしょう。
一切の音のしないまま、まるで古いサイレント映画のワン・シーンのように、その光景は展開されたと言います。あまりのことにさすがのジャックが我を失い、声ひとつ立てることができずにいたほどです。
その人物がジャックたちの方を振り向きました。体ごと向き直り、相対したのです。帽子を目深にかぶり、濃い口髭と顎髭を生やしているせいで表情はまったくわかりません。それでもジャックは直感したと言います。その人物が自分たちを見て『ニヤリ』と笑うのを。
その人物が飛びました。高く、高く、空高く。それこそバネ足ジャックのように跳躍したのです。
その仕草が呪縛を破ったのか、ジャックはようやく我に返りました。
「てめえ……!」
叫びながら追いかけようとしました。ですが、そのときにはその謎の人物の姿は、はるか空の向こうに消え去っていたのです。
「くっ……!」
ジャックは帽子を叩きつけてくやしがりました。こともあろうに現行犯をみすみす逃してしまったのですから、当然の反応でございましょう。
ジャックの後ろにいたビリーが茫然と『その名』を呟いたのはそのときのことでございます。彼女はこう言ったのです。
「……切り裂きジャック」と。
ジャック・ロウは市内パトロールの最中、ビリーの報告を受けていました。
「被害者に関連はない。年齢・職業・性別・血液型・出身校・学歴、すべてにおいてバラバラだ。数世代前までさかのぼって出身地や血統まで調べてみたがやはり、関連性はない。唯一、共通しているのは一〇代後半から二〇代の年齢ということだ。それだって下は一六から上は二八だからな。さしたる共通性とは言えない」
「つまり、完全な無差別殺人か」
「そうなるな。それにしても死体の一部を持ち帰っているというのが気になるが。それも、被害者ごとに別の部分だ」
「ふん。社会不適応の半端者の考えることなんざわかるかよ」
「君はまだ伯爵ケニーが犯人だと思っているのか?」
「ちがうってのか?」
「現場に残っていた足跡を調べてみた。バネ足ジャックとされる足跡と今回の加害者のものとされる足跡はまったくの別物だ。大きさ、歩幅、推定される身長・体重にいたるまでな」
「それが何だよ。バネ足ジャックが例のスーツだというならそんな足跡、何の意味もないだろう。新型スーツを作ったのかも知れないじゃないか」
「それはそうだが……しかし、伯爵ケニーは生粋の科学者だ。医学的な技量はないはずだ」
「どういう意味だ?」
「死体がどれもきれいなのだ」
「きれい? あのズタズタにされた死体がきれいだってのか?」
「たしかに他の傷口は荒っぽい。しかし、もちさられた部位、その切断面はとてもきれいなのだ。まるで熟練の外科医の手になるもののようにな。あれは素人では無理だ」
「犯人は医者だってのか?」
「少なくとも医学的な知識と技術をもっていることはまちがいない。それもきわめて高度なな」
「……ふん」
「それに、君の予想通りなら男性まで狙うはずがあるまい」
「それはそうだが……じゃあ、犯人は誰だってんだよ?」
「そんなことはわからん。ただ、一九世紀の本家ロンドンで似たような事件が……」
言いながらなにげなく路地を曲がったときのことでございます。ふたりはそれを目撃しました。血まみれになって倒れている若い女性とその前に立つひとりの人物。
その人物は身長一六〇~一七〇センチ。濃い口髭と顎髭を生やし、シャツに色の濃いジャケット、ベストにズボン、黒いスカーフ、黒いフェルト帽という出で立ちをしておりました。
そして、その人物は右手にもった内臓らしき血と肉の固まりを大切そうに容器に入れ、懐にしまい込んだのです。
まさに、悪夢の光景でしたでしょう。
一切の音のしないまま、まるで古いサイレント映画のワン・シーンのように、その光景は展開されたと言います。あまりのことにさすがのジャックが我を失い、声ひとつ立てることができずにいたほどです。
その人物がジャックたちの方を振り向きました。体ごと向き直り、相対したのです。帽子を目深にかぶり、濃い口髭と顎髭を生やしているせいで表情はまったくわかりません。それでもジャックは直感したと言います。その人物が自分たちを見て『ニヤリ』と笑うのを。
その人物が飛びました。高く、高く、空高く。それこそバネ足ジャックのように跳躍したのです。
その仕草が呪縛を破ったのか、ジャックはようやく我に返りました。
「てめえ……!」
叫びながら追いかけようとしました。ですが、そのときにはその謎の人物の姿は、はるか空の向こうに消え去っていたのです。
「くっ……!」
ジャックは帽子を叩きつけてくやしがりました。こともあろうに現行犯をみすみす逃してしまったのですから、当然の反応でございましょう。
ジャックの後ろにいたビリーが茫然と『その名』を呟いたのはそのときのことでございます。彼女はこう言ったのです。
「……切り裂きジャック」と。
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