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七章 地球回遊国家と産油国
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「地球回遊国家は順調に発展してきました。
『どんな理想も、金にならなければ実現しない』
その理念のもと、産業にはとくに力が入れられました」
ゾマスは馬車を操りながら、懐かしさを込めてそう語った。
「主な産業は輸送と交易、観光、ジャパニメーション、そして、エネルギー生産。太平洋上を風に乗って周回しつづけるという特性を生かして人・金・物を運ぶ大動脈として機能する他、『赤道の海を走る氷の船』という幻想的な環境を生かして毎年、大勢の観光客を迎えるようになりました。
海に浮かぶ氷の船。その上に作られた氷のホテル……というシチュエーションは未知の体験を求める富裕層に好評でしたし、『毎日がカーニバル!』と言いたくなるような奇想天外な服装の人たちはそれ自体が観光資源となっていきました。
また、日本でチャンスをつかめずにいたマンガ家、アニメーター、声優などを数多く招き、自前のマンガ・アニメ・ゲームを世界に向けて発信しました。その甲斐あっていまでは、世界中のファンから『日本の後継者』と認められるジャパニメーション大国となっています。
そして、エネルギー。地球回遊国家を形成する氷の船は単なる船ではありません。太陽電池、風車、水車、振動発電、温度差発電など人類がこれまでに生みだしてきたありとあらゆる発電装置を組み込んだ発電所でもあります。
一隻あたりの発電量は小さくても、数万隻に及ぶ船団が生みだす電気の量は膨大なものとなります。その電気を使って無尽蔵の水を分解して水素を取り出し、各国にエネルギー資源として販売しています。水素ガスを詰めこんで空に浮かぶ巨大な気嚢は、氷の船を動かす動力源であると同時に売り物である水素ガスを運ぶコンテナでもあるのです。
『脱炭素』の掛け声が追い風になることで売りあげは順調。販路は拡大する一方であり今後、地球回遊国家の規模がさらにふくれあがることで地上の大半のエネルギーを生産することになるとも言われています。いえ、地球回遊国家は、永都陛下と七海殿下はまさにそれをこそ目的としてきたのです」
「そう。そのせいで、産油国とギクシャクしたのよね」
ノウラは頭のなかにいくつもの文字とデータを思い浮かべながら呟いた。
「なにしろ、石油以外にろくな産業のない産油国にとっては、代替エネルギーが広く出回ることは死活問題だものね。そのために、永都陛下は産油国との意見調整のために中東・アフリカを飛びまわっていた……」
永都は産油国に対して太陽エネルギーへの転換を呼びかけていた。中東・アフリカに位置する産油国は地下資源の宝庫であると同時に豊富な太陽エネルギーの降りそそぐ地域でもある。
そこに、太陽光あるいは、太陽熱による発電装置を広げ、産油国から太陽エネルギー生産国へとシフトする。地球回遊国家はそのために資金と技術、人員を提供し、全面的に協力する……それが、永都が産油国に対して行った提案だった。
「永都陛下は、ナフードに対しても同じ提案を行ってきた。でも、国王アブドゥル・ラティフはその提案を受け入れなかった。もし、永都陛下の提案が『国営事業として砂漠地帯に広大な太陽力発電所を建設する』というものだったら受け入れたかも知れないけど……永都陛下の提案は『農地に太陽電池をもちこみ、農民自身に管理を任せることで農民をエネルギーの生産者にかえる』というものだったものね」
ノウラは覚えている。アブドゥル・ラティフに対し、熱心に提案する永都の姿を。
『貧富の差は世情を不安定にする最大の不安要素となっている。そして、貧民の多くはわずかばかりの土地を耕すことで生計を立てている小規模農家。だから、そこに太陽電池をもちこみ、かの人たちをエネルギーの生産者にかえる。それは、現在では一握りの人間の手に渡っている莫大なエネルギー代が、数多くの農民に広く、薄く行き渡るようになるということ。それによって貧富の差を改善する。それができるのが、太陽電池の最大の利点だ』
「永都陛下はそう熱心に説かれていたわ。でも、アブドゥル・ラティフは首を縦に振ろうとはしなかった。当然よね。
農民に太陽電池をもたせ、エネルギーの生産者へとかえる。それはアブドゥル・ラティフにとって自分の財――アブドゥル・ラティフは、石油による国家収入を自分の財と思っていたから――を、農民に分け与えるのも同じ。それは、農民によけいな力をもたせ、王家の財を奪い、王家の威厳と優越性を損なう行為。
アブドゥル・ラティフにとってはそうとしか思えなかった。とうてい、承知することのできない計画だったわ。
永都陛下は、そんなアブドゥル・ラティフをなんとか説得しようとしていた。
『貧困層が金持ちになれば経済もまわるし、税収も増える。貧富の差が改善されれば世情も安定する。王家にとってもより一層の繁栄を約束する計画だ』ってね。
一向に首を縦に振らないアブドゥル・ラティフをなんとか説得しようとして永都陛下は、それはそれは熱心に語っていたものよ」
ノウラは覚えている。そのときの永都の姿を。
真剣きわまる表情。
額を流れる情熱の汗。
燃えたぎるような瞳。
すでに七〇近いというのに、まるで理想を語る二〇代の若者のように力強く、生命力に満ちあふれ、躍動的だった。まだ一〇代の小娘だったノウラは、その姿を陰から見つめてドキドキしていたものだった……。
その姿こそ、ノウラが恋した姿。
だからこそ、いまの永都に腹が立つ。
「そういえば、太陽力発電だけではなく、石油生成菌の大規模培養も計画されていたのよね?」
「はい」
ゾマスはうなずいた。
「そのとおりです。単純にエネルギーとして考えるなら水素よりも石油の方が使いやすい。、世界中にあふれる車、飛行機を水素エンジンにかえる必要がない。それだけでも膨大な費用の節減になります。なにより、石油製品。プラスチックをはじめとする石油から作られる膨大な量の化学製品。それはさすがに水素では代替できません。文明を維持していくためには石油もまた必要不可欠ということです。
そこで、世界中で石油生成菌を培養して石油を搾る。その計画を立てられたのです。生物から石油を得ることができるなら涸渇を心配する必要はない。そして、石油生成菌の培養は水田においても可能。水田というひとつの場所で食糧と石油というふたつの生産物を得られる。その分、世界中の農民の収入を増やせるようになる。特に重要なのは、アフリカ大陸に水田の適地が多いということです」
「そうなの?」
ゾマスの言葉にノウラは目をしぱたたかせた。水田と言えばやはり、日本。あるいは、アジア。アフリカと水田はやはり、結びつかない。
ゾマスはノウラの疑問に答えた。
「そうなのです。実は、アフリカ大陸には日本の一〇倍もの水田の適地があると言われています」
「そうなの? それは知らなかったわね」
と、『恥ずかしそうに』ではなく、『悔しそうに』に言うあたりがノウラらしい。自分がそのことを知らなかったことに腹を立てたのだ。
「アフリカという飢餓と内乱の渦巻く大陸で食糧とエネルギーの同時生産を行い、収入を増やす。そうすることで世情を安定させる。それができれば『人と人が殺しあうことなく、その潜在能力を存分に発揮できる世界を作る』という、地球回遊国家の目的に一気に近づきます。そのために、とくに力を入れて計画されていたのです。……五年前までは」
「五年前。七海殿下が亡くなるまでは、ということね」
「……はい」
と、ゾマスは沈痛な表情でうなずいた。
「……五年前。あの頃までの永都国王は本当に若々しくて、情熱的だった。だからこそ今日のあの姿には腹が立った。たった五年でこんなにかわるものなのかって」
「すべては七海殿下がお亡くなりになられた。そのためです」
ゾマスが重ねて言った。
『どんな理想も、金にならなければ実現しない』
その理念のもと、産業にはとくに力が入れられました」
ゾマスは馬車を操りながら、懐かしさを込めてそう語った。
「主な産業は輸送と交易、観光、ジャパニメーション、そして、エネルギー生産。太平洋上を風に乗って周回しつづけるという特性を生かして人・金・物を運ぶ大動脈として機能する他、『赤道の海を走る氷の船』という幻想的な環境を生かして毎年、大勢の観光客を迎えるようになりました。
海に浮かぶ氷の船。その上に作られた氷のホテル……というシチュエーションは未知の体験を求める富裕層に好評でしたし、『毎日がカーニバル!』と言いたくなるような奇想天外な服装の人たちはそれ自体が観光資源となっていきました。
また、日本でチャンスをつかめずにいたマンガ家、アニメーター、声優などを数多く招き、自前のマンガ・アニメ・ゲームを世界に向けて発信しました。その甲斐あっていまでは、世界中のファンから『日本の後継者』と認められるジャパニメーション大国となっています。
そして、エネルギー。地球回遊国家を形成する氷の船は単なる船ではありません。太陽電池、風車、水車、振動発電、温度差発電など人類がこれまでに生みだしてきたありとあらゆる発電装置を組み込んだ発電所でもあります。
一隻あたりの発電量は小さくても、数万隻に及ぶ船団が生みだす電気の量は膨大なものとなります。その電気を使って無尽蔵の水を分解して水素を取り出し、各国にエネルギー資源として販売しています。水素ガスを詰めこんで空に浮かぶ巨大な気嚢は、氷の船を動かす動力源であると同時に売り物である水素ガスを運ぶコンテナでもあるのです。
『脱炭素』の掛け声が追い風になることで売りあげは順調。販路は拡大する一方であり今後、地球回遊国家の規模がさらにふくれあがることで地上の大半のエネルギーを生産することになるとも言われています。いえ、地球回遊国家は、永都陛下と七海殿下はまさにそれをこそ目的としてきたのです」
「そう。そのせいで、産油国とギクシャクしたのよね」
ノウラは頭のなかにいくつもの文字とデータを思い浮かべながら呟いた。
「なにしろ、石油以外にろくな産業のない産油国にとっては、代替エネルギーが広く出回ることは死活問題だものね。そのために、永都陛下は産油国との意見調整のために中東・アフリカを飛びまわっていた……」
永都は産油国に対して太陽エネルギーへの転換を呼びかけていた。中東・アフリカに位置する産油国は地下資源の宝庫であると同時に豊富な太陽エネルギーの降りそそぐ地域でもある。
そこに、太陽光あるいは、太陽熱による発電装置を広げ、産油国から太陽エネルギー生産国へとシフトする。地球回遊国家はそのために資金と技術、人員を提供し、全面的に協力する……それが、永都が産油国に対して行った提案だった。
「永都陛下は、ナフードに対しても同じ提案を行ってきた。でも、国王アブドゥル・ラティフはその提案を受け入れなかった。もし、永都陛下の提案が『国営事業として砂漠地帯に広大な太陽力発電所を建設する』というものだったら受け入れたかも知れないけど……永都陛下の提案は『農地に太陽電池をもちこみ、農民自身に管理を任せることで農民をエネルギーの生産者にかえる』というものだったものね」
ノウラは覚えている。アブドゥル・ラティフに対し、熱心に提案する永都の姿を。
『貧富の差は世情を不安定にする最大の不安要素となっている。そして、貧民の多くはわずかばかりの土地を耕すことで生計を立てている小規模農家。だから、そこに太陽電池をもちこみ、かの人たちをエネルギーの生産者にかえる。それは、現在では一握りの人間の手に渡っている莫大なエネルギー代が、数多くの農民に広く、薄く行き渡るようになるということ。それによって貧富の差を改善する。それができるのが、太陽電池の最大の利点だ』
「永都陛下はそう熱心に説かれていたわ。でも、アブドゥル・ラティフは首を縦に振ろうとはしなかった。当然よね。
農民に太陽電池をもたせ、エネルギーの生産者へとかえる。それはアブドゥル・ラティフにとって自分の財――アブドゥル・ラティフは、石油による国家収入を自分の財と思っていたから――を、農民に分け与えるのも同じ。それは、農民によけいな力をもたせ、王家の財を奪い、王家の威厳と優越性を損なう行為。
アブドゥル・ラティフにとってはそうとしか思えなかった。とうてい、承知することのできない計画だったわ。
永都陛下は、そんなアブドゥル・ラティフをなんとか説得しようとしていた。
『貧困層が金持ちになれば経済もまわるし、税収も増える。貧富の差が改善されれば世情も安定する。王家にとってもより一層の繁栄を約束する計画だ』ってね。
一向に首を縦に振らないアブドゥル・ラティフをなんとか説得しようとして永都陛下は、それはそれは熱心に語っていたものよ」
ノウラは覚えている。そのときの永都の姿を。
真剣きわまる表情。
額を流れる情熱の汗。
燃えたぎるような瞳。
すでに七〇近いというのに、まるで理想を語る二〇代の若者のように力強く、生命力に満ちあふれ、躍動的だった。まだ一〇代の小娘だったノウラは、その姿を陰から見つめてドキドキしていたものだった……。
その姿こそ、ノウラが恋した姿。
だからこそ、いまの永都に腹が立つ。
「そういえば、太陽力発電だけではなく、石油生成菌の大規模培養も計画されていたのよね?」
「はい」
ゾマスはうなずいた。
「そのとおりです。単純にエネルギーとして考えるなら水素よりも石油の方が使いやすい。、世界中にあふれる車、飛行機を水素エンジンにかえる必要がない。それだけでも膨大な費用の節減になります。なにより、石油製品。プラスチックをはじめとする石油から作られる膨大な量の化学製品。それはさすがに水素では代替できません。文明を維持していくためには石油もまた必要不可欠ということです。
そこで、世界中で石油生成菌を培養して石油を搾る。その計画を立てられたのです。生物から石油を得ることができるなら涸渇を心配する必要はない。そして、石油生成菌の培養は水田においても可能。水田というひとつの場所で食糧と石油というふたつの生産物を得られる。その分、世界中の農民の収入を増やせるようになる。特に重要なのは、アフリカ大陸に水田の適地が多いということです」
「そうなの?」
ゾマスの言葉にノウラは目をしぱたたかせた。水田と言えばやはり、日本。あるいは、アジア。アフリカと水田はやはり、結びつかない。
ゾマスはノウラの疑問に答えた。
「そうなのです。実は、アフリカ大陸には日本の一〇倍もの水田の適地があると言われています」
「そうなの? それは知らなかったわね」
と、『恥ずかしそうに』ではなく、『悔しそうに』に言うあたりがノウラらしい。自分がそのことを知らなかったことに腹を立てたのだ。
「アフリカという飢餓と内乱の渦巻く大陸で食糧とエネルギーの同時生産を行い、収入を増やす。そうすることで世情を安定させる。それができれば『人と人が殺しあうことなく、その潜在能力を存分に発揮できる世界を作る』という、地球回遊国家の目的に一気に近づきます。そのために、とくに力を入れて計画されていたのです。……五年前までは」
「五年前。七海殿下が亡くなるまでは、ということね」
「……はい」
と、ゾマスは沈痛な表情でうなずいた。
「……五年前。あの頃までの永都国王は本当に若々しくて、情熱的だった。だからこそ今日のあの姿には腹が立った。たった五年でこんなにかわるものなのかって」
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