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第八話 ツンデレイフーンユニコーン

ツンデレタイフーン!

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 そして、ユニコーンはやってきた。
 両手に巨大なチーズを抱えたオッサンはさすがに不安そう。怖々とカティに尋ねた。
 「……な、なあ、大丈夫か? やっぱり、なんか、ものすごい怒ってるような目でおれをにらんでいるんだが」
 「だいじょうぶです」
 カティは迷いなく断言する。その勢いにさすがにオッサンは呻いた。
 「……その自信はどこから来るんだ」
 「いいから早く行ってください! 例え、あの角で差されたところで、おっぱいも出せない役立たずがひとり死ぬだけです!」
 「相変わらず、人間やめてる言葉なのじゃ」
 と、フェニックスも相変わらずの鋭いツッコミを入れる。
 とにかく、オッサンはチーズを抱えたままユニコーンの前に進み出た。正確にはカティに尻を蹴られて押しだされた。とにかく、ユニコーンの前に立ってしまった以上、そのままにしておくわけにはいかない。嫁ももらえないうちに殺されるのはさすがにわびしすぎる。
 「え、えーと、あの……」
 ゴクリ、と、喉を鳴らしながら必死に言う。
 「なにか、その、勘違いさせてしまったようだけど、おれはこの森のレンジャーなんだ。あの子が伝染病にかかってしまったから町の魔法医のもとに連れて行くつもりで……勘違いさせてしまったなら申し訳ない。お詫びの印だ。受け取ってくれ」
 そう言いつつチーズを差し出す。ユニコーンは胡散臭げにチーズに近づいた。鼻を鳴らし、匂いを確かめる。そして――。
 一口、かじった。その途端――。
 「おいしい!」
 その叫びと共に――。
 長い髪をツインテールにまとめた一四、五歳に見える少女が立っていた。
 「な、なによ、これ! こんなおいしいものをプレセントしてプロポースなんかしてきたって……う、嬉しくなんかないんだからねっ!」
 「プ、プロポーズぅ?」

 「それじゃユニちゃん、オッサンがこの森のレンジャーだって知っていたんですか?」
 「し、知ってたわよ、それぐらい! ……まあ、『オッサン』だなんて名前だとは知らなかったけど」
 「いや、おれはバンビって言う名前で、オッサンなんかじゃ……」
 「なんで、オッサンがレンジャーだって知っていたんです」
 あっさりカティに無視され、オッサンはうなだれてすべてをあきらめた。グリフォンがそんなオッサンの肩をポンポンたたいて慰める。
 ユニコーンの少女はカティの問いに答えた。
 「だ、だって……一〇年前にあたしも助けてもらったことがあるから……」
 「一〇年前って……もしかして、あのときの子供ユニコーンか⁉」
 「そ、そうよ、悪い⁉ あたしだってこの一〇年で成長したのよ! こ、これでも、助けてもらったことにはずっと感謝してたんだからね! それで、久しぶりに会ったからって別に、う、嬉しくなって抱きつこうとしたわけじゃないんだから!」
 ――ああ、そう言う……。
 カティをはじめチーズ姉妹全員、納得顔でうなずいたのだった。
 「それで、ユニちゃん。プロポーズって言うのは?」
 リヴァイアサンが尋ねた。
 ユニコーンの少女は顔を真っ赤にして叫んだ。
 「あ、あんなおいしいものをいきなりプレゼントするなんてプロポース以外のなんだっていうのよ!」
 「い、いや、プロポーズってわけじゃ……」
 オッサンはそう言ったが、
 「そのとおり! チーズは最高の贈り物、プロポーズにもぴったりです!」
 というカティの叫びの前にあえなくかき消されたのであった。
 「それで、お前、そのプロポーズ、受けるわけ?」と、グリフォン。
 「だから、プロポーズなんかじゃ……」
 オッサンはなおもそう言ったがもちろん、誰も聞いていない。
 ユニコーンの少女は顔を背けるようにして答えた。
 「べ、別にプロポーズされたからって嬉しいとかそんなんじゃないんだからね! た、ただ、こんな悪人あくにんづら、一生、結婚できるわけないんだから、あたしが結婚してやるしかないじゃない」
 「ふむ。男に惚れるユニコーンとはめずらしいのじゃじゃ」
 「なんにでも例外はある。そういうことだな」
 「い、いや、だから、おれはプロポーズなんて……」
 「あきらめろ。この状況で『プロポーズではない』などと言ったらそれこそあの角で穴だらけにされるぞ」
 「うう……」
 オッサンは運命の前にうなだれた。
 ともあれ、こうして四〇代悪人あくにんづらのオッサンは、一〇代美少女、それもユニコーンの妻をめとることになった。
 これは……人生、大逆転……と言って良いのだろうか?

 そして、その日から森のなかに一軒の店が出来た。
 『カティの愛あるチーズ工房 第三支店』
 看板にはそう書かれている。その横に小さく『レンジャー詰め所』ともあるが、誰も気がつかないだろう、おそらく。
 「……おれは、レンジャーなんだ。チーズ屋なんかじゃないんだ」
 オッサンは未だに未練がましくそう呟いているが――。
 もちろん、誰も聞いていないのだった。
 そんなオッサンの足元では例の子供ユニコーンが楽しそうにじゃれついている。魔法医のもとに連れて行った結果、発見が早かったので思ったよりもかなり早く完治できた。ちなみに、子供ユニコーンの治療の間、オッサンがカティによって――無理やり――チーズ作りの修行をさせられたことは言うまでもない。
 やまいが森のなかに広まった気配もないし、まずはめでたし、めでたし、である。……オッサン以外は。
 「べ、別にこんなことになって嬉しいとか全然、思ってないけど……一応、あんたたちにお礼、言っといてあげるわ。ありがと!」
 と、ユニコーンの少女は怒ったようにそっぽを向きながら言ったのだった。
 ともあれ、カティたちは三つ目の支店をオープンさせて再び旅立った。
 まだ見ぬ世界一のチーズを求めて。
 もちろん、ユニコーンの乳はたっぷり搾らせてもらった。神獣と言うことで子供を産んでいなくても乳を出せるのが便利なところ。
 旅立つカティたちをオッサンとユニコーンの少女が並んで見送る。いままで指をくわえて見ていることしか出来なかった美少女にぴったりと寄り添われて――。
 なんだかんだ言っても結局、嬉しそうなオッサンなのだった。
                 完
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