壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
375 / 417
第二部 絆ぐ伝説

第一五話一二章 自ら『マークス』を名乗ったのなら

しおりを挟む
 「まった」
 マークスⅡがその背に掲げた〝鬼〟の大刀たいとうに手をかけた、まさにそのときだ。
 その行為を制止する声がかかった。
 行者ぎょうじゃ
 空狩くうがりの行者ぎょうじゃを名乗るあやしの少年がいま、いまだ弱々しい、しかし、そのなかにただならぬ危機感を込めた声でマークスⅡをとめたのだ。
 行者ぎょうじゃの言葉に含まれた危機感。
 それは、禁忌に対する恐れ。
 そう言ってもいいもの。
 いつも飄々ひょうひょうとして、この世のすべてをからかいの対象にしなければ気がすまないようなこのあやしの少年が、禁忌に震える。
 誰も、そんなことがあるなどとは思ったこともない。その思ったこともないことがいま、起きている。それだけ、事態は深刻なものであることを告げていた。
 「マークスⅡ。あのときに言ったよね」
 行者ぎょうじゃはそう話を切り出した。
 『あのとき』というのはもちろん、行者ぎょうじゃとはじめて会ったとき、山のなかで〝すさまじきもの〟とはじめて出会ったときのことだ。
 「その大刀たいとうに込められている力は原初の混沌こんとんそのもの。この世界が僕たちの住む天命てんめい世界せかいと、亡道もうどう世界せかいとに分かたれる前の、なにひとつとして分かたれていない、混沌こんとんの世界。その世界そのもの。
 言ってみれば、その大刀たいとうは原初の混沌こんとんの世界といまのこの世界とをつなげる通路なんだ。その荒々しい原初の力の前では、亡道もうどう世界せかいすら相手にはならない。
 でも、それだけに危険すぎる。その力の使い方を一歩まちがえれば、制御することができずに混沌こんとんの力が噴きだしてしまえば、この世界は原初の混沌こんとんに呑み込まれる。天命てんめい世界せかいも、亡道もうどう世界せかいもない。すべてが混沌こんとんに呑まれ、原初の状態に還ってしまう。頼るにはあまりにも危険な力だ」
 「だけど……」
 マークスⅡは行者ぎょうじゃの言葉に声をあげた。それはまるで、おとなに正論を説かれた子どもが戸惑いながらも反発するときのような、そんな声であり、言い方だった。
 「いいかい、マークスⅡ? あのときの君は、たしかにその大刀たいとうの力をもって〝すさまじきもの〟を撃退した。でも、あのときは一体だけだった。いまは二体。しかも、そのどちらもあのときよりずっと気配が濃厚になっている。力がはるかに増しているんだ。当然、撃退するにはあのときよりもずっと強い力が必要になる。それだけの力を引き出してしまえば、君が制御できる保証はない。少しでも制御に失敗してしまえばすべてを原初にすことになる。『一か八か』でやるには、あまりにも分のない、危険な賭けだ」
 「だけど!」
 じゃあ、どうすればいいんだ⁉
 マークスⅡは叫んだ。
 その銘を名乗って以来、こんな子どもっぽい叫び声ははじめてだ。そう思わせるような必死さを込めた声だった。
 行者ぎょうじゃの言うことはわかっている。
 自分でもよくわかっているのだ。
 〝鬼〟の大刀たいとうに込められた力の巨大さも、危険さも。
 そして、その力を制御するには自分では不充分だということも。
 この大刀たいとうの力を真に制御できるものは、本来の持ち主である〝鬼〟しかいない。自分が大刀たいとうの力を引き出そうとすれば、原初の混沌こんとんをこの世界にあふれさせる結果になりかねない。
 そのことは、はっきりとわかっているのだ。だけど――。
 「じゃあ、どうしろって言うんだ⁉」
 まさに、そう叫ぶしかない。
 見ろ。
 二体の〝すさまじきもの〟、山ほどもある二体の異形いぎょうの胎児はいくら砲撃されようともものともせずに進み、迫ってくるではないか。この世界の未来を守るために戦う貴重な兵士たちをまとめて踏みつぶし、殺しているではないか。
 もちろん、〝すさまじきもの〟の動きそのものは鈍いから、逃げようと思えば兵士たちの大部分は逃げることができるだろう。
 しかし、逃げてなんになる?
 逃げることは、この世界が亡道もうどう世界せかいに呑み込まれて滅びることを意味するのだ。
 〝すさまじきもの〟に阻まれて、大聖堂ヴァルハラへとたどり着けない。
 そんなことになれば、いずれ時間切れ。アルヴィルダが最後の力を振りしぼって張り巡らした封印は解け、パンゲアの大地そのものが亡道もうどう怪物かいぶつとなって外の世界を蹂躙じゅうりんする。
 そうなればもう、とめるすべはない。目の前でこの世界が、人々が、すべての生き物が、亡道もうどうに冒され、侵食され、滅びていくのを指をくわえて見ているしかないのだ。
 それ以前に、〝すさまじきもの〟は必ず追ってくる。逃げても、逃げても、どこまでも追ってきて自分たちを皆殺しにしようとする。やがては、アルテミシアの結界を破って外の世界に表われ、すべてを踏みつぶすことだろう。
 いま、現に、多くの兵士たちをその拳で押しつぶしているように、この世界のすべてを押しつぶし、稲妻で破壊し、地の果てまでも廃墟とするにちがいない。
 そのことはわかっている。
 わかりたくなくても、わからせられる。
 それほどに、二体の異形いぎょうの胎児からははっきりとした殺意が感じられるのだ。
 二体の異形いぎょうの胎児を突き動かしているもの。
 それは、明確な殺意。
 この世界の生き物、最後の一体までも生かしてはおかないという強い決意。
 なぜ、〝すさまじきもの〟がそこまでの強い殺意をこの世界の生き物に向けるのか。
 それはわからない。わからないが、それだけの殺意を向けてきていることだけははっきりとわかる。である以上、逃げても無意味。倒す以外、自分たちが生き延びるすべはないのだ。そして――。
 爆砕ばくさいしゃすら通用しない以上、〝すさまじきもの〟を撃退できる力は〝鬼〟の大刀たいとうしかない。
 その爆砕ばくさいしゃもすでに沈黙している。
 すべての砲弾を使い果たしたのだ。
 砲手たちは唖然とした表情で我を失い、自走砲の操縦者たちは恐怖と絶望にかられて必死に後退しようとしている。セアラなど、自慢の科学技術がまったく通用しない現実に打ちのめされ、くろひょうに抱えられて運ばれなければ一歩も動けないほど。
 戦艦すらも一撃で沈める爆砕ばくさいしゃ。その爆砕ばくさいしゃが文字通り、最後の一発まで砲弾を叩き込んでなお無傷の相手。
 それが、〝すさまじきもの〟。
 そんな途方もない怪物を倒すためには、それ以上の怪物をもってする他ない。
 そして、それほどの怪物はこの世にただひとり、〝鬼〟しかいない。そして、〝鬼〟の力を秘めた〝鬼〟の大刀たいとうしかない。
 「だから……」
 と、マークスⅡは言った。
 「やるしかないんだ、行者ぎょうじゃ
 そう言うマークスⅡの額には、これでもかとばかりに脂汗が浮いている。その表情は自分のやろうとしていることの危険性を承知で、それでもやるしかないのだと決意を固めたもの特有の表情だった。
 「……わかった」
 と、行者ぎょうじゃも答えた。正確には『あきらめた』と、そう言いたいにちがいない。そうとわかる言い方だった。
 行者ぎょうじゃにだってわかっているのだ。〝すさまじきもの〟を倒さなければこの世界は滅びると言うことは。〝すさまじきもの〟を倒せるのは〝鬼〟の大刀たいとうだけだと言うことは。
 だから、あきらめた。
 道理を知り、それしかないと承知したのだ。
 「たしかに、〝すさまじきもの〟を倒すためには〝鬼〟の大刀たいとうに頼るしかない。君に賭けるとするよ、マークスⅡ。でも、決して、気を抜いてはいけない。必要以上の力を引き出そうとしてはいけない。自分に制御できるギリギリの力を見極め、慎重に、細心に、ありったけの意志の力を込めて引き出すんだ。いいね?」
 「わかった」
 マークスⅡはうなずいた。
 〝鬼〟の大刀たいとうを引き抜いた。
 ――騎士マークス。この世界を守るため、おれに力を貸してください。
 そう、千年前の英雄に祈りながら。
 〝すさまじきもの〟がやってくる。
 その巨体を揺らしながら迫ってくる。
 山そのものが津波となって押しよせてくる、そんな圧力にさらされながら、マークスⅡは両手でもった〝鬼〟の大刀たいとうを眼前に構えた。
 「はああ~」
 声をあげて、息を吐いた。
 ――この世界を、みんなを守る!
 マークスⅡのその決意に呼応して、〝鬼〟の大刀たいとうの力が引き出される。広大な海の水を、小さな手桶を使って汲み出すような、そんな作業。たったそれだけの分量でさえ、〝すさまじきもの〟を倒すのに充分。それが、〝鬼〟の大刀たいとうの力。しかし――。
 「ぐっ……!」
 ドクン、と、マークスⅡは体のなかがひっくり返るような感覚を味わった。血が逆流し、口から、鼻から、目からさえこぼれだした。それはさながら、あまりにも激しくなりすぎた血液の流れに心臓が耐えきれなくなり破裂するような、そんな感覚。
 〝鬼〟の大刀たいとうの奥底から、マークスⅡにはとうてい制御できない力があふれ出そうとしていた。
 手桶で汲み出した、ただいっぱいの海水。
 それが呼び水となって誰にも、どうすることもできない巨大な津波が起きようとしているのだ。
 ――だめだ、とめられない! 力があふれてしまう!
 世界が混沌こんとんに呑まれてしまう!
 マークスⅡをかつてない恐怖が襲った。
 思えば、たったひとりで〝鬼〟の大刀たいとうの力を引き出したのはこれがはじめてだ。
 いままでに〝鬼〟の大刀たいとうの力を引き出したのは二回。
 一度目はハルキスの島から脱出するときにうみ雌牛めうしを撃退したとき。
 二度目は、〝すさまじきもの〟とはじめて出会ったとき。
 しかし、そのときにはビーブやトウナがいた。かのたちが共に力を込め、その意思をもって〝鬼〟の大刀たいとうの力を制御してくれた。
 しかし、いまはひとり、ひとりきり。マークスⅡただひとりの意志で制御しなくてはならない。そして――。
 いま、〝鬼〟の大刀たいとうからあふれ出そうとしている力はマークスⅡの制御力をはるかに超えていた。
 ――だめだ! 力があふれる!
 体を突き抜ける恐怖。
 死の恐怖から逃れるために、自ら死を選ぼうとする。
 例えて言うなら、それほどまでに圧倒的な恐怖。
 その恐怖が精神の均衡を乱し、もともと足りていない制御力をさらに落とす。
 ――だめだ!
 マークスⅡは心のなかで絶望の叫びをあげた。そのとき――。
 ――ふがいない。それでも、現代の英雄ですか。
 マークスⅡの心にその言葉が響いた。
 それは誇りたかく、気品にあふれた女性の声。権高く、他者に命令し、従わせることに慣れきった声。
 そう。
 それはまさに『王の』声だった。
 ――マークスⅡ。自ら『マークス』を名乗ったのなら、その程度の力はねじ伏せなさい。
 『王の』声がそう叱咤する。
 その声につづいて、大地が揺れた。
 ふたつに裂けた。
 悠久の大地が。
 まるで、スポンジケーキを左右に引っ張ってちぎるようにして。
 〝すさまじきもの〟が兵士たちを追うことができないように、大地を引き裂いたのだ。
 いったい、何者ならそんな芸当ができると言うのか。
 その答えはすぐにわかった。
 大地に空いた亀裂、引きちぎられた大地の隙間から大量の水が噴き出した。恐ろしく巨大な間欠泉のように。それが、海水であることは理性にらず、直感でわかった。
 そして、噴きあがる海水と共に表われた巨大な生き物。それは――。
 「うみ雌牛めうし⁉ サライサ姫⁉」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ゲームコインをザクザク現金化。還暦オジ、田舎で世界を攻略中

あ、まん。
ファンタジー
仕事一筋40年。 結婚もせずに会社に尽くしてきた二瓶豆丸。 定年を迎え、静かな余生を求めて山奥へ移住する。 だが、突如世界が“数値化”され、現実がゲームのように変貌。 唯一の趣味だった15年続けた積みゲー「モリモリ」が、 なぜか現実世界とリンクし始める。 化け物が徘徊する世界で出会ったひとりの少女、滝川歩茶。 彼女を守るため、豆丸は“積みゲー”スキルを駆使して立ち上がる。 現金化されるコイン、召喚されるゲームキャラたち、 そして迫りくる謎の敵――。 これは、還暦オジが挑む、〝人生最後の積みゲー〟であり〝世界最後の攻略戦〟である。

勘当された少年と不思議な少女

レイシール
ファンタジー
15歳を迎えた日、ランティスは父親から勘当を言い渡された。 理由は外れスキルを持ってるから… 眼の色が違うだけで気味が悪いと周りから避けられてる少女。 そんな2人が出会って…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

現代錬金術のすゝめ 〜ソロキャンプに行ったら賢者の石を拾った〜

涼月 風
ファンタジー
御門賢一郎は過去にトラウマを抱える高校一年生。 ゴールデンウィークにソロキャンプに行き、そこで綺麗な石を拾った。 しかし、その直後雷に打たれて意識を失う。 奇跡的に助かった彼は以前の彼とは違っていた。 そんな彼が成長する為に異世界に行ったり又、現代で錬金術をしながら生活する物語。

疎遠だった叔父の遺産が500億円分のビットコインだった件。使い道がないので、隣の部屋の塩対応な美少女に赤スパ投げまくってる件

月下花音
恋愛
貧乏大学生の成瀬翔は、疎遠だった叔父から500億円相当のビットコインが入ったUSBメモリを相続する。使い道に困った彼が目をつけたのは、ボロアパートの薄い壁の向こうから聞こえる「声」だった。隣人は、大学で「氷の令嬢」と呼ばれる塩対応な美少女・如月玲奈。しかしその正体は、同接15人の極貧底辺VTuber「ルナ・ナイトメア」だったのだ! 『今月ももやし生活だよぉ……ひもじい……』 壁越しに聞こえる悲痛な叫び。翔は決意する。この500億で、彼女を最強の配信者に育て上げようと。謎の大富豪アカウント『Apollo(アポロ)』として、5万円の赤スパを投げ、高級機材を即配し、彼女の生活を神の視点で「最適化」していく。しかし彼はまだ知らなかった。「金で買えるのは生活水準だけで、孤独は埋められない」ということに。500億を持った「見えない神様」が、神の座を捨てて、地上の女の子の手を握るまでの救済ラブコメディ。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

処理中です...