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第二部 絆ぐ伝説
第一話一八章 真打ち
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ロウワンが最初に行ったのは師のために墓を作ることだった。
もはや、話すこともなくなった古びた骨を集めて家に持ち帰り、庭の一角を墓地として埋葬し、木を削って作った墓碑を建てた。その墓を前に改めて誓った。
「見ていてください、先生。僕は必ずやり遂げます。あなたの思いを受け継ぎ、人と人の争いを終わらせ、あなたの仲間を見つけ出します」
その言葉を神の御名のもとに誓う必要はなかった。それはあくまでも自分自身に対して行う誓約だったからだ。
それから、傷ついたサルたちの治療。
野性の生命力はさすがに丈夫であり、ゾウにも勝る巨体の怪物に挑んだにしては被害は少なかった。それでも、たいてい骨を砕かれるか、内臓を傷つけられるかしており、治療するのは一苦労だった。
――先生から天命の理を学んでいてよかった。
ロウワンはそのことに安堵し、教えてくれた師に深く感謝した。実際、天命の理を学んでいなければ治療しようにもなにもできず、苦しみながら死んでいくのを黙って見ているしか出来ないところだった。
そして、やはり、何頭かは死んでしまっていた。ハルキスの墓のまわりにサルたちのための墓を作り、そこに丁寧に亡骸を埋葬した。しかし、埋葬できれば良い方。ほとんどの死んだサルは湖に沈んでしまっており、埋葬することさえ叶わなかった。
――このまま湖の底に沈み、魚たちに食べられてしまう。
自分たちを守るために戦ってくれたサルたちの亡骸がそんな目にあうとなれば心は痛む。とは言え、湖に潜って広い湖底を捜索し、亡骸を回収する、などという真似が出来るはずもない。せめて墓だけでも作って感謝を捧げ、冥福を祈るしかなかった。
「ごめん。そして、ありがとう」
――僕がもっと強ければ……。
墓の一つひとつに語りかけ、感謝の念を贈りつつやはり、そう思わずにはいられない。
――僕がもっと大きくて、強くて、〝鬼〟の大刀を自在に扱えたなら誰も死なせずにすんだはずなのに。
しかし、ロウワンの思いとは裏腹に生き残ったサルたちの表情はどれも明るかった。守るべき群れの子ども――ロウワン――を守り抜いたことへの誇らしさに満ちていた。その仲間意識と使命感の強さはまったく尊敬に値するものだった。
それから、三日かけて天命船に荷を運び込んだ。
――海の雌牛はハルキス先生が倒してくれた。もう急いで出発する必要もない。
そのため、当初の予定以上の荷を運び込むことが出来た。
ありったけの水と食糧、衣服と武器、金になりそうなものすべて。それに、ハルキスの残した本や資料のうち当面、必要になりそうなもの。
それと、サルたちが餞別にと木の実やら、花やら、虫やら、鳥やらを次々ともってきてくれた。後からあとから持ち込まれる雑多な品々には少々、辟易したが、サルたちの心づくしなのでありがたくいただいた。
――南の島には北の大陸で人気のスパイスや生き物も多いからな。もしかしたら、このなかにも人気の品があるかも知れない。
実際、南の島々の産物を目当てに多くの船が行き来している。海賊が多いのは、それらの船を襲って効率よく稼げることも理由のひとつなのだ。もし、このなかにそんなものがあれば、定期的にこの島にやってきて交易で一儲けすることも出来る。もっていって損はない。
そして、ロウワンはビーブとともに天命船に乗り込んだ。船長室には船の名前を刻み込んだプレートが飾られていた。
『輝きは死なず』号。
それが、この天命船の名前。
――『輝きは死なず』号か。ハルキス先生らしい名前だな。
弾圧によって逃げ出すなか、あくまでも自分たちの意地を通すべくつけた名前なのだろう。あれからまだ三日しかたっていないのに、ハルキスのことがひどく懐かしく感じられた。
――見ていて、先生。僕は必ず、あなたの思いを叶える。
そう思うと改めて胸に沸き立つものを感じる。ワクワクする。いてもたってもいられない。一刻も早く旅立ち、挑戦しなくては!
「行こう、ビーブ! 僕たちで世界に挑むんだ」
「キキィッ!」
ビーブが嬉しそうに鳴き、四本の足で跳ね飛んだ。
ロウワンの意思に従い、天命船がゆっくりと動き出す。が――。
水路の先からゆっくりと、大きな影が湖に入り込んできた。
ザザアッ、と、大きな音を立てて影が水面に現れた。
それは――。
クジラよりもなおデカい雌牛……。
もはや、話すこともなくなった古びた骨を集めて家に持ち帰り、庭の一角を墓地として埋葬し、木を削って作った墓碑を建てた。その墓を前に改めて誓った。
「見ていてください、先生。僕は必ずやり遂げます。あなたの思いを受け継ぎ、人と人の争いを終わらせ、あなたの仲間を見つけ出します」
その言葉を神の御名のもとに誓う必要はなかった。それはあくまでも自分自身に対して行う誓約だったからだ。
それから、傷ついたサルたちの治療。
野性の生命力はさすがに丈夫であり、ゾウにも勝る巨体の怪物に挑んだにしては被害は少なかった。それでも、たいてい骨を砕かれるか、内臓を傷つけられるかしており、治療するのは一苦労だった。
――先生から天命の理を学んでいてよかった。
ロウワンはそのことに安堵し、教えてくれた師に深く感謝した。実際、天命の理を学んでいなければ治療しようにもなにもできず、苦しみながら死んでいくのを黙って見ているしか出来ないところだった。
そして、やはり、何頭かは死んでしまっていた。ハルキスの墓のまわりにサルたちのための墓を作り、そこに丁寧に亡骸を埋葬した。しかし、埋葬できれば良い方。ほとんどの死んだサルは湖に沈んでしまっており、埋葬することさえ叶わなかった。
――このまま湖の底に沈み、魚たちに食べられてしまう。
自分たちを守るために戦ってくれたサルたちの亡骸がそんな目にあうとなれば心は痛む。とは言え、湖に潜って広い湖底を捜索し、亡骸を回収する、などという真似が出来るはずもない。せめて墓だけでも作って感謝を捧げ、冥福を祈るしかなかった。
「ごめん。そして、ありがとう」
――僕がもっと強ければ……。
墓の一つひとつに語りかけ、感謝の念を贈りつつやはり、そう思わずにはいられない。
――僕がもっと大きくて、強くて、〝鬼〟の大刀を自在に扱えたなら誰も死なせずにすんだはずなのに。
しかし、ロウワンの思いとは裏腹に生き残ったサルたちの表情はどれも明るかった。守るべき群れの子ども――ロウワン――を守り抜いたことへの誇らしさに満ちていた。その仲間意識と使命感の強さはまったく尊敬に値するものだった。
それから、三日かけて天命船に荷を運び込んだ。
――海の雌牛はハルキス先生が倒してくれた。もう急いで出発する必要もない。
そのため、当初の予定以上の荷を運び込むことが出来た。
ありったけの水と食糧、衣服と武器、金になりそうなものすべて。それに、ハルキスの残した本や資料のうち当面、必要になりそうなもの。
それと、サルたちが餞別にと木の実やら、花やら、虫やら、鳥やらを次々ともってきてくれた。後からあとから持ち込まれる雑多な品々には少々、辟易したが、サルたちの心づくしなのでありがたくいただいた。
――南の島には北の大陸で人気のスパイスや生き物も多いからな。もしかしたら、このなかにも人気の品があるかも知れない。
実際、南の島々の産物を目当てに多くの船が行き来している。海賊が多いのは、それらの船を襲って効率よく稼げることも理由のひとつなのだ。もし、このなかにそんなものがあれば、定期的にこの島にやってきて交易で一儲けすることも出来る。もっていって損はない。
そして、ロウワンはビーブとともに天命船に乗り込んだ。船長室には船の名前を刻み込んだプレートが飾られていた。
『輝きは死なず』号。
それが、この天命船の名前。
――『輝きは死なず』号か。ハルキス先生らしい名前だな。
弾圧によって逃げ出すなか、あくまでも自分たちの意地を通すべくつけた名前なのだろう。あれからまだ三日しかたっていないのに、ハルキスのことがひどく懐かしく感じられた。
――見ていて、先生。僕は必ず、あなたの思いを叶える。
そう思うと改めて胸に沸き立つものを感じる。ワクワクする。いてもたってもいられない。一刻も早く旅立ち、挑戦しなくては!
「行こう、ビーブ! 僕たちで世界に挑むんだ」
「キキィッ!」
ビーブが嬉しそうに鳴き、四本の足で跳ね飛んだ。
ロウワンの意思に従い、天命船がゆっくりと動き出す。が――。
水路の先からゆっくりと、大きな影が湖に入り込んできた。
ザザアッ、と、大きな音を立てて影が水面に現れた。
それは――。
クジラよりもなおデカい雌牛……。
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