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第二部 絆ぐ伝説
第四話九章 さらば、遠き日
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アルテミシアは大聖堂の中庭に佇んでいた。姉と同じ顔を隠すための仮面を被り、いまはその心も隠したまま。
熟練の庭師によって丹精込めて育てられた薔薇の花が咲き誇るその庭園は、アルテミシアの幼い頃からのお気に入りだった。姉と、いまひとり、幼馴染みの少年と共に庭園のあちこちで駆けまわったり、かくれんぼをしたりして遊んだものだ。そのたびに薔薇の棘に服を引っかけて破いたり、せっかくの薔薇の枝を折ったりして親に怒られ、庭師からも説教された。
高位聖職者の双子の娘と、数多くの将軍を輩出してきた名門騎士家の息子。
将来は国を背負って立つ重鎮になることを宿命づけられていた三人だけど、あの頃は本当にただの子どもだった。庭園は自分たちの思いひとつでどんな姿もとる楽園だったし、自分たちはそのなかで魔王退治の英雄にも、世界中の海を駆ける海賊にもなれた。
ただただ無邪気に遊んでいられた子ども時代。
そんな日々も一〇年前、アルヴィルダが次期教皇として選ばれたときに終わった。
アルヴィルダも、アルテミシアも、そのときはじめて千年前の戦いに関する秘伝を伝えられた。そして、教えられたのだ。
『亡道の司を捕えた』ことを。
先代の教皇は、まだ一〇歳をすぎたばかりのアルヴィルダに言った。
「亡道の司の力を使い、世界を統一し、人類をひとつにする。それは、あなたの成し遂げる責務ですよ、アルヴィルダ」
そう。
たしかに、アルヴィルダの掲げる目的は先代の教皇から与えられたものだったのだ。
その日からアルヴィルダとアルテミシア、それに、幼馴染みの少年の三人で何度もなんども話しあった。そして、誓った。
「自分たちで世界を統一しよう。人類をひとつにまとめよう。戦争なんて永遠に終わらせるんだ!」と。
「あたしは教皇になって、世界をひとつにする!」
アルヴィルダがそう言えば、
「あたしは大司教になって、お姉ちゃんの支えになる!」
アルテミシアはそう宣言した。
「僕は騎士になって、ふたりを守る!」
幼馴染みの少年はそう誓った。
世の中を知らない子どもならではの幼稚な誓い。
けれど、それだけに真剣で純粋な誓い。
そして、自分たちはそのために学び、鍛錬し、誓ったとおりの地位に就いた。
幼き頃の誓い。
それを実現するために。
その意味ではアルヴィルダのしていることは幼き日の誓いとなんらかわりはない。いまもその頃のまま一途に、ひたむきに、成し遂げようとしている。
ただ、それだけ。でも――。
「……世界を統一するのも、人類をひとつにまとめるのも、それはすべて、人と人の争いを終わらせ、戦争のない世界を作ることが目的だったはず。すべては、そのための『手段』だったはず。それなのに、いまの姉さまは『ひとつにする』ことそのものを目的にしているように思える」
果たして、姉はかわってしまったのか。
もちろん、『教皇』という全人類を導くべき重責を担わされたとなれば、幼い頃のままでいられるはずはない。それはわかる。わかるのだが……。
「アルテミシアさま」
声がした。
驚いて振り向くと、そこには凜々しくも美しいひとりの青年が立っていた。騎士装束を身にまとい、サーベルを佩いている。
アルテミシアを見つめるその瞳は、心の汚れたものであれば、思わず目をそらしてしまうぐらいまっすぐで純粋だった。
「ルキフェル……筆頭将軍」
パンゲアの前線をあずかる軍事上の頂点、筆頭将軍ルキフェルだった。
「アルテミシアさま。先ほど、ソロモン総将から言われました。〝神兵〟のさらなる増産が終わったたと」
「……はい」
それはまちがいない。アルテミシア自身、新たな〝神兵〟が生み出される瞬間を自分の目で確かめたのだ。
「アルテミシアさま。私は納得できません。いかに世界統一の大義のためとは言え、あのようなおぞましい兵に頼るなど」
「ルキフェル将軍……」
「いえ、あれは『兵』などと呼べる存在ではありません。ただ単に敵を虐殺するために作られた怪物です。いかに敵とはいえ、あのように踏みにじるなど……。
いかに戦争であっても相手に対する敬意を忘れてはならない。相手の尊厳は認めなければならない。戦争とは決して戦いだけではありません。戦闘前の関わり、戦闘中の交渉、戦闘後の付き合い方。そのすべてを含めた巨大な営みです。それなのに、あのように残忍な殺し方をしていては戦後の付き合いなど望むべくもありません。和解も、停戦も出来ず、相手を滅ぼすまで戦いつづけることになってしまいます。
それは、世界の『統一』ではなく『滅亡』です。そんな道を歩むなど、教皇猊下は一体、どうされてしまったのです⁉」
「ルキフェル将軍⁉」
アルテミシアは悲鳴にも似た叫びをあげた。
いかに、他に人気のない中庭であろうとも、こうも堂々と教皇批判をするとは。
「口を慎みなさい、ルキフェル将軍!」
アルテミシアはあわてて声をあげた。
叱責だった。
ルキフェルの語ったことはアルテミシア自身の思いでもある。しかし、他人からそう言われれば叱責しないわけにはいかない。そうでなければ相手自身が不敬罪、いや、反逆罪に問われてしまう。
たとえ、筆頭将軍であっても。
いや、筆頭将軍だからこそ、より厳しく法令は適応される。
『地位の高いものほど自分に厳しくあらねばならない』
それが、騎士国家パンゲアの誇り。千年前の人類騎士団の時代から時を超えて伝えられた伝統。貴族であればなにをしても許されるローラシアとはちがうのだ。
だから、アルテミシアは自分の心を隠し、叱責しなければならなかった。
「教皇猊下の思いはひとつ。世界を統一し、人類をひとつにまとめ、人と人の争いのない世界を作ること。そのことは、あなたにもよくわかっているはずでしょう。その御心を疑うなど、臣下として許されざる……」
「アルテミシア!」
耐えられない、と言った様子でルキフェルは叫んだ。
「いま、この場には、おれたちしかいない。だから、筆頭将軍と大司教としてではなく、生まれた頃からきょうだい同然に育った幼馴染みとして言わせてもらう。アルヴィルダはどうかしている!」
「ルキフェル⁉」
「アルテミシア。君こそわかっているはずだ。アルヴィルダが次期教皇として選ばれた一〇年前、そのときからおれたちは三人でいつも話しあった。世界を統一し、人類をひとつにしようと」
「そう、その通りよ。だからこそ、アルヴィルダ姉さまは亡道の司の力を使ってその思いを成し遂げようと……姉さまはなにもかわってないわ」
「ちがう! 自分をごまかすのはやめろ!」
「なにがちがうと言うの⁉ わたしが自分をごまかしているとはどういう意味⁉」
「そのままの意味だ。君が君自身の心を偽っていることぐらい、わからないおれだと思うか。おれは君のことは生まれたときからずっと見てきたんだぞ」
「それは……」
「アルテミシア。たしかに、アルヴィルダはあの頃から世界統一への使命感に燃えていた。しかし、それはあくまでも人と人の争うことのない世界を作るという『目的』のための『手段に』に過ぎなかったはずだ。それなのに、いまのアルヴィルダは世界の統一そのものを目的としているようにしか見えない。
手段を問わず、どれほどの被害が出ようともかまわず、とにかく、世界を統一しさえすればいい。そう思っているようにしか思えない。アルヴィルダはそんな人間ではなかったはずだ。目的のためには手段を問わない、犠牲も気にしない。そんな人では決してなかったはずだ」
「……ルキフェル」
「……たしかに、おれは理想を追いすぎなのかも知れない。ソロモン総将にもよく言われる。
『お前はきれい事ばかりを言い過ぎだ』と。
だけど、今回のことがきれい事だとは思えない。たしかに、世界を統一するためには戦争も必要だろう。戦争となれば多くの人死にが出るのは避けられない。だからと言って〝神兵〟、この世ならざる力を使って生みだした化け物なんかを使っていいはずがない、断じてない!
そもそも、どうして、あんな化け物どもを使わなくてはならない? たしかに過去のすべての戦いにおいて、パンゲア軍はローラシアのイスカンダル城塞群を制圧することが出来なかった。そのために、代々の悲願である世界統一はそのとばくちにさえたどり着けず、頓挫してきた。
だけど、いまはちがう。一〇年前、アルヴィルダが次期教皇に選ばれたとき、君たちきょうだいが聖職者としての修行に励んできたように、おれも騎士として、指揮官として、あらん限りの努力を重ねてきた。古今東西のありとあらゆる城の攻略法も学んできた。そして、イスカンダル城塞群のことを調べ尽くし、制圧方法も考案した。あんな化け物どもに頼らなくても今度こそイスカンダル城塞群を陥落させ、世界統一への第一歩を踏み出せた。踏み出せたはずだったんだ!
それなのに、アルヴィルダはおれの言うことなどなにも聞かず、あの化け物どもを投入した。アルヴィルダはおれを信用していないのか⁉」
「ルキフェル⁉」
アルテミシアは叫んだ。
悲鳴だった。
ルキフェルの叫びは度を過ぎていた。いくら幼馴染みとしての発言とはいえ、パンゲアの教皇相手に言っていいことではなかった。
「……筆頭将軍ルキフェル」
アルテミシアは努めて冷静な口調を作ると、そう呼びかけた。
もはや、幼馴染み同士の話ではない。
その意思表示だった。
「あなたのお気持ちはわかりました。あなたの懸念するところは教皇猊下にお伝えします。ですが、わかってください。教皇猊下はただ世界を統一する、その思いのために行動しているのだと。そのために必要なことをしているだけなのだと。決して、あなたを信用していないのではないのだと。そのことはどうか、理解してください」
仮面に隠されたアルテミシアの顔。
そこには涙が流れていた。
自分の態度はきょうだい同然に育った大切な幼馴染み相手に、もうその関係ではいられないのだと、私的な関係をつづけてはいられないのだと、絶縁状を突きつけたのも同じだった。
――そう。わたしたちはもう無邪気な幼馴染みではられない。いまでは、それぞれに重い立場をもつ身。これからはもう、公的な関係でしか関わることは出来ない。
そして、それはルキフェルだけではなく、姉であるアルヴィルダに対しても同じ……。
「……はい」
ルキフェルもまた居住まいを正し、騎士としての礼をとった。
アルテミシアの態度がそういうものである以上、ルキフェルもまた、自分自身を教会に仕える騎士としてのそれに規定するしかなかった。
「申し訳ありませんでした。大司教さま」
ルキフェルは頭をさげ、言い過ぎを詫びた。だが、もう一度、頭をあげたとき、その両の瞳には断固とした抗議の意志が燃えていた。
「ですが、大司教さま。どうか、これだけは教皇猊下にお伝えください。私にはどうしてもいまのままですむとは思えないのです。あの化け物、千年前、世界を滅ぼしかけた怪物が、いつまでも人の手に御せられているなどとは……いまのうちに、滅ぼせるときに滅ぼしておくべきなのだと。
そうなればこのルキフェル。我が身のすべてに懸けて世界の統一を成し遂げてごらんにいれます」
ルキフェルはそう言い残すと身をひるがえした。広い背中を見せてアルテミシアの眼前から去って行った。それを見届け、アルテミシアも反対方向に歩を進めた。
仮面で隠した顔にはまだ涙を流したままだった。
大司教アルテミシア。
筆頭将軍ルキフェル。
同じ思いを抱きながら別々の道を歩まざるを得ないふたりは、反対方向にわかれながら心に思っていた。
――そう。わたしは姉さま、教皇アルヴィルダ猊下を信じる。なにがあろうとも、わたしは教皇猊下を支える。わたしはそのために存在する影。もし、教皇猊下のなさることが罪だと言うのなら……。
「その罪は、わたしが引き受ける」
アルテミシアは声に出してそう言っていた。
仮面のなかの涙はすでに乾いていた。顔をあげ、まっすぐに前を見つめながら誓った。
「教皇猊下の御身は、決して汚させない」
筆頭将軍ルキフェルは腰に差したサーベルの柄をギュッと握りしめながら自分に問うていた。
「もし……もし、あの怪物が制御をはなれたとき、おれは民を守れるのか? アルテミシアを、アルヴィルダを、守れるのか?」
そう問うたあと、ルキフェルは首もちぎれよとばかりに左右に力強く振った。
「ちがう! なにを言っている。『守れるのか?』だと? 『守る』のだ。何がなんでも守り抜く。それこそが、騎士の役目。おれは、それを貫く」
そして、ルキフェルはサーベルの柄に手をかけたまま、胸を張って歩いて行った。
熟練の庭師によって丹精込めて育てられた薔薇の花が咲き誇るその庭園は、アルテミシアの幼い頃からのお気に入りだった。姉と、いまひとり、幼馴染みの少年と共に庭園のあちこちで駆けまわったり、かくれんぼをしたりして遊んだものだ。そのたびに薔薇の棘に服を引っかけて破いたり、せっかくの薔薇の枝を折ったりして親に怒られ、庭師からも説教された。
高位聖職者の双子の娘と、数多くの将軍を輩出してきた名門騎士家の息子。
将来は国を背負って立つ重鎮になることを宿命づけられていた三人だけど、あの頃は本当にただの子どもだった。庭園は自分たちの思いひとつでどんな姿もとる楽園だったし、自分たちはそのなかで魔王退治の英雄にも、世界中の海を駆ける海賊にもなれた。
ただただ無邪気に遊んでいられた子ども時代。
そんな日々も一〇年前、アルヴィルダが次期教皇として選ばれたときに終わった。
アルヴィルダも、アルテミシアも、そのときはじめて千年前の戦いに関する秘伝を伝えられた。そして、教えられたのだ。
『亡道の司を捕えた』ことを。
先代の教皇は、まだ一〇歳をすぎたばかりのアルヴィルダに言った。
「亡道の司の力を使い、世界を統一し、人類をひとつにする。それは、あなたの成し遂げる責務ですよ、アルヴィルダ」
そう。
たしかに、アルヴィルダの掲げる目的は先代の教皇から与えられたものだったのだ。
その日からアルヴィルダとアルテミシア、それに、幼馴染みの少年の三人で何度もなんども話しあった。そして、誓った。
「自分たちで世界を統一しよう。人類をひとつにまとめよう。戦争なんて永遠に終わらせるんだ!」と。
「あたしは教皇になって、世界をひとつにする!」
アルヴィルダがそう言えば、
「あたしは大司教になって、お姉ちゃんの支えになる!」
アルテミシアはそう宣言した。
「僕は騎士になって、ふたりを守る!」
幼馴染みの少年はそう誓った。
世の中を知らない子どもならではの幼稚な誓い。
けれど、それだけに真剣で純粋な誓い。
そして、自分たちはそのために学び、鍛錬し、誓ったとおりの地位に就いた。
幼き頃の誓い。
それを実現するために。
その意味ではアルヴィルダのしていることは幼き日の誓いとなんらかわりはない。いまもその頃のまま一途に、ひたむきに、成し遂げようとしている。
ただ、それだけ。でも――。
「……世界を統一するのも、人類をひとつにまとめるのも、それはすべて、人と人の争いを終わらせ、戦争のない世界を作ることが目的だったはず。すべては、そのための『手段』だったはず。それなのに、いまの姉さまは『ひとつにする』ことそのものを目的にしているように思える」
果たして、姉はかわってしまったのか。
もちろん、『教皇』という全人類を導くべき重責を担わされたとなれば、幼い頃のままでいられるはずはない。それはわかる。わかるのだが……。
「アルテミシアさま」
声がした。
驚いて振り向くと、そこには凜々しくも美しいひとりの青年が立っていた。騎士装束を身にまとい、サーベルを佩いている。
アルテミシアを見つめるその瞳は、心の汚れたものであれば、思わず目をそらしてしまうぐらいまっすぐで純粋だった。
「ルキフェル……筆頭将軍」
パンゲアの前線をあずかる軍事上の頂点、筆頭将軍ルキフェルだった。
「アルテミシアさま。先ほど、ソロモン総将から言われました。〝神兵〟のさらなる増産が終わったたと」
「……はい」
それはまちがいない。アルテミシア自身、新たな〝神兵〟が生み出される瞬間を自分の目で確かめたのだ。
「アルテミシアさま。私は納得できません。いかに世界統一の大義のためとは言え、あのようなおぞましい兵に頼るなど」
「ルキフェル将軍……」
「いえ、あれは『兵』などと呼べる存在ではありません。ただ単に敵を虐殺するために作られた怪物です。いかに敵とはいえ、あのように踏みにじるなど……。
いかに戦争であっても相手に対する敬意を忘れてはならない。相手の尊厳は認めなければならない。戦争とは決して戦いだけではありません。戦闘前の関わり、戦闘中の交渉、戦闘後の付き合い方。そのすべてを含めた巨大な営みです。それなのに、あのように残忍な殺し方をしていては戦後の付き合いなど望むべくもありません。和解も、停戦も出来ず、相手を滅ぼすまで戦いつづけることになってしまいます。
それは、世界の『統一』ではなく『滅亡』です。そんな道を歩むなど、教皇猊下は一体、どうされてしまったのです⁉」
「ルキフェル将軍⁉」
アルテミシアは悲鳴にも似た叫びをあげた。
いかに、他に人気のない中庭であろうとも、こうも堂々と教皇批判をするとは。
「口を慎みなさい、ルキフェル将軍!」
アルテミシアはあわてて声をあげた。
叱責だった。
ルキフェルの語ったことはアルテミシア自身の思いでもある。しかし、他人からそう言われれば叱責しないわけにはいかない。そうでなければ相手自身が不敬罪、いや、反逆罪に問われてしまう。
たとえ、筆頭将軍であっても。
いや、筆頭将軍だからこそ、より厳しく法令は適応される。
『地位の高いものほど自分に厳しくあらねばならない』
それが、騎士国家パンゲアの誇り。千年前の人類騎士団の時代から時を超えて伝えられた伝統。貴族であればなにをしても許されるローラシアとはちがうのだ。
だから、アルテミシアは自分の心を隠し、叱責しなければならなかった。
「教皇猊下の思いはひとつ。世界を統一し、人類をひとつにまとめ、人と人の争いのない世界を作ること。そのことは、あなたにもよくわかっているはずでしょう。その御心を疑うなど、臣下として許されざる……」
「アルテミシア!」
耐えられない、と言った様子でルキフェルは叫んだ。
「いま、この場には、おれたちしかいない。だから、筆頭将軍と大司教としてではなく、生まれた頃からきょうだい同然に育った幼馴染みとして言わせてもらう。アルヴィルダはどうかしている!」
「ルキフェル⁉」
「アルテミシア。君こそわかっているはずだ。アルヴィルダが次期教皇として選ばれた一〇年前、そのときからおれたちは三人でいつも話しあった。世界を統一し、人類をひとつにしようと」
「そう、その通りよ。だからこそ、アルヴィルダ姉さまは亡道の司の力を使ってその思いを成し遂げようと……姉さまはなにもかわってないわ」
「ちがう! 自分をごまかすのはやめろ!」
「なにがちがうと言うの⁉ わたしが自分をごまかしているとはどういう意味⁉」
「そのままの意味だ。君が君自身の心を偽っていることぐらい、わからないおれだと思うか。おれは君のことは生まれたときからずっと見てきたんだぞ」
「それは……」
「アルテミシア。たしかに、アルヴィルダはあの頃から世界統一への使命感に燃えていた。しかし、それはあくまでも人と人の争うことのない世界を作るという『目的』のための『手段に』に過ぎなかったはずだ。それなのに、いまのアルヴィルダは世界の統一そのものを目的としているようにしか見えない。
手段を問わず、どれほどの被害が出ようともかまわず、とにかく、世界を統一しさえすればいい。そう思っているようにしか思えない。アルヴィルダはそんな人間ではなかったはずだ。目的のためには手段を問わない、犠牲も気にしない。そんな人では決してなかったはずだ」
「……ルキフェル」
「……たしかに、おれは理想を追いすぎなのかも知れない。ソロモン総将にもよく言われる。
『お前はきれい事ばかりを言い過ぎだ』と。
だけど、今回のことがきれい事だとは思えない。たしかに、世界を統一するためには戦争も必要だろう。戦争となれば多くの人死にが出るのは避けられない。だからと言って〝神兵〟、この世ならざる力を使って生みだした化け物なんかを使っていいはずがない、断じてない!
そもそも、どうして、あんな化け物どもを使わなくてはならない? たしかに過去のすべての戦いにおいて、パンゲア軍はローラシアのイスカンダル城塞群を制圧することが出来なかった。そのために、代々の悲願である世界統一はそのとばくちにさえたどり着けず、頓挫してきた。
だけど、いまはちがう。一〇年前、アルヴィルダが次期教皇に選ばれたとき、君たちきょうだいが聖職者としての修行に励んできたように、おれも騎士として、指揮官として、あらん限りの努力を重ねてきた。古今東西のありとあらゆる城の攻略法も学んできた。そして、イスカンダル城塞群のことを調べ尽くし、制圧方法も考案した。あんな化け物どもに頼らなくても今度こそイスカンダル城塞群を陥落させ、世界統一への第一歩を踏み出せた。踏み出せたはずだったんだ!
それなのに、アルヴィルダはおれの言うことなどなにも聞かず、あの化け物どもを投入した。アルヴィルダはおれを信用していないのか⁉」
「ルキフェル⁉」
アルテミシアは叫んだ。
悲鳴だった。
ルキフェルの叫びは度を過ぎていた。いくら幼馴染みとしての発言とはいえ、パンゲアの教皇相手に言っていいことではなかった。
「……筆頭将軍ルキフェル」
アルテミシアは努めて冷静な口調を作ると、そう呼びかけた。
もはや、幼馴染み同士の話ではない。
その意思表示だった。
「あなたのお気持ちはわかりました。あなたの懸念するところは教皇猊下にお伝えします。ですが、わかってください。教皇猊下はただ世界を統一する、その思いのために行動しているのだと。そのために必要なことをしているだけなのだと。決して、あなたを信用していないのではないのだと。そのことはどうか、理解してください」
仮面に隠されたアルテミシアの顔。
そこには涙が流れていた。
自分の態度はきょうだい同然に育った大切な幼馴染み相手に、もうその関係ではいられないのだと、私的な関係をつづけてはいられないのだと、絶縁状を突きつけたのも同じだった。
――そう。わたしたちはもう無邪気な幼馴染みではられない。いまでは、それぞれに重い立場をもつ身。これからはもう、公的な関係でしか関わることは出来ない。
そして、それはルキフェルだけではなく、姉であるアルヴィルダに対しても同じ……。
「……はい」
ルキフェルもまた居住まいを正し、騎士としての礼をとった。
アルテミシアの態度がそういうものである以上、ルキフェルもまた、自分自身を教会に仕える騎士としてのそれに規定するしかなかった。
「申し訳ありませんでした。大司教さま」
ルキフェルは頭をさげ、言い過ぎを詫びた。だが、もう一度、頭をあげたとき、その両の瞳には断固とした抗議の意志が燃えていた。
「ですが、大司教さま。どうか、これだけは教皇猊下にお伝えください。私にはどうしてもいまのままですむとは思えないのです。あの化け物、千年前、世界を滅ぼしかけた怪物が、いつまでも人の手に御せられているなどとは……いまのうちに、滅ぼせるときに滅ぼしておくべきなのだと。
そうなればこのルキフェル。我が身のすべてに懸けて世界の統一を成し遂げてごらんにいれます」
ルキフェルはそう言い残すと身をひるがえした。広い背中を見せてアルテミシアの眼前から去って行った。それを見届け、アルテミシアも反対方向に歩を進めた。
仮面で隠した顔にはまだ涙を流したままだった。
大司教アルテミシア。
筆頭将軍ルキフェル。
同じ思いを抱きながら別々の道を歩まざるを得ないふたりは、反対方向にわかれながら心に思っていた。
――そう。わたしは姉さま、教皇アルヴィルダ猊下を信じる。なにがあろうとも、わたしは教皇猊下を支える。わたしはそのために存在する影。もし、教皇猊下のなさることが罪だと言うのなら……。
「その罪は、わたしが引き受ける」
アルテミシアは声に出してそう言っていた。
仮面のなかの涙はすでに乾いていた。顔をあげ、まっすぐに前を見つめながら誓った。
「教皇猊下の御身は、決して汚させない」
筆頭将軍ルキフェルは腰に差したサーベルの柄をギュッと握りしめながら自分に問うていた。
「もし……もし、あの怪物が制御をはなれたとき、おれは民を守れるのか? アルテミシアを、アルヴィルダを、守れるのか?」
そう問うたあと、ルキフェルは首もちぎれよとばかりに左右に力強く振った。
「ちがう! なにを言っている。『守れるのか?』だと? 『守る』のだ。何がなんでも守り抜く。それこそが、騎士の役目。おれは、それを貫く」
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