壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第五話二二章 ……罠

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 「さあさあ、今日は三国同盟締結ていけつを祝うめでたい日だ! 皆、存分に楽しむがいい!」
 伯爵クナイスルのその掛け声とともに、会場全体を歓喜の声が埋め尽くした。
 「今夜は無礼講だ! 思いきり、騒ぐがいい!」
 追い打ちをかけるかのようなクナイスルのその叫びに、会場の熱狂はますます跳ねあがる。『無礼講』という言葉はよく聞くが、他の国であれば真に受ける人間などまずいない。もし、世間知らずの田舎貴族あたりがその言葉を真に受けて身分差を無視した言動に出ようものなら首が飛ぶ。
 その点、本当に、正真正銘の無礼講となるのが『子どもの国』たるレムリアらしいところ。なにしろ、給仕のために雇われた平民出身のメイドたちでさえ、その仕事を放り出して飲み物を運ぶための盆を叩きながら踊り出す始末なのだ。
 それを見た貴族の若者たちがメイドの尻を追いかけ、騒ぎとなり、殴り合いの喧嘩にまで発展する。まわりはそれを見てとめるどころかやんやの大喝采。たちまち、勝手に場を仕切るものが現われ、賭け事まではじまるほど。
 質実しつじつ剛健ごうけんな信仰の国であるパンゲアの一部だったとは思えない、そしてまた、身分制度の厳しいローラシアであれば、その場にいる全員が青ざめ、あわてふためき、軍を動員してでもやめさせようとする、そんな騒ぎ。
 そんな騒ぎを平気で起こすのがレムリアという国だった。
 そんなあたりが人によっては『とにかく楽しくて愉快な国!』と大いにもちあげ、またある人にとっては『無秩序で退廃的、見るに耐えん国だ!』と怒り心頭に発する点なのだった。
 「さあさあ、ロウワン卿。今宵こよいの宴はお楽しみいただけていますかな?」
 妻とふたり、大騒ぎの宴の場を泳ぎまわっていたクナイスルが片隅にひっそりたたずんでいるロウワン一行によってきた。その腕はしっかりと妻の肩にまわされており、頭には紙吹雪。その髪がどっぷり濡れているのは誰かに冗談で酒をかけられたためだろう。これこそ、他の国では考えられないレムリアならではの出来事だった。
 「え、ええ……」
 ロウワンは戸惑いながらもどうにか愛想笑いを浮かべた。
 『ささやかな宴』とクナイスルは言ったが、そこはさすがに一国のあるじの言うこと。しょせん、一商人のせがれに過ぎないロウワンにとっては充分以上に盛大なものだった。しかも、生真面目なロウワンにとっては、このような無秩序なほどのお祭り騒ぎは性に合わない。
 とは言え、招かれている身で文句をつけるわけにもいかない。愛想笑いを浮かべてご機嫌をとるのが精一杯だった。
 「こんな楽しい宴ははじめてです」
 と言う言葉はまんざら嘘ではなかったが。
 実際、このような騒ぎの場はロウワンははじめてだった。お祭り好きの海賊たちでさえ、ここまでのバカ騒ぎはしなかった。
 ――本当にお祭り好きな人たちなんだなあ。
 と、ロウワンは改めて思った。
 そのロウワンの返答を聞いてクナイスルは破顔した。
 「それはなにより! 今夜はあなたが主賓なのですからな。存分に楽しまれてください」
 「はい……」
 ロウワンが愛想笑いを浮かべてそう言うと、クナイスルは妻の肩を抱いたまま再び騒ぎのど真ん中へと戻っていった。ソーニャにダンスを申し込んだどこかの男を殴り飛ばし、真っ向勝負の喧嘩に発展してしまうあたりは、他の国では想像も出来ないレムリアならではの醍醐味だった。
 「……なんて、騒がしい」
 と、美しい顔にしかめっ面を浮かべ、不快感を丸出しにしたのはやはり生真面目な『女教師』メリッサである。
 「いくら宴だからって、こんな大騒ぎをするなんて。品性がなさ過ぎるわ」
 「レムリアの人たちというのは、そういうものらしいですから」
 「それにしたって!」
 と、プリプリ怒っている、ある意味ではロウワンよりも子どもっぽい面のあるメリッサだった。するとそこへ、
 「おやおや、せっかくの美しい顔が台無しだね」
 と、どこかに姿を消していた行者ぎょうじゃがふらりと姿を現わした。
 全身がずぶ濡れで頭のあたりに泡がついているのは、どこかで酒のかけ合いをしてきたためだろう。全身から放たれる強烈な酒の匂いに、メリッサがますます顔をしかめる。
 「真面目なのはいいけど、真面目すぎるのは悲劇だよ。酒にも料理にも毒なんて入っていないし、怪しい連中も潜んでいない。心おきなく楽しんでいいよ」
 ――一緒に騒いでいるように見せて、そんなことを探っていたのか。
 ロウワンはそう感心したが、メリッサのほうにはそんな余裕もないようだった。
 「けっこうよ」
 と、ふくれっ面でそっぽを向く。
 「やれやれ、せっかくの宴なのにいきではないね。生真面目すぎると人生、損するよ。とくに女性はね。楽しむべきところはきちんと楽しんで、男を見る目を磨いておかなくちゃ。男を見る目のない女性は幸せにはなれないからね」
 「女の幸せは男次第だって言うの⁉」
 メリッサはキッとした視線で行者ぎょうじゃを睨みつける。
 「ろくでなしの男に惚れたら人生、破滅する。そう言っているんだよ。だからこそ、大いに恋をして男を見る目を養わなくちゃね。さしあたって、僕なんてどう? はじめての恋には手頃な相手だと思うよ?」
 「あなたと付き合えば、最低の男がどういうものかわかるからか?」
 すかさず放たれたロウワンの言葉に、行者ぎょうじゃはわざとらしくのけぞって見せた。
 「いやはや、なかなかにキツいね、ロウワン。でも、その通りかも知れないね。と言うわけで、メリッサ。試しにどうだい?」
 と、行者ぎょうじゃはメリッサに腕を伸ばす。女性であるメリッサ以上に肌が白く、なまめかしいその腕を。
 その腕をロウワンがさえぎった。
 「それはダメだ。あなたは勝手に騒いでくればいい」
 「やれやれ。身持ちの堅いことだね。仕方がない。では、僕は見目麗しい姫君たちと楽しんでくることにするよ」
 行者ぎょうじゃはそう言って、自慢のかんざし飾りをシャラシャラ言わせながら宴の場に戻っていった。あとには腹が立って仕方がないと言った表情のメリッサが残された。
 「なにあれ? ふざけているにも程があるわ」
 「命の危険のない暮らしをしてきたから、そう言えるんだ」
 そう言ったのは、それまで黙ってやりとりを聞いていた野伏のぶせである。
 「騒げるときには思いきり騒ぐ。明日の命の保証のない人間とはそういうものだ」
 「……行者ぎょうじゃも自分の故郷を呑んだくうを探して、ずっと旅をつづけてきたんだったな」
 とても『明日の命の保証がある』旅ではなかったはずだ。それを思えば『軽薄な態度』とさげすんだことにも後ろめたさを……。
 「……感じるわけないでしょ」
 と、メリッサは吐き捨てた。
 生真面目な女性だけあって、どんな理由があろうと下品で不作法な振る舞いは許せないのだった。
 「その気持ちもわからないではない。だが、ロウワンは自由の国リバタリアの主催。これからは他国の要人を招き、楽しませる必要も出てくる。その際、壁の花に徹しているようでは接待なぞ出来んぞ。いまのうちに慣れておけ」
 「そう……だな」
 と、ロウワンはおずおずとメリッサに手を差し出した。
 「……では、メリッサ師。一曲、踊っていただけませんか?」
 「……そ、そうね」
 と、メリッサはロウワン以上にぎこちなく伸ばされた手をとった。
 そして、ふたりは踊りはじめた。踊りはじめたのだが……。
 「痛いっ! いま、おれの足を踏みましたよ!」
 「ロウワンこそ! 何度もわたしの脚を蹴ってるわ!」
 しょせん、場慣れしていない生真面目すぎるふたり。まともなダンスのステップなど踏めるはずもなく、大騒ぎなのだった。それはそれで微笑ましく、楽しげな様子ではあったが。
 野伏のぶせはその様子を見届けてからひとり、呟いた。
 「さて。それでは、おれも相手を探すとするか」
 修業先であった盤古ばんこ帝国ていこくでは、実はそれなりに浮き名を流していた野伏のぶせであった。
 広い会場に名のある貴族や名士が集まり、楽団が音楽をかき鳴らし、唄い、踊る。
 そこまでなら他の国の宴と同じ。レムリアが他の国とちがうのは、その宴の場に他の国では『下賤げせんの身』として忌避きひされるような道化師や講談師、果ては街角の大道芸人やら踊り子やらまでが集まり、それぞれの芸を披露ひろうしているところ。
 それらの芸にやんやの喝采が飛び、おひねりが投げられる。国家元首自らが主催する宴なのか、町中のらんちき騒ぎなのかわからないありさま。そして、当の国家元首たるクナイスルは、妻とふたりピッタリ寄り添い、『権力者の特権!』とばかりに真ん前に陣取り、数々の芸に見入っては大はしゃぎしている。
 その無邪気なありさまを見ていると、とてもではないが野伏のぶせ行者ぎょうじゃの言ったような『油断ならない策士』などとは思えなくなってくる。
 ロウワンとメリッサはひとしきり、ダンスなんだか、脚の蹴りあいなんだかわからない時間を過ごしたあと、再び壁の前に戻っていた。ふたりとも少々、げんなりした様子である。
 「……ダンスというのも、意外と疲れるものですね」
 「……そうね。わたしもこんなことははじめてだから」
 一〇代半ばの少年と二〇代はじめの女性とは顔を見合わせ、少しばかり苦笑を交わしあった。そこへ、声がかけられた。
 「ロウワン卿」
 「ロスタム卿? いつからここに?」
 「さきほどから。お取り込み中だったので、またせていただいておりました」
 ロスタムはそう言って、こらえきれない笑いをもらす。その態度に――。
 ロウワンとメリッサはそろって顔を赤くした。
 「それで、なんの用なんだい?」
 行者ぎょうじゃの声がした。
 見ると、いつの間にか行者ぎょうじゃがそのたおやかな姿をロウワンの隣に並べていた。さらにその隣には野伏のぶせもいる。どんなに宴にきょうじていようと、ロウワンの側にいるべきときにはきちんといるあたり、やはり、ただものではないふたりなのだった。
 ロスタムは表情を引き締めた。姿勢を正し、ロウワンに告げた。
 「実は……ビーブ卿が、とある貴族のお屋敷で粗相そそうをしてしまいまして」
 「ビーフが?」
 と、ロウワンは眉をひそめた。
 「はい。木々の立ち並ぶ広い庭を見て、興奮してしまわれたようでして」
 「ビーブだからなあ」
 と、ロウワンは納得した様子で溜め息をついた。
 立ち木の群れを見ると噛みついたり、引っかいたりするのはビーブの悪い癖である。
 「それで、当の貴族さまがご立腹でして。失礼な表現ですが『飼い主を呼んでこい!』の一点張りなのです」
 「飼い主ではないけど」
 そう前置きしてからロウワンは告げた。
 「世間的に見れば、そう思うのも仕方ないな。わかりました。すぐに向かってお詫びします」
 「ありがとうございます」
 ロスタムは深々と頭をさげた。
 ロウワンにしてみれば騒がしい無礼講にそろそろ辟易へきえきしていたところだったので、場を去る口実を得られたのは却って好都合だった。とは言え、主催者に挨拶もなしに場を抜けるわけにはいかないのでクナイスルに一言、断ることにした。
 そのクナイスルは相変わらず妻とふたり、大道芸人の披露ひろうする手品の数々にすっかり酔いしれ、はしゃいでいた。おかげで、声をかけるのも一苦労だった。それでもどうにか声をかけ、事情を説明した。
 酒と様々な技芸にすっかり酔いしれているクナイスルは上機嫌で答えた。
 「おお、それはそれは大変ですね。わかりました。大切なごきょうだい分であらせられるビーブ卿のためとあらば、宴などに関わっている暇などあるはずもなし。すぐに行ってあげてください」
 「ありがとうございます。それでは、失礼します」
 ロウワンはそう頭をさげて、メリッサ、野伏のぶせ行者ぎょうじゃらとともにロスタムに案内されて宴の場をあとにした。その姿が見えなくなると――。
 クナイスルの表情が途端にかわった。
 大はしゃぎする無邪気な青年から、油断ならない策士の顔へと。
 その隣では妻のソーニャもまた、冷徹な悪女の顔を見せていた。
 「さて。それでは、こちらも兵を動かすとしようか」
 「ええ、クナイスル」

 ロウワンたちはロスタムに案内されて一軒の大きな屋敷の前にやってきていた。ロスタムの言ったとおり、ちょっとした森のような庭に囲まれた屋敷だった。
 「レムリアを代表する貴族のおひとり、帝国騎士ゴーリキ卿のお屋敷です」
 「帝国騎士? 帝国騎士と言ったらたしか、貴族のなかでも最下級で、一代限りのもののはずだけど……」
 「パンゲアにおいてはそのとおりです。ですが、このレムリアにおいては事情がちがいます。なにしろ『伯爵領』ですからね。配下のものに同等か、それ以上の爵位を与えるわけにはいきません。ですから、レムリアの貴族は全員『帝国騎士』です。ですが、れっきとした世襲制の貴族であり、ゴーリキ卿はそのなかでももっとも有力な人物のひとりです」
 「なるほど。そう言うものですか。とにかく、ゴーリキ卿にご挨拶とお詫びをしないと」
 「では、こちらへ」
 と、ロスタムは玄関口へと案内した。
 ノッカーを鳴らすとすぐに扉が開き、年配の執事が姿を現わした。ロウワンたちが玄関からつづくホールに入ると、その後方で執事が扉を閉めた。その途端――。
 ロスタムが風のような速さで距離をとり、二階につづく階段を駆けのぼった。ロウワンやメリッサはおろか、野伏のぶせ行者ぎょうじゃですらとっさに反応出来ないほどの身のこなしだった。
 そして、ロウワンたちは見た。
 ホールをグルリと取り囲む二階の渡り廊下。そこに、何百人もの兵士たちが並び、自分たちに銃を向けている様を。
 そして、もうひとつ。
 ロスタムがその隣によりそった年配の男性、恐らくは屋敷のあるじたるゴーリキであろう人物の横に、檻に閉じ込められた一頭のサルがいることを。
 ロウワンは血相をかえて叫んだ。
 「ビーブ!」
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