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第二部 絆ぐ伝説
第五話二三章 裏切ったの⁉
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「ロスタム! 裏切ったの⁉」
メリッサの鋭い弾劾の声がホールのなかに響き渡る。
しかし、その声の鋭さも、ロスタムをわずかなりとたじろがせることは出来なかった。
ロスタムはその『砂漠の王子さま』な美貌にうっとりするような笑みを浮かべ、女性を口説くかのような口調で言ってのけだ。
「私はヘイダール議長の部下なれば、ヘイダール議長の命に従うのみ。なにひとつ裏切ってなどいませんよ」
つまり、この事態はロスタムの独断などではなく、ゴンドワナ議長ヘイダールの仕組んだもの、と言うことだ。
「くっ……」
ロウワンは血がにじむほど強く唇を噛みしめた。ギュッと握りしめた両手が白くなっている。
――ブージの言うとおりだったのか。
痛切にそう思う。
ゴンドワナ商人に関しては自分の方がよく知っている。なにしろ、当のゴンドワナ商人の息子なのだから。
その思いがあった。
なにより、『ブージの言うことだから』と言うことで、軽く聞き流していた。それが、まちがいだったのか。もっと真剣にブージの忠告を聞いておくべきだったのか。
しかし、いくらそう思ったところで、もう遅い。何百という銃口が自分たちに向けられている。この距離、この数ではいかに野伏と行者がいても一斉射撃されれば防ぎようはない。。屋敷の主であるゴーリキが一声、命令を発しさえすれば自分たちは皆殺しにされてしまう。
――おれたちだけじゃなく、メリッサ師まで。せめて一瞬、ほんの一瞬でも相手の気をそらせることが出来れば……。
それさえ出来れば、野伏と行者がなんとかしてくれる。
それはわかっていた。
しかし、どうやって気をそらす?
この状況で?
ロウワンが歯がみしながらも必死に頭を巡らしていたそのときだ。檻のなかのビーブが騒ぎ立てた。
「キイ、キイ、キキイ、キイ!」
と、両手両足で檻につかまり、ガチャガチャいわせながら叫びまくる。
その必死さはまさに恐慌。
「……あんなに怯えて」
メリッサがつい、自分のおかれている状況も忘れて同情してしまうぐらいのものだった。
そのビーブの叫びに――。
ロウワンは『ほう』と、静かに息をついた。
ガックリと肩を落とした。
仲間たちを振り返った。
「野伏。行者」
「承知している」
「やれやれ、仕方ないね。ここはおとなしくお縄につこうか。せっかくの玉の肌、傷つけないように扱ってくれることを願うよ」
行者が両手をあげた。
野伏が『自分の命』と公言してはばからない太刀を空に放り投げた。
それを見たゴーリキは唇を笑みの形にねじ曲げた。
自分の勝利を確信したもの特有の笑み。そして、それは――。
勝利から敗北へと一転する際に特有の笑み。
「ゴーリキ卿、お命頂戴!」
その叫びと共にロスタムの拳がゴーリキの胃に叩き込まれた。ゴーリキは悲鳴をあげることも出来ずに、胃液を吐いてうずくまった。
ビーブが檻の扉を開けて外に飛び出した。鍵のかけられた檻のなかに閉じ込められているように見えてその実、扉に鍵などかかっていなかった。ビーブはいつでも外に飛び出すことが出来たのだ。そのまま、ゴーリキの配下のなかに躍り込んだ。
まったくの予想外の騒ぎに銃を構える兵士たちの注意も一瞬、そちらに集中した。ロウワンたちから視線がそれた。
もちろん、その隙を見逃すような野伏と行者ではない。野伏は助走もつけずにその場で飛びあがると空中に放り投げた太刀をつかみ、二階の渡り廊下に並ぶ兵士の群れに斬り込んだ。
野伏は太刀を捨てたのではない。
『自分の命』と公言する太刀を捨てるはずがない。
二階の渡り廊下に飛び移り、制圧するために、空中に放り投げたのだ。
同時に行者が胸元をはだいて空を放ち、銃をもつ兵士たちを包み込んだ。はじめて味わう異界の力の前に兵士たちはバタバタと倒れていく。
ビーブもまた、ゴーリキ配下の兵士たち相手に暴れまわっていた。いまのビーブには得意のカトラスはない。しかし、ビーブには人間に勝る野性の俊敏さがあった。強靱な腕力があった。鋭い牙があり、なによりも自慢の尻尾があった。
兵士たちの足元をカマイタチのように走りまわっては尻尾で足を捕まえ、転倒させる。その衝撃で思わず銃の引き金を引いてしまい、暴発した銃弾が天井に向かって放たれ、穴を開けた。
そのなかでただひとり、メリッサだけがなにが起きているのか理解出来ず、呆然としている。ロウワンはそんなメリッサの側につき、かの人を守ることに専念していた。
素早く騎士マークスの船長服を脱ぐと、メリッサの全身にかぶせた。ロウワンが両肩を落としたのは失意や落胆のためではない。素早く服を脱ぐためだった。そして、自分は〝鬼〟の大刀を両手で握り、眼前に構えた。
騎士マークスの魂のこもった船長服であれば、たとえ銃弾の雨を降らされようとメリッサの身を守ってくれるはずだった。
そして、〝鬼〟の大刀。
〝鬼〟の力が込められたこの大刀ならば、飛んでくる銃弾を斬り捨てることも出来る。出来るはず。それだけの覚悟さえあれば。
――やってやるさ。メリッサはおれが守る!
その決意のもと、ロウワンは〝鬼〟の大刀を握りしめる。
そのとき、屋敷の扉が押し破られ、完全武装の兵士の一団がなだれ込んできた。
それは、レムリア陸軍の最精鋭、伯爵府の守りに就く神聖守護騎士団だった。そして、なだれ込む兵士たちと共に姿を現わしたのは――。
伯爵クナイスルと、その妻ソーニャ。
「反逆者ゴーリキとその一党、ひとり残らず捕えよ!」
クナイスルが叫ぶと、ソーニャも負けじと声を張りあげた。
「証拠物件を処分させてはなりません! 書斎、地下倉庫、天井裏、あらゆる場所を制圧し、パンゲア派の陰謀の証拠を押さえるのです!」
伯爵夫妻のその声に押されて、完全武装の兵士たちは続々と屋敷のなかに流れ込む。廊下と言わず、階段と言わず、あらゆる場所に侵入していく。そのありさまはさながら、あらゆる作物を食い荒らすイナゴの群れ。突如として襲われた側にとってはまさにその通りだったろう。風と共に飛来し、すべてを滅ぼす風の魔王。
その数は優に数千を超える。これだけの数の完全武装の兵士たちをしかも、一糸乱れることなく動員できる。よほど前から入念に準備していたのだろう。そう思わせる姿だった。
哀れなのはゴーリキ配下の兵士たちだった。
つい先ほどまで無力な獲物に銃を突きつけ、一方的に狩りたてる優越感に浸っていたというのに、一瞬にして狩られる側に転落したのだ。あまりの状況の急変に兵士としての矜持も、主に対する忠誠心も失われ、泣き叫びながら逃げ出す始末。そのあとを兵士たちが追っていく。
その頃には全身がすっぽり隠れるほど大きな盾を構えた兵士の一団が、伯爵夫妻と共にロウワンとメリッサを取り囲み、完璧な防御陣を敷いていた。たとえ、覚悟の決まったものが『せめて一太刀!』と銃弾を浴びせようとしてもどうしようもない、
そういう状況になっていた。
その頃、二階の渡り廊下では、ロスタムが自分が殴り倒したゴーリキに対して『砂漠の王子さま』な美貌を向けていた。にこやかな笑みを湛えて言い放つ。
「さて。もう状況はおわかりでしょう。ゴーリキ卿。素直に降伏してくださると楽なのですが。いかがいたします?」
降伏しなければ即、殺。
言外に、はっきりとそう匂わせる言い方だった。
ゴーリキは胃袋の上を押さえながら胃液で濡れた口を動かした。その目には自分を殴り倒した相手への憎悪と、自分自身の失われた未来への妄執とが揺れていた。
ゴーリキはまちがったのだ。反逆を成功させるつもりならロウワンたちが屋敷内に入った瞬間、問答無用で一斉射撃して息の根をとめておくべきだった。そうしていれば、レムリアの覇権を握ることも出来ていただろう。なまじ、パンゲアへの手土産として生きたまま捕えようとしたばかりに、この始末。もちろん、それは、ロスタムが注意深くゴーリキの思考を誘導した結果なのだが。
「き、きさま……裏切ったのか?」
「やれやれ。何度、言わせるのです? 私はヘイダール議長の部下なれば、ヘイダール議長の命に従うのみ。なにひとつ裏切ってなどいませんよ」
そう言って――。
涼やかに笑うロスタムだった。
メリッサの鋭い弾劾の声がホールのなかに響き渡る。
しかし、その声の鋭さも、ロスタムをわずかなりとたじろがせることは出来なかった。
ロスタムはその『砂漠の王子さま』な美貌にうっとりするような笑みを浮かべ、女性を口説くかのような口調で言ってのけだ。
「私はヘイダール議長の部下なれば、ヘイダール議長の命に従うのみ。なにひとつ裏切ってなどいませんよ」
つまり、この事態はロスタムの独断などではなく、ゴンドワナ議長ヘイダールの仕組んだもの、と言うことだ。
「くっ……」
ロウワンは血がにじむほど強く唇を噛みしめた。ギュッと握りしめた両手が白くなっている。
――ブージの言うとおりだったのか。
痛切にそう思う。
ゴンドワナ商人に関しては自分の方がよく知っている。なにしろ、当のゴンドワナ商人の息子なのだから。
その思いがあった。
なにより、『ブージの言うことだから』と言うことで、軽く聞き流していた。それが、まちがいだったのか。もっと真剣にブージの忠告を聞いておくべきだったのか。
しかし、いくらそう思ったところで、もう遅い。何百という銃口が自分たちに向けられている。この距離、この数ではいかに野伏と行者がいても一斉射撃されれば防ぎようはない。。屋敷の主であるゴーリキが一声、命令を発しさえすれば自分たちは皆殺しにされてしまう。
――おれたちだけじゃなく、メリッサ師まで。せめて一瞬、ほんの一瞬でも相手の気をそらせることが出来れば……。
それさえ出来れば、野伏と行者がなんとかしてくれる。
それはわかっていた。
しかし、どうやって気をそらす?
この状況で?
ロウワンが歯がみしながらも必死に頭を巡らしていたそのときだ。檻のなかのビーブが騒ぎ立てた。
「キイ、キイ、キキイ、キイ!」
と、両手両足で檻につかまり、ガチャガチャいわせながら叫びまくる。
その必死さはまさに恐慌。
「……あんなに怯えて」
メリッサがつい、自分のおかれている状況も忘れて同情してしまうぐらいのものだった。
そのビーブの叫びに――。
ロウワンは『ほう』と、静かに息をついた。
ガックリと肩を落とした。
仲間たちを振り返った。
「野伏。行者」
「承知している」
「やれやれ、仕方ないね。ここはおとなしくお縄につこうか。せっかくの玉の肌、傷つけないように扱ってくれることを願うよ」
行者が両手をあげた。
野伏が『自分の命』と公言してはばからない太刀を空に放り投げた。
それを見たゴーリキは唇を笑みの形にねじ曲げた。
自分の勝利を確信したもの特有の笑み。そして、それは――。
勝利から敗北へと一転する際に特有の笑み。
「ゴーリキ卿、お命頂戴!」
その叫びと共にロスタムの拳がゴーリキの胃に叩き込まれた。ゴーリキは悲鳴をあげることも出来ずに、胃液を吐いてうずくまった。
ビーブが檻の扉を開けて外に飛び出した。鍵のかけられた檻のなかに閉じ込められているように見えてその実、扉に鍵などかかっていなかった。ビーブはいつでも外に飛び出すことが出来たのだ。そのまま、ゴーリキの配下のなかに躍り込んだ。
まったくの予想外の騒ぎに銃を構える兵士たちの注意も一瞬、そちらに集中した。ロウワンたちから視線がそれた。
もちろん、その隙を見逃すような野伏と行者ではない。野伏は助走もつけずにその場で飛びあがると空中に放り投げた太刀をつかみ、二階の渡り廊下に並ぶ兵士の群れに斬り込んだ。
野伏は太刀を捨てたのではない。
『自分の命』と公言する太刀を捨てるはずがない。
二階の渡り廊下に飛び移り、制圧するために、空中に放り投げたのだ。
同時に行者が胸元をはだいて空を放ち、銃をもつ兵士たちを包み込んだ。はじめて味わう異界の力の前に兵士たちはバタバタと倒れていく。
ビーブもまた、ゴーリキ配下の兵士たち相手に暴れまわっていた。いまのビーブには得意のカトラスはない。しかし、ビーブには人間に勝る野性の俊敏さがあった。強靱な腕力があった。鋭い牙があり、なによりも自慢の尻尾があった。
兵士たちの足元をカマイタチのように走りまわっては尻尾で足を捕まえ、転倒させる。その衝撃で思わず銃の引き金を引いてしまい、暴発した銃弾が天井に向かって放たれ、穴を開けた。
そのなかでただひとり、メリッサだけがなにが起きているのか理解出来ず、呆然としている。ロウワンはそんなメリッサの側につき、かの人を守ることに専念していた。
素早く騎士マークスの船長服を脱ぐと、メリッサの全身にかぶせた。ロウワンが両肩を落としたのは失意や落胆のためではない。素早く服を脱ぐためだった。そして、自分は〝鬼〟の大刀を両手で握り、眼前に構えた。
騎士マークスの魂のこもった船長服であれば、たとえ銃弾の雨を降らされようとメリッサの身を守ってくれるはずだった。
そして、〝鬼〟の大刀。
〝鬼〟の力が込められたこの大刀ならば、飛んでくる銃弾を斬り捨てることも出来る。出来るはず。それだけの覚悟さえあれば。
――やってやるさ。メリッサはおれが守る!
その決意のもと、ロウワンは〝鬼〟の大刀を握りしめる。
そのとき、屋敷の扉が押し破られ、完全武装の兵士の一団がなだれ込んできた。
それは、レムリア陸軍の最精鋭、伯爵府の守りに就く神聖守護騎士団だった。そして、なだれ込む兵士たちと共に姿を現わしたのは――。
伯爵クナイスルと、その妻ソーニャ。
「反逆者ゴーリキとその一党、ひとり残らず捕えよ!」
クナイスルが叫ぶと、ソーニャも負けじと声を張りあげた。
「証拠物件を処分させてはなりません! 書斎、地下倉庫、天井裏、あらゆる場所を制圧し、パンゲア派の陰謀の証拠を押さえるのです!」
伯爵夫妻のその声に押されて、完全武装の兵士たちは続々と屋敷のなかに流れ込む。廊下と言わず、階段と言わず、あらゆる場所に侵入していく。そのありさまはさながら、あらゆる作物を食い荒らすイナゴの群れ。突如として襲われた側にとってはまさにその通りだったろう。風と共に飛来し、すべてを滅ぼす風の魔王。
その数は優に数千を超える。これだけの数の完全武装の兵士たちをしかも、一糸乱れることなく動員できる。よほど前から入念に準備していたのだろう。そう思わせる姿だった。
哀れなのはゴーリキ配下の兵士たちだった。
つい先ほどまで無力な獲物に銃を突きつけ、一方的に狩りたてる優越感に浸っていたというのに、一瞬にして狩られる側に転落したのだ。あまりの状況の急変に兵士としての矜持も、主に対する忠誠心も失われ、泣き叫びながら逃げ出す始末。そのあとを兵士たちが追っていく。
その頃には全身がすっぽり隠れるほど大きな盾を構えた兵士の一団が、伯爵夫妻と共にロウワンとメリッサを取り囲み、完璧な防御陣を敷いていた。たとえ、覚悟の決まったものが『せめて一太刀!』と銃弾を浴びせようとしてもどうしようもない、
そういう状況になっていた。
その頃、二階の渡り廊下では、ロスタムが自分が殴り倒したゴーリキに対して『砂漠の王子さま』な美貌を向けていた。にこやかな笑みを湛えて言い放つ。
「さて。もう状況はおわかりでしょう。ゴーリキ卿。素直に降伏してくださると楽なのですが。いかがいたします?」
降伏しなければ即、殺。
言外に、はっきりとそう匂わせる言い方だった。
ゴーリキは胃袋の上を押さえながら胃液で濡れた口を動かした。その目には自分を殴り倒した相手への憎悪と、自分自身の失われた未来への妄執とが揺れていた。
ゴーリキはまちがったのだ。反逆を成功させるつもりならロウワンたちが屋敷内に入った瞬間、問答無用で一斉射撃して息の根をとめておくべきだった。そうしていれば、レムリアの覇権を握ることも出来ていただろう。なまじ、パンゲアへの手土産として生きたまま捕えようとしたばかりに、この始末。もちろん、それは、ロスタムが注意深くゴーリキの思考を誘導した結果なのだが。
「き、きさま……裏切ったのか?」
「やれやれ。何度、言わせるのです? 私はヘイダール議長の部下なれば、ヘイダール議長の命に従うのみ。なにひとつ裏切ってなどいませんよ」
そう言って――。
涼やかに笑うロスタムだった。
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