あたしは『のび太』に初恋を奪われた

三章 太陽ドル！

　……なんて言うか。
　すごかった。
　これが、ドルヲタ。噂には聞いていたけどたしかにすごい。これはまちがいなく、あたしたち(一般人)とは、出身惑星からしてちがう生き物だわ。
　で、まあ、『のび太』があたしになにを言ったかっていうと、
　「僕はソーラーシステムの経営者になる！　この岐阜の地に内ヶ島うちがしまソーラーシステムを作るんだ。だから、内ヶ島うちがしまさんには内ヶ島うちがしまソーラーシステムの専属アイドルになってほしい！」
　って言うことなんだけど……。
　「……バカじゃないの？」
　あたしは思わず、そう呟いた。
　それ以外、なにを言えっていうの？　『のび太』が、あの見た目も悪くて成績も悪い『のび太』が経営者？　起業するっていうの？　そんなの無理に決まってるじゃない。起業なんていうのは、一流大学を出た頭の良い人たちがするものでしょうに。
　いやまあ、それはいい。夢を見るのは本人の勝手。それよりなにより――。
　「あたしがアイドル？　バカ言わないでよ」
　そりゃあね。あたしだって自分がかわいい方だってことぐらいわかってる。女の子だし、アイドルに対する憧れだってないわけでもない。大勢のファンの前で思いきり唄って、踊って、チヤホヤされたらそりゃあ気持ちいいでしょうよ。
　でも、アイドルって『ちょっとばかり』かわいいぐらいでなれるものではないでしょう？　それこそ、特別に選ばれた『なにか』をもっている人でなくちゃ。
　「岐阜なんていう田舎の県の、そのまた山奥に住んでいる『ちょっとかわいい』だけの女の子がなれるわけないじゃない」
　あたしはそう言いながらスマホを操作して、ふぁいからりーふとやらの動画を映した。
　「ふぁいからりーふ。神奈川県小田原おだわらソーラーシステムを本拠地とする北条家アイドル。センター赤葉あかばを中心に、青葉あおば、黒葉くろは、黄葉おうは、白葉しろはの五人で構成されたユニット。太陽ソラドルとして最初に活動をはじめたアイドルユニットであり、いま現在、関東地方で最大の勢力を誇る太陽ソラドル、か」
　あたしはふぁいからりーふの動画を見ながら、紹介文を読みあげた。
　スマホの小さな画面のなかではあたしより少し年上の女の子たちがステージ衣装に身を包み、舞台の上で唄い、踊っている。色とりどりの光に照らされて、多くのファンの声援に包まれながら。

　クールな顔して実はアツかったりする
　つれないようでもほんとは優しかったりもして
　いつもおとなぶってて厳しいくせに
　子どもみたいに笑うとかマジで反則
　『おれが世界をかえる』なんてデカいこと言ってて
　ほんとにそのため行動している
　そんな姿を見せられてたら
　好きになっちゃうじゃないの
　あんたの責任　覚悟しなさい
　女の子が本気になったら男に拒否権なんてないんだって
　思い知らせてあげる
　必ずあんたを落としてみせる！

　スマホの画面からふぁいからりーふの歌声が流れてくる。
　唄って、踊る、その姿のかっこいいこと！
　とくに『マジで反則』のところでセンターの赤葉が片目をつぶって笑うところがメチャクチャかわいくて、思わずドキッとしちゃったほど。
　――これなら、男の人たちが好きになっちゃうのもわかるわあ。
　あたしは心の底から納得した。なにしろ、女子であるあたしでさえ思わず恋しちゃいそうになるほど、素敵な笑顔だったから。
　「ほら、見なさい。みんな、すごいかわいし、キラキラしている。こういうのがアイドルってものでしょうが。あたしなんかがなれるわけないじゃない。赤葉あかばはかわいい上にダンスがキレッキレでメチャクチャ、カッコいいし、青葉あおばはかわいくて歌がメチャクチャ上手。黒葉くろははスラッとした長身でモデルみたいな美形だし、黄葉おうははおとなびたおっとり美人。こういう、はっきりした特徴があるからアイドルとしてステージにあがれるのよね。その点、あたしなんて……って、ちょっとまって。なにこの、端っこにいる地味っ娘は。
　えっ？　これが白葉しろは？　ふぁいからりーふのひとりなの？　ウソでしょお！　こんなパッとしない、顔も普通なら、スタイルだって普通の子が？　アイドル？　ほんとに？　それに、なにこれ？　白葉しろはだけ歌詞がちがってない？　ダンスの動きも変だし。もしかして歌詞、まちがってる？　ダンスも覚えてないの？　ああ、隣の黒葉くろはにぶつかりそうになって赤葉あかばに怒られてるよ。白葉しろはったらションボリしちゃって。
　これやっぱり、歌詞もダンスもまちがってたのね。って、なんか、赤葉あかばと黒葉くろはがケンカはじめちゃったんだけど。ライブ中でしょ？　そんなことしてていいわけ？　って言うか、これがほんとにアイドルユニットの一員なの？　見た目も普通で、歌も踊りもまちがえるような素人が？
　ええっ～！　しかも、なに？　白葉しろはがふぁいからりーふのリーダーなの？　こんな、どこからどう見ても普通の子が？」
　あたしのなかでなにかが、ガラガラと音を立てて崩れていった。それまで『手の届くはずのない偶像』だったアイドルがなにか急に、手の届く身近な存在に思えてきた。
　――他の四人はともかく、白葉しろはに限ればあたしの方が絶対にかわいい。スタイルだっていい。唄……は、わからないけど、ダンスなら、素人でもダンス部のエースであるあたしの方が絶対にうまいし。
　「……白葉しろはがアイドルになれるなら、あたしだって」
　そう思うのはまちがい？
　素人の勘違い？
　でも――。
　あたしは立ちあがった。ふぁいからりーふの振り付けを思い出しながら自分でも踊ってみた。素人だってダンス部のエース。動きを真似るぐらいわけはない！
　「必ずあんたを、落としてみせ～る！」
　ふぁいからりーふを真似て片目をつぶった笑顔を浮かべ、前に向かってビシッ！　と指さしたあたしの目の前。そこに――。
　鮎川あゆかわ紗菜さなが立っていた。

　「ギャアアアアアッ！」
　「ウワアアアアアッ！」
　あたしが叫ぶと、紗菜さなも両手を振りまわしながら飛びあがって叫んだ。
　「なに、叫んでるの⁉」
　「静香しずかが叫んだからだよ！」
　紗菜さなが大声で言った。メガネの奥の目が、下手したらメガネより大きいんじゃないかって言うぐらい見開かれている。
　「どうしたの、いったい？　なにがあったの？」
　「紗菜さなこそどうしたのよ⁉　もう帰ったんじゃなかったの？」
　「静香しずかの特訓が終わるのまってたんだよ。一緒に帰ろうと思って……」
　「あ、ああ、そうなんだ……」
　わざわざまってくれているなんて、紗菜さなはやっぱり優しい。
　「それで、そろそろ終わった頃かと思って様子見に来てみたら、なんかノリノリで唄って、ポーズまでつけてるし……。なにかあったの？」
　紗菜さなのその言葉に――。
　あたしは耳まで真っ赤になった。

　あたしは紗菜さなに事情を説明した。
　紗菜さなは最後まで黙って話を聞いてくれたけど、聞き終えると納得したようにうなずいた。
　「ふうん。なるほど。それで、『白葉しろはがアイドルになれるなら、あたしだってなれる！』って、そう思っちゃって、それで気分だして唄っていたと？」
　「う、うん……」
　あたしは耳まで真っ赤にしたまま身をちぢこませてうなずいた。
　ああ、まったく！　よりによってあんなところを人に見られるなんて。紗菜さなだからまだよかったけど、これが他の人、とくに男子たちだったりしたら――。
　もう、死んじゃってたかも知れない。
　それぐらい、恥ずかしい。
　「ふうん、なるほどね」
　って、紗菜さなはスマホ画面のふぁいからりーふのライブを見ながら納得したように言った。
　「この端っこの地味っ娘が白葉しろはってわけね？　たしかに、この子に比べたら静香しずかの方がかわいいし、ダンスもうまいけど……」
　「でしょ⁉　だから、あたしもつい、その気になっちゃって……」
　勢い込んでつめよるあたしを、紗菜さなはメガネの奥の目でマジマジと見つめる。あたしはたちまち恥ずかしくなって、全身を真っ赤に染めて縮こまる。ああ、もういっそ、このまま小さくちいさくなって消え去りたい……。
　「気持ちはわかるけど……」って、紗菜さな。
　「その気になっちゃダメだよ。静香しずかはせっかくスクールカーストの最上位にいるのに、変なことに手を出して嗤わらいものになったりしたらたちまち転落だよ？」
　「そ、それはわかってる……けど」
　スクールカースト。
　また、スクールカースト。
　あたしたちって、スクールカーストの順位を競うために中学生やってるわけ？
　「それに、その話だと、アイドルになった場合、『のび太』と仕事仲間になるってことでしょ？　『のび太』なんかと行動してたら、それこそ最下位転落確定だよ」
　「わ、わかってる……！　あたしだってバカじゃないんだから。自分がアイドルになれっこないぐらいわかってるって。それより、もう帰らなくちゃ。着替えるから外に出てて！」
　あたしは紗菜さなの体を部室の外に押し出して、扉を閉めた。それから――。
　扉に背中を預けて溜め息をついた。