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最終章 もう遅い! あたしは宏太と生きていく
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そして、夏休みが終わった。
あたしは、親との約束通り学校に戻った。宏太とふたり並んで学校への道を歩き、始業式に向かう。
それは断じて『またイジめられたらどうしよう……』なんて不安を抱えての登校なんかじゃない。堂々と、胸を張っての凱旋だ。
あたしは八月の間に何度かライブを行い、動画を投稿した。どれも、好評。再生数は着実に伸びている。
もちろん、トップクラスの太陽ドルに比べればちっぼけなものだけどそれでも、あたしのライブを見てくれた人たちは喜んでくれている。
――岐阜にもついに、ご当地太陽ドルが誕生した!
そう、沸き立ってくれている。
少しだけど、海外からも反応があった。課金もあった!
――一緒に内ヶ島ソーラーシステムを盛りあげていこう!
そう言って、あたしのライブにお金を出してくれた。
嬉しい。
その一言。
やってよかった。
心の底からそう思った。
そう。あたしはすでに岐阜のご当地太陽ドルとして世間から認知されていた。
そして、宏太。宏太は課金されたお金でさっそく太陽電池を買い込み、内ヶ島ソーラーシステムの拡張をはじめた。岐阜ではじめてのソーラーシステム。それを作りあげたのはたったひとりの中学生。その事実がマスコミ受けしたんだろう。地元のケーブルテレビ局が取材にやってきた。あたしと宏太はふたりそろってテレビ出演を果たした。
つまり、あたしも、宏太も、いまやれっきとした県下の有名人。学校のなかだけでしか通用しないスクールカーストなんかとは次元のちがう立場を手に入れたのだ。
そんなあたしたちが並んで登校する様を、同じように登校する生徒たちがチラチラと見ていく。遠巻きにしながら、近づきたい、でも、近づけない、そんな感じでチラ見していく。
ああ、快感!
ほらほら、どうしたの? 前みたいにイジめて見なさいよ。『勘違いしてて草』とか嗤って見せなさいよ。
できるわけないわよね。挑戦もしないうちから『できっこない』なんて決めつけて、挑戦する人間を嗤うしか能のないあんたたちなんかに。本当にやってのけた人間を嗤うなんて。そんなこと、それこそ『できっこない!』よ!
他の生徒たちの視線に自尊心をくすぐられながら学校に向かうあたしに向かい、ひとりの女子生徒とが駆けてきた。メガネに三つ編みって言う、いかにも二昔前の優等生って言う感じの女子生徒。
「静香ー!」
って、その女子生徒はやけに嬉しそうにあたしの名前を呼びながら駆けてくる。
「動画、みたよ! すてきだったあっ! 静香なら絶対にやれると思ってたよ。野々村さんもすごいよねえ、中学生なのに起業するなんて」
って、鮎川紗菜はニコニコしながら言い立てる。そんな鮎川さんにあたしは、思いっきり見下す視線を向けてやった。
「あら、鮎川さん。なんの用?」
鮎川さんは一瞬、表情を引きつらせた。それから、あからさまな愛想笑いを浮かべた。内心、はらわたが煮えくり返っているのがはっきりわかるその表情。
うう~、気持ちいい!
「あ、鮎川さんって、どうしたのよ、静香。あたしのことはずっと『紗菜』だったじゃない」
「そうだった? 覚えてないなあ。あなたとは確か、ずっと他人だったはずだけど」
あたしの言葉に――。
鮎川さんは愛想笑いする余裕もなくなり、ますます表情を引きつらせた。
ふん。いい気味。あんたはあたしを利用しようとして側にいたんでしょ。あたしがアイドルになったからってヨリを戻そうとしたって『もう遅い!』なのよ!
「さあ、行こう、宏太。始業式に遅れちゃうわ」
「えっ? で、でも、いいの? 鮎川さん……」
赤の他人のことをわざわざ心配してあげるなんて、宏太ってもう、本当に優しいなあ。
あたしは心からの微笑みを浮かべて宏太の手をとった。
「いいの、いいの。これからは本当の友だちを作るんだから。さあ、行こう!」
あたしはそう言って宏太とふたり、学校に向かった。
鮎川さんを置き去りにして。
始業式の終わったあと、あたしと宏太は『太陽ドル部』の部室にやってきていた。
夏休みの間に、学校側に『太陽ドル部』の新設を申し込んでおいたのだ。
『地域のためになるなら』って、学校側はあっさり許可してくれた。
そして、あたしと宏太はいま、まだ備品ひとつ置いていないまっさらの部室のなかにいる。ふたりっきりで。
「ここからあたしたちの活動がはじまるのね」
「うん、そうだよ、内ヶ島さん。一緒にがんばっていこう」
歌はそう言って、相変わらずの思春期前特有の無邪気な笑顔を向ける。
野比のび太そのままの幼くて、平凡な顔立ち。それがいまではもうかわいくて仕方がない。もうずっと、見つめていたいぐらい。
太陽ドル部。
これからここに、太陽ドルを目指そうっていう生徒たちが集まってくる。代替わりしながらずっと、ご当地太陽ドルを送り出していける。そうなれば、あたしが売れなくても他の誰かが売れてくれる。内ヶ島ソーラーシステムを支えてくれる。
そして、あたしは、宏太と一緒に内ヶ島ソーラーシステムを経営しながら、新しい太陽ドルたちを支えていく。
太陽ドルになって本当によかった。
そう思う。
でも、それはアイドルになって世間から注目されるようになったからじゃない。学校以外に居場所ができたから。
いまのあたしは学校の一生徒と言うだけじゃない。太陽ドルとして大勢の人から応援されている。一緒に活動したいと言ってきてくれた作曲家やデザイナー、農家の人たちも何人もいる。そこは、学校以外のもうひとつの居場所。スクールカーストとか、そんなもの関係ないもうひとつの世界。
そう。それこそが、あたしが本当に欲しかったもの。スクールカーストなんかに汲々とすることなく、思いきり本音で生きられる場所。それが、あたしの欲しかったものなんだ。
なにも『学校をやめる!』なんて極端なことを言う気はない。大学まではちゃんと卒業するつもり。パパとママの手前もあるしね。それでも、学校以外にも居場所がある。学校でなにかあったらそっちで生きていけばいい。そう思えるのはすごく楽。安心できる。
逆も同じで、太陽ドルとしての活動がダメになっても学校がある。そう思えるからこそ、太陽ドルとしての活動にも余裕をもって取り組める。余裕があるからこそ、全力を尽くせる。
――いくつもの居場所があるって大切なんだ。
つくづくとそう思う。
そして、あたしにそのことを教えてくれたのが宏太。
このひ弱で、背も低くて、やせっぽちで、勉強もできなければスポーツもダメ。中二ににもなって異性のことを意識ひとつできない中身小学生。そんな男の子があたしの一番、欲しかったものを与えてくれた。
そう思うと、心の奥からじんわりとしたものが湧きあがってくる。
「……ありがとう、宏太。本当に感謝するわ」
「な、なに、急に……⁉」
「宏太はあたしが一番、欲しかったものを与えてくれた。だから、きちんとお礼を言っておかないとね」
「そ、そんな……。お礼を言うのは僕の方だよ。僕のいきなりの誘いに全力で答えてくれたんだもの。ありがとう。本当に」
「そう。これから、あたしたちは一緒に内ヶ島ソーラーシステムを盛りあげていくの。あたしを本気にさせたんだから責任、とりなさいよね」
あたしがそう言うと、宏太はかわいいぐらい真顔になった。
「わかってるよ。全力で、太陽ドルとしての君を支えてみせる」
「そこじゃない! この鈍感!」
「痛いッ! なんで、殴るのさ⁉」
「うるさい! 当然の報いよ」
あたしの叫びに――。
宏太は頭を抱えたまま『何がなんだかわからない』って顔をしている。
まったくもう、この天然無自覚だけは。
だいたい、いったいいつまで『内ヶ島さん』なのよ。『静香』って呼ぶべきところでしょうが。『しずちゃん』でもいいけど。
よし、決めた。絶対、決めた。何がなんでもこいつに、自分から『静香』って呼ばせてやる。
『好きだ!』って、言わせてやる。
あたしの初恋を奪ったその責任、絶対にとらせてやるんだから!
完
あたしは、親との約束通り学校に戻った。宏太とふたり並んで学校への道を歩き、始業式に向かう。
それは断じて『またイジめられたらどうしよう……』なんて不安を抱えての登校なんかじゃない。堂々と、胸を張っての凱旋だ。
あたしは八月の間に何度かライブを行い、動画を投稿した。どれも、好評。再生数は着実に伸びている。
もちろん、トップクラスの太陽ドルに比べればちっぼけなものだけどそれでも、あたしのライブを見てくれた人たちは喜んでくれている。
――岐阜にもついに、ご当地太陽ドルが誕生した!
そう、沸き立ってくれている。
少しだけど、海外からも反応があった。課金もあった!
――一緒に内ヶ島ソーラーシステムを盛りあげていこう!
そう言って、あたしのライブにお金を出してくれた。
嬉しい。
その一言。
やってよかった。
心の底からそう思った。
そう。あたしはすでに岐阜のご当地太陽ドルとして世間から認知されていた。
そして、宏太。宏太は課金されたお金でさっそく太陽電池を買い込み、内ヶ島ソーラーシステムの拡張をはじめた。岐阜ではじめてのソーラーシステム。それを作りあげたのはたったひとりの中学生。その事実がマスコミ受けしたんだろう。地元のケーブルテレビ局が取材にやってきた。あたしと宏太はふたりそろってテレビ出演を果たした。
つまり、あたしも、宏太も、いまやれっきとした県下の有名人。学校のなかだけでしか通用しないスクールカーストなんかとは次元のちがう立場を手に入れたのだ。
そんなあたしたちが並んで登校する様を、同じように登校する生徒たちがチラチラと見ていく。遠巻きにしながら、近づきたい、でも、近づけない、そんな感じでチラ見していく。
ああ、快感!
ほらほら、どうしたの? 前みたいにイジめて見なさいよ。『勘違いしてて草』とか嗤って見せなさいよ。
できるわけないわよね。挑戦もしないうちから『できっこない』なんて決めつけて、挑戦する人間を嗤うしか能のないあんたたちなんかに。本当にやってのけた人間を嗤うなんて。そんなこと、それこそ『できっこない!』よ!
他の生徒たちの視線に自尊心をくすぐられながら学校に向かうあたしに向かい、ひとりの女子生徒とが駆けてきた。メガネに三つ編みって言う、いかにも二昔前の優等生って言う感じの女子生徒。
「静香ー!」
って、その女子生徒はやけに嬉しそうにあたしの名前を呼びながら駆けてくる。
「動画、みたよ! すてきだったあっ! 静香なら絶対にやれると思ってたよ。野々村さんもすごいよねえ、中学生なのに起業するなんて」
って、鮎川紗菜はニコニコしながら言い立てる。そんな鮎川さんにあたしは、思いっきり見下す視線を向けてやった。
「あら、鮎川さん。なんの用?」
鮎川さんは一瞬、表情を引きつらせた。それから、あからさまな愛想笑いを浮かべた。内心、はらわたが煮えくり返っているのがはっきりわかるその表情。
うう~、気持ちいい!
「あ、鮎川さんって、どうしたのよ、静香。あたしのことはずっと『紗菜』だったじゃない」
「そうだった? 覚えてないなあ。あなたとは確か、ずっと他人だったはずだけど」
あたしの言葉に――。
鮎川さんは愛想笑いする余裕もなくなり、ますます表情を引きつらせた。
ふん。いい気味。あんたはあたしを利用しようとして側にいたんでしょ。あたしがアイドルになったからってヨリを戻そうとしたって『もう遅い!』なのよ!
「さあ、行こう、宏太。始業式に遅れちゃうわ」
「えっ? で、でも、いいの? 鮎川さん……」
赤の他人のことをわざわざ心配してあげるなんて、宏太ってもう、本当に優しいなあ。
あたしは心からの微笑みを浮かべて宏太の手をとった。
「いいの、いいの。これからは本当の友だちを作るんだから。さあ、行こう!」
あたしはそう言って宏太とふたり、学校に向かった。
鮎川さんを置き去りにして。
始業式の終わったあと、あたしと宏太は『太陽ドル部』の部室にやってきていた。
夏休みの間に、学校側に『太陽ドル部』の新設を申し込んでおいたのだ。
『地域のためになるなら』って、学校側はあっさり許可してくれた。
そして、あたしと宏太はいま、まだ備品ひとつ置いていないまっさらの部室のなかにいる。ふたりっきりで。
「ここからあたしたちの活動がはじまるのね」
「うん、そうだよ、内ヶ島さん。一緒にがんばっていこう」
歌はそう言って、相変わらずの思春期前特有の無邪気な笑顔を向ける。
野比のび太そのままの幼くて、平凡な顔立ち。それがいまではもうかわいくて仕方がない。もうずっと、見つめていたいぐらい。
太陽ドル部。
これからここに、太陽ドルを目指そうっていう生徒たちが集まってくる。代替わりしながらずっと、ご当地太陽ドルを送り出していける。そうなれば、あたしが売れなくても他の誰かが売れてくれる。内ヶ島ソーラーシステムを支えてくれる。
そして、あたしは、宏太と一緒に内ヶ島ソーラーシステムを経営しながら、新しい太陽ドルたちを支えていく。
太陽ドルになって本当によかった。
そう思う。
でも、それはアイドルになって世間から注目されるようになったからじゃない。学校以外に居場所ができたから。
いまのあたしは学校の一生徒と言うだけじゃない。太陽ドルとして大勢の人から応援されている。一緒に活動したいと言ってきてくれた作曲家やデザイナー、農家の人たちも何人もいる。そこは、学校以外のもうひとつの居場所。スクールカーストとか、そんなもの関係ないもうひとつの世界。
そう。それこそが、あたしが本当に欲しかったもの。スクールカーストなんかに汲々とすることなく、思いきり本音で生きられる場所。それが、あたしの欲しかったものなんだ。
なにも『学校をやめる!』なんて極端なことを言う気はない。大学まではちゃんと卒業するつもり。パパとママの手前もあるしね。それでも、学校以外にも居場所がある。学校でなにかあったらそっちで生きていけばいい。そう思えるのはすごく楽。安心できる。
逆も同じで、太陽ドルとしての活動がダメになっても学校がある。そう思えるからこそ、太陽ドルとしての活動にも余裕をもって取り組める。余裕があるからこそ、全力を尽くせる。
――いくつもの居場所があるって大切なんだ。
つくづくとそう思う。
そして、あたしにそのことを教えてくれたのが宏太。
このひ弱で、背も低くて、やせっぽちで、勉強もできなければスポーツもダメ。中二ににもなって異性のことを意識ひとつできない中身小学生。そんな男の子があたしの一番、欲しかったものを与えてくれた。
そう思うと、心の奥からじんわりとしたものが湧きあがってくる。
「……ありがとう、宏太。本当に感謝するわ」
「な、なに、急に……⁉」
「宏太はあたしが一番、欲しかったものを与えてくれた。だから、きちんとお礼を言っておかないとね」
「そ、そんな……。お礼を言うのは僕の方だよ。僕のいきなりの誘いに全力で答えてくれたんだもの。ありがとう。本当に」
「そう。これから、あたしたちは一緒に内ヶ島ソーラーシステムを盛りあげていくの。あたしを本気にさせたんだから責任、とりなさいよね」
あたしがそう言うと、宏太はかわいいぐらい真顔になった。
「わかってるよ。全力で、太陽ドルとしての君を支えてみせる」
「そこじゃない! この鈍感!」
「痛いッ! なんで、殴るのさ⁉」
「うるさい! 当然の報いよ」
あたしの叫びに――。
宏太は頭を抱えたまま『何がなんだかわからない』って顔をしている。
まったくもう、この天然無自覚だけは。
だいたい、いったいいつまで『内ヶ島さん』なのよ。『静香』って呼ぶべきところでしょうが。『しずちゃん』でもいいけど。
よし、決めた。絶対、決めた。何がなんでもこいつに、自分から『静香』って呼ばせてやる。
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