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第二話 いま、逆襲の刻
九章 羅刹隊、見参!
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国王ハリエットの住まう宮殿を目指し、見事な軍が進軍していた。
整然たる隊列。
乱れることのない歩調。
囁き声ひとつ聞こえない落ち着き払った態度。
すべてにおいて兵の練度の高さと将軍の指揮能力の高さをうかがわせる。
先頭に立つのは盟友国スミクトルの宿将モーゼズ。北の雄国オグルの烈将アルノス。西の遊牧国家ポリエバトルの雌豹将軍バブラク。
その後ろに付き従うは一〇万を超える戦士たち。
まだ一〇代半ばと見える新兵もいる。失った手足を人工の意動工肢に付け替え、再び戦場へと戻った古参兵もいる。かつての熊猛紅蓮隊ほどの統一感こそないものの、その場に居並ぶ戦士たちの表情に満ちた決意と覚悟は結成当初の熊猛紅蓮隊と比べても遜色のない、いや、それ以上のものだった。
これが、鬼部に対する逆襲の中核となる新しい軍だった。
そして、その先頭に立ち、全軍をたばねるがジェイ。諸国連合総将の地位に就任したジェイその人だった。
ジェイはハリエットとアステスが出迎えたことを認めると手をあげて合図した。整然たる進軍をつづけていた軍がその手振りひとつでピタリと静止した。その合図は陣の一番、後ろまでしっかりと伝わっており、前がとまったことに気付かず進軍して衝突する……などと言うことはひとつもなかった。それこそ、一〇万を超える軍がまるでひとつの生き物であるかのように一瞬で静止したのだ。
ジェイが馬をおりた。総将に倣い、馬に乗っていた全員が下馬した。それもまた、一糸乱れぬ見事なもので、この軍の指揮力と練度の高さを物語る光景だった。
ジェイは主君ハリエットに向かい、騎士の礼を取った。声を限りに叫んだ。
「諸国連合総将ジェイ! 羅刹隊を率いていま、帰還いたしました!」
「……本当によく戻ってきてくれました」
ハリエットの執務室。
そこに、ハリエット、ジェイ、アステスの三人が集まり、挨拶と報告とが行われていた。
ジェイを迎えたハリエットの表情は喜びと安堵に満ちていた。まるで、愛しい恋人との再会を果たしたかのように。それ以上に喜びに目を輝かせていたのがアステス。頬を上気させ、一心にジェイを見つめるその姿はまさに乙女。そう呼ばれそうなものだった。
ジェイはハリエットをまっすぐに見据えた。
「おまたせいたしました、陛下。長らく陛下のもとをはなれておりましたことお詫び申しあげます。ですが、その分の成果はあがったことを保証いたします。これより、このジェイ、陛下の御為にすべてを懸けて戦います」
「……はい」
うっとりと――。
ジェイの言葉にうなずくハリエットだった。
ふたりは見つめ合った。無言のまま。ふたりの視線が絡み合い、言葉のいらない空間ができあがる。まるで、いまこのとき、ふたりにとって世界には自分たち以外いないかのように……。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
その雰囲気をぶち壊すべく、アステスがわざとらしく咳払いした。愛らしくも美しいその顔にはっきりと不満の色が浮いている。
ハリエットとジェイはそろってハッとなった表情になった。お互い、頬をさっと赤く染め、視線をそらす。アステスが露骨に不満げな口調で言った。
「ジェイ総将。まずは陛下に訓練の成果を見ていただくのが先なのでは?」
「あ、ああ、そうだな。で、では、陛下、よろしければ……」
「は、はい……。見せていただきます」
そう語り合うふたりは共に頬を紅く染め――。
やはり、ふたりの世界に入っているのだった。
「これは……」
訓練場に集まったら羅刹隊の戦士たちを見て、ハリエットは戸惑いの声をあげた。
鬼を食う鬼、羅刹。
遙か東方の国に伝わるその伝説の悪鬼の名をつけられた軍団の戦士たちは、ハリエットの知る騎士や兵士とはまるでちがう格好をしていた。
まず、剣も槍ももっていない。鎧すら身につけていない。武器となるのは湾曲したかぎ爪のついた手甲。鎧ではなくごく普通の厚手の服を着込み、膝部分にスパイクの着いたロングブーツ、それに、頭から胸、そして、指先までをすっぽりと覆う上衣を身につけている。
「ジェイ総将、これは……」
アステスがジェイを見た。その表情が驚きに満ちている。
ジェイは重々しくうなずいた。
「ハリエット陛下。これが、我が羅刹隊の主力となる格闘歩兵です」
「格闘歩兵……。でも、これは……」
「陛下。我々は新たな中核軍を編成するにあたり、いままでの戦いを徹底的に見直すことからはじめました」
「えっ?」
「我々は開戦以来、鬼部との戦いにおいて常に押されてきました。鬼部の、人間をはるかに上回る身体能力。それに苦しめられてきたことはまちがいありません。しかし、それだけではない、むしろ、鬼部相手に人間相手の戦い方をそのまま適用してきたのがまちがいだったのです」
「どういうことです?」
「鬼部は剣も槍も使いません。武器の類は一切、使うことなく、相手に密着しての取っ組み合いを挑んできます。密着されてしまえば最後、剣や槍と言った間合いを必要とする武器は使い物にならなくなります。むしろ、武器をもつことで手がふさがれてしまっている分、不利となります。
と言って、間合いを開けて戦おうにも、人間よりもはるかに俊敏な鬼部相手に間合いを保てるものではない。重い鎧を身につけていればなおさらです。結局は懐に飛び込まれ、組みつかれ、剣も槍も使えない状態にされてしまい、そのまま食われていくのです。
つまり、鬼部相手には従来の騎士の戦い方はまったくの不向きなのです。そこで、発想をかえ、こちらも格闘戦によって戦うこととしたのです。
間合いの必要な長柄の武器は廃止し、狭い間合いでも使え、さらに手を自由に使えるかぎ爪のついた手甲を武器としました。また、膝にスパイクを取り付けることで相手の接近を阻み、密着状態での膝蹴りから打撃を与えられるようにしました」
「な、なるほど……」
戸惑ったままとにかくうなずくハリエットの前で、羅刹隊の戦士同士の模擬戦が行われている。
それは、騎士同士の模擬戦とはまったくちがった。殴りあい、取っ組みあい、投げあう。剣と剣を打ちあう騎士たちの華麗な戦いに比べれば『野蛮』とも言える戦い。より原始的で、野性的な戦いだった。
ジェイが説明した。
「対鬼部用の戦いとして格闘戦を主体とすることを決めたとき、草原の国ポリエバトルに伝わる『相撲』と呼ばれる格闘技を導入しました」
「相撲?」
「はい。この相撲という格闘技は殴り、つかみ、投げる、を主体とした格闘技。人類の知る戦いのなかで、もっとも鬼部の戦いに近い格闘技と言えます。この相撲の技術を身につけることこそ、対鬼部用の戦いとしてもっとも効果的と判断しました」
「……なるほど。ですが、あまりにも軽装に過ぎませんか? 胸から上しか守っていないように思えますが」
「鬼部との戦いを分析した結果ですが、鬼部は下半身への攻撃はまず行わないことが判明しました。もともと、人型同士が立って戦う場合、腰から下への攻撃はほとんどありません。とくに鬼部の場合、その攻撃のほとんどが首から上、低くても胸までに集中しています。鬼部との戦いで下半身を負傷した例というものは倒れたときに踏みつけられるなど、直接の戦い以外の場合であることが判明しました。
つまり、鬼部相手に下半身の守りはほぼ不要。むしろ、足元を重くし、動きを鈍くすることで鬼部に有利な状況を作ってしまう。そこで、守りは胸から上のみに限定し、動きやすさを優先したのです」
鬼部の俊敏さに対抗するために。
ジェイはそう付け加えた。
「実のところ、これらのことはエンカウン防衛線を行っていた時点で、すでにアステスが分析していたものです」
「アステス団長が……?」
ハリエットはアステスを見た。驚きで目が丸くなっている。
アステスはスッと頬を朱に染め、視線をそらした。
「当時から戦いと装備の変更は考えていたのですが、兵士たちに新しい戦い方を仕込む時間もなく、それに……」
「それに?」
「……装備を新調するための資金もありませんでした。王都に対して何度も申請はしたのですが、一度も返答が返ってくることはなく、黙殺されるばかりでした」
「……武器開発の予算の大半は、勇者一行のための装備品を開発するために使われていましたからね。実のところ、その多くが開発班の博士たちの遊興費に使われていたと言うのに」
ハリエットはギュッと拳を握りしめると、悔しさを滲ませながら言った。
『最強の戦士が最強の武器を使い、最強の敵を倒す』
その掛け声のもと、勇者一行ばかりが優遇され、一般兵がないがしろにされてきたレオンハルト王国。しかも、その掛け声すらも表向きに過ぎず、実際には開発班の博士たちが予算の多くを着服し、贅沢三昧の暮らしを営み、我が世の春を謳歌していたという現実。その現実をとめられなかったという自責の念がある。
開発班の博士たちはとうの昔に残った予算を抱えて行方をくらましている。
その報はハリエットも知っていた。きっと、今頃はどこか遠くはなれた土地で自分たちだけの安全地域に籠もり、嵐が過ぎるのをまっているのだろう。
――鬼部と言えど、全人類を殺し尽くせるわけがない。いずれは満足するだろう。そのときまで隠れ潜んでいれば、自分たちだけは生き残れる。
そう思って。
ジェイはつづけた。
「しかし、諸国連合が結成されたことで新しい戦い方を身につけるための時間と、新しい装備品を開発・量産するための予算とが捻出できました。鬼部の戦い方を分析し、対鬼部用に特化した格闘集団。それが鬼を食らう鬼、羅刹の軍団なのです」
「なるほど。それは頼もしい話です。ですが、あの上衣は単なる厚手の服でしょう? さすがに鎧抜きは守りに不安があると思うのですが……」
「それも、鬼部の戦い方を研究した結果です。鬼部は兵士に取りつくと鎧の継ぎ目に指をかけ、その握力にものを言わせて引きちぎり、無防備にさらけ出された肉体に牙を突き立てます。それを防ぐためには継ぎ目のない衣服こそが有効と判断しました」
「ですが、単なる布の服ではあまりにも……」
「もちろん、単なる布の服なら通常の鎧の方がずっとマシです。ですが、かの人たちの上衣は単なる服ではありません」
「単なる服ではない? どういう意味です?」
「魔力を封じ込めた糸で織りあげられた魔防衣なのです」
「魔防衣……」
「はい。魔力を封じ込められた糸は、なまじな金属よりもよほど強靱な素材となります。。その糸で織りあげられた衣服は重鎧以上の防御力を発揮します」
「魔力を込められた糸……。確かに、そんな手法があるとは聞いています。ですが、あれは確か、糸の一本いっぽんに魔力を込めなければならず、とても時間がかかる、大量生産などとても無理だと聞いていましたが……」
「その通りです。従来の方法では。ですが、不可能とされてきた大量生産を可能とする画期的な方法を編み出した人物がいたのです」
「人物?」
「はい」
ジェイはハリエットに向かってうなずくと合図を送った。ほどなくしてふたりの人物が現れた。
ふたりともにまだ一〇代の少女だった。
ひとりはいかにも快活そうな一六、七の美少女で、もうひとりはまだ一二、三歳と思える町娘だった。
ジェイはふたりを紹介した。
「東方の国シルクスの王女サアヤ殿下と、魔法服飾師のカナエどのです」
このふたりこそ――。
後に対鬼部戦役のなかで『災厄の脳筋格闘王女』として知られることになるシルクス王女サアヤと、『戦士たちの守り手』として崇められることになる魔法服飾師の少女カナエだった。
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その後ろに付き従うは一〇万を超える戦士たち。
まだ一〇代半ばと見える新兵もいる。失った手足を人工の意動工肢に付け替え、再び戦場へと戻った古参兵もいる。かつての熊猛紅蓮隊ほどの統一感こそないものの、その場に居並ぶ戦士たちの表情に満ちた決意と覚悟は結成当初の熊猛紅蓮隊と比べても遜色のない、いや、それ以上のものだった。
これが、鬼部に対する逆襲の中核となる新しい軍だった。
そして、その先頭に立ち、全軍をたばねるがジェイ。諸国連合総将の地位に就任したジェイその人だった。
ジェイはハリエットとアステスが出迎えたことを認めると手をあげて合図した。整然たる進軍をつづけていた軍がその手振りひとつでピタリと静止した。その合図は陣の一番、後ろまでしっかりと伝わっており、前がとまったことに気付かず進軍して衝突する……などと言うことはひとつもなかった。それこそ、一〇万を超える軍がまるでひとつの生き物であるかのように一瞬で静止したのだ。
ジェイが馬をおりた。総将に倣い、馬に乗っていた全員が下馬した。それもまた、一糸乱れぬ見事なもので、この軍の指揮力と練度の高さを物語る光景だった。
ジェイは主君ハリエットに向かい、騎士の礼を取った。声を限りに叫んだ。
「諸国連合総将ジェイ! 羅刹隊を率いていま、帰還いたしました!」
「……本当によく戻ってきてくれました」
ハリエットの執務室。
そこに、ハリエット、ジェイ、アステスの三人が集まり、挨拶と報告とが行われていた。
ジェイを迎えたハリエットの表情は喜びと安堵に満ちていた。まるで、愛しい恋人との再会を果たしたかのように。それ以上に喜びに目を輝かせていたのがアステス。頬を上気させ、一心にジェイを見つめるその姿はまさに乙女。そう呼ばれそうなものだった。
ジェイはハリエットをまっすぐに見据えた。
「おまたせいたしました、陛下。長らく陛下のもとをはなれておりましたことお詫び申しあげます。ですが、その分の成果はあがったことを保証いたします。これより、このジェイ、陛下の御為にすべてを懸けて戦います」
「……はい」
うっとりと――。
ジェイの言葉にうなずくハリエットだった。
ふたりは見つめ合った。無言のまま。ふたりの視線が絡み合い、言葉のいらない空間ができあがる。まるで、いまこのとき、ふたりにとって世界には自分たち以外いないかのように……。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
その雰囲気をぶち壊すべく、アステスがわざとらしく咳払いした。愛らしくも美しいその顔にはっきりと不満の色が浮いている。
ハリエットとジェイはそろってハッとなった表情になった。お互い、頬をさっと赤く染め、視線をそらす。アステスが露骨に不満げな口調で言った。
「ジェイ総将。まずは陛下に訓練の成果を見ていただくのが先なのでは?」
「あ、ああ、そうだな。で、では、陛下、よろしければ……」
「は、はい……。見せていただきます」
そう語り合うふたりは共に頬を紅く染め――。
やはり、ふたりの世界に入っているのだった。
「これは……」
訓練場に集まったら羅刹隊の戦士たちを見て、ハリエットは戸惑いの声をあげた。
鬼を食う鬼、羅刹。
遙か東方の国に伝わるその伝説の悪鬼の名をつけられた軍団の戦士たちは、ハリエットの知る騎士や兵士とはまるでちがう格好をしていた。
まず、剣も槍ももっていない。鎧すら身につけていない。武器となるのは湾曲したかぎ爪のついた手甲。鎧ではなくごく普通の厚手の服を着込み、膝部分にスパイクの着いたロングブーツ、それに、頭から胸、そして、指先までをすっぽりと覆う上衣を身につけている。
「ジェイ総将、これは……」
アステスがジェイを見た。その表情が驚きに満ちている。
ジェイは重々しくうなずいた。
「ハリエット陛下。これが、我が羅刹隊の主力となる格闘歩兵です」
「格闘歩兵……。でも、これは……」
「陛下。我々は新たな中核軍を編成するにあたり、いままでの戦いを徹底的に見直すことからはじめました」
「えっ?」
「我々は開戦以来、鬼部との戦いにおいて常に押されてきました。鬼部の、人間をはるかに上回る身体能力。それに苦しめられてきたことはまちがいありません。しかし、それだけではない、むしろ、鬼部相手に人間相手の戦い方をそのまま適用してきたのがまちがいだったのです」
「どういうことです?」
「鬼部は剣も槍も使いません。武器の類は一切、使うことなく、相手に密着しての取っ組み合いを挑んできます。密着されてしまえば最後、剣や槍と言った間合いを必要とする武器は使い物にならなくなります。むしろ、武器をもつことで手がふさがれてしまっている分、不利となります。
と言って、間合いを開けて戦おうにも、人間よりもはるかに俊敏な鬼部相手に間合いを保てるものではない。重い鎧を身につけていればなおさらです。結局は懐に飛び込まれ、組みつかれ、剣も槍も使えない状態にされてしまい、そのまま食われていくのです。
つまり、鬼部相手には従来の騎士の戦い方はまったくの不向きなのです。そこで、発想をかえ、こちらも格闘戦によって戦うこととしたのです。
間合いの必要な長柄の武器は廃止し、狭い間合いでも使え、さらに手を自由に使えるかぎ爪のついた手甲を武器としました。また、膝にスパイクを取り付けることで相手の接近を阻み、密着状態での膝蹴りから打撃を与えられるようにしました」
「な、なるほど……」
戸惑ったままとにかくうなずくハリエットの前で、羅刹隊の戦士同士の模擬戦が行われている。
それは、騎士同士の模擬戦とはまったくちがった。殴りあい、取っ組みあい、投げあう。剣と剣を打ちあう騎士たちの華麗な戦いに比べれば『野蛮』とも言える戦い。より原始的で、野性的な戦いだった。
ジェイが説明した。
「対鬼部用の戦いとして格闘戦を主体とすることを決めたとき、草原の国ポリエバトルに伝わる『相撲』と呼ばれる格闘技を導入しました」
「相撲?」
「はい。この相撲という格闘技は殴り、つかみ、投げる、を主体とした格闘技。人類の知る戦いのなかで、もっとも鬼部の戦いに近い格闘技と言えます。この相撲の技術を身につけることこそ、対鬼部用の戦いとしてもっとも効果的と判断しました」
「……なるほど。ですが、あまりにも軽装に過ぎませんか? 胸から上しか守っていないように思えますが」
「鬼部との戦いを分析した結果ですが、鬼部は下半身への攻撃はまず行わないことが判明しました。もともと、人型同士が立って戦う場合、腰から下への攻撃はほとんどありません。とくに鬼部の場合、その攻撃のほとんどが首から上、低くても胸までに集中しています。鬼部との戦いで下半身を負傷した例というものは倒れたときに踏みつけられるなど、直接の戦い以外の場合であることが判明しました。
つまり、鬼部相手に下半身の守りはほぼ不要。むしろ、足元を重くし、動きを鈍くすることで鬼部に有利な状況を作ってしまう。そこで、守りは胸から上のみに限定し、動きやすさを優先したのです」
鬼部の俊敏さに対抗するために。
ジェイはそう付け加えた。
「実のところ、これらのことはエンカウン防衛線を行っていた時点で、すでにアステスが分析していたものです」
「アステス団長が……?」
ハリエットはアステスを見た。驚きで目が丸くなっている。
アステスはスッと頬を朱に染め、視線をそらした。
「当時から戦いと装備の変更は考えていたのですが、兵士たちに新しい戦い方を仕込む時間もなく、それに……」
「それに?」
「……装備を新調するための資金もありませんでした。王都に対して何度も申請はしたのですが、一度も返答が返ってくることはなく、黙殺されるばかりでした」
「……武器開発の予算の大半は、勇者一行のための装備品を開発するために使われていましたからね。実のところ、その多くが開発班の博士たちの遊興費に使われていたと言うのに」
ハリエットはギュッと拳を握りしめると、悔しさを滲ませながら言った。
『最強の戦士が最強の武器を使い、最強の敵を倒す』
その掛け声のもと、勇者一行ばかりが優遇され、一般兵がないがしろにされてきたレオンハルト王国。しかも、その掛け声すらも表向きに過ぎず、実際には開発班の博士たちが予算の多くを着服し、贅沢三昧の暮らしを営み、我が世の春を謳歌していたという現実。その現実をとめられなかったという自責の念がある。
開発班の博士たちはとうの昔に残った予算を抱えて行方をくらましている。
その報はハリエットも知っていた。きっと、今頃はどこか遠くはなれた土地で自分たちだけの安全地域に籠もり、嵐が過ぎるのをまっているのだろう。
――鬼部と言えど、全人類を殺し尽くせるわけがない。いずれは満足するだろう。そのときまで隠れ潜んでいれば、自分たちだけは生き残れる。
そう思って。
ジェイはつづけた。
「しかし、諸国連合が結成されたことで新しい戦い方を身につけるための時間と、新しい装備品を開発・量産するための予算とが捻出できました。鬼部の戦い方を分析し、対鬼部用に特化した格闘集団。それが鬼を食らう鬼、羅刹の軍団なのです」
「なるほど。それは頼もしい話です。ですが、あの上衣は単なる厚手の服でしょう? さすがに鎧抜きは守りに不安があると思うのですが……」
「それも、鬼部の戦い方を研究した結果です。鬼部は兵士に取りつくと鎧の継ぎ目に指をかけ、その握力にものを言わせて引きちぎり、無防備にさらけ出された肉体に牙を突き立てます。それを防ぐためには継ぎ目のない衣服こそが有効と判断しました」
「ですが、単なる布の服ではあまりにも……」
「もちろん、単なる布の服なら通常の鎧の方がずっとマシです。ですが、かの人たちの上衣は単なる服ではありません」
「単なる服ではない? どういう意味です?」
「魔力を封じ込めた糸で織りあげられた魔防衣なのです」
「魔防衣……」
「はい。魔力を封じ込められた糸は、なまじな金属よりもよほど強靱な素材となります。。その糸で織りあげられた衣服は重鎧以上の防御力を発揮します」
「魔力を込められた糸……。確かに、そんな手法があるとは聞いています。ですが、あれは確か、糸の一本いっぽんに魔力を込めなければならず、とても時間がかかる、大量生産などとても無理だと聞いていましたが……」
「その通りです。従来の方法では。ですが、不可能とされてきた大量生産を可能とする画期的な方法を編み出した人物がいたのです」
「人物?」
「はい」
ジェイはハリエットに向かってうなずくと合図を送った。ほどなくしてふたりの人物が現れた。
ふたりともにまだ一〇代の少女だった。
ひとりはいかにも快活そうな一六、七の美少女で、もうひとりはまだ一二、三歳と思える町娘だった。
ジェイはふたりを紹介した。
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このふたりこそ――。
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