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第二話 いま、逆襲の刻
一〇章 その名は『災厄の脳筋格闘王女』
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諸国連合の盟主と東方の国シルクスの王女。
これが初顔合わせとなる白金の肩書きをもつふたりの会合は、宮殿内にあるハリエットの私室で非公式に行われた。
『私室』と言っても執務室同様、至って手狭で飾り気のない殺風景な部屋だ。若い女性らしさを感じさせる要素と言えば、窓辺に飾られている花瓶ぐらい。ハリエット自らが気晴らしと健康管理を兼ねた散歩の途中、摘んできた数輪の花を生けてある。
部屋はベッドとテーブルを置けばそれでもういっぱいになってしまうほどに狭く、とてもではないが『王』と呼ばれる人物の部屋とは思えない。設計段階ではもっと広く、装飾も施される予定だったのだが『どうせ、寝起き以外には使わないから』というハリエット自身の意見でこうもこぢんまりとした部屋になった。そのベッドもテーブルも安さと頑丈さだけが取り柄という、修行中の職人が作った二流の品だ。
その手狭な部屋のなかにいま、ハリエット、ジェイ、アステス、サアヤ、カナエと五人の人間がいる。さすがに狭い。幸い、ジェイをのぞく四人がいずれも小柄な体格なのでまだ余裕があるが、もし、ジェイほどの体格ばかりだったら大変なことになっていた。距離が近すぎて圧迫感を感じて雰囲気が悪くなるし、互いの体温で室温がどんどんあがって、さぞかし暑苦しいことになっていただろう。そうはならず、むしろ、様々な花を寄せ植えした小さな花壇のような趣があるのは可憐な乙女たちが集まっていることの功徳である。
『熟練の仕上げ』と言うにはまだまだ遠い荒削りなテーブルの上には、簡単な食事が並べられていた。
リンゴとチーズのスライス。
干しリンゴとナッツ類のグラノーラ。
リンゴのスープ。
アップルサイダー。
盟友であり、かつては共にレオンハルト王国に仕える身であったアーデルハイドによってもたらされたリンゴの矮性化栽培技術。その技術によって植えられたリンゴの木が豊富な実をつけはじめている。
なにはなくともリンゴだけはたらふく食べられるようになった。いまや、この大陸の主食は小麦ではなくリンゴだった。
「申し訳ありません、サアヤ殿下」
ハリエットが軽く頭をさげた。
「一国の王女殿下をお迎えするというのに、このようなものしかなくて……」
「ああ、いいの、いいの」
そう詫びるハリエットに向かい、サアヤはパタパタと片手を振って見せた。快活そうな見た目にふさわしく、まるで下町育ちの少年のような気さくな態度と口調だった。
シュッと引き締まった小さな顔に大きな目。ふっくらした薔薇色の唇。その造詣は繊細で文句なしに愛らしいのだが、その瞳に宿る快活と言うには賑やかすぎる光が、年頃の少女と言うよりもまるで幼い男の子のように見せている。
長い黒髪と漆黒の瞳。いかにも俊敏そうな、しなやかで細身の肢体。日に焼けた肌。胸元だけを覆う短い上衣と、適当に布を巻きつけただけとしか思えない短いスカート。頭には水色の布を巻いている。
見れば見るほど、一国の王女と言うよりは下町のお転婆娘。そう思える外見だった。
「ボクは国でも『出来損ない』って有名なおてんば姫だからね。上品ぶった宮廷料理なんかよりこういう料理の方が好きなんだ」
サバサバとそう語る口調も少年っぽければ、リンゴとチーズを一緒につまんで『あ~ん』と、大きく口を開けてそのなかに放り込む仕種も幼い男の子そのもの。これで、一六、七の年頃の娘だというのだから、親が見れば頭を抱えそうではある。しかも、一国の王女ともなれば……。
そのサアヤの横では魔法服飾師のカナエがいかにも緊張した様子でチョコンと椅子に座っている。身はすっかり縮こまり、緊張のあまりアップルサイダーすら喉を通らないと言ったありさまだ。
ニコリ、と、ハリエットはカナエに微笑みかけた。
「緊張しておいてですか、カナエさま?」
「あ、あたしは『さま』なんて呼ばれる身分じゃ……」
「いいじゃん、いいじゃん。せっかくそう呼んでくれてるんだからさ。呼ばれておきなよ」と、サアヤ。
「で、でも、諸国連合の盟主たるお方の前にいると言うだけでも大それたことなのに、まして、その方から『さま』付けで呼ばれるなんて……」
「サアヤ殿下の仰るとおりです、カナエさま。諸国連合の盟主などと言ってもわたしは、まわりから支えられてその地位にいるだけ。やっていることは事務仕事だけ。本当に世の中の役に立ち、人々の暮らしを支えているのはあなたのような現場の人間なのですから」
「は、はあ……」
そう言われて、カナエはますます縮こまる。
コホン、と、場の雰囲気をかえようとアステスが小さく咳払いした。
「そろそろ肝心の話に入るとしませんか、ジェイ総将。カナエどのがこれまで不可能とされてきた魔力入りの糸の大量生産を可能にしたとはどういうことなのです?」
「それについては、ボクから説明するよ」
と、サアヤ。アップルサイダーの入ったコップを片手で掲げ、片目をつぶってそう言ってみせる仕種がとにかく可愛らしい。
「なにしろ、カナエはボクの可愛いかわいい彼女だからね」
「サ、サアヤさま……! 人前でそんな『彼女』だなんて……」
「いいじゃん、事実なんだから」
と、サアヤはカナエを抱きしめ、スリスリする。たちまち辺り一面ハートマークが飛び交った。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
その空気を追い払うために、アステスは幾度となく咳払いしなければならなかった。
「そうそう、カナエのことだったね」
サアヤはようやくカナエをはなすと本題に入った。
そのカナエはと言うと頬を真っ赤に染めて縮こまっている。
サアヤが話しはじめた。
「実はね。一年ほど前から城に納品される魔法の布の品質がメチャクチャ良くなったんだ。それこそ、従来品の何十倍って言う魔力が込められていたんだよ」
「何十倍⁉ そんなこと、あり得るものなのですか?」
「そう思うよね。城でもみんな、大騒ぎだったよ。調べてみると、ある特定の工房の、ある特定の縫い子が織りあげた布だけが、そんなとんでもない質になっていたんだ」
「その特定の縫い子というのがカナエさま?」と、ハリエット。
「そういうこと」
サアヤが自慢げにうなずいた。さすがに、堂々と『彼女』と宣言する相手のことを語っているだけのことはある。
その場にいる全員の視線がカナエに集中する。その視線にいたたまれなくなったのだろう。カナエはより一層、身を小さくした。
そんなカナエを勇気づけるようにサアヤが優しく微笑みかける。その微笑みに促されるようにカナエはポツポツと話しはじめた。
「わ、わたしは……母が魔法服飾師だったんです。と言っても、どこかの工房に勤めているとかではなくて、自分の家でお店を開いていて、依頼があったときに布を織るって言う暮らしだったんですけど。わたしは物心付いたときから母が布を織る姿を見てきました。母はいつも歌を唄いながら糸に魔力を込め、布を織っていました。わたしはいつの頃からか見よう見まねで布を織るようになっていました。
母が亡くなったあと、わたしはある工房に住み込みで働くことになりました。わたしにできることは機織りしかありませんでしたから。でも……」
ギュッ、と、カナエは唇を噛みしめた。
なにか思い出したくもないことを思いだしてしまった。でも、語らないと……そう思い詰めている表情。カナエが語りたくなくても語らなければならないことを、サアヤがかわりに言った。
「その工房はひどいところでね。何人もの子供を奴隷同然に扱って魔力に糸を込めさせていたんだ」
そう語るサアヤの顔にはっきりと怒りの色が浮かんでいる。
「……まあ」
と、ハリエットが眉をひそめた。
アステスも騎士らしく憤然とした様子になっている。目の前にその工房の主がいればこの手でたたっ切ってやる。そう言いたげな表情だ。
ジェイだけはなにもかわらない様子だったがそれは、すでにカナエの境遇を知っているからである。それを知ったときのジェイの態度ときたら……知らない方が幸せ、と言うものだった。
サアヤはつづけた。
「その工房はそうやって多くの糸に魔力を込めていたから大儲けしていたんだけどね。そこに、カナエが加わった。そうしたらたちまちとんでもないことが判明するわけ」
「とんでもないこと?」
「わたしにとっては当たり前のことだったんです。むしろ。どうして他の人たちは糸の一本いっぽんに魔力を込めていくのか、どうしてそんな手間暇のかかることをするのかわかりませんでした。わたしはその頃すでに歌によって何百本という糸にまとめて魔力を込める方法を身につけていましたから」
「歌で魔力を込める? そのようなことが出来るのですか?」
「はい。あとで知ったことですが、それはいままで誰も試したことのない画期的な方法だったそうです」
「君は母上から機織りを学んだ。そう言っていたね?」と、アステス。
「と言うことは、君の母上がその画期的な方法を発明したということか?」
「いえ、母は多分、単なるクセで唄っていたんだと思います。ただ、魔力を込める作業をするたびに歌を唄う。そのために、そのことを覚えた周囲の精霊たちがやってくるようになっていたらしいんです。母が歌を唄うたびに精霊たちがまわりを飛び交い、そのために糸に魔力が込められる。
わたしは幼い頃から母の真似をしていましたから、当たり前に歌で糸に魔力を込めていたんです。ですから、工房で働くようになったときも同じように歌で魔力を込めていました。ところが、工房の人たちは信じてくれなくて……」
「信じてくれない?」
「はい。わたしがいくら魔力を込める作業はすんだと言っても『嘘をつけ、この量の糸に魔力を込める作業がこんなに早く終わるものか。怠けようとしてもそうはいかんぞ』って……」
「工房のやつら、カナエを殴っていたんだよ」
サアヤが怒りを込めて言った。
「ボクがカナエを見つけたときには体中に幾つもの痣があった。他の子供たちと同じにね」
「そんな……」
「なんと言うことだ! そいつらが目の前にいればこの手で罰してくれるのに……!」
ハリエットとアステスがそれぞれに怒りを露わにした。ジェイはじっと黙ったまま腕組みして目をつむっている。ぶり返してきた怒りをじっと抑えているのだ。
「……だから、わたしは何度もなんども同じ作業を繰り返しました。工房の人たちが納得してくれるまで、そのために、わたしも知らないうちに通常の何十倍もの魔力が糸に込められていたようです」
「そして、ボクはなんでそんなことが起きたのかを知るためにその工房に向かった」
サアヤがカナエの話を引き取った。
「そして、カナエを見つけた。驚いたよ! なにしろ、何年も前に『ボクの服を作ってくれる』って約束してくれた女の子だったんだから!」
「おふたりは、お知り合いだったのですか?」と、ハリエット。
「たまたま、偶然、一回だけ会ったことがあるだけだよ。でも、ボクはその女の子を決して忘れなかった。『この子こそボクの運命の人だ!』って直感したからね」
「わたしは……失礼ですけど、サアヤさまが王女さまだなんて存じあげませんでした。本当に失礼なんですけど、てっきりどこかの男の子だとばかり……」
「あはは! 無理ないよ。あの頃はボク自身、男の子のつもりでいたからね。まあ、とにかく、ボクはカナエを見つけてすぐにお城に連れ帰った。工房のやつらは……ねえ?」
と、サアヤは片目をつぶると人差し指を口元に当てて見せた。可愛らしいけれどなかなかに背筋の凍る仕種だった。
「そして、羅刹隊の噂を聞いてやってきたんだ。ボクのかわいいカナエの価値を知ってもらいたくてね」
「驚きました」と、ジェイ。
「いくらサアヤ殿下に熱く説明されても正直、信じられない思いでした。ですが、カナエどのの歌は実際に通常の何百倍、何千倍という効率で魔力に糸を込めることが出来ました。それによって、羅刹隊は魔防衣をそろえることが出来たのです。
ハリエット陛下。この技術は世界中に広める価値のあるものです。大陸中に通達を出し、服飾師を集め、カナエどのに歌を伝授していただきくべきです。そうなればすべての兵士の衣服を魔防衣とすることも可能です。鬼部相手の戦いは、はるかに楽になります」
「確かに、その通りです。すぐに手配しましょう。カナエさま。歌の手ほどき、お願いできますね?」
「が、がんばります……!」
「あはは、それでこそボクのかわいいカナエだよ!」
サアヤはそう言って再びカナエに抱きつく。
カナエは真っ赤になってサアヤをふりほどこうとする。
「サ、サアヤさま! 人前でこんな……」
「いいじゃん、いいじゃん、他人に見せつけてやれるのが恋人同士の特権てものだよ。それに、ボクのことは『サッちゃん』って呼んでって言ってるだろ。恋人なんだからさあ」
サアヤは辺り一面にハートマークを振りまき、すっかりふたりの世界に突入している。その様子に――。
ハリエットは恥ずかしくてたまらない、と言った様子でアステスに言った。
「……アステス団長。なにか、すみません。あなたの気持ちがようやくわかりました」
「……おれもだ」と、ジェイも口をそろえた。
「わかっていただけてなによりです。これからは場をわきまえて……」
アステスがそう答えかけたそのときだ。
部屋の外から急を告げる声がした。
「鬼部の軍勢が迫っています!」
これが初顔合わせとなる白金の肩書きをもつふたりの会合は、宮殿内にあるハリエットの私室で非公式に行われた。
『私室』と言っても執務室同様、至って手狭で飾り気のない殺風景な部屋だ。若い女性らしさを感じさせる要素と言えば、窓辺に飾られている花瓶ぐらい。ハリエット自らが気晴らしと健康管理を兼ねた散歩の途中、摘んできた数輪の花を生けてある。
部屋はベッドとテーブルを置けばそれでもういっぱいになってしまうほどに狭く、とてもではないが『王』と呼ばれる人物の部屋とは思えない。設計段階ではもっと広く、装飾も施される予定だったのだが『どうせ、寝起き以外には使わないから』というハリエット自身の意見でこうもこぢんまりとした部屋になった。そのベッドもテーブルも安さと頑丈さだけが取り柄という、修行中の職人が作った二流の品だ。
その手狭な部屋のなかにいま、ハリエット、ジェイ、アステス、サアヤ、カナエと五人の人間がいる。さすがに狭い。幸い、ジェイをのぞく四人がいずれも小柄な体格なのでまだ余裕があるが、もし、ジェイほどの体格ばかりだったら大変なことになっていた。距離が近すぎて圧迫感を感じて雰囲気が悪くなるし、互いの体温で室温がどんどんあがって、さぞかし暑苦しいことになっていただろう。そうはならず、むしろ、様々な花を寄せ植えした小さな花壇のような趣があるのは可憐な乙女たちが集まっていることの功徳である。
『熟練の仕上げ』と言うにはまだまだ遠い荒削りなテーブルの上には、簡単な食事が並べられていた。
リンゴとチーズのスライス。
干しリンゴとナッツ類のグラノーラ。
リンゴのスープ。
アップルサイダー。
盟友であり、かつては共にレオンハルト王国に仕える身であったアーデルハイドによってもたらされたリンゴの矮性化栽培技術。その技術によって植えられたリンゴの木が豊富な実をつけはじめている。
なにはなくともリンゴだけはたらふく食べられるようになった。いまや、この大陸の主食は小麦ではなくリンゴだった。
「申し訳ありません、サアヤ殿下」
ハリエットが軽く頭をさげた。
「一国の王女殿下をお迎えするというのに、このようなものしかなくて……」
「ああ、いいの、いいの」
そう詫びるハリエットに向かい、サアヤはパタパタと片手を振って見せた。快活そうな見た目にふさわしく、まるで下町育ちの少年のような気さくな態度と口調だった。
シュッと引き締まった小さな顔に大きな目。ふっくらした薔薇色の唇。その造詣は繊細で文句なしに愛らしいのだが、その瞳に宿る快活と言うには賑やかすぎる光が、年頃の少女と言うよりもまるで幼い男の子のように見せている。
長い黒髪と漆黒の瞳。いかにも俊敏そうな、しなやかで細身の肢体。日に焼けた肌。胸元だけを覆う短い上衣と、適当に布を巻きつけただけとしか思えない短いスカート。頭には水色の布を巻いている。
見れば見るほど、一国の王女と言うよりは下町のお転婆娘。そう思える外見だった。
「ボクは国でも『出来損ない』って有名なおてんば姫だからね。上品ぶった宮廷料理なんかよりこういう料理の方が好きなんだ」
サバサバとそう語る口調も少年っぽければ、リンゴとチーズを一緒につまんで『あ~ん』と、大きく口を開けてそのなかに放り込む仕種も幼い男の子そのもの。これで、一六、七の年頃の娘だというのだから、親が見れば頭を抱えそうではある。しかも、一国の王女ともなれば……。
そのサアヤの横では魔法服飾師のカナエがいかにも緊張した様子でチョコンと椅子に座っている。身はすっかり縮こまり、緊張のあまりアップルサイダーすら喉を通らないと言ったありさまだ。
ニコリ、と、ハリエットはカナエに微笑みかけた。
「緊張しておいてですか、カナエさま?」
「あ、あたしは『さま』なんて呼ばれる身分じゃ……」
「いいじゃん、いいじゃん。せっかくそう呼んでくれてるんだからさ。呼ばれておきなよ」と、サアヤ。
「で、でも、諸国連合の盟主たるお方の前にいると言うだけでも大それたことなのに、まして、その方から『さま』付けで呼ばれるなんて……」
「サアヤ殿下の仰るとおりです、カナエさま。諸国連合の盟主などと言ってもわたしは、まわりから支えられてその地位にいるだけ。やっていることは事務仕事だけ。本当に世の中の役に立ち、人々の暮らしを支えているのはあなたのような現場の人間なのですから」
「は、はあ……」
そう言われて、カナエはますます縮こまる。
コホン、と、場の雰囲気をかえようとアステスが小さく咳払いした。
「そろそろ肝心の話に入るとしませんか、ジェイ総将。カナエどのがこれまで不可能とされてきた魔力入りの糸の大量生産を可能にしたとはどういうことなのです?」
「それについては、ボクから説明するよ」
と、サアヤ。アップルサイダーの入ったコップを片手で掲げ、片目をつぶってそう言ってみせる仕種がとにかく可愛らしい。
「なにしろ、カナエはボクの可愛いかわいい彼女だからね」
「サ、サアヤさま……! 人前でそんな『彼女』だなんて……」
「いいじゃん、事実なんだから」
と、サアヤはカナエを抱きしめ、スリスリする。たちまち辺り一面ハートマークが飛び交った。
「ごほん、ごほん、ごほん!」
その空気を追い払うために、アステスは幾度となく咳払いしなければならなかった。
「そうそう、カナエのことだったね」
サアヤはようやくカナエをはなすと本題に入った。
そのカナエはと言うと頬を真っ赤に染めて縮こまっている。
サアヤが話しはじめた。
「実はね。一年ほど前から城に納品される魔法の布の品質がメチャクチャ良くなったんだ。それこそ、従来品の何十倍って言う魔力が込められていたんだよ」
「何十倍⁉ そんなこと、あり得るものなのですか?」
「そう思うよね。城でもみんな、大騒ぎだったよ。調べてみると、ある特定の工房の、ある特定の縫い子が織りあげた布だけが、そんなとんでもない質になっていたんだ」
「その特定の縫い子というのがカナエさま?」と、ハリエット。
「そういうこと」
サアヤが自慢げにうなずいた。さすがに、堂々と『彼女』と宣言する相手のことを語っているだけのことはある。
その場にいる全員の視線がカナエに集中する。その視線にいたたまれなくなったのだろう。カナエはより一層、身を小さくした。
そんなカナエを勇気づけるようにサアヤが優しく微笑みかける。その微笑みに促されるようにカナエはポツポツと話しはじめた。
「わ、わたしは……母が魔法服飾師だったんです。と言っても、どこかの工房に勤めているとかではなくて、自分の家でお店を開いていて、依頼があったときに布を織るって言う暮らしだったんですけど。わたしは物心付いたときから母が布を織る姿を見てきました。母はいつも歌を唄いながら糸に魔力を込め、布を織っていました。わたしはいつの頃からか見よう見まねで布を織るようになっていました。
母が亡くなったあと、わたしはある工房に住み込みで働くことになりました。わたしにできることは機織りしかありませんでしたから。でも……」
ギュッ、と、カナエは唇を噛みしめた。
なにか思い出したくもないことを思いだしてしまった。でも、語らないと……そう思い詰めている表情。カナエが語りたくなくても語らなければならないことを、サアヤがかわりに言った。
「その工房はひどいところでね。何人もの子供を奴隷同然に扱って魔力に糸を込めさせていたんだ」
そう語るサアヤの顔にはっきりと怒りの色が浮かんでいる。
「……まあ」
と、ハリエットが眉をひそめた。
アステスも騎士らしく憤然とした様子になっている。目の前にその工房の主がいればこの手でたたっ切ってやる。そう言いたげな表情だ。
ジェイだけはなにもかわらない様子だったがそれは、すでにカナエの境遇を知っているからである。それを知ったときのジェイの態度ときたら……知らない方が幸せ、と言うものだった。
サアヤはつづけた。
「その工房はそうやって多くの糸に魔力を込めていたから大儲けしていたんだけどね。そこに、カナエが加わった。そうしたらたちまちとんでもないことが判明するわけ」
「とんでもないこと?」
「わたしにとっては当たり前のことだったんです。むしろ。どうして他の人たちは糸の一本いっぽんに魔力を込めていくのか、どうしてそんな手間暇のかかることをするのかわかりませんでした。わたしはその頃すでに歌によって何百本という糸にまとめて魔力を込める方法を身につけていましたから」
「歌で魔力を込める? そのようなことが出来るのですか?」
「はい。あとで知ったことですが、それはいままで誰も試したことのない画期的な方法だったそうです」
「君は母上から機織りを学んだ。そう言っていたね?」と、アステス。
「と言うことは、君の母上がその画期的な方法を発明したということか?」
「いえ、母は多分、単なるクセで唄っていたんだと思います。ただ、魔力を込める作業をするたびに歌を唄う。そのために、そのことを覚えた周囲の精霊たちがやってくるようになっていたらしいんです。母が歌を唄うたびに精霊たちがまわりを飛び交い、そのために糸に魔力が込められる。
わたしは幼い頃から母の真似をしていましたから、当たり前に歌で糸に魔力を込めていたんです。ですから、工房で働くようになったときも同じように歌で魔力を込めていました。ところが、工房の人たちは信じてくれなくて……」
「信じてくれない?」
「はい。わたしがいくら魔力を込める作業はすんだと言っても『嘘をつけ、この量の糸に魔力を込める作業がこんなに早く終わるものか。怠けようとしてもそうはいかんぞ』って……」
「工房のやつら、カナエを殴っていたんだよ」
サアヤが怒りを込めて言った。
「ボクがカナエを見つけたときには体中に幾つもの痣があった。他の子供たちと同じにね」
「そんな……」
「なんと言うことだ! そいつらが目の前にいればこの手で罰してくれるのに……!」
ハリエットとアステスがそれぞれに怒りを露わにした。ジェイはじっと黙ったまま腕組みして目をつむっている。ぶり返してきた怒りをじっと抑えているのだ。
「……だから、わたしは何度もなんども同じ作業を繰り返しました。工房の人たちが納得してくれるまで、そのために、わたしも知らないうちに通常の何十倍もの魔力が糸に込められていたようです」
「そして、ボクはなんでそんなことが起きたのかを知るためにその工房に向かった」
サアヤがカナエの話を引き取った。
「そして、カナエを見つけた。驚いたよ! なにしろ、何年も前に『ボクの服を作ってくれる』って約束してくれた女の子だったんだから!」
「おふたりは、お知り合いだったのですか?」と、ハリエット。
「たまたま、偶然、一回だけ会ったことがあるだけだよ。でも、ボクはその女の子を決して忘れなかった。『この子こそボクの運命の人だ!』って直感したからね」
「わたしは……失礼ですけど、サアヤさまが王女さまだなんて存じあげませんでした。本当に失礼なんですけど、てっきりどこかの男の子だとばかり……」
「あはは! 無理ないよ。あの頃はボク自身、男の子のつもりでいたからね。まあ、とにかく、ボクはカナエを見つけてすぐにお城に連れ帰った。工房のやつらは……ねえ?」
と、サアヤは片目をつぶると人差し指を口元に当てて見せた。可愛らしいけれどなかなかに背筋の凍る仕種だった。
「そして、羅刹隊の噂を聞いてやってきたんだ。ボクのかわいいカナエの価値を知ってもらいたくてね」
「驚きました」と、ジェイ。
「いくらサアヤ殿下に熱く説明されても正直、信じられない思いでした。ですが、カナエどのの歌は実際に通常の何百倍、何千倍という効率で魔力に糸を込めることが出来ました。それによって、羅刹隊は魔防衣をそろえることが出来たのです。
ハリエット陛下。この技術は世界中に広める価値のあるものです。大陸中に通達を出し、服飾師を集め、カナエどのに歌を伝授していただきくべきです。そうなればすべての兵士の衣服を魔防衣とすることも可能です。鬼部相手の戦いは、はるかに楽になります」
「確かに、その通りです。すぐに手配しましょう。カナエさま。歌の手ほどき、お願いできますね?」
「が、がんばります……!」
「あはは、それでこそボクのかわいいカナエだよ!」
サアヤはそう言って再びカナエに抱きつく。
カナエは真っ赤になってサアヤをふりほどこうとする。
「サ、サアヤさま! 人前でこんな……」
「いいじゃん、いいじゃん、他人に見せつけてやれるのが恋人同士の特権てものだよ。それに、ボクのことは『サッちゃん』って呼んでって言ってるだろ。恋人なんだからさあ」
サアヤは辺り一面にハートマークを振りまき、すっかりふたりの世界に突入している。その様子に――。
ハリエットは恥ずかしくてたまらない、と言った様子でアステスに言った。
「……アステス団長。なにか、すみません。あなたの気持ちがようやくわかりました」
「……おれもだ」と、ジェイも口をそろえた。
「わかっていただけてなによりです。これからは場をわきまえて……」
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