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第四話 空の星 海の星(上)
ステージ6 水舞への誘い
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その日、さくらは南沢なつみをクリエイターズカフェに連れてきた。
『女子高生をいきなり男の家に呼ぶわけにはいかないだろう』という森也の配慮で店で会うことにしたのである。
カフェの休憩室でふたりは会った。もちろん、さくらも同席している。初対面の男とふたりきりで部屋に籠もるなど不安が大きすぎる。その点を考慮して森也が同席を指示したのだ。
「藍条森也です。はじめまして」
森也はそう挨拶した。
握手を求めなかったのは馴れ馴れしい態度で警戒心を抱かせないためである。
「はじめまして。南沢なつみです」
なつみも挨拶したがこちらは強い視線で森也をにらむような顔付きになっている。
まるで挑むかのような態度と表情。警戒していると言うより『本当にこの人があたしの役に立ってくれるの?』という不審からの表情だろう。
森也はそのあたりの心理を理解しているので別に気にもしなかった。
とりあえず、座るように促す。なつみが席に着いた。それを見てから森也とさくらもなつみの向かい側の椅子に座った。
なつみは医師の診断書を差し出した。事前に森也からもってくるよう言われていたものだ。
森也は診断書を受け取るとさっそく目を通した。もちろん、医者でもない森也に細かいところまでわかるはずもない。それでも、とにかく、一通り目は通した。なつみはそんな森也をじっと見つめている。
真剣な、値踏みするような表情。自分の人生が懸かっているとなれば当然だろう。
診断書に目を通す森也の表情は真摯なもので、その点でなつみに不信感を抱かせるような要素はない。無言のうちに真剣な、緊張感に包まれた時間が流れる。
――かあらがいなくてよかった。
その場の雰囲気に胃が痛むような緊張感を感じながら、さくらそう思った。
あの常識知らずで遠慮知らずの機械フェチがこの場にいたら、
「そうか。膝が悪いのか。それではさっそく義足に付け替えよう。ゆくゆくは立派な巨大ロボットに……」
とか言い出して、なつみを怒らせてしまっていたにちがいない。
もちろん、かあら本人としてはふざけている気などない。解決策を真剣に提案しているだけのことなのだが、一般人の感覚からすれは悪ふざけしているとしか思えないだろう。
やがて、森也は診断書を読み終えた。丁寧になつみに返す。それから言った。
「君の事情に関しては妹から聞いた。まず、言っておくが、おれは医者じゃない。君の膝を治すことは出来ない。そのことは妹から聞いているのだろう?」
「はい」
「だが、おれは発想力と独創性とで勝負している人間だ。問題解決にかけては世界一だとの自負がある。そこで、君の問題に関してだが……」
「あなたは、あたしになにができるんです?」
なつみが森也の言葉を遮った。挑むような口調で言った。
「妹さんから、あなたは問題解決の天才だと聞きました。でも、あたしの膝は治らない。治らない膝を抱えたあたしを、どうやってもう一度ステージに立たせようと言うんです? 本当に、そんなことができるんですか?」
なつみは挑むような表情ときつい口調とでたたみかける。仮にも年長者の言葉を遮った上にこの態度とこの口調。失礼と言えば失礼なのだが、不快感を感じさせないのはなつみがそれだけ真剣に『もう一度、踊りたい』と思っていることが伝わるからだ。
その必死さを前にしては礼儀がどうのと言う気にはとてもなれない。まっとうな人間なら。
森也はその意味ではまっとうな人間だったので不快に思ったりはしない。なつみの気持ちを汲んでうなずいただけだった。
「君が疑うのは当然だ。正直なところ、問題を解決できると約束できるわけではないしな」
「世界一なのに?」
「その理屈で行くと、世界一の医者なら君の膝を治せる、と言うことになるな」
わざわざそんな棘を感じさせる言い方をしてしまうあたり、森也もまだまだ青臭さが残っている。なつみは言われてムッとした表情になったし、さくらはハラハラした表情で見守っている。森也はわざとらしく咳払いした。
「失礼した。どうも、よけいをことを言う癖があるものでな。本題に戻そう。君の膝は治らない。それを大前提として、では、どうするか、と言うことになるわけだが……まずは確認しておきたい」
「確認?」
森也はじっとなつみの顔を見た。その真剣さになつみも思わず表情を改める。
「まず……君はバレエがしたいのか? それとも、踊ることさえ出来ればバレエ以外でもかまわないのか?」
「どういうことです?」
「言ったとおりの意味だ。君は何がなんでもバレエがしたいのか、バレエでなければ駄目なのか、それとも、他のダンスでも、とにかく、踊ることさえ出来ればいのか。それを確認したい」
「あたしは……」
ギュッ、と、なつみは膝の上で拳を握りしめた。一言ひとこと押し出すように言う。
「……踊りたい。舞台の上に立って踊りたい。もちろん、三つの頃からずっとやってきたバレエには愛着がある。いまだってバレエの世界で一番になりたい、エトワールになりたいって、そう思っている。でも……! そんなことは二の次! 踊りたい! 舞台の上に立って踊りたい! それさえできればなんだっていい!」
決死の表情でなつみは叫ぶ。それはまさに『血を吐く』という表現そのままの告白だった。そのあまりの必死さにさくらは思わず息を呑んだ。
――人間って……ここまでなにかをしたがるものなんだ。
そう思った。
なにかに真剣に打ち込んだことのないさくらには、想像することすら出来ない次元だった。
――やっぱり、まちがってる。
改めてそう思った。
――ここまで真剣になにかをしたがっている人が怪我で出来なくなるなんて、そんなのまちがってる。
さくらは森也を見た。
兄さんなら、『地球進化史上最強の知性』藍条森也ならきっとなんとかしてくれる。
そう信じて。
森也は決死の表情のまま自分を見つめるなつみに向かい、静かに言った。
「それなら……水舞をやってみないか?」
「水舞?」
聞き慣れない言葉になつみはキョトンとした表情を浮かべた。
さくらも目を丸くした。『水舞』なんていままで聞いたこともない。
「自分には関係ないことだ。そう思うだろうが、まずは聞いてくれ。順を追って説明する。
第一に、君はなぜ、世界を狙えるバレエダンサーになれた? 君自身にそれだけの素質と才能があり、その素質を開花させるために努力した。それは確かだ。しかし、そもそも努力出来たのはなぜだ?
それだけの環境があったからだ。君の住んでいるまさにその場所にバレエを習える場所があり、そこへ通わせるだけの経済力が親にあり、しかも、その環境が一〇年以上にわたってつづいたからだ。
日本の都会育ちの人間にとってはそんなことは当たり前のことだろう。しかし、それはとても幸運なことだ。この日本に限っても田舎の農村地帯にはバレエを習える場所などない。もし、そんな場所に君と同じだけの熱意と素質の持ち主がいたとしても、その素質を開花させることは出来ない。習う場所がないから。教えてくれるコーチもいないから。そして、習い事をさせるような系座的な余裕もない家も多い。
生まれる場所は選べない。
それなのに、生まれた場所によって未来が規定されてしまうなんて理不尽な話だ。だから、その状況をかえる。熱意と素質をもつ人間がその能力を存分に開花させられる、それだけの環境を整える。それこそ、世界中の隅々に至るまで。
そして、日本の農村には豊穣を祈る儀式としての田歌や田楽祭りと言った伝統芸能が存在している。それらの伝統芸能に現代的な要素を加え、新しい伝統芸能として作りあげる。それが水舞。
普通にバレエ教室を作ればいいのになぜ、水舞?
そう尋ねるなら個別化のためだと答えよう。都会にあるものと同じものをそろえたところで都会の劣化パージョンにしかならない。農村には農村の魅力、その場所でしか体験できない要素が必要だ。そのために、伝統を蘇らせる。この赤葉の地で水舞を生み出し、それを各地に広める。そうすることで、農村に生まれた子供でも世界を舞台に飛躍する夢を見ることが出来る。そんな世界を作りあげる。
そのために、水舞の踊り手となるダンサーが必要だ。君にその最初のひとりになってもらいたい」
森也は一言ひとことゆっくりと語りかけた。なつみは言われたとおり辛抱強く聞き入っている。森也はいったん、言葉を切ってからさらにつづけた。
「長々と言ったが、ここまでがこちらの都合。次に君についてだ。水舞の踊り手になることが君にとってどんな利益があるか。
まず第一に水舞は水田世界における五穀豊穣を願う儀式の発展形だ。必然的に舞台は水田となる。つまり、水のなかでの踊りだ。水のなかと言っても水泳のような完全に水のなかに入るわけではなく、下半身を水に入れながらの踊り、と言うことだがな。
それでも、水の浮力が作用するから膝の負担はそれだけ軽くなる。水のなかで踊るのだから、バレエのように早く、激しい動きは出来ない。水の抵抗があるからな。必然的に、もっと緩やかな動きとなる。その意味でも膝の負担は少なくてすむ。つまり、膝が治らなくても踊れる、と言うことだ。
そして、君が水舞の踊り手となるなら我々は富士幕府として全力でサポートする。おれはマンガ家だ。仕事柄、かわった知り合いもいる。なかには腕のいい医者もいる。その医者を中心に君の膝のサポートケア体制を完備する。
水舞は世界ではじめての試みだ。いま、参加すれば君はこの世界の先駆者となる。文字通り、一番星として活動できる。
それがおれたちが君に与えることの出来るメリットだ。もちろん、君に望みがあれば聞く。どうする?」
「……ひとつ、聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「水舞って、どんな踊り?」
「それは君の決めること、いや、君の作り出すことだ」
「あたしの?」
そう言われてさすがに驚いたのだろう。なつみは目を丸くした。
森也はうなずいた。
「そうだ。踊りの専門家は君であっておれではないからな。水舞という新しい踊りを生み出すのは君だ。つまり、君は君自身の膝の状態に合わせて、決して治ることのないその膝でも大丈夫な踊りを生み出すことが出来ると言うわけだ。
それはつまり、足を故障した人間たちのための踊り。陸上での踊りが出来なくなった人間のための水のなかでの踊り。バレエに限らずダンスの世界には足の故障によってつづけられなくなった君のような人間は大勢いるはずだ。そうだろう? そんな人間たちのために新しい踊りを作り出せるということだ。世界中の多くの人間に新しい希望を与えることでができると言うことだ。
どうする? やってみるか?」
じっと、森也はなつみの目を見た。
なつみはうなずいた。小さく答えた。
「……やる。もう一度、ううん、これから先ずっと舞台に立って踊ることが出来るなら……あたしはなんだってやる」
第四話(上)完
第四話(中)につづく
『女子高生をいきなり男の家に呼ぶわけにはいかないだろう』という森也の配慮で店で会うことにしたのである。
カフェの休憩室でふたりは会った。もちろん、さくらも同席している。初対面の男とふたりきりで部屋に籠もるなど不安が大きすぎる。その点を考慮して森也が同席を指示したのだ。
「藍条森也です。はじめまして」
森也はそう挨拶した。
握手を求めなかったのは馴れ馴れしい態度で警戒心を抱かせないためである。
「はじめまして。南沢なつみです」
なつみも挨拶したがこちらは強い視線で森也をにらむような顔付きになっている。
まるで挑むかのような態度と表情。警戒していると言うより『本当にこの人があたしの役に立ってくれるの?』という不審からの表情だろう。
森也はそのあたりの心理を理解しているので別に気にもしなかった。
とりあえず、座るように促す。なつみが席に着いた。それを見てから森也とさくらもなつみの向かい側の椅子に座った。
なつみは医師の診断書を差し出した。事前に森也からもってくるよう言われていたものだ。
森也は診断書を受け取るとさっそく目を通した。もちろん、医者でもない森也に細かいところまでわかるはずもない。それでも、とにかく、一通り目は通した。なつみはそんな森也をじっと見つめている。
真剣な、値踏みするような表情。自分の人生が懸かっているとなれば当然だろう。
診断書に目を通す森也の表情は真摯なもので、その点でなつみに不信感を抱かせるような要素はない。無言のうちに真剣な、緊張感に包まれた時間が流れる。
――かあらがいなくてよかった。
その場の雰囲気に胃が痛むような緊張感を感じながら、さくらそう思った。
あの常識知らずで遠慮知らずの機械フェチがこの場にいたら、
「そうか。膝が悪いのか。それではさっそく義足に付け替えよう。ゆくゆくは立派な巨大ロボットに……」
とか言い出して、なつみを怒らせてしまっていたにちがいない。
もちろん、かあら本人としてはふざけている気などない。解決策を真剣に提案しているだけのことなのだが、一般人の感覚からすれは悪ふざけしているとしか思えないだろう。
やがて、森也は診断書を読み終えた。丁寧になつみに返す。それから言った。
「君の事情に関しては妹から聞いた。まず、言っておくが、おれは医者じゃない。君の膝を治すことは出来ない。そのことは妹から聞いているのだろう?」
「はい」
「だが、おれは発想力と独創性とで勝負している人間だ。問題解決にかけては世界一だとの自負がある。そこで、君の問題に関してだが……」
「あなたは、あたしになにができるんです?」
なつみが森也の言葉を遮った。挑むような口調で言った。
「妹さんから、あなたは問題解決の天才だと聞きました。でも、あたしの膝は治らない。治らない膝を抱えたあたしを、どうやってもう一度ステージに立たせようと言うんです? 本当に、そんなことができるんですか?」
なつみは挑むような表情ときつい口調とでたたみかける。仮にも年長者の言葉を遮った上にこの態度とこの口調。失礼と言えば失礼なのだが、不快感を感じさせないのはなつみがそれだけ真剣に『もう一度、踊りたい』と思っていることが伝わるからだ。
その必死さを前にしては礼儀がどうのと言う気にはとてもなれない。まっとうな人間なら。
森也はその意味ではまっとうな人間だったので不快に思ったりはしない。なつみの気持ちを汲んでうなずいただけだった。
「君が疑うのは当然だ。正直なところ、問題を解決できると約束できるわけではないしな」
「世界一なのに?」
「その理屈で行くと、世界一の医者なら君の膝を治せる、と言うことになるな」
わざわざそんな棘を感じさせる言い方をしてしまうあたり、森也もまだまだ青臭さが残っている。なつみは言われてムッとした表情になったし、さくらはハラハラした表情で見守っている。森也はわざとらしく咳払いした。
「失礼した。どうも、よけいをことを言う癖があるものでな。本題に戻そう。君の膝は治らない。それを大前提として、では、どうするか、と言うことになるわけだが……まずは確認しておきたい」
「確認?」
森也はじっとなつみの顔を見た。その真剣さになつみも思わず表情を改める。
「まず……君はバレエがしたいのか? それとも、踊ることさえ出来ればバレエ以外でもかまわないのか?」
「どういうことです?」
「言ったとおりの意味だ。君は何がなんでもバレエがしたいのか、バレエでなければ駄目なのか、それとも、他のダンスでも、とにかく、踊ることさえ出来ればいのか。それを確認したい」
「あたしは……」
ギュッ、と、なつみは膝の上で拳を握りしめた。一言ひとこと押し出すように言う。
「……踊りたい。舞台の上に立って踊りたい。もちろん、三つの頃からずっとやってきたバレエには愛着がある。いまだってバレエの世界で一番になりたい、エトワールになりたいって、そう思っている。でも……! そんなことは二の次! 踊りたい! 舞台の上に立って踊りたい! それさえできればなんだっていい!」
決死の表情でなつみは叫ぶ。それはまさに『血を吐く』という表現そのままの告白だった。そのあまりの必死さにさくらは思わず息を呑んだ。
――人間って……ここまでなにかをしたがるものなんだ。
そう思った。
なにかに真剣に打ち込んだことのないさくらには、想像することすら出来ない次元だった。
――やっぱり、まちがってる。
改めてそう思った。
――ここまで真剣になにかをしたがっている人が怪我で出来なくなるなんて、そんなのまちがってる。
さくらは森也を見た。
兄さんなら、『地球進化史上最強の知性』藍条森也ならきっとなんとかしてくれる。
そう信じて。
森也は決死の表情のまま自分を見つめるなつみに向かい、静かに言った。
「それなら……水舞をやってみないか?」
「水舞?」
聞き慣れない言葉になつみはキョトンとした表情を浮かべた。
さくらも目を丸くした。『水舞』なんていままで聞いたこともない。
「自分には関係ないことだ。そう思うだろうが、まずは聞いてくれ。順を追って説明する。
第一に、君はなぜ、世界を狙えるバレエダンサーになれた? 君自身にそれだけの素質と才能があり、その素質を開花させるために努力した。それは確かだ。しかし、そもそも努力出来たのはなぜだ?
それだけの環境があったからだ。君の住んでいるまさにその場所にバレエを習える場所があり、そこへ通わせるだけの経済力が親にあり、しかも、その環境が一〇年以上にわたってつづいたからだ。
日本の都会育ちの人間にとってはそんなことは当たり前のことだろう。しかし、それはとても幸運なことだ。この日本に限っても田舎の農村地帯にはバレエを習える場所などない。もし、そんな場所に君と同じだけの熱意と素質の持ち主がいたとしても、その素質を開花させることは出来ない。習う場所がないから。教えてくれるコーチもいないから。そして、習い事をさせるような系座的な余裕もない家も多い。
生まれる場所は選べない。
それなのに、生まれた場所によって未来が規定されてしまうなんて理不尽な話だ。だから、その状況をかえる。熱意と素質をもつ人間がその能力を存分に開花させられる、それだけの環境を整える。それこそ、世界中の隅々に至るまで。
そして、日本の農村には豊穣を祈る儀式としての田歌や田楽祭りと言った伝統芸能が存在している。それらの伝統芸能に現代的な要素を加え、新しい伝統芸能として作りあげる。それが水舞。
普通にバレエ教室を作ればいいのになぜ、水舞?
そう尋ねるなら個別化のためだと答えよう。都会にあるものと同じものをそろえたところで都会の劣化パージョンにしかならない。農村には農村の魅力、その場所でしか体験できない要素が必要だ。そのために、伝統を蘇らせる。この赤葉の地で水舞を生み出し、それを各地に広める。そうすることで、農村に生まれた子供でも世界を舞台に飛躍する夢を見ることが出来る。そんな世界を作りあげる。
そのために、水舞の踊り手となるダンサーが必要だ。君にその最初のひとりになってもらいたい」
森也は一言ひとことゆっくりと語りかけた。なつみは言われたとおり辛抱強く聞き入っている。森也はいったん、言葉を切ってからさらにつづけた。
「長々と言ったが、ここまでがこちらの都合。次に君についてだ。水舞の踊り手になることが君にとってどんな利益があるか。
まず第一に水舞は水田世界における五穀豊穣を願う儀式の発展形だ。必然的に舞台は水田となる。つまり、水のなかでの踊りだ。水のなかと言っても水泳のような完全に水のなかに入るわけではなく、下半身を水に入れながらの踊り、と言うことだがな。
それでも、水の浮力が作用するから膝の負担はそれだけ軽くなる。水のなかで踊るのだから、バレエのように早く、激しい動きは出来ない。水の抵抗があるからな。必然的に、もっと緩やかな動きとなる。その意味でも膝の負担は少なくてすむ。つまり、膝が治らなくても踊れる、と言うことだ。
そして、君が水舞の踊り手となるなら我々は富士幕府として全力でサポートする。おれはマンガ家だ。仕事柄、かわった知り合いもいる。なかには腕のいい医者もいる。その医者を中心に君の膝のサポートケア体制を完備する。
水舞は世界ではじめての試みだ。いま、参加すれば君はこの世界の先駆者となる。文字通り、一番星として活動できる。
それがおれたちが君に与えることの出来るメリットだ。もちろん、君に望みがあれば聞く。どうする?」
「……ひとつ、聞きたいんだけど」
「なんだ?」
「水舞って、どんな踊り?」
「それは君の決めること、いや、君の作り出すことだ」
「あたしの?」
そう言われてさすがに驚いたのだろう。なつみは目を丸くした。
森也はうなずいた。
「そうだ。踊りの専門家は君であっておれではないからな。水舞という新しい踊りを生み出すのは君だ。つまり、君は君自身の膝の状態に合わせて、決して治ることのないその膝でも大丈夫な踊りを生み出すことが出来ると言うわけだ。
それはつまり、足を故障した人間たちのための踊り。陸上での踊りが出来なくなった人間のための水のなかでの踊り。バレエに限らずダンスの世界には足の故障によってつづけられなくなった君のような人間は大勢いるはずだ。そうだろう? そんな人間たちのために新しい踊りを作り出せるということだ。世界中の多くの人間に新しい希望を与えることでができると言うことだ。
どうする? やってみるか?」
じっと、森也はなつみの目を見た。
なつみはうなずいた。小さく答えた。
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