転生先が婚約破棄された伯爵令嬢でしたが、私の自走式ゴミ箱が最強すぎて負ける気がしません

松本雀

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別れの言葉と救いの手

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ミレイアの黒い顔が、ぼんやりとした光の中で微かに揺れる。掴んでいるのに、抱きしめているのに、その感触がひどく頼りなくて、まるで霧か影のように指の間から零れ落ちていく錯覚すら覚えた。

「今まで……ありがとう…ございました……」

掠れた声が耳を打つ。静かに、淡々と、まるで最後の手紙を読むかのように――諦めと、慈しみの入り混じった声で。

ありがとう?何を言っているの?

「両親の遺した家を、屋敷のみんなを……エリオットを頼みます……」

――だから!

指先が、私の背中から離れようとしている。その動きが何を意味しているのか、考えるよりも早く、私の体は本能的に反応した。

「駄目!!!!!!!!!!」

喉が裂けるほどの絶叫が、赤黒い虚空に響く。

手を離そうとしないで!頼むから、やめて!!

ロープの支えがあるとはいえ、空間は不安定で、私自身の体重とミレイアの重さがじわじわと腕にのしかかっている。
支えきれるかどうかなんて、今の私には関係ない。彼女を抱きしめたまま、絶対に手を離さない。それ以外の選択肢なんて、私の中には存在しない。

「離さない!!!!」

涙が滲む。こんなこと、許されるわけがない。ようやく見つけたのに、ようやく掴んだのに、こんな終わり方を私は認めない。

「どうして、そんなこと言うの……!」

喉の奥が焼けるように痛む。それでも言葉を止めることなんてできなかった。

「どうして私に頼むの!?それなら……!」

言葉が詰まる。だって、そんなの決まっている。

「……それなら、私も一緒にここに残る!!」

そう言えば、ミレイアはやめるかもしれない。こんな身勝手な言葉でしか引き止められない自分が情けないけれど、それでも何も言わないで手を離されるよりはずっとマシだ。

「一緒に帰るんだよ!!だから、離さないで!!」

ミレイアの指先が震えた。

きっと、ここまでずっと一人だったんだ。誰にも助けを求められず、誰にも気づかれず、ただ黒い闇の中で沈んでいたんだ。彼女の言葉には、そんな静かな絶望が滲んでいる。

でも。

それは違う。私はここにいる。私は彼女を見つけた。だから、手を離させるものか!

「駄目……!駄目だから……っ!!」

私は力いっぱい、ミレイアを抱きしめる。

たとえこの腕がちぎれようと、彼女を絶対に離さない。

けれど、ロープは限界だった。私の手から滑り落ちるように、じわりとほつれ、今にも千切れそうな音を立てている。ミレイアを抱えた腕も、もう動かない。

――だめ。

そう思うのに、力が入らない。
思考が急激に白くなっていく。
視界の端で、奈落の底が蠢いているのが見えた。

終わりだ。
ミレイアを助けるどころか、一緒に赤い空間へ落ちる…!

――その時、風が吹いた。

冷たく、鋭く、それでいて何かを運ぶような、そんな風だった。

落下の覚悟を決めたその瞬間、私は確かに感じた。何かが来る。

「――っ!」

視界の端をかすめるものがあった。

枯葉。

ゴミ箱が異世界で最初に吸い込んだ、あの枯葉が――

私の目の前に、赤黒い空間を裂くように、二枚の枯葉が飛んできた。光を受け、くるくると回転しながら舞い上がる。その動きには確かな意志があった。

――そして、それは人間の手に変わる。

ひとつは、細く優雅な指先を持つ女性の手。
もうひとつは、しっかりとした骨ばった男性の手。

「え……?」

思考が追いつかない。

どちらもまるで私たちを探していたかのように、迷いなく伸びてくる。

白く細い指の手は、まるで大切な宝物を包み込むように、ミレイアの体をしっかりと抱く。

大きな男性の手は力強く、迷いなく、まるで決して離すものかと言わんばかりに千切れかけたロープを固く握り締めた。

「――っ!!」

ロープがぎり、と軋む音がする。
でも落下の衝撃はない。

「これ……」

記憶の奥底に確かにある――この手を私は知っている。

そう、これは――
覚えているはずの誰かの手。

ただ、それが誰なのか今は思い出せなかった。

けれど確かなことがひとつある――この手は、私たちを守ろうとしている。

ロープを掴む手の力強さ。
ミレイアを支える手の温かさ。

これはただの偶然なんかじゃない。

「……助けようとしてる?」

私の問いに答えるように風が吹いた。
その手は、迷いなく私たちを支えていた。

思い出せそうで、思い出せない。
でも確かに知っている。

この手がミレイアを掴んだのなら。
この手がロープを握ったのなら。

――もう、離さない!

「っ……」

息が詰まるほどの安堵に、私は強くロープを握った。

「……大丈夫。絶対、大丈夫……!」

そう呟くと、風がふわりと私の頬を撫でた。

その優しさは、まるで――誰かの願いが、ここに残っているようだった。
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