転生先が婚約破棄された伯爵令嬢でしたが、私の自走式ゴミ箱が最強すぎて負ける気がしません

松本雀

文字の大きさ
69 / 79

悪女の、取り返しのつかない逃走劇

しおりを挟む
朝食を終えた私は、紅茶の余韻を楽しみながら席を立った。ブランフォード家の料理は最高だったし、エリオットとミレイアの新婚オーラも微笑ましかったけれど、もうそろそろ私は帰らなければならない。

「申し訳ないけど、私とゴミ箱を迷いの森まで送ってもらえないかな?」

思い立ったが吉日。私がそう切り出すと、アルフレッドは勿論ですと頷いた。馬車の準備が整えば、すぐに出発できるだろう。

そんな折、屋敷の扉が慌ただしく開かれる音が響いた。

「緊急の護衛という方々が到着しました!」

駆け込んできたメイドの声に、私は思わず首を傾げた。

護衛? 何かあったのだろうか。

やがて、グリフィーネ家やアッシュフォード家の騎士たちが、朝の静けさを打ち破るように玄関ホールへと足を踏み入れる。総勢十数名。彼らは甲冑の隙間から汗をにじませ、どこか慌ただしい気配を纏っていた。

「どうしましたか?」

アルフレッドが問いかけると、一人の騎士が息を整えながら答えた。

「ジュリアが……逃げました……!」

「……え?」

その言葉に、場が凍りつく。

静かな怒りを孕んだ声。騎士の一人が唇を引き結び、報告を続けた。

「馬車での移送中、ジュリア・ロスナーは仮病を装ったのです。体調不良を訴え、苦しみ悶えて喉を掻きむしった為、毒でも飲んだのかと御者が対応しようとしたところ――」

騎士が一度、言葉を切る。
喉を鳴らし息を整える。

「……隠し持っていたナイフで、彼の腹を刺しました。」

「っ……!」

息を呑む音が、玄関ホールの至るところから聞こえた。

「ジュリアは御者を刺した後、馬を奪い逃走しました。現場にいた衛兵が止めようとしましたが……逃亡を阻止するには至りませんでした。」

言い終えた騎士の声には、わずかな悔しさが滲んでいた。
心配そうにエリオットは尋ねた。

「役人の方の安否は?」

「……先程、死亡が確認されました。」

静寂。

今度こそ、本当の静寂だった。
誰もが言葉を失っていた。

ミレイアは小さく息を呑み、エリオットは拳を強く握りしめる。アルフレッドの眉間には深い皺が刻まれ、屋敷の使用人たちも動揺を隠せない。

「……そうでしたか。」

それだけを絞り出すように呟いたエリオットの声は、低く、重く響いた。

「――だから、両家は護衛を派遣してくれたのですね。」

騎士が言葉を続ける。

「ジュリアの狙いは定かではありませんが、移送中に顛末を盗み聞きし、自分を追い詰めた異世界の方を逆恨みしている可能性が高いです。ブランフォード家の皆様も、危険に巻き込まれる事態を考慮して我々は馳せ参じました。」

私は自分の指先にぎゅっと力を込めた。

ジュリア。

彼女はまだ、何かを企んでいるのか。それとも、ただ生き延びるために逃げたのか。

どちらにせよ――

「……やっぱり、あの時見た光景は、そうだったのか……」

私の小さな呟きだけが、静まり返ったホールに淡く落ちた。騎士たちの視線が一斉にこちらに集まる。

「安全が確保されるまで、しばらく屋敷に逗留されては?」

そう提案されたのは、至極当然のことだった。何せ、ジュリアは今もどこかを逃走している。まだ捕まっていない以上、どこかで出くわす可能性は十分にあるのだ。

けれど、私は小さく息をついて首を振った。

「いや、馬車の準備ができたらすぐに出発するよ。」

「ですが――」

「駄目です!」

真っ先に声を上げたのはミレイアだった。
彼女にしては驚くほど強い口調だった。

「そんな危険な状態で外を出歩くなんて……あまりにも無謀です!」

エリオットも真剣な表情で頷く。

「ジュリアの所在が不明なままでは、貴女を外へ出すことなどできません。せめて、もう少し安全が確認されるまで……」

騎士たちも口々に同意する。

私は彼らの心配がありがたくて、けれど、少しだけ申し訳なく思いながら、ゆっくりと視線を上げた。

「……大丈夫だよ。ジュリアは、もうどこにも行けない。」

そう告げると、場が静まり返る。
私の言葉の意味を測りかねているのだろう。

沈黙の中、私は小さく息を吸った。

「――私は、見たんだ。」

ゴミ箱の中で。
あの、赤い恐ろしい空間で。

「ジュリアはあそこにいた。」

不気味な赤い空に、逆さ吊りにされていた人形のような幽鬼たち。巨大な目玉がこちらを睨む、あの異形の場所に。

「あそこがどこなのかは分からない。でも、確信があるんだ。……ジュリアはもう、地獄に堕ちたんだって。」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との
恋愛
2月のコンテストで沢山の応援をいただき、感謝です。 「王家の念願は今度こそ叶うのか!?」とまで言われるビルワーツ侯爵家令嬢との婚約ですが、毎回婚約破棄してきたのは王家から。  政より自分達の欲を優先して国を傾けて、その度に王命で『婚約』を申しつけてくる。その挙句、大勢の前で『婚約破棄だ!』と叫ぶ愚か者達にはもううんざり。  ビルワーツ侯爵家の資産を手に入れたい者達に翻弄されるのは、もうおしまいにいたしましょう。  地獄のような人生から巻き戻ったと気付き、新たなスタートを切ったエレーナは⋯⋯幸せを掴むために全ての力を振り絞ります。  全てを捨てるのか、それとも叩き壊すのか⋯⋯。  祖父、母、エレーナ⋯⋯三世代続いた王家とビルワーツ侯爵家の争いは、今回で終止符を打ってみせます。 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済。 R15は念の為・・

処理中です...