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祝福
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回復を祝福する声に、私は微笑むことすらしなかった。
煌びやかなシャンデリアが輝く大広間に響く音楽。その調べは、美しく整えられた空間にふさわしい華やかさを帯びている。
だが、それはどこか遠くで鳴っているように感じた。私はこの場にいるのに、どこにもいないような気分だった。
「アリシア様、久しぶりにお元気そうなお姿を拝見できて嬉しく思いますわ」
上品な声が耳に届く。ふと顔を向けると、侯爵夫人が柔らかな笑みを浮かべていた。
その笑顔には、純粋な喜びというよりも、社交辞令の色が強く滲んでいる。だが、それに対して私は何も感じない。ただ、返事をする必要性だけを理解していた。
「ご丁寧にありがとうございます」
それだけを言うと、夫人は一瞬困惑した顔を見せた。会話を続けるべきか迷っているのだろう。けれど私はその場を離れた。立ち止まって言葉を交わす理由がなかったからだ。
周囲からは多くの視線が向けられていた。
私が病気から回復し、こうして舞踏会の場に姿を現したことへの関心なのだろう。だが、それもどこか上っ面だけに感じる。
人々が私に注ぐ視線には、心配や安堵ではなく、単なる好奇心が混ざっていた。私はただ、彼らの「話題」でしかない。
そのとき、視線の端で彼が近づいてくるのを感じた。
アルノー様――私の婚約者。かつてその存在に胸を焦がした人。その人がこちらに歩み寄ってくるのを見て、私の中に何の感情も湧き上がらない自分に気づいた。かつてなら、喜びと緊張で胸がいっぱいになっただろうに。
彼の表情はいつもの冷静さを装っていたが、その奥にはどこか焦りが見えた。それが私を見つけたからなのか、私が彼を見ないからなのかはわからない。
「アリシア、君がここに来られるほど元気になったこと、本当に喜ばしいよ」
声が耳に届く。それは、他人行儀なほどに形式的で、どこか義務感がにじむ言葉だった。
彼の口調から、私への関心がどれほど薄いかが伝わる。いや、違う。関心の薄さではなく、興味の欠如だ。
私は彼に顔を向けなかった。ただ、前を向き、足を進める。
「アリシア?」
彼が再び呼びかける声が背後から届いたが、私は振り返らない。その声には、わずかな苛立ちが混じっていた。きっと私が反応しないことに腹を立てているのだろう。
だが、それがどうしたというのだろうか。彼の感情がどう動こうと、私には何の関係もない。
そのとき、ふと視界の端に明るい色が映った。振り返ることなく、それが誰であるかを知る。
エリザベート。
彼女は、いつものように輝くような笑顔を浮かべ、まるで舞台の主役のように場を彩っている。その存在は眩しく、彼女が人々に愛される理由が一目でわかる。彼女は美しい――それは認めざるを得ない事実だ。だが、私は彼女に嫉妬しない。いや、嫉妬するほどの情熱を、私はとうの昔に失ってしまった。
「エリザベート、今夜も美しいね。君がこの場にいるだけで、舞踏会が華やかになるよ」
アルノー様の声が聞こえた。それは、私に向けたものとは明らかに違う。彼の声に混じる軽やかさと熱意が、私の胸を少しだけ締め付けた。だが、その感覚もすぐに消え去る。
「まぁ、アルノー様ったら、お上手なんですから」
エリザベートの笑い声が響く。その音は大広間に溶け込み、他の人々からも微笑みを引き出している。アルノー様が彼女の肩にそっと触れるのが視界の隅に映った。彼は、私の無視に対する怒りを、その親密な仕草で表現しているのだろう。
だが、私にとってそれはただの光景に過ぎない。
周囲の人々がざわめく中、私は一人、静かに立っていた。
彼が誰と親しくしようが、誰に熱意を注ごうが、私には何の関係もない。私はもう、彼に何も期待していないのだから。
ただ、彼らがどれだけ輝いて見えようとも、その光が私に届くことはない。ただ遠く、冷たい風景の中に立つ私は、彼らの声も笑顔も、すべて通り過ぎる音として流れていくだけだった。
煌びやかなシャンデリアが輝く大広間に響く音楽。その調べは、美しく整えられた空間にふさわしい華やかさを帯びている。
だが、それはどこか遠くで鳴っているように感じた。私はこの場にいるのに、どこにもいないような気分だった。
「アリシア様、久しぶりにお元気そうなお姿を拝見できて嬉しく思いますわ」
上品な声が耳に届く。ふと顔を向けると、侯爵夫人が柔らかな笑みを浮かべていた。
その笑顔には、純粋な喜びというよりも、社交辞令の色が強く滲んでいる。だが、それに対して私は何も感じない。ただ、返事をする必要性だけを理解していた。
「ご丁寧にありがとうございます」
それだけを言うと、夫人は一瞬困惑した顔を見せた。会話を続けるべきか迷っているのだろう。けれど私はその場を離れた。立ち止まって言葉を交わす理由がなかったからだ。
周囲からは多くの視線が向けられていた。
私が病気から回復し、こうして舞踏会の場に姿を現したことへの関心なのだろう。だが、それもどこか上っ面だけに感じる。
人々が私に注ぐ視線には、心配や安堵ではなく、単なる好奇心が混ざっていた。私はただ、彼らの「話題」でしかない。
そのとき、視線の端で彼が近づいてくるのを感じた。
アルノー様――私の婚約者。かつてその存在に胸を焦がした人。その人がこちらに歩み寄ってくるのを見て、私の中に何の感情も湧き上がらない自分に気づいた。かつてなら、喜びと緊張で胸がいっぱいになっただろうに。
彼の表情はいつもの冷静さを装っていたが、その奥にはどこか焦りが見えた。それが私を見つけたからなのか、私が彼を見ないからなのかはわからない。
「アリシア、君がここに来られるほど元気になったこと、本当に喜ばしいよ」
声が耳に届く。それは、他人行儀なほどに形式的で、どこか義務感がにじむ言葉だった。
彼の口調から、私への関心がどれほど薄いかが伝わる。いや、違う。関心の薄さではなく、興味の欠如だ。
私は彼に顔を向けなかった。ただ、前を向き、足を進める。
「アリシア?」
彼が再び呼びかける声が背後から届いたが、私は振り返らない。その声には、わずかな苛立ちが混じっていた。きっと私が反応しないことに腹を立てているのだろう。
だが、それがどうしたというのだろうか。彼の感情がどう動こうと、私には何の関係もない。
そのとき、ふと視界の端に明るい色が映った。振り返ることなく、それが誰であるかを知る。
エリザベート。
彼女は、いつものように輝くような笑顔を浮かべ、まるで舞台の主役のように場を彩っている。その存在は眩しく、彼女が人々に愛される理由が一目でわかる。彼女は美しい――それは認めざるを得ない事実だ。だが、私は彼女に嫉妬しない。いや、嫉妬するほどの情熱を、私はとうの昔に失ってしまった。
「エリザベート、今夜も美しいね。君がこの場にいるだけで、舞踏会が華やかになるよ」
アルノー様の声が聞こえた。それは、私に向けたものとは明らかに違う。彼の声に混じる軽やかさと熱意が、私の胸を少しだけ締め付けた。だが、その感覚もすぐに消え去る。
「まぁ、アルノー様ったら、お上手なんですから」
エリザベートの笑い声が響く。その音は大広間に溶け込み、他の人々からも微笑みを引き出している。アルノー様が彼女の肩にそっと触れるのが視界の隅に映った。彼は、私の無視に対する怒りを、その親密な仕草で表現しているのだろう。
だが、私にとってそれはただの光景に過ぎない。
周囲の人々がざわめく中、私は一人、静かに立っていた。
彼が誰と親しくしようが、誰に熱意を注ごうが、私には何の関係もない。私はもう、彼に何も期待していないのだから。
ただ、彼らがどれだけ輝いて見えようとも、その光が私に届くことはない。ただ遠く、冷たい風景の中に立つ私は、彼らの声も笑顔も、すべて通り過ぎる音として流れていくだけだった。
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