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謝罪
「さて、話し合いをしましょう」
父の声が重く響く。部屋の中には、私たち家族とランヴィル侯爵家の人々が向かい合って座っていた。
話し合いという名目で設けられた場だが、私には何の期待もなかった。テーブルの上に置いた自分の手をじっと見つめる。薄い陽光が窓から差し込み、指先に落ちる影だけが動いている。
「我々としては、娘の意思を最優先に考えております。ですから、この場も彼女の意志を損なうような形にはいたしません」
父の言葉は冷静だったが、その裏には怒りが滲んでいた。それに対し、向かいに座るアルノー様の母、ランヴィル侯爵夫人は明らかに苛立ちを隠せない様子だった。
「それは、どういう意味でしょうか?」
侯爵夫人の声は冷たかった。彼女は細い指で扇を軽く動かしながら、こちらを睨むように見ている。
「言葉通りです。娘の心が壊されるような行為は、二度と許さないということです」
父の言葉が部屋の中に鋭く響く。その瞬間、母も静かに口を開いた。
「私たちの娘は、病に伏せていた間、どれだけ苦しい思いをしたことか……それを全く顧みることなく、他の女性と親しげに振る舞っていたのがアルノー様です」
侯爵夫人の顔がこわばる。眉がピクリと動き、その視線が一瞬アルノー様に向けられた。
「まさか……それは何かの誤解ではありませんか?」
「いいえ、事実です」
母の声は毅然としていた。それを聞いても、私は何も感じない。ただ、目の前に座るアルノー様の存在がどこか遠いものに思えた。
「では、お聞きしますが……ランヴィル侯爵子息、あなたは娘が病に倒れていた間、どのくらい見舞いに訪れたのですか?」
父の問いに、アルノー様が一瞬怯むのが分かった。彼の視線が宙をさまよう。
「その……忙しくて、なかなか……」
「忙しくて?」
その言葉に、ランヴィル侯爵が鋭く問い返す。部屋の空気がさらに重くなり、アルノー様の答えは次第に小さくなる。
「そう……何度か顔を出そうと思ったのですが……」
「顔を出そうと思っただけで、実際には何もしなかった、ということか」
ランヴィル侯爵の言葉が鋭く突き刺さるようだった。アルノー様はそれ以上何も言えなかった。彼の沈黙が、すべてを物語っている。
侯爵夫人が困惑した表情で息子を見つめる。その顔には、初めて何かを理解したような影が差していた。
「……申し訳ありません」
アルノー様とランヴィル侯爵が深く頭を下げた。その姿を見て、母が小さく息をつくのが聞こえる。だが、彼の謝罪を聞いても、私は何も感じなかった。
「このような結果を招いたのは、私たちの息子の未熟さ、そして私たち両親の責任です。本当に、申し訳ありませんでした」
侯爵夫人もまた、震える声で言葉を紡ぎながら頭を下げる。その姿が目に入っても、私はただ静かに座っているだけだった。
「謝罪は受け入れます。ただ……」
口を開いたのは父だった。その声には冷たい決意が込められている。
「謝罪をする相手は、私たちではありません。娘本人です。ですが、彼女がそれを受け入れるかどうかは、私たちにはどうすることもできません」
その言葉を受けて、ランヴィル侯爵夫妻はさらに深く頭を下げた。アルノー様は、相変わらず俯いたままだった。
私はそのすべてを眺めていた。謝罪の言葉も、頭を下げる動作も、私に向けられる視線も、何もかもがどこか遠いものだった。
ただ、それらを静かに受け流しながら、私はこの場が終わるのを待っていた。
父の声が重く響く。部屋の中には、私たち家族とランヴィル侯爵家の人々が向かい合って座っていた。
話し合いという名目で設けられた場だが、私には何の期待もなかった。テーブルの上に置いた自分の手をじっと見つめる。薄い陽光が窓から差し込み、指先に落ちる影だけが動いている。
「我々としては、娘の意思を最優先に考えております。ですから、この場も彼女の意志を損なうような形にはいたしません」
父の言葉は冷静だったが、その裏には怒りが滲んでいた。それに対し、向かいに座るアルノー様の母、ランヴィル侯爵夫人は明らかに苛立ちを隠せない様子だった。
「それは、どういう意味でしょうか?」
侯爵夫人の声は冷たかった。彼女は細い指で扇を軽く動かしながら、こちらを睨むように見ている。
「言葉通りです。娘の心が壊されるような行為は、二度と許さないということです」
父の言葉が部屋の中に鋭く響く。その瞬間、母も静かに口を開いた。
「私たちの娘は、病に伏せていた間、どれだけ苦しい思いをしたことか……それを全く顧みることなく、他の女性と親しげに振る舞っていたのがアルノー様です」
侯爵夫人の顔がこわばる。眉がピクリと動き、その視線が一瞬アルノー様に向けられた。
「まさか……それは何かの誤解ではありませんか?」
「いいえ、事実です」
母の声は毅然としていた。それを聞いても、私は何も感じない。ただ、目の前に座るアルノー様の存在がどこか遠いものに思えた。
「では、お聞きしますが……ランヴィル侯爵子息、あなたは娘が病に倒れていた間、どのくらい見舞いに訪れたのですか?」
父の問いに、アルノー様が一瞬怯むのが分かった。彼の視線が宙をさまよう。
「その……忙しくて、なかなか……」
「忙しくて?」
その言葉に、ランヴィル侯爵が鋭く問い返す。部屋の空気がさらに重くなり、アルノー様の答えは次第に小さくなる。
「そう……何度か顔を出そうと思ったのですが……」
「顔を出そうと思っただけで、実際には何もしなかった、ということか」
ランヴィル侯爵の言葉が鋭く突き刺さるようだった。アルノー様はそれ以上何も言えなかった。彼の沈黙が、すべてを物語っている。
侯爵夫人が困惑した表情で息子を見つめる。その顔には、初めて何かを理解したような影が差していた。
「……申し訳ありません」
アルノー様とランヴィル侯爵が深く頭を下げた。その姿を見て、母が小さく息をつくのが聞こえる。だが、彼の謝罪を聞いても、私は何も感じなかった。
「このような結果を招いたのは、私たちの息子の未熟さ、そして私たち両親の責任です。本当に、申し訳ありませんでした」
侯爵夫人もまた、震える声で言葉を紡ぎながら頭を下げる。その姿が目に入っても、私はただ静かに座っているだけだった。
「謝罪は受け入れます。ただ……」
口を開いたのは父だった。その声には冷たい決意が込められている。
「謝罪をする相手は、私たちではありません。娘本人です。ですが、彼女がそれを受け入れるかどうかは、私たちにはどうすることもできません」
その言葉を受けて、ランヴィル侯爵夫妻はさらに深く頭を下げた。アルノー様は、相変わらず俯いたままだった。
私はそのすべてを眺めていた。謝罪の言葉も、頭を下げる動作も、私に向けられる視線も、何もかもがどこか遠いものだった。
ただ、それらを静かに受け流しながら、私はこの場が終わるのを待っていた。
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