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【男爵視点】勝ち負けでは測れぬもの──『執事勝負の裏側で』
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──誰かの「幸せ」が、誰かの「不幸せ」を加速させる。
そんな理不尽を、私は今日思い知った。
項垂れるアルフォンスを前に、私は胸の中に渦巻いていた疑問を、ようやく言葉にしてみた。
「……そういえば、ティタ嬢が言っていた勝負とか約束とか……あれは一体何の話だったんだ?」
彼は顔を上げなかった。答えを探すように眉間にしわを寄せたまま、低くかすれた声で応える。
「……それについても話そう。……少し前のティタは、荒れていたんだ。屋敷の皆が心配するくらいに」
その言葉には、すでに幾重にも折り重なった後悔の影が差していた。私は黙って続きを促す。
「アトラ……君の娘さんが、結婚したって話をティタが耳にした日からだ。『麗しの男爵令嬢は、夫に愛されて毎日幸せそうだ』って噂話を誰かがしたらしい。……それを聞いて、ティタは壊れたように夜遊びを始めた」
「……なるほどな」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。アトラのことを知る身としては、余計に。
「それまでも自由奔放なところはあったが、あんなふうに手がつけられなくなったのは初めてだった。やがて娘と一緒にたちの悪い男たちの名前が噂に上るようになり……酒場に通って、舞踏会を蹴って、侯爵家の令嬢たちと喧嘩沙汰を起こして……」
アルフォンスは言葉を切り、重いため息を落とした。
「……だから私は、娘を止める理由がほしかった。口先だけでは届かないと分かっていたから、何か確かな約束が欲しかったんだ」
「それで“勝負”か」
彼は頷く。
「ティタに『アトラ嬢の夫は執事だそうだ。もし我が家の執事サンゼールが勝負に勝てば、夜遊びをやめてくれるか?』と持ちかけた。……するとティタは笑いながら、『いいわ。負けたら、ちゃんと身の程をわきまえる』と答えた」
私は思わず眉をひそめた。
「……無茶だろう、それ」
「分かってる。でも、あの子は意地っ張りだからな。自分からは引けないタイプなんだ。ああやって“負け”を与える形じゃないと、自分の感情を納得させられないと思ったんだ」
アルフォンスの口調には、自責と諦念が同居していた。
「だが皮肉なことに──あの子はもう、勝負なんてどうでもよくなっていたのかもしれない……君とクロード君が来たときには、もう、あの子は“憂さ晴らし”じゃなく、“怒り”で動いていた」
その瞬間、ようやく今までの一連の出来事が一本の線になって繋がった気がした。
「……つまり、あの無茶な色仕掛けも、無理矢理なキスも、全部……?」
「そうだ。……八つ当たりだ。『自分の不幸せな過去』に抗って、何かを壊そうとしていた。……愛されて幸せになった君の娘に嫉妬して、自分だけが取り残された気になり、何かを滅茶苦茶にしたくなったのかもしれない。そういう顔だった」
私はふぅと息をついた。なるほど、これがすべての裏側というわけか。
「……ティタ嬢は、結局ずっと『愛されていなかった』って思ってるんだろうな」
アルフォンスは答えなかった。否定できないという無言の答えが、その背中から感じられた。
そして私は、椅子の背にもたれながら、視線を天井へ向けた。
──思っていた以上に、根が深い。
「……いやあ、参ったな。これは」
たかが勝負、されど勝負──だが、これは勝ち負けの話ではなかった。
ティタ嬢の心を溶かせるのは、きっと何でも望みを叶えてくれる魔法使いでも、輝かしい王子様でもなく……それでも誰かが、踏み込まなきゃならないのだろう。
そんな理不尽を、私は今日思い知った。
項垂れるアルフォンスを前に、私は胸の中に渦巻いていた疑問を、ようやく言葉にしてみた。
「……そういえば、ティタ嬢が言っていた勝負とか約束とか……あれは一体何の話だったんだ?」
彼は顔を上げなかった。答えを探すように眉間にしわを寄せたまま、低くかすれた声で応える。
「……それについても話そう。……少し前のティタは、荒れていたんだ。屋敷の皆が心配するくらいに」
その言葉には、すでに幾重にも折り重なった後悔の影が差していた。私は黙って続きを促す。
「アトラ……君の娘さんが、結婚したって話をティタが耳にした日からだ。『麗しの男爵令嬢は、夫に愛されて毎日幸せそうだ』って噂話を誰かがしたらしい。……それを聞いて、ティタは壊れたように夜遊びを始めた」
「……なるほどな」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。アトラのことを知る身としては、余計に。
「それまでも自由奔放なところはあったが、あんなふうに手がつけられなくなったのは初めてだった。やがて娘と一緒にたちの悪い男たちの名前が噂に上るようになり……酒場に通って、舞踏会を蹴って、侯爵家の令嬢たちと喧嘩沙汰を起こして……」
アルフォンスは言葉を切り、重いため息を落とした。
「……だから私は、娘を止める理由がほしかった。口先だけでは届かないと分かっていたから、何か確かな約束が欲しかったんだ」
「それで“勝負”か」
彼は頷く。
「ティタに『アトラ嬢の夫は執事だそうだ。もし我が家の執事サンゼールが勝負に勝てば、夜遊びをやめてくれるか?』と持ちかけた。……するとティタは笑いながら、『いいわ。負けたら、ちゃんと身の程をわきまえる』と答えた」
私は思わず眉をひそめた。
「……無茶だろう、それ」
「分かってる。でも、あの子は意地っ張りだからな。自分からは引けないタイプなんだ。ああやって“負け”を与える形じゃないと、自分の感情を納得させられないと思ったんだ」
アルフォンスの口調には、自責と諦念が同居していた。
「だが皮肉なことに──あの子はもう、勝負なんてどうでもよくなっていたのかもしれない……君とクロード君が来たときには、もう、あの子は“憂さ晴らし”じゃなく、“怒り”で動いていた」
その瞬間、ようやく今までの一連の出来事が一本の線になって繋がった気がした。
「……つまり、あの無茶な色仕掛けも、無理矢理なキスも、全部……?」
「そうだ。……八つ当たりだ。『自分の不幸せな過去』に抗って、何かを壊そうとしていた。……愛されて幸せになった君の娘に嫉妬して、自分だけが取り残された気になり、何かを滅茶苦茶にしたくなったのかもしれない。そういう顔だった」
私はふぅと息をついた。なるほど、これがすべての裏側というわけか。
「……ティタ嬢は、結局ずっと『愛されていなかった』って思ってるんだろうな」
アルフォンスは答えなかった。否定できないという無言の答えが、その背中から感じられた。
そして私は、椅子の背にもたれながら、視線を天井へ向けた。
──思っていた以上に、根が深い。
「……いやあ、参ったな。これは」
たかが勝負、されど勝負──だが、これは勝ち負けの話ではなかった。
ティタ嬢の心を溶かせるのは、きっと何でも望みを叶えてくれる魔法使いでも、輝かしい王子様でもなく……それでも誰かが、踏み込まなきゃならないのだろう。
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