不肖ながら、お嬢様は渡しません

松本雀

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結び目の先──『まだ終わっていない君たちへ』

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── 何かが終わったふりをすることは簡単だ。
問いかけず、踏み込まず、目を逸らすだけでいい。

だが私は、そのまなざしの先に、まだ答えを探していた。

宣言が終わった広間には、重い空気がひっそりと降りていた。

ティタ嬢の視線は床に落ち、淡い影が彼女の頬にかかっている。アトラは何かを言いかけたが、結局ため息のように言葉を飲み込んだ。誰もが言葉を選んでいる。あるいは、あえて沈黙を選んでいるのかもしれない。

だが、私にはわかっていた。このまま流されるには、あまりに重たい意味が含まれていることを。

「サンゼール、ひとつだけお尋ねします」

私の声は静かだったが、広間の静寂の中でよく響いた。彼はわずかに瞳を揺らし、ゆっくりとこちらを見る。

「あの夜、ティタ嬢はあなたを愛していると仰いました。あなたの気持ちは……いかがでしょうか?」

問いかけながらも、私は既に答えを予測していた。彼の表情には、戸惑いとも苦しさとも取れる微妙な感情が浮かんでいた。

「私は……」

その言葉が彼の唇を離れることはなかった。ただ目を伏せ、沈黙だけが答えの代わりとなった。

やはり、か。私は静かに心の中で呟いた。

「……見込み違いでしたね」

ため息とともに小さく吐き出したその言葉は、私の内側にも静かに落ちてゆく。悲しいわけでも、怒りを感じているわけでもない。

これが、彼の限界か。忠実で誠実な執事であることと、ひとりの男として何かを選ぶことは、まったく別の資質を必要とするのだろう。

「おいおい、クロード。人の縁談をぶっ壊す気か、お前さんは」

空気を和らげるかのように、あるいは焚きつけるように、アポロが口を開いた。ソファに浅く腰かけ、足を組み、手にしていたグラスをくるくると指先で回す。

「……壊すつもりなどありません。ただ真実を確認しただけです」

私は穏やかに応え、アポロの表情を見据えた。

「まぁ、気持ちはわかるけどよ。だけど今さら俺以外と結婚しますってのも、なかなか無理な話だぜ」

「……どういうことです?」

私が問うと、アポロは口の端を持ち上げて、まるで舞台の種明かしでもするかのように語り出した。

「今、王都じゃこう言われてる。伯爵令嬢ティタは、あの夜ゴロツキに乱暴されたってな。もちろん真偽はどうでもいい。噂ってのは事実かどうかより面白いかどうかで広まるもんだ」

私は知らず、唇を強く噛んでいた。横目で見ると、伯爵は黙って俯いている。ティタ嬢もまた、わずかに肩を震わせながら、口元を硬く閉ざしていた。

「今までの夜遊びや派手な格好の蓄積ってやつがあるからな、自業自得なんて言葉で片づける輩もいるわけよ。で、貴族のお坊ちゃんたちはみんな『まともな縁談じゃねぇ』って逃げてる。……跡目に出来るような貴族との縁談は、もうほとんど消えちまったんだ」

嘲りはなかった。ただ、どこか醒めたような、見透かしたような響きがあった。

「だが、俺なら話は別だ。元平民とはいえ準男爵の爵位があるし、ティタが名門伯爵家の娘っていう価値は、俺にとっちゃ十分すぎるほど魅力的なんでな」

その言葉には、自らの損得勘定を隠そうとする気配もない。私は静かにアポロの瞳を見つめ、淡々と問いかける。

「では、もう一つ確認させてください。あなたはティタ嬢を愛しておいでですか?」

私はあえて問いを重ねた。言葉にトゲを込めるのではなく、ただ静かに。だが、それが返答を避ける隙を与えないのだと、私はわかっていた。

アポロは、ふっと目を細めた。いつものように飄々としていたが、その瞳の奥にわずかな光が宿っている。

「愛してるさ。……サロンで客として優しくした時みたいにな」

その答えはあまりにも彼らしく、そしてあまりにも残酷なものだった。もしかしたら彼なりの誠実なのかもしれない。ただし、誠実の形が誰にとって正しいかはまた別の話だ。

私はそれ以上何も言わず、視線を床に落とした。

ティタ嬢は黙ってそのやりとりを聞いていた。その横顔はひどく寂しげで、同時にどこか覚悟を秘めているようにも見えた。

──ティタ嬢が告げた未来。サンゼールが選んだ沈黙。そしてアポロが提示した現実。いずれも正しいのかもしれない。けれど、そこには“納得”が欠けている。誰一人として、心から頷けてはいない──それが、今この広間に漂う鈍い靄のような空気の正体だ。

「では……これから最後の勝負に入らせていただきます」

誰かが舞台の幕を引き裂かなければ、真実は永遠に照らされない。

執事とは時に、最も冷静に舞台の軸を支える存在であると同時に──必要ならば、場を壊すために立つこともあるのだ。
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