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三章
一
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マテロ家からの使いが来た。ルテナイ家でないのは、両家の婚姻話が整い、あとはダンテオーリオの個人的な要件しか伝えに来ないからだ。
会いたいと言って来れば、以前とは異なり、ラトヤは自由に会いに行けた。
館に部屋を持っただけでなく、ラトヤは実質パンカロッレ家の養子となり、仕える身ではなくなっていたから。
マテロ家の門をくぐれば、ルテナイ家よりは小規模の屋敷の造りに、緊張も解けるよう。迎えに出てきたのは、女主人、ダンテオーリオの戸籍上の母、叔母であった。
小太りした妙齢の彼女は、気さくにラトヤの両手を握り、寡黙のままにこやかにほほ笑んだ。無言が長いと気を揉んだが、ラトヤは察した。彼女は言葉を発せないのだ。
握り返す力に挨拶を込め、一礼をした。彼女がいずれ義母となる人だ。
彼女が先だってラトヤを案内するが、時折、花瓶や花壇を指しては目を綻ばせて視線を促す。彼女の手入れなのだろう。ラトヤも笑みで賞賛を返した。
「来たか」
廊下の向こうから通る声を投げてくるダンテオーリオ。見れば、胸がチクリと渦くし、頬が赤いのも自覚できる。
「義母に会えたみたいだな」
ダンテオーリオが義母の肩を叩いた。義母も負けじとダンテオーリオの背をむせるほど叩き返している。
「アミア・マテロだ。父の妹だが、母以上に世話になっている」
アミアはダンテオーリオの手を手繰り寄せ、なにやらごもごもと手を握り合わせている。
「はいはい、説教はごめんですよ、アミア」
満面の笑顔でいるダンテオーリオはアミアの手を握ったままだ。仲睦まじい様子にこちらの頬も緩みそうだが、アミアの考えをダンテオーリオが読み取っているようで、何とも不思議な光景だ。
と、彼がくしゃっと笑みを崩した。
「いつも帰ってこないから、世話した覚えなどないそうだ。説教だよ。ん? ああ、ラトヤが来たからこれからも世話しなくて済んだ、だそうだ」
ダンテオーリオが握ったままのアミアの手をラトヤの前に差し出した。アミアは彼の手の内を指でくすぐっているようだ。
「指で書いているのだ、言いたいことを」
アミアが嬉しそうに頷いている。ラトヤも肩の力を抜いてほほ笑んだ。ここには家庭がある。家族も。
ラトヤが部屋に通されるまで、ふんだんにちりばめられた花々に気持ちも癒され、アミアの歓迎に胸を温めていた。
が、入れば、彼の面が急に陰った。
「大事ない?」
「家の事?」
「そう、だ」
「ええ。パンカロッレ家の皆さんは良くしてくださっています」
「そうか」と、ラトヤの頬へダンテオーリオが手を伸ばした。「私の事は?」
「パンカロッレ家の皆さまがですか? 特には」
「いや、ラトヤが私をどう思っただろうとね。今更だが」
どうと訊ねられても返答に赤くなるだけだ。考えないようにしてきた。辛くもあり、恋しくもあったから。
「ラトヤ、愛している」
いつもの言葉がひんやりと部屋に流れる。温かみのある小花が散る風景が窓の外にも続いていて、たっぷりの日差しを受け止めては幸せをさざめいているのに。
「はい」
ダンテオーリオのキスを受けてもだ。感じる不穏は、室内に静かに、けれど確かに横たわっていた。
「今日呼んだのは、話があってね。近々乗船する。次の荷のかじ取りをする事に」
「そう、ですか」
泣きたい声を殺してラトヤは頷く。彼の妻になるなら、通る道だ。頬に充てられている彼の手に、自ら唇を運んでみた。ぴくりと反応するダンテオーリオを、慰めてみたいとの衝動が過る。
けれど、漂う空気は淡々として、逢瀬に煌めく雰囲気は訪れない。
「結婚の時期を」
「はい」
その先を察して身を正した。彼は話をしたいのだ。真面目に。いつもの手で来ない彼に、ラトヤも真摯に向き合いたい。決断を伝えられる瞬間に。
「違う。さっきの質問は、違う。体の具合は? と訊きたかった」
「はい」
顔を赤らめんとしたのも束の間、次にはダンテオーリオを突いていた。
「身ごもった節はあるのか?」
冷や汗が鼻の下にも額にも浮き出てくる。ラトヤは拭う事に気取られて口も開けない。
「私は」聴きたくないと耳を塞ぐラトヤの手を剥がして、尚もダンテオーリオが詰め寄る。「手を抜かなかった」
「知りません、そんなの」
「腹を割って話そう。ラトヤの時期は?」
「時期? 何の」
蹲るラトヤに、今回はダンテオーリオも宥めすかす手は寄越さない。無言で返事待つ圧を寄越す。観念して口に漏らした。
「会ったのは、終わってからです」
「終わって、何日後?」
「覚えていません!」
「意地悪をしないで、ね?」
「ですから、多分十日は経っていましたけど、もっとかも、二十日です」
目まぐるしく表情を変えるが、呑みこみたくない事実だと、顎を引くダンテオーリオ。訳が分からない。だが、ラトヤの知らない情報に歯噛みしているらしい。提供した方は、全くの無知振りを披露しているのに。
つけこまれたのは、当人に手持ちの情報を紐解く知識がなかったのだ、と、苦々しくダンテオーリオを眺めた。
「確かなら、残念だ。恐らく育まれてはないと思う」
「分かるの?」
「聞きかじった範囲だが、ラトヤ?」
憤慨して泣きそうだ。ダンテオーリオが過去にそうして来たと采配振りを目の当たりにし、過去はどうあれ育む方へ舵を取らなかっただろうに、自分へは逆に走ったのだと、自身の判断を抜きにして振る舞われたこの身が情けない。
ダンテオーリオを身勝手だと塞いだ涙も流したが、涙を止めたのは、自分へ現れる変化があるのでは、この体が母親に変わっていくのかと、微かな喜びを自分に確認していたからだ。
だが、そこへ至る気持ちも、自分で行きついた道でなく、突き落とされて辿り着いた経緯であるから、悔しさが残る。
「妻となれば、また機会もある。大丈夫。いい子を神も恵んでくださるはずだ」
違う痛みに胸が疼いて、ダントーリオを見上げた。自覚も無く。
そして、彼は、彼だった。察して、くすぐったく微笑んだ。
「そんな顔をして。許すなら」と、囁く間に唇を耳へと沿わす。「結婚まで待たないけど?」
「やめて、お父様も」
失言をごまかそうにも、ダンテオーリオは聞き捨てならぬと、眉を潜めた。
「父に会ったのか?」
「偶然、お会いしました。あなたを船に乗せるかもしれないと」
「それでか!」途端に不機嫌に拗ねた。「船に乗ると言えば、寂しいと抱きつかれると思っていたのに、しらっと受け流すから、冷たい女だと思ったよ。なんだ」
「だから! やめてください」
「大方家訓でも説教を垂れたのだろう? 気にするな」
突如、苦言を思い起こして、ラトヤはまじまじとダンテオーリオを見た。まさか、子どもも充て付けに?
見れば、ダンテオーリオは、ラトヤを揶揄う唇を離し、渋い顔で唇を噛んでいた。
「まあ、確かに稼業そっちのけでラトヤを追いかけていたからな。仕方ない」
「はい」
ラトヤも喉に痛い唾を飲みこんだ。
ダンテオーリオは行くのだ。自戒する気があるのだと思えば、父親への恭順も彼の中に見出せば、胸は安堵に落ち着くはずなのだが、ざわめいて仕方ない。
妻ではない私。家を出て、養子の身分こそ受け、婚約者としてルテナイ家に滞在する許可も貰っている。不自由のない暮らしが背後にあるのに、何をして暮らすのか途方に暮れてしまう。
奥方でもない自分は、奥方の真似事さえできない。尽くす相手もいないし、立場もない。商家の婚約者と振る舞う術さえ、令嬢と立つ姿勢さえ知らずに来たのに。
館を整え、主人の命令下で暮らしていた私。指導を失い、自分で一歩を歩かなければならない。
「ラトヤ。君を守ると誓う約束だけでは不安なのだろうとは思う」
ダンテオーリオが聞きなれぬ震え声を放っている。ラトヤも涙で返答が詰まる。
「君が私に向けて払った犠牲は、生涯の愛で埋め合わせをしていくよ」
「ないわ、そんなもの」
「責めてくれた方がどれだけいいか」
苦しみ紛れの涙を瞳に浮かべるダンテオーリオが、ラトヤの指を掬い、唇を寄せる。
「生涯掛かってでも、ラトヤが私を愛し続けてくれるよう、許しを請うよ。こんな形と急いた事。それなのに、暫し離れてしまう事」
「許すも…。大丈夫。嫁ぐと決めたの。似合う妻となる覚悟をするのは、自分のせいですから。私も努めます。あなたに恥ずかしい思いをさせない妻となるように」
「そんな気持ちを持たせるようでは、私も夫失格だから。無理はしないで。ラトヤの笑顔を奪うのは、不本意なのだ、本当は。すまない。分かっているから。いつか、本来の笑顔を見せてくれないか。許せる時が来たら」
ラトヤは無理な作り笑いを、しかけて止めた。真顔で頷いた。
「私、あなたを愛しているわ」
「それは…嬉しいな」
「無事にお戻りになってください。笑顔が凍っているなら、心配してだからです」
「う、ん。ありがとう、ラトヤ」
心行くまで彼の胸にいた。庭の陽の中でも、彼の胸に頬を押し付けたまま。陽が陰って室内へ引き下がれば、暖を醸す暖炉の前の寝椅子で、寝そべる彼の胸で、毛布と包まる。
何を話すでもなく、キスを交わす。交わしては、胸に蹲る。
夜が訪れる前に、出よう、という彼の口を、一つのキスで封じる。いつまでもこうして居たいと唇は素直だ。ダンテオーリオも深いキスでラトヤを送り出した。名残惜しいと知らせる唇で。
会いたいと言って来れば、以前とは異なり、ラトヤは自由に会いに行けた。
館に部屋を持っただけでなく、ラトヤは実質パンカロッレ家の養子となり、仕える身ではなくなっていたから。
マテロ家の門をくぐれば、ルテナイ家よりは小規模の屋敷の造りに、緊張も解けるよう。迎えに出てきたのは、女主人、ダンテオーリオの戸籍上の母、叔母であった。
小太りした妙齢の彼女は、気さくにラトヤの両手を握り、寡黙のままにこやかにほほ笑んだ。無言が長いと気を揉んだが、ラトヤは察した。彼女は言葉を発せないのだ。
握り返す力に挨拶を込め、一礼をした。彼女がいずれ義母となる人だ。
彼女が先だってラトヤを案内するが、時折、花瓶や花壇を指しては目を綻ばせて視線を促す。彼女の手入れなのだろう。ラトヤも笑みで賞賛を返した。
「来たか」
廊下の向こうから通る声を投げてくるダンテオーリオ。見れば、胸がチクリと渦くし、頬が赤いのも自覚できる。
「義母に会えたみたいだな」
ダンテオーリオが義母の肩を叩いた。義母も負けじとダンテオーリオの背をむせるほど叩き返している。
「アミア・マテロだ。父の妹だが、母以上に世話になっている」
アミアはダンテオーリオの手を手繰り寄せ、なにやらごもごもと手を握り合わせている。
「はいはい、説教はごめんですよ、アミア」
満面の笑顔でいるダンテオーリオはアミアの手を握ったままだ。仲睦まじい様子にこちらの頬も緩みそうだが、アミアの考えをダンテオーリオが読み取っているようで、何とも不思議な光景だ。
と、彼がくしゃっと笑みを崩した。
「いつも帰ってこないから、世話した覚えなどないそうだ。説教だよ。ん? ああ、ラトヤが来たからこれからも世話しなくて済んだ、だそうだ」
ダンテオーリオが握ったままのアミアの手をラトヤの前に差し出した。アミアは彼の手の内を指でくすぐっているようだ。
「指で書いているのだ、言いたいことを」
アミアが嬉しそうに頷いている。ラトヤも肩の力を抜いてほほ笑んだ。ここには家庭がある。家族も。
ラトヤが部屋に通されるまで、ふんだんにちりばめられた花々に気持ちも癒され、アミアの歓迎に胸を温めていた。
が、入れば、彼の面が急に陰った。
「大事ない?」
「家の事?」
「そう、だ」
「ええ。パンカロッレ家の皆さんは良くしてくださっています」
「そうか」と、ラトヤの頬へダンテオーリオが手を伸ばした。「私の事は?」
「パンカロッレ家の皆さまがですか? 特には」
「いや、ラトヤが私をどう思っただろうとね。今更だが」
どうと訊ねられても返答に赤くなるだけだ。考えないようにしてきた。辛くもあり、恋しくもあったから。
「ラトヤ、愛している」
いつもの言葉がひんやりと部屋に流れる。温かみのある小花が散る風景が窓の外にも続いていて、たっぷりの日差しを受け止めては幸せをさざめいているのに。
「はい」
ダンテオーリオのキスを受けてもだ。感じる不穏は、室内に静かに、けれど確かに横たわっていた。
「今日呼んだのは、話があってね。近々乗船する。次の荷のかじ取りをする事に」
「そう、ですか」
泣きたい声を殺してラトヤは頷く。彼の妻になるなら、通る道だ。頬に充てられている彼の手に、自ら唇を運んでみた。ぴくりと反応するダンテオーリオを、慰めてみたいとの衝動が過る。
けれど、漂う空気は淡々として、逢瀬に煌めく雰囲気は訪れない。
「結婚の時期を」
「はい」
その先を察して身を正した。彼は話をしたいのだ。真面目に。いつもの手で来ない彼に、ラトヤも真摯に向き合いたい。決断を伝えられる瞬間に。
「違う。さっきの質問は、違う。体の具合は? と訊きたかった」
「はい」
顔を赤らめんとしたのも束の間、次にはダンテオーリオを突いていた。
「身ごもった節はあるのか?」
冷や汗が鼻の下にも額にも浮き出てくる。ラトヤは拭う事に気取られて口も開けない。
「私は」聴きたくないと耳を塞ぐラトヤの手を剥がして、尚もダンテオーリオが詰め寄る。「手を抜かなかった」
「知りません、そんなの」
「腹を割って話そう。ラトヤの時期は?」
「時期? 何の」
蹲るラトヤに、今回はダンテオーリオも宥めすかす手は寄越さない。無言で返事待つ圧を寄越す。観念して口に漏らした。
「会ったのは、終わってからです」
「終わって、何日後?」
「覚えていません!」
「意地悪をしないで、ね?」
「ですから、多分十日は経っていましたけど、もっとかも、二十日です」
目まぐるしく表情を変えるが、呑みこみたくない事実だと、顎を引くダンテオーリオ。訳が分からない。だが、ラトヤの知らない情報に歯噛みしているらしい。提供した方は、全くの無知振りを披露しているのに。
つけこまれたのは、当人に手持ちの情報を紐解く知識がなかったのだ、と、苦々しくダンテオーリオを眺めた。
「確かなら、残念だ。恐らく育まれてはないと思う」
「分かるの?」
「聞きかじった範囲だが、ラトヤ?」
憤慨して泣きそうだ。ダンテオーリオが過去にそうして来たと采配振りを目の当たりにし、過去はどうあれ育む方へ舵を取らなかっただろうに、自分へは逆に走ったのだと、自身の判断を抜きにして振る舞われたこの身が情けない。
ダンテオーリオを身勝手だと塞いだ涙も流したが、涙を止めたのは、自分へ現れる変化があるのでは、この体が母親に変わっていくのかと、微かな喜びを自分に確認していたからだ。
だが、そこへ至る気持ちも、自分で行きついた道でなく、突き落とされて辿り着いた経緯であるから、悔しさが残る。
「妻となれば、また機会もある。大丈夫。いい子を神も恵んでくださるはずだ」
違う痛みに胸が疼いて、ダントーリオを見上げた。自覚も無く。
そして、彼は、彼だった。察して、くすぐったく微笑んだ。
「そんな顔をして。許すなら」と、囁く間に唇を耳へと沿わす。「結婚まで待たないけど?」
「やめて、お父様も」
失言をごまかそうにも、ダンテオーリオは聞き捨てならぬと、眉を潜めた。
「父に会ったのか?」
「偶然、お会いしました。あなたを船に乗せるかもしれないと」
「それでか!」途端に不機嫌に拗ねた。「船に乗ると言えば、寂しいと抱きつかれると思っていたのに、しらっと受け流すから、冷たい女だと思ったよ。なんだ」
「だから! やめてください」
「大方家訓でも説教を垂れたのだろう? 気にするな」
突如、苦言を思い起こして、ラトヤはまじまじとダンテオーリオを見た。まさか、子どもも充て付けに?
見れば、ダンテオーリオは、ラトヤを揶揄う唇を離し、渋い顔で唇を噛んでいた。
「まあ、確かに稼業そっちのけでラトヤを追いかけていたからな。仕方ない」
「はい」
ラトヤも喉に痛い唾を飲みこんだ。
ダンテオーリオは行くのだ。自戒する気があるのだと思えば、父親への恭順も彼の中に見出せば、胸は安堵に落ち着くはずなのだが、ざわめいて仕方ない。
妻ではない私。家を出て、養子の身分こそ受け、婚約者としてルテナイ家に滞在する許可も貰っている。不自由のない暮らしが背後にあるのに、何をして暮らすのか途方に暮れてしまう。
奥方でもない自分は、奥方の真似事さえできない。尽くす相手もいないし、立場もない。商家の婚約者と振る舞う術さえ、令嬢と立つ姿勢さえ知らずに来たのに。
館を整え、主人の命令下で暮らしていた私。指導を失い、自分で一歩を歩かなければならない。
「ラトヤ。君を守ると誓う約束だけでは不安なのだろうとは思う」
ダンテオーリオが聞きなれぬ震え声を放っている。ラトヤも涙で返答が詰まる。
「君が私に向けて払った犠牲は、生涯の愛で埋め合わせをしていくよ」
「ないわ、そんなもの」
「責めてくれた方がどれだけいいか」
苦しみ紛れの涙を瞳に浮かべるダンテオーリオが、ラトヤの指を掬い、唇を寄せる。
「生涯掛かってでも、ラトヤが私を愛し続けてくれるよう、許しを請うよ。こんな形と急いた事。それなのに、暫し離れてしまう事」
「許すも…。大丈夫。嫁ぐと決めたの。似合う妻となる覚悟をするのは、自分のせいですから。私も努めます。あなたに恥ずかしい思いをさせない妻となるように」
「そんな気持ちを持たせるようでは、私も夫失格だから。無理はしないで。ラトヤの笑顔を奪うのは、不本意なのだ、本当は。すまない。分かっているから。いつか、本来の笑顔を見せてくれないか。許せる時が来たら」
ラトヤは無理な作り笑いを、しかけて止めた。真顔で頷いた。
「私、あなたを愛しているわ」
「それは…嬉しいな」
「無事にお戻りになってください。笑顔が凍っているなら、心配してだからです」
「う、ん。ありがとう、ラトヤ」
心行くまで彼の胸にいた。庭の陽の中でも、彼の胸に頬を押し付けたまま。陽が陰って室内へ引き下がれば、暖を醸す暖炉の前の寝椅子で、寝そべる彼の胸で、毛布と包まる。
何を話すでもなく、キスを交わす。交わしては、胸に蹲る。
夜が訪れる前に、出よう、という彼の口を、一つのキスで封じる。いつまでもこうして居たいと唇は素直だ。ダンテオーリオも深いキスでラトヤを送り出した。名残惜しいと知らせる唇で。
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