孤独な請負人は獣人と組むことにした~無口で不器用で、とても強い男と出会って~

福屋 蒼助

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無口な獣人と出会った日

08.村と二人の請負人6

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 鼠の死骸が入った袋を川岸の岩の上にあげて水を切るようにしてから、オレとガルドさんは村に戻った。太陽は真上、昼時で畑に出ていた村人も戻ってきているようだった。

「何だ。うるさい」
「確かに。まさか村の中に出たのか?」

 村人が集まっている場所へ急いで足を向けると、村長代理のホルト爺さんがオレ達を見つけて声を上げた。

「ヤギが! ヤギと、マアサんとこの鶏が死んじまった。このままじゃあ村は終わりじゃあ」

 転びそうになりながらやってきた爺さんがオレの肩に手を置いて、頼む助けてくれと何度も繰り返す。その顔色は昨日会ったときよりも随分悪いように見えた。

「落ち着け、爺さん。まずはヤギ小屋を見せてくれ」

 ガタガタと震えるホルト爺さんに声をかけて、オレはガルドさんへ視線をやった。この先の村人が集まっているのがヤギ小屋だろう。肩から爺さんの手を外すと、オレとガルドさんは二人で小屋に近づいた。
 集まっている女たちは「なんで急に」「もうすぐ市場に出すはずだったのに」といった困惑と疲れが混じった声で話しあっていたが、オレ達に気づいて道を開けてくれた。
 柵で囲われた敷地の中に作られた簡素な小屋は扉が開け放たれ、敷かれた干し草が見える。柵の中には水桶と野菜くずが入った餌箱。畑に近い位置取りのヤギ小屋と村の規模からして、ヤギたちは村の共有財産だろう。乳を出し、草を食い、年老いた雌や雄は肉にもなる。
 敷地の片隅で白と茶の毛に覆われたヤギが一頭、地面に倒れていた。

「まだ子供。小さい」
「そうみたいだ。母ヤギをどうにかしないと近づけないぞ」

 立派な雌ヤギが子供を守るように立ちはだかり、頭を下げて威嚇している。オレ達は避けられるとはいえ、うかつに近寄って母ヤギを興奮させれば村人の心象が良くない。
 板でも転がっていないかと辺りを見回していると、オレの隣から不思議な音が聞こえた。低く唸るような、喉を鳴らしているような、言葉のようだがオレには聞き取れない音は、ガルドさんの口から洩れていた。不思議な声を発しながら、ガルドさんがヤギに近づいていく。
 母ヤギの前に膝をつくと、ガルドさんは大きな手でヤギの胸元から首にそっと触れ、オレにも聞こえるか聞こえないかの小さな声で囁いた。

「仇、取る。必ず。……リオ」
「ああ」

 慌てて近寄ると、子ヤギを守っていた母ヤギはガルドさんの隣に避けて、オレ達に子供を見せてくれた。
 地面に倒れている子ヤギを見分すると、口元には泡がつき、倒れてからもがいたらしく地面には足で削った跡が残っている。

「ガルドさん、これ」
「ああ。毒。魔鼠、噛む」

 右の後ろ脚から出血していて、毛皮を避けて傷口を良く見れば肌が紫色に変色している。泡を吹いたのも毒のせいだろう。子ヤギの身体はまだ温かく、噛まれてからそれほど時間は経っていないようだった。

「太陽、高い。村の中、来た」
「ああ、こんな真昼間から堂々と」
「偵察? 挑発?」
「鶏もって言ってたけど、そっちも襲われたのか」

 いくら魔物化したとは言え、野鼠が襲うにはヤギは大きな獲物に思えた。ただ、オレ達はまだ魔鼠をこの目で見ていないから、何とも言えない。大抵は魔物化すれば身体が一回りか二回り大きくなるし、凶暴になり狡猾になる。

「鶏小屋も見せてもらおう」
「ああ」

 鶏が死んでいたのは、ヤギの飼育小屋の近くの家だった。小屋の中で三羽の雌鶏が床に伸びているが、小屋には魔鼠が入り込んだような形跡はなかった。鶏の身体も見分したが、噛み跡や爪跡は見られず、ただ嘴や鼻から泡を吹いているだけだ。

「この水はどこから?」
「井戸から汲んで、あそこさある桶に溜めておいたのを、朝水桶さやったの」

 家の持ち主だろう中年の女性が、身振りで家の裏に置かれた桶を示す。ガルドさんが桶に歩み寄って腰をかがめ、中を覗き込んで首を横に振った。

「姉さん。あの桶の中の水、飲んじゃいないな? あの水は毒が混じってる。絶対に口に入れるなよ」
「ど、毒? 毒なんて、一体どごから?!」
「それをこれから説明するよ。ホルト爺さん!」

 鶏の死んだ理由が毒の混じった水だとすれば、他の家でも同じことが起こる可能性がある。村人が集まっているヤギ小屋に向かって走り出したオレの隣で、ガルドさんが囁く。

「糞、見えた。水桶。毒、理由」
「全身毒持ちかよ、厄介だな」

「この村はどうなっちまうだ。呪われてるんだが? あのヤギは、もう少ししたら市場で売れるはずだったんだ」
「ホルト爺さん、他のみんなも。良く聞いてくれ。ヤギと鶏が死んだのは毒のせいだ。魔物化して毒を持った鼠が、この村に出入りしてる。家の外にある水桶で、蓋がない物は毒が入ったと考えて口にするな」
「なして、そんな事っ。水飲めねなんて、どうしたら…」

 悲鳴のような声が上がり、村人たちがざわめくのを見て、スッと一歩ガルドさんが前に出た。

「井戸、無事、確認」
「オレなんかよりずっと鼻が良いから、ガルドさんが井戸を確かめる。ホルト爺さんは、ガルドさんを井戸に案内してくれ。オレは林に近い家から、水桶を確認する。ああ、念のため外に出してある桶の水には竈の灰を入れてから捨てよう」

 オレもガルドさんも、落ち着いた態度を崩さずにいれば、村人たちのざわめきが少しずつ収まっていく。オレとガルドさんは二手に分かれて村の中を回り、水桶や人間が口にするものに毒が付いていないか見て回った。幸い井戸は無事で、村人が落ち着いてくれてオレは胸を撫でおろした。
 夜になれば、本格的に敵も動き出すはずだ。今夜で片を付けるために、オレとガルドさんは午後いっぱいかけて準備を整えた。
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