23 / 30
言葉より近く
23.野営
しおりを挟む
カッ、カッ! と乾いた音が森に響く。火打石から出た火花を火口で受け、息を吹きかけて火を育てた所で地面に下ろすと、すかさず隣から大きな手が枯れ葉を乗せ、小枝をくべた。
「手が多いと、こういう時に楽が出来てありがたいな」
「火、食事、大事」
小枝から枝に火がつき火力が安定したところで、オレは火打石をしまい、代わりに銅鍋を取り出した。焚火を石で囲って即席の竈門をつくり、上に乗せた鍋に水を入れる。
鍋から湯気が立ち始めたところで、椀にお湯を注ぎガルドさんに渡す。オレの分も同じように椀に注いで、鍋はもう一度水で満たす。
「ふぅ…温まるな」
「同意」
日が暮れた森は、風の音だけで随分と静かだった。木肌を通して温もりが伝わってくる椀から、少しずつお湯を飲み息をつく。
ガルドさんがいるからなのか、山の上の魔獣の気配を避けているのか、野犬や狼どころか鳥や小動物の気配もない。
「お湯が沸くまで、煎り豆でも食うか?」
「マルバの実」
「ああ、あるよ。そっちの方が良い?」
「甘い、美味」
手分けして持ってきた野営道具の中から、マルバの実の入った袋をガルドさんに向かって差し出した。大きな手で薄切りの干し果実を口に運ぶ様は、どこか嬉しそうだ。オレは塩気が欲しいから豆の袋を取り出し、黄色い煎り豆を奥歯でじっくり噛んで、途中お湯をすする。腹の中からじんわりと温もりが広がって、豆の塩気が頭を冴えさせる。
「山羊探しが、魔獣討伐に変わっちまったな」
「エンベル殿、予想」
「万が一とか言ってたのは、それかも」
魔獣化した獣の仕業は予想しないでもなかったが、まさか大角山羊とはな。
「山の上で魔素が淀むのは考えにくいし、魔素泉が湧いたのか?」
「水の女神の節、嵐、雷」
「オルン達が雷が落ちたとか何とか言ってたっけ」
この世界を満たす魔素は、風に乗り水に溶けて世界の隅々まで巡っているのだという。目には見えないが、身体に魔素が多く溜まれば感覚で分かる。多すぎる魔素は、身を滅ぼす。
「雷が落ちて窪地が出来て、魔素が溜まったか噴き出したか。でも、なんで逃げなかったんだろうな」
「水、塩、子。欲しい物?」
「長い時間かけて魔獣化したのかもしれないな」
少し下れば草を食むことができるが、高い山では水も塩も貴重だ。窪地から動きたくない何かがあったんだろう。そして少しずつ魔素を取り込み、魔獣化できるまで耐えたのが、あのデカブツ。大角山羊の頭数が少なかったのは、魔獣化できずに死んだ個体がある程度いるんだろう。
「ああ、それか。もしかして、あの魔獣は自分の群れを大きくしたいのか。でも、大角山羊は減ってしまったから、近い山羊を呼び寄せた」
「魔獣、雌」
「え? アイツ、雌なのか? てっきり雄かと」
「雌。間違いない」
長い毛とねじくれた角のせいでオレには判別できなかったが、ガルドさんが言うなら雌なんだろう。雌だからって、何が変わる訳でもないが。
湯が沸いた鍋に、森で見つけた食えるキノコを適当に切って放り込み、味付けに干し肉をナイフで削いで入れていく。ついでに青々した草を千切って入れれば、特製スープの出来上がりだ。湯を飲み終えた椀にスープを注ぎ分け、堅パンを割って浸して一つをガルドさんに渡す。
「肉が足りない分は、好きに干し肉齧ってくれ」
「匂い、妙」
「ガルドさんの国には生えてねえのかな。この草、腹下しを防ぐ上に身体が温まるんだぜ」
「……うむ。糧に感謝」
オレにとっては子供の頃から嗅ぎ慣れたもんだけど、初めてのガルドさんには刺激が強かったんだろう。スープを一口飲んだ後、何度も鼻を鳴らしていて、つい笑ってしまう。今度から臭いのキツイ食い物は、先に大丈夫か確認することにしよう。
「リオ」
「悪い。街じゃ滅多に出ないけど、この辺じゃ寒くなっても其処らに生えてるから、よく食うんだよ」
薄い塩味のスープでふやけたパンを口に入れ、柔らかくなった干し肉の脂を噛みしめる。早くも二枚目の堅パンを割ったガルドさんが、オレの椀にもパンを足してくれる。
「雌や子まで引き寄せて操ってたのが厄介だよなあ。子山羊なんて、ガルドさんの盾で突いたら、すぐに死んじまうだろ」
「加減する」
「大角山羊と雄はオレが受け持つとして、突進させないようにどれだけ素早く近づくかだな」
牙猪よりも更に大きい、あの大きさの魔獣の突進を受け止めるのは、さすがのガルドさんでも大変だろう。
「厄介なのは、踏みつけと角。動きさえ止めれば、なんとでもなる」
「魔素、気を付ける」
「魔素酔いしないようにリコの実食いながら行くか」
大角山羊が追って来ない場所まで撤退してから、二人で山羊達を観察した。普通の山羊の群れなら──それが野生でも家畜でも──敵に襲われた場所からは離れる。だというのに、魔獣は窪地から動かず、大角山羊も山羊も魔獣の周りを離れなかった。
群れが移動しないことを確信して、野営するためにオレとガルドさんは更に山を下った。
岩場で野営できなくもないが、風が吹きすさぶ何もない硬い岩場での野営は体力を削ぐことになる。明日の朝、また山を登ることになるが、森まで戻った方が良いと判断したんだ。
「山羊、下りる、餌」
「あの場には草はないから、どこかの時点で下ってきて草を食って元の場所に戻るんだと思うけど。何日も見張るよりは、さっさと仕掛けようぜ。魔獣一匹、冷静になればオレ達の敵じゃない」
温かい夕飯を腹に収めたあと、オレ達は交代で眠ることにした。オレは明日の準備をしたいから、先にガルドさんに寝てもらう。火の番が交代出来て、眠ることができるのも有難い。明日使う矢に細工を施し、程よいところで隣に横たわる大柄な相手の肩に手を置く。
瞬きより短い刹那、殺気を感じた気がした。
一瞬で上半身を起こしたガルドさんに剣を向けられるんじゃないかと思ったが、思い過ごしだったようだ。
「交代だ。朝まで頼む」
「応」
尻の下に敷いていた赤背鹿の毛皮を伸ばし、その上に身を横たえる。倒れた木を背にしている上に、十分な薪と火があり、それほど寒さは感じない。
それだけじゃないな。ガルドさんが、盾を風よけにしてくれている。
こんな野営、初めてだ。
「手が多いと、こういう時に楽が出来てありがたいな」
「火、食事、大事」
小枝から枝に火がつき火力が安定したところで、オレは火打石をしまい、代わりに銅鍋を取り出した。焚火を石で囲って即席の竈門をつくり、上に乗せた鍋に水を入れる。
鍋から湯気が立ち始めたところで、椀にお湯を注ぎガルドさんに渡す。オレの分も同じように椀に注いで、鍋はもう一度水で満たす。
「ふぅ…温まるな」
「同意」
日が暮れた森は、風の音だけで随分と静かだった。木肌を通して温もりが伝わってくる椀から、少しずつお湯を飲み息をつく。
ガルドさんがいるからなのか、山の上の魔獣の気配を避けているのか、野犬や狼どころか鳥や小動物の気配もない。
「お湯が沸くまで、煎り豆でも食うか?」
「マルバの実」
「ああ、あるよ。そっちの方が良い?」
「甘い、美味」
手分けして持ってきた野営道具の中から、マルバの実の入った袋をガルドさんに向かって差し出した。大きな手で薄切りの干し果実を口に運ぶ様は、どこか嬉しそうだ。オレは塩気が欲しいから豆の袋を取り出し、黄色い煎り豆を奥歯でじっくり噛んで、途中お湯をすする。腹の中からじんわりと温もりが広がって、豆の塩気が頭を冴えさせる。
「山羊探しが、魔獣討伐に変わっちまったな」
「エンベル殿、予想」
「万が一とか言ってたのは、それかも」
魔獣化した獣の仕業は予想しないでもなかったが、まさか大角山羊とはな。
「山の上で魔素が淀むのは考えにくいし、魔素泉が湧いたのか?」
「水の女神の節、嵐、雷」
「オルン達が雷が落ちたとか何とか言ってたっけ」
この世界を満たす魔素は、風に乗り水に溶けて世界の隅々まで巡っているのだという。目には見えないが、身体に魔素が多く溜まれば感覚で分かる。多すぎる魔素は、身を滅ぼす。
「雷が落ちて窪地が出来て、魔素が溜まったか噴き出したか。でも、なんで逃げなかったんだろうな」
「水、塩、子。欲しい物?」
「長い時間かけて魔獣化したのかもしれないな」
少し下れば草を食むことができるが、高い山では水も塩も貴重だ。窪地から動きたくない何かがあったんだろう。そして少しずつ魔素を取り込み、魔獣化できるまで耐えたのが、あのデカブツ。大角山羊の頭数が少なかったのは、魔獣化できずに死んだ個体がある程度いるんだろう。
「ああ、それか。もしかして、あの魔獣は自分の群れを大きくしたいのか。でも、大角山羊は減ってしまったから、近い山羊を呼び寄せた」
「魔獣、雌」
「え? アイツ、雌なのか? てっきり雄かと」
「雌。間違いない」
長い毛とねじくれた角のせいでオレには判別できなかったが、ガルドさんが言うなら雌なんだろう。雌だからって、何が変わる訳でもないが。
湯が沸いた鍋に、森で見つけた食えるキノコを適当に切って放り込み、味付けに干し肉をナイフで削いで入れていく。ついでに青々した草を千切って入れれば、特製スープの出来上がりだ。湯を飲み終えた椀にスープを注ぎ分け、堅パンを割って浸して一つをガルドさんに渡す。
「肉が足りない分は、好きに干し肉齧ってくれ」
「匂い、妙」
「ガルドさんの国には生えてねえのかな。この草、腹下しを防ぐ上に身体が温まるんだぜ」
「……うむ。糧に感謝」
オレにとっては子供の頃から嗅ぎ慣れたもんだけど、初めてのガルドさんには刺激が強かったんだろう。スープを一口飲んだ後、何度も鼻を鳴らしていて、つい笑ってしまう。今度から臭いのキツイ食い物は、先に大丈夫か確認することにしよう。
「リオ」
「悪い。街じゃ滅多に出ないけど、この辺じゃ寒くなっても其処らに生えてるから、よく食うんだよ」
薄い塩味のスープでふやけたパンを口に入れ、柔らかくなった干し肉の脂を噛みしめる。早くも二枚目の堅パンを割ったガルドさんが、オレの椀にもパンを足してくれる。
「雌や子まで引き寄せて操ってたのが厄介だよなあ。子山羊なんて、ガルドさんの盾で突いたら、すぐに死んじまうだろ」
「加減する」
「大角山羊と雄はオレが受け持つとして、突進させないようにどれだけ素早く近づくかだな」
牙猪よりも更に大きい、あの大きさの魔獣の突進を受け止めるのは、さすがのガルドさんでも大変だろう。
「厄介なのは、踏みつけと角。動きさえ止めれば、なんとでもなる」
「魔素、気を付ける」
「魔素酔いしないようにリコの実食いながら行くか」
大角山羊が追って来ない場所まで撤退してから、二人で山羊達を観察した。普通の山羊の群れなら──それが野生でも家畜でも──敵に襲われた場所からは離れる。だというのに、魔獣は窪地から動かず、大角山羊も山羊も魔獣の周りを離れなかった。
群れが移動しないことを確信して、野営するためにオレとガルドさんは更に山を下った。
岩場で野営できなくもないが、風が吹きすさぶ何もない硬い岩場での野営は体力を削ぐことになる。明日の朝、また山を登ることになるが、森まで戻った方が良いと判断したんだ。
「山羊、下りる、餌」
「あの場には草はないから、どこかの時点で下ってきて草を食って元の場所に戻るんだと思うけど。何日も見張るよりは、さっさと仕掛けようぜ。魔獣一匹、冷静になればオレ達の敵じゃない」
温かい夕飯を腹に収めたあと、オレ達は交代で眠ることにした。オレは明日の準備をしたいから、先にガルドさんに寝てもらう。火の番が交代出来て、眠ることができるのも有難い。明日使う矢に細工を施し、程よいところで隣に横たわる大柄な相手の肩に手を置く。
瞬きより短い刹那、殺気を感じた気がした。
一瞬で上半身を起こしたガルドさんに剣を向けられるんじゃないかと思ったが、思い過ごしだったようだ。
「交代だ。朝まで頼む」
「応」
尻の下に敷いていた赤背鹿の毛皮を伸ばし、その上に身を横たえる。倒れた木を背にしている上に、十分な薪と火があり、それほど寒さは感じない。
それだけじゃないな。ガルドさんが、盾を風よけにしてくれている。
こんな野営、初めてだ。
21
あなたにおすすめの小説
貴方に復讐しようと、思っていたのに。
黒狐
BL
前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。
婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。
しかし、真実はほんの少し違っていて…?
前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。
⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。
君と秘密の部屋
325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。
「いつから知っていたの?」
今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。
対して僕はただのモブ。
この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。
それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。
筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
美澄の顔には抗えない。
米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け
高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。
※なろう、カクヨムでも掲載中です。
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
[BL]愛を乞うなら君でなければ。
わをん
BL
離婚歴のある子持ち主人公。人生に何の希望もなく日々を消化するかのごとく過ごしていた時に出会ったハウスキーパーの『吉野』。たとえ同性であっても、裏表のない真っ直ぐな言葉を紡ぐ彼に惹かれる気持ちは抑えられない。彼に教わる愛の作法ーー。[子持ちリーマン×新米ハウスキーパー]
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる